ランス ~another story~
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第1章 光をもとめて
第6話 リーザスの少女達とコロシアム開催
~リーザス城内 コロシアム~
あの得体の知れない存在と相見えた後、2人はリーザス場内にあるコロシアムへと再びやってきていた。リーザス城の敷地内にあり、カジノの向かい側にある闘技場だ。
そこでは日夜戦いが繰り広げられ大勢の男達がそれに見入っており、熱気に溢れている。
無法地帯と言うわけではないが、血の気の多い連中が多い為 滅多な事が無い限りは怪しまれたりはしないだろう。広すぎるし、日を変えれば 新たな観客も来るから、情報を仕入れるのにも好都合の場所だ。
「リーザス・コロシアム。やはり何時来ても、でかいな。ここは」
「うむ。しかしまあ、税金の無駄遣いだな。まぁ、それはいいとして、がはは! やはり、ここで出ている連中は吹けば飛ぶような連中ばかりだな。へなちょこだな!」
コロシアムを眺めるユーリと選手達を酷評するランス。
有名なコロシアムだから、世界中から腕に覚えのある連中が現れてるようだ。因みに、ランスがここに来た当初に、《速攻で1位》と言ったのは強ち冗談の類ではない。戦っている連中を見ていたが、練度、Lvはそこまで高くはないと言う印象がある。勿論、勝負に絶対はないが。
「おおっ! 前はいなかったが、ここには女戦士もいるのか。中々に美人だな! むさ苦しい男ばかり見てたから良い目の保養になる」
ランスは、試合に出場するであろう女戦士を見つけては鼻の下を伸ばしていた。また、来た目的を忘れている様だ。いつも通りだとも思えるが。
「やれやれ……、ちょっとは情報を集めてくれ。女を物色する暇があったら」
「ふんっ! 貴様は葉月ちゃんを襲おうとしたくせに、早くも音をあげると言うのか?」
「だから、襲ったのはお前だろうが……。なんか知らんが、オレまで恨まれてるし」
「がはは! あのボディペイントは中々Goodだったな! また、ヤりにいくか!」
葉月に関しては自業自得だとは言えるが、もう一度、あのカジノへと向かった時に、ランスと自分の関連を知って怒っていたのだ。別に、否定をした訳じゃないのだが……。何とか、カジノ自体のクビは免れた様だが、ディーラーは当然ながら、降格し、今は客寄せ紛いな事をさせられている。ランスが言う様に恥ずかしい格好で。
葉月の事は置いといて、ランスはつまり、『自分は面倒くさいから、お前がやれ』と言う事だ。あまり何度言っても無駄だし、変にヘソを曲げられても面倒だから、とユーリは判断し、首を振りながらとりあえずコロシアム内を歩いて回った。
……今後この男がやる気を出すのは想像できないが、1人で仕事する事も多い為、大した苦でもないのだ。それに、ランスには本能の赴くままに行動をさせた方が、良い結果がでそうな気がするから。
「ふむふむ……」
ランスは、再び物色開始。
美味しそうだから、隙を見て、いただく! とか言いながら。ここには勿論警備員もいるから、そんな真似は絶対に出来ない。
……そう言ってもランスは納得はしないと思うけど。
そんな時だった。
何だか騒がしくなってきたのだ。そして通路の向こう側にも人集の様なものが出来ていた。これまでで一番の人の量。相当な有名人でもいるのだろうか。
「……お? 可愛いではないか!」
ランスは、その中心にいた人物。人が集まっている原因と思われる人物を目にした。その姿は、派手な金色のプロテクターに身を包んだ女剣士。
『おお……、チャンピオンだ。幻夢剣のユランだ……』
『無敗、だったよな? こないだも挑戦者を秒殺したらしいし……』
『今日も、とっても格好いいわ……』
周囲に男女問わず、集まってきている。同性にも異性にも人気がある様だ。その女は嫌な顔1つすることなく。周囲に答えている。
「がははは! 可愛いではないか、きみ」
ランスは、ずんずんと進んでいき、人の波を掻き分けてユランの前にたった。
「ん? 誰だい? きみは。……コロシアムに参加する闘士かい?」
ユランは、そのランスの姿を見て、そう言っていた。身成からそう察したのだろう。性格は抜きにしておいても、そのランスの姿だけなら、1流戦士だから。
「そうだ。破竹の勢いで勝ち進む予定のランス様だ。覚えておけ」
「ふふ。それは楽しみだ。きみが私の元までたどり着く時を待っているよ」
ユランの口ぶりに、ランスは思う。何処か気取った女だと言う印象だったから。
「ふむふむ、無敗のチャンピオンだそうだが、そんなの、賭博込みのコロシアムで成立するのか?」
「ああ、私の場合は撃破タイムも賭けの対象になってるからね。勝負を掛ける人は少ないはずさ」
「ほほう……、つまり、お前の負けは大穴なんだな? 掛けておいてお前に勝てばがっぽり、というわけか」
ランスは、何やら悪そうな顔をしていた。金と女を同時に得られる、とでも想っているのだろう。ユランは、それを察した様で。
「……言っておくけど、参加選手は賭けられないよ」
「なんだ、つまらん。っと、それよりもだ」
ランスは、拳を突き出し……、拳だが、ただ握っているのではなく、親指を人差し指と中指の間に差し込んだ形の拳を作った。
「可愛いから、ヤらせろ!」
「ぷっ……」
ランスの発言を訊き、ユランは軽く吹いていた。
「面白いね。私相手にそこまで言うのは初めてだよ。今回のコロシアムは良い。豊作だといっていいね」
ユランは、コロシアムのランキングを見ていた。
「それで、どうなのだ? このオレ様は最強にして、無敵の戦士ランス様だ。強い男には お前でも惹かれると言うものだろ?」
「そうだね。本当に私より強ければ、と言う話だ。……私と戦って、勝つ事が出来たら、付き合ってあげよう。それでどうだい?」
「ふむふむ、成る程、つまりは やっつけたら、ヤらせてくれる、と言う事だな?」
「ああ。良いだろう。 だが、出来たら……の話だがね」
「がはは! 楽勝だ。オレ様は最強だからな! んん? そうだ。お前の名前はなんなのだ?」
「私かい? 私は、ユラン。ユラン・ミラージュさ。……きみの事、本当に覚えておくよ」
ユランは不敵に笑っていた。そして、ランスも笑う。異様な空気が場に集中していた。
観客達も、ユランのファンであり、それなりに抗議の声を上げていたのだが……、チャンピオン、それも無敗のチャンピオンに正面から、そう食ってかかる相手はこれまでにいなかった。 あまつさえは、ユランの身体を賭けて、戦うと言うのだ。自信も漲らせている。 その気迫を見て、感じて、抗議の声はピタリといつの間にか止まったのだ。
ユランは、最後に『楽しみにしている』とだけ言って去っていった。
ランスは俄然とやる気になった様だ。……今回の件と全然関係ないのに。
「……? 何なんだ? この人集は。暴れたのか? ランス」
「馬鹿者、オレ様がそんな目立つ様な真似をする訳ないだろうが」
「……違和感ありまくりだ」
ユーリが戻ってきて、そう言っていた。既にユランはいなくて、周囲の観客も斑に散っていくが、それでも多い。
「ぐふふ、おい下僕1号」
「誰がだ。……まぁ、今はいいか。情報でも得たか?」
「違う。このコロシアムに参加するぞ! ユランちゃんとのセックスが掛かっているのだ」
「はぁ? ユラン??」
ランスの言葉に呆れ果てるユーリ。ひととおり説明を訊き、大体判った様だ。ユランの名前はユーリも知っている。リーザスではかなりの有名人であり、そしてその腕もかなりの実力。リーザス国内でも上位に位置するであろう、豪の者だ。
「成る程ね。なんだ、てっきりオレは、ランキングを見て コロシアムに参加したい、と言うのかと思っていたんだが」
「なんだと? ランキング?? オレ様以外はしょぼい連中の集まりを見て何が判ると言うのだ」
ランスはユーリの言葉を訊いて、改めてランキングを目にした。
□ □ □ □ □
✩10位 おたま男
✩ 9位 ルイス・キートクック
✩ 8位 くぐつ伯爵
✩ 7位 ジャン・ギャバンニ・二世
✩ 6位 神無木 清十郎
✩ 5位 フブリ 松下
✩ 4位 ニンジャマスター
□ □ □ □ □
ここまでくれば、幾らランスでも判るだろう。誰に注目すればいいのか、そしてユーリが言った真意が。
「なにっ!? ニンジャマスターだと!!」
ランスは驚き声を上げた。
「ああ。あの名前を見て、参加する。と言い出したのかと思ってな。……違った様だ」
ユーリは、軽くため息を吐きながらそう言っていた。因みに、ユーリは この《ニンジャマスター》があの女忍者とは思っていない。
ランスの前に現れた事も十分油断だと思えるが、こんなコロシアムで、注目を集める様な真似をするとは思えないし、主がさせるとも思えない。
が、100%違うか? と言われれな縦に首を振ることはできない。
「あの女忍者か! 女学生に変装をしていた。アイツはヒカリちゃんを知っていたからな。よし! ユランちゃんをヤって、あの女忍者もお仕置きして、更にヒカリちゃんの情報も得て……一石三鳥作戦だ! がははは、流石オレ様」
「はいはい。で、どうやって参加する気だ?」
「それは勿論! 用意しておけ、下僕1号!」
「だーかーらー! 誰が下僕だ! それに無茶言うな!」
「モンクを言うんじゃない。ガキか?」
「……お前にだけは言われたくないわ!」
言い合いへしあい……。いつも通り。
だけど、幾らなんでも2枚も手に入れる事は本当に無茶なので、と言うより参加証は王族発行だから、通行書よりも遥かに手に入れる事が難しいのだ。
「前にも言ったが、手に入れるのは難しい。と言うか、ランスには謎の凶運があるんだから、オレよりもそっちに頼った方が効率的だ。所謂ランスのスーパーパワーと言う奴だ」
「がーっはっはっは! 運も実力の内だからな! それが、お前とオレ様の違いというやつだ!」
「そーそー、オレ、凡人だから。才能あるランスが自力の方が早いって。がんばれー(棒)」
「仕様がないな。天才のオレ様の実力を見せてやろうではないか!」
――……ユーリは、ランスの操縦レベルが向上した。
そして、とりあえずランスとは別れて行動をした。ユーリは、コロシアムの件についてだが、一応別の目的で参戦しようとは考えていたのだ
それは、観客達の話を耳にしたから。
『おい……知ってるか?今回のトーナメント』
『ん? 何がだ?』
『今回はリーザス軍の将軍達が何人か観戦してるらしいぜ?』
『ああ。たまに来てるな。だが、それがどうかしたのか?』
『何でも、腕利きの戦士を探してるとか何とかってもっぱらの噂だ。王国軍志望者ならまたとねえチャンスだって事だ!くーーーっ!オレも参加してりゃよかったぜぇぇ!!』
『アホか。……自分の腕を見て物を言えよ』
と言う会話の流れだ。
確かに、これ以上の城外の情報は期待できそうに無いだろう。黒幕が上層部である可能性が極めて高い以上は、王国内部に入れる方が何倍も効率が良い。だが、怪しまれず、自然に入るための方法がこれ以上思い浮かばなかったのだ。
「……確かにあのコロシアムは、リーザス軍のトップも見ている様だ。そして、ユランの様に勝ち上がれば、それなりに注目されて、色々と打診される。……入り込むには絶好の場、だな」
ヒカリの事もあり、リーザスの上層部が関係している以上 上にコンタクトを取っていくのが一番効果的だろう。戦う事を得意する冒険者だから、適材だ。
「問題は、参加証。……謁見の間で直談判しても良いが……、あまり目立つのは避けたいな……、うむ」
ユーリは色々と考えながら、進んでいく内にリーザス城の門まで帰ってきた。
「あ、あれ? 君は……」
「ん?」
あの時の門番、ランスが追い返されていた門番の女の子がいた。どうやら、彼女の勤務時間の様だ。
いつもいる様な気がするが……。
「だ、大丈夫だったの?」
「何のことだ?」
何やら、心配そうに自分のことを見ているが、身に覚えが全くない。ユーリは首を傾げながら 聞き返すと、彼女はホッとした様子で、胸をなでおろしていた。 当然だが、ユーリはよく判ってない。
「い、いや良いんだ。でも、何かあったの? 何だか悩んでいる様に見えるけど……。僕で良かったら、相談に乗るよ」
ユーリにそう言う彼女。初対面と言う訳じゃないが、なぜか親切にしてくれているようだ。
「ん……」
ユーリは少し考えた。馬鹿正直に上層部が怪しいなどと言ったら、門番として、リーザスを守る軍人として、然るべき処置をとられる可能性が高いだろう。
だからユーリはとりあえず。
「いや、コロシアムに訳あって参加したいんだけどね。……参加証が中々得られない様なんだ。リーザス王が発行してくれる様なんだが……、何分忙しい身分だ」
ユーリはそう言っていた。これは別に嘘じゃないから、怪しまれたりはしないだろう。
「そう、なんだ。確かに王様は色んな人と謁見しているし、公務だってあるから、仕方ないと思うけどね」
「……だな、今回はいつもと違いトーナメント戦。あまり長居出来る訳じゃないし、短期間で上に上がるには、絶好の機会なんだがな」
「ん~……」
腕を組み、彼女は何やら考えている。
「えっと、君 名前はなんて言うのかな?」
「ああ、オレの名はユーリだ」
「そ、っか。ユーリ、ユーリ。うん。僕の名はメナド。見ての通り、門番をしてるよ。ユーリは、コロシアムに出たいって事は、腕には自信がある……んだよね? (この歳で凄いなぁ……)」
メナドは、外見で完全に判断してしまっている様だ。
「まぁ それなりには、な。冒険者をしているから」
「へぇ……、えと 参加証の件だけど、僕 持ってるよ。僕は門番で、ここからほとんど離れられないから 譲ってあげても良いんだけど、僕のお願いを訊いてもらえないかな?」
メナドは予想外のことを言い出していた。軍人が参加している、と言う事は訊いたことが無かったから、まさかメナドが持っているとは思っていなかったのだ。
……軍に入る前に得たのだろうか?
「本当か。構わない。どうすれば良いんだ?」
願ったり叶ったりの状況だから、直ぐに首を縦に振った。ランスの幸運スキルが少なからず伝染したとでも言うのだろうか? あまり運に頼りすぎるのは良くないから、慢心はしないが。
「えっとね、頼みごとっていうのが、ここから見えるあのマーガリン英雄墓地で、最近ゾンビが現れるらしいんだ。退治を手伝ってくれたら、参加証はユーリに譲るよ。……このコロシアムは、結構レベルが高いから、僕はユーリの腕を見ておきたいからね。(……怪我なんて、させたくないし……)」
「成る程。ゾンビ、ね。……墓地だから、仕方が無いと言えばそうだが、珍しいな。城下町内部でモンスターが現れるなんて」
ユーリは、腕を組みながら考えていた。確かに、死者が眠る地には、それなりに思念が漂い、集まりやすい。だけど、人の多い場所には、集まりにくいと言うのが霊系のモンスターだ。……それが、街中であるのなら、尚更だ。
「そうなんだ。以前もその、あったんだけど、最近は頻発しててね。夜に出現するらしいから、丁度僕の勤務外だし……。それで、どうかな?」
「ああ、引き受けるよ。それで 譲渡してくれるのなら、お安い御用だ。ありがとう」
「って、まだ 僕 あげてないって。お礼は全部解決してからで良いよ。それに……お礼を言うのは僕の方だし」
メナドは照れながらそう言っていた。
「じゃあ、夜にマーガリン英雄墓地でまちあわせ、でね」
「ああ。判った。……そうだ」
ユーリはある事をメナドに訊くことにした。
それは、ヒカリの事をだ。あまり、リーザス側の人間に訊くのは避けたかったが、人を見る目は持ち合わせている。街の人の為にモンスターを率先して狩ろうとしている彼女が、加担しているとは到底思えない。門番であるのなら、尚更だ。
「ん? どうしたの?」
「訊きたい事があった。……この子の事、知らないか?」
「ん……?」
メナドに1枚の写真を見せた。それは、ヒカリの顔写真だ。
「この制服は、パリス学園の女の子、だね。……ん、見た事はないけど、どうしたの?」
「ああ、ここ最近、学園から失踪したらしくて、な。……学園側から、軍に要請とかは無かったのかと思って」
「ええ! それは大変じゃないか。んっと、……門番だから、なのかもしれないけど、僕の耳には入ってないよ」
「そうか、ありがとう」
「うん……、僕も手伝いたいんだけど、動ける時間が限られてるから……」
「いや、構わない。頼めるなら……、もし この子がここを通ったら、保護しておいてもらいたいが」
「それなら、お安い御用だよ。僕も心配だからね」
メナドは笑顔で了承をしてくれた。 そして、その後は後で合流すると、再び確認しあって、その場を離れた。
「さて、ランスはどう出るか……、オレは一応参加証は得られそうだが」
ユーリはランスの事を少しだけ考えていた。が、直ぐにやめる。
「ま、アイツは問題ないだろう。……運値に関しては間違いなくオレよりも高いし。ひょっとしたら、誰かのをよこせ、って言って盗ってるかもしれないし」
強奪は、流石にやめさせたいモノだが……、参加証とはコロシアムの参加証。腕に自信がある者が集う場だ。……ランスに襲われても死にはしないだろう、と一先ず置いといた。
置いといていいのか? とも思ったが 今は最善を尽くす事を優先させる。
『こんな心配もランスと行動を共にしてからだなぁ』と何処かため息も吐きながら。
「ん……、そうだ。剣の鞘が、少し壊れてるんだったな。久しぶりに《あきらめ》にいくか……。修繕が見込めるなら 頼むか。もしくは代えを」
ユーリは、剣を取り出しながらそう言っていた。抜刀術を多用する戦闘スタイルだから、鞘にも負担が行き易いのだ。そして、不備があれば、剣速が鈍ってしまい、戦いの呼吸と言うものも鈍ってしまうから、危険だといえるだろう。
これから、戦う事を考えたら尚更だ。
ユーリは、そのまま 街の中央よりやや東方向に位置する武器屋《あきらめ》へと向かっていった。
~武器屋 あきらめ~
ものの数分であきらめへと到着したユーリ。
「さて……」
鞘を取り出しつつ 《あきらめ》内へと入っていこうとした時だ。何やら不穏な気配を感じ取ったのは。
「……?」
何処か、殺気立っている。そして 喧騒も聞こえてくる。ここの店主の性格を考えたら、武器屋と言えども有り得ない事だ。何度か通っていて、お得意様になっているからよく判る。
「……邪魔するぞ」
ユーリはゆっくりと扉を開いた。その先には胸糞悪い光景が広がっていた。
それは、ユーリが入る数十秒前の事。
無遠慮に掴まれている手首、その痛みに店主である《ミリー》の口から小さく吐息がこぼれていた。
「へ、っへへへ……、こいつはラッキーだな」
「物騒なもん扱っている割じにゃ、無防備な店でしたね。兄貴」
「ああ、オレ達は《限りある明日に備えての盗賊団》。初のおお仕事にしちゃ、幸先がいいぜ」
荒くれの盗賊が2人いる。以前壊滅させた盗賊団と似たような名前を名乗っているのを訊いて、思わず失笑してしまう。
「……意外とポジティブと言うか、堅実な名前の強盗ですね」
ミリーは、襲われているのにも関わらず、普段の自分を消さずに、対応をしていた。
「おお……、なんたって、前に入ろうと思ってた《限りない明日》って謳ってる一団は壊滅したからな。憂いを無くすために備えているのよ」
「……強盗で、ですか。すごい矛盾してる気がしますけど」
ミリーのそれは、本当に的確なツッコミだ。拍手を送りたい程だ。
「無口かと思ったが、割と喋るじゃねぇか。お嬢ちゃんよぉ。まさか、金とモノ盗られて終わりだなんて、思ってねぇだろうなぁ? あぁ!?」
「っ……」
男の手がミリーの胸ぐらを強く掴む。そして剣の切っ先を向けていた。そして僅かに表情が歪むミリーの表情を満足げに見て、剣の切っ先を黒い服の生地にかけ。
「へへ、動くなよ……、怪我、するぜ……」
強盗の剣がそのまま引かれ、一部を包帯に包んだ白い肌が外気にさらされた。
「あっ……。ん。 随分と、切れ味の悪い剣ですね」
あくまで冷静に対応、と言うより、冷静にものを見てそう言うミリー。だが、強盗達もそんなミリーの事を大体判ってきたのだろうか。
「おお、だから新調させて貰うわ。ま、お楽しみの後でな……」
興奮を一切隠そうともしない。舌なめずりを繰り返していた。
「ふひー、女、ひさしぶりだな……」
「お前は後な。いつもぶっ壊すまでヤり続けるんだから」
「へへへ。オレ、壊した女、殴りながらじゃないと 立たないんすよー」
「またまたー 兄貴だって、オレと一緒じゃないっすかー。歯ぁ、全部引っこ抜いて させたりするのが、サイコーだとか言ってさぁ!」
「あー、そうだったかなぁ?」
下卑た笑い声が店内に響く。その声は、外にまで聞こえる程だ。
それを訊いたのが、ユーリであり、その後店内に入ってきたのだ。
「ぁ……。やっぱり」
ミリーは、店の扉の方を見ていたからこそ、判った。この店に、誰かが入ってきた事を。
「げへへへ……、さぁて、お楽しみの始まりだなぁ」
「ひっひっひ」
「……そうだな」
この時、男達は違和感を感じていた。この店には3人しかいなかった筈なのに、いつの間にか、声が増えているのだ。
それも、異様な気配と共に。
「一体だ……」
「へ……」
まさに一瞬の出来事。振り向く間もなく、その頭と胴体は永遠の別れを告げていた。
「ったく……。まだ 残っていたのか。アイツ等の残党が」
限りない明日戦闘団の残党だと言う事は判った。着ている服が似たような物だ。とりあえず、2つ出来た死体は、この店にとっては迷惑極まりない事だから、ゴミ袋の中に放り込んで、《生ゴミでも燃えるゴミ》として処理することにした。
「大丈夫か? ミリー」
「……大丈夫、です。ありがとう、ユーリさん」
一先ず斬られてしまっていた服は、着替えており、普段と全く変わらぬ様子で佇んでいた。
「はぁ。幾ら幸運スキル持ってるからって、少しは自分を大切にした方が良いぞ?」
「……でも、大丈夫でした。ユーリさんが来てくれましたから」
「まぁ、結果的にはだがな。一先ず 無事で良かったよ。……あまり見ない技能だ。ミリーよりも上の技能の持ち主がいたとしたら……、わからないからな。……気を付けろよ?」
ユーリはそう言うと、軽く頭を撫でた。そして、ぽんっ と叩き、しめた。
「ぁ……」
ミリーは、撫でられた頭を自分の手で触っていた。
「……はい、判りました」
「ん」
ユーリは頷いた。
「そう、でしたね。……ユーリさんは、私が絶対幸運を持つ前も……、こうやって、たすけてくれてました」
「ん? ……あの時は偶然だったな。1人で辺境の沼にいた時は 驚いた。《みつめとかげ》だったかな」
ユーリは思い出しながらそう言っていた。比較的自由都市から近いのが、ここリーザスだ。この周辺で仕事をする事も多かった。そんな時ミリーを助けた事があったんだ。
「それで、パティちゃんや、優希ちゃんとも友達になれて……」
「ん。……まだ、生きてる実感を感じたいから、と言う事で あの沼に行ってるのか?」
「………」
ミリーは小さく頷いた。あの沼にはまだ、あのモンスターが生息しているから、一般人ではかなり危険地帯だ。そこで生還するのは、彼女の技能にある。
以前訊いた、星に願ったら、得たと言う絶対幸運。《幸運Lv2》だ。
後天的な能力だから、先天的に持っている相手がいるとしたら、どちらが優れているかはわからないだろうけど。
「オレとしても、危険な事はあまりして欲しくない。絶対大丈夫だとは思うけど、皆心配しているだろう。……あまり、心配は掛けるものじゃない。……気持ちは判るが、それでもな」
「………」
ミリーは首を縦に降る事はなかった。
「……そうだったな。以前手に入れたアイテムを忘れていた」
ユーリは袋の中のモノを取り出した。
「メガネ……ですか」
「ああ。一応、鑑定は済んでいる。……これは《不幸眼鏡》だ。 通説だが、大昔に不幸で死んでしまった少女が使用していた眼鏡、と言う事だ。だから、これをつければ不幸になるらしい。……一度つけたら、外す事はできない。なんて呪われたアイテムな効力は無い。……使ってみるか?」
「ですが……、それはユーリさんが……」
「こんなマニアックな呪われたアイテムの様なモノは流石に必要としていないさ。売ろうにも、売った先に迷惑がかかるかもしれないし」
「……使用者に効力がある見たいですから、関係ないと思いますが」
「まぁ、それは気分的な考えで、だよ。アイテム屋が呪われたものを扱ってたら、いい気分はしないだろ? 消費者としては」
僅かずつだが、ゆっくりとミリーの表情が緩んでいく。そしてユーリから、差し出された眼鏡をミリーは受け取った。
「……不幸のアイテムを渡す、なんて 正直嫌がらせの様な感じがするが」
「そんな事はありませんよ。 その……ユーリさんも」
「ん?」
ミリーは少し視線を落とし、そして改めて、ユーリを見た。その顔には眼鏡がかけられている。
「ユーリさんも、私の事……しんぱ「やっほーーー! ミリーちゃーーんっ! 遊びにきたよーー!!」……っっ」
突然、あきらめの扉が勢いよく開く。そこに来ていたのは。
「あーー! ユーリじゃんっ! ミリーちゃんのとこに来てたんだ??」
「ああ。……ってか、勝手知ったる他人の武器屋だな。まぁ、店だから別に問題ないのか……? それに店はどうした」
「大丈夫だよー! ちょっとくらい空けたって!」
まるで自分の家の様に入ってきたのは、パティ。《パティ・ザ・サマー》だ。以前に、氷砂糖にまで、サービスアイテムを持ってきてくれた少女。お得意様だから、と言う理由もあるだろうけれど。
店もこの調子で開けてしまうと商売上がったりじゃないか? とも思えるが……、大丈夫だろう。逆境に強い娘だから。
「………」
ミリーは、ただ呆然と見ていた。
「ユーリは、優希ちゃんとは会った? とっても、会いたそうにしていたよー」
「ああ、情報屋には何度か足を運んではいるが、タイミングが合わないらしくてな。まだ会ってない」
「ええ~、ちゃーんと会いに行ってあげなきゃダメだよー!」
「無茶言うなって。遊びに来てる訳じゃないんだから」
パティとユーリが楽しそうに話をしているのを横で見ているミリー。
「(……確かに、この眼鏡……効果があるみたい)」
胸の奥がズキズキと痛む。以前も、こんな事は少なからずあった。こんな体質になる前に助けてくれたから、と言うのも合ったかもしれない。特別な視線で見ていたんだ。
そして、その痛みが、今……最も痛く感じる。
――……生きている事が実感できる程に。
「あはは! あれー、ミリーちゃん イメチェンしたの? 眼鏡、かけてたっけ??」
パティは、ミリーが眼鏡をかけている事に今気づいた様だ。まじまじと見つめるパティは、少し苦笑いをしながら。
「んー、ちょっと似合わないかもよ? ミリーちゃん。今度、もっといいの 私も探してあげよっか?」
そうはっきりと言っていた。彼女達は本心を素直に言い合える間柄だから、これでケンカになったりはしない。
「……いい。私、これ、その……す、好き……だから」
ミリーは首を横に振った。何処か、頬が赤く染まっている感じがした。
「効果があるかはわからないが……」
この眼鏡とミリーの幸運スキル。どちらが強いのかはわからない。だからこそ、ユーリはそういったのだ。だが。
「いいえ」
ユーリがそう言うと同時に、ミリーは首を横に振った。
「効果……、ありそうです。……実感、してます」
「ん。そうか、それは良かった……のか?」
「……微妙、ですね。 でも、もう……沼には行きません」
ミリーがそういったと同時に、パティが飛びついた。
「ミリーちゃんっ! それ、ほんとっ!! もう沼にいかないってっっ!」
「……ええ」
「うわーーんっ! よかったよーー!! だって、だって、ミリーちゃんいつも大怪我して帰ってくるんだもんっ!!」
パティは嬉しさのあまりか、泣きそうな顔でミリーに飛びついた。
「……ごめんね。パティちゃん……」
「ううん、いいんだよー!」
抱き合うミリーとパティ。ミリーは、この時改めて感じていた。
ユーリが言っている言葉は、正しかったと。……いつも、正しいんだと。
それを見て、良かったと、微笑むユーリだった。
そして、その後 パティは去っていった。まるで嵐の様な子だ。
「ふぅ、やれやれだ」
「……楽しかった、です」
「……だな」
ミリーは微笑んでいた。不幸アイテムをしているというのに、さっきより自然に笑えているのは、おかしな話だが、今は良いと思える。
「付ける時は、時と場合を考えろよ? ……危ない時は、自分の技能に頼れ。ミリーは十分苦しんでいたんだ。……それくらい頼っても撥は当たらない」
ユーリはそう言うと笑っていった。ミリーは、軽く俯かせて。
「……うん」
首を振った。そして、いつもの彼女からは、考えられない様な早さで。
「きょ、今日は、武器を買いに来たんじゃ……?」
慌てながらそう言う。ユーリもそれを訊いて、漸く思い出した。この場所に来た理由を。
「そうだった。……オレの剣の鞘が壊れかけているんだ。……修繕、もしくは 代理品を見繕ってもらえないか?」
ユーリは、そう言うと鞘を取り出した。
「ん……、判りました。 見た所、止具がもう傷んでいる見たい、ですね」
「ああ。今日も使うから、出来たら早い方で頼む」
「判りました」
ミリーは、剣を受け取ると、大事そうに抱え、店の奥へと入っていった。
そして、何とか鞘の方は修復する事が出来、使える様になった。
ユーリは、ミリーに礼を言うと、あきらめを後にしたのだった。
「………次は、いつ、かな」
出て行った先を、ミリーはじっと見ていた。その手にはあの眼鏡が握られていた。
~マーガリン英雄墓地~
時刻は深夜。
因みに、ランスはと言うと、意気揚々としながら 氷砂糖で眠っている。
流石と言うか、なんというか……、アイツは参加証を得たらしい。なんでも弱っちい男が偉大なオレ様に譲っていった、とかなんとか。……絶対に強引に奪ったのだろう。殺しはしていない、と言っていたから、一先ずは大丈夫?そうだが。
「……指名手配されてもしらんぞ。まぁ、……この仕事をする以上は、オレ自身も綱渡りだが」
ユーリは、頭をかきながらそう言っていた。
場所が場所、勿論警戒はしながら。そして、しばらくして……。
「あ、ユーリ。ごめんね。待った?」
「ん。大丈夫だ。今来た所だ」
軽く挨拶を交わすメナドとユーリ。このやり取り、何だかデートのまちあわせをしている様な気がする。
「っっ///」
メナドも気づいた様だ。この手のやり取りはした事など一切なく、話を訊く程度だけだったから。フィクションの世界だけだと思っていたのに、まさか自分まで……と。
「? どうしたんだ? 顔が赤いぞ」
「い、いやっ! 何でもないよー。さ、早くすませちゃお。ここ、結構数がいるから」
「そうだな。……気配がする。結構多い」
ユーリは目を瞑って 気配を探る。その仕草は、凄腕の戦士そのものだった。メナドは職業柄ではあるが、強者と何度も相対している。
だから、ある程度の強さは計れたりするのだ。そして、そのユーリの印象を感じて、先ほどまでの浮ついた気分は一蹴された。
「……(凄く、強い……。肌で、ビリビリ感じる)」
メナドはそう感じていたのだ。今までにあった一番強い人を天秤にかけてみても、なんら遜色はない。寧ろ、強いかもしれない程だ。
「(まさか、リック殿と……同じくらい?)」
「メナド」
「は はいっ!」
「? なんで畏まってるんだ? 行くぞ。気配も濃くなってきた」
ユーリは剣の柄を握り締めた。
「う、うん。期待してるよ」
「ああ、任せておけ」
そのまま、出てきたモンスター達を片っ端から片付けていった。
現れるのは、主に《くさった死体》だ。名のとおり、腐っているので、防御の力は無いに等しい。が、その攻撃力だけは注意しなければならない。全てが腐っているから、身体から出してくる特有の体液も十分驚異なのだ。
腐敗させる効力があるから。
「ふっ……!」
だが、その程度で手古摺るのであれば、冒険者として一人前だとは言えないだろう。
ユーリは、最短で最速。 抜刀して、ゾンビ達の身体を一気に切り裂いた。通り過ぎたら、もう既に斬れている、そんな状況が何度も続く。
ゾンビ達も、自分自身が斬られた事に気づいていない様子だ。
「……ユーリ、強い」
その戦いぶり、共に戦いつつ、見ていたメナドは思わずそう呟く。自分が1体を倒している間に、ユーリは3体、切り裂いているのだから。
「メナドの方こそ、な。凄いぞ。門番程度で収まる器だとは思えない」
ユーリもそう返す。決して手は休ませずに。
メナドは、何だか嬉しかった。強い人に褒めてもらった事に。それと同時に、悔しさも出てきた。
「(うぅ……、と、歳下のユーリに負けちゃうのは何だか、嫌だな)」
ちゃんと歳を訊いた訳でも無いのに、メナドの中では完全に決まってしまった様だ。
「ね、ねぇ ユーリ」
「ん?」
背中合わせで、戦っている時、メナドはある事を提案していた。
「僕と、勝負しない?」
「勝負?」
「うん。どっちが多くゾンビ達をやっつけるか。ユーリ、とっても強いから、勝負してみたいんだ。……その競争効果で、僕も、もっと強くなれるって思うから」
メナドは、勝負を提案した。どうやら、彼女の中には少なからず 負けず嫌いな所があるのだろうか? とユーリは思い。
「ああ、構わない。……ただ」
「ただ?」
「手加減はしないぞ?」
「っ……、の、望むところだよっ!」
笑みを見せたユーリに、思わず 見惚れてしまいそうになったメナド。だけど、直ぐに調子を取り戻す。
誰かと共に戦っていると言う安心感、そして、負けたくない思いも相余って 自分の実力以上の力が出ている。
「(ま、負けないっ!)」
メナドは 槍を握る力を上げた。一閃の元、斬り伏せていく。この辺りのモンスター達は、2人の敵ではなく、競っているからこそ、全滅は最早時間の問題だと思われていたが。
「……あったかいひと、だぁれ……?」
ある程度のゾンビ達を葬ったその時だ。ゾンビの数が減ったかと思えば……、それは、メナドの前に現れた。苦しげな咆哮をあげていて、これまでよりも遥かに強く、大きなモンスター。
「なっ……!? ゾンビエルフ!? こんなのもきたのか!」
その名のとおり、エルフが死に、ゾンビとして蘇った女の子モンスターだ。ゾンビの強さは、生前のその者の身体能力に比例する。故に、人間よりも強い力を持ったエルフがゾンビになった。……故に、そのゾンビも遥かに強い。これまでのゾンビと比べ物にならない程に。
「ぬくもりを……ちょぉだぁぁい!!」
背中に生えた4本の触腕が伸びる。2本のその触腕は掻い潜り、懐に潜り込もうとしたのだが。
「くぁっ……!!」
残った2本の腕が、メナドの槍を弾いたのだ。なんとか離さずに済んだのだが、それでも無防備な体勢に追い込まれてしまった。
そして、回避した筈の2本の触腕も再び迫る。
「あ、あ、あぁ……っ!」
武器を封じられ、最早防御する事もできない。その凶悪な一撃を受けてしまうのかと思ったメナドは、思わず小さく叫びをあげてしまっていた。
触腕が迫ってくる。……が、それがメナドに届く事はなかった。
「死んだのは、確かに同情する。……が」
メナドとゾンビエルフの間に、割り込む影が1つ。
「……生きている者に嫉妬するのは頂けんな!」
裂帛の気合と共に放たれるのは、ユーリ渾身の居合。抜刀した刃さえ見えず、気がついたら、もう既に、納刀されていた。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
そして、ゾンビエルフは、斬られてしまい、絶命していた。
「成仏しろよ。……残念だが、死んでも 安息は得られないがな。……アイツに還っていくだけだから」
ユーリの攻撃で、完全に絶命をするゾンビエルフを見て……メナドは驚いた。
「す、凄い……、勝っちゃった」
メナドが驚き、見開いていた解き、ユーリは、戦闘体勢を完全に解き、メナドの方へと向かった。尻餅をついてしまっている彼女に手を差し伸べる。
「大丈夫か? メナド」
「う、うん……」
差し出された手を握るメナド。そして、立ち上がる。
「よし。目立った外傷は無いようだ」
「うぅ……、ごめん、ユーリ。僕偉そうな事言って、こんな……」
メナドは申し訳なさそうにしていたが、ユーリは首を横に振る。
「確かに、勝負はしていた。が、共に戦う以上は仲間だ。……仲間を助けるのは当たり前、だろう? それに」
ユーリは、メナドの頭を軽く叩き。
「普段は、軍人だ。人を守る立場だ。……だけど、たまには、守られるのも良いさ。……メナドは女の子なんだから」
そう言って笑った。
「え……、え? そ、そんな、僕、女の子、だなんて……」
「? いや、どう見てもメナドは女の子だろう? 女の子じゃないと、なんだって言うんだ? ……魔法で姿を変えているんなら、話は別だが」
「い、いやいや、そんな事無いよ! で、でも……、僕は、ガサツだし…… 男の子みたい、だし……」
メナドは少しモジモジとさせながら、そう言っていた。でも、ユーリは逆に首をかしげる。
「ん? ガサツ、なのか? 十分魅力的な女の子だと、オレは思うんだが……」
「え……?」
「まぁ 人の見方で変わるとは思うが、オレはそう思うぞ。それだけだ」
ユーリの言葉に、メナドは言葉を失った。これまで、女の子扱いをされた事なんて、一度も無かったから。
そう、これが初めて、だったから……。
~マーガレット英雄墓地・入口~
2人は戦闘を終えて、戻ってきた。メナドはまだ心ここにあらず、だったが 墓地の外にまできた頃には、もう大丈夫そうだ。
ユーリは、あのゾンビエルフとの1戦の影響だろう、と判断をしていた。
「あ、ユーリ。ありがとう。……その、これが約束のお礼だよ」
そう言うと、メナドは、コロシアムの参加証を差し出した。
「こっちこそ、ありがとう。……参加証の入手難度を考えたら、こちらの方がありがたい」
ユーリは受け取ると、礼を逆に返していた。ランスの様に、強い幸運がある訳でも無い。せいぜい人並だと思える。今回ので十分すぎる程だった。
「う、うん……、それともう1つ、これはさっきの……」
メナドは、目を逸らせつつ、ユーリに言った。
「ありがとう。あのゾンビから助けてくれて。……嬉しかった」
「……仲間、だろう? 共に戦ったらもう」
「う、うんっ!」
その言葉を訊いて、メナドは花開く様に笑顔になった。
そして、その後。
「じゃあ、また……」
「ああ」
「何か、僕にできる事があったら、遠慮なくいってね」
「そうだな。……その時は、宜しく頼む」
「うん!」
メナドとユーリは別れていった。
メナドは、ユーリの方を見て。
「……守られるのも、悪くない、か。ほんと、だね。女の子扱いをしてくれたのも、僕初めてだ……」
ユーリの事を想う。
「歳、なんて関係ないよねっ! ま、また、機会があったら良いな……」
メナドは……、最後の最後まで、ユーリの歳を分かってないままだった。
……自分よりも歳上なのに。
~リーザス城下町 酒場≪ふらんだーす≫~
ランスは、何やら酒を煽っていた。
本人はそれ程強くないくせに次々と飲む。
「がははは! これが、オレ様の実力だぁ~!」
「ランスさん。しっかり……。大丈夫ですか?」
パルプテンクスはランスの肩を摩りながら水を持ってきた。これ以上は止めといた方が良いとの判断だ。親父さんは早い段階で、そう思っていた為濃度をかなり薄めていた。
「はぁぁ……ここにいたのかランス」
入り口の方から声が聞こえてきた。声の主はユーリだ。その言葉からどうやら、暫く探していたようだ。
「お~、きた様だな! 我が下僕よ!」
「誰が下僕だ。……口調が変わってるし」
「がははは! オレ様の実力を判ったかー。持っているモノが違うと言う訳だ、がははは!」
そう言うと同時に、1枚の紙をばんばんと叩きながらそう言っていた。勿論、それはコロシアムの参加証だ。
「はいはい。ほら、オレもだ」
ユーリも取り出した。同じ参加証を。
「む……? なんだと! なぜ貴様がそれを持っているのだ!」
「お? 口調が元に戻ったな」
ランスを見て、軽く笑う。ちょっぴり溜飲も下がる想いだ。
「さては、盗んできたな?」
「それは、お前だろうが……」
苦笑いをしながら、てきとうに対応するユーリだ。そんな時、パルプテンクスがやってきた。
「流石ですね。お2人共が、参加証をもらえるなんて……、とてもお強いですから」
笑顔でそう言っていた。
ランスは、少し意地になっており。
「オレ様のほーがつよーい!」
と叫びながら、パルプテンクスを抱き寄せた。
「きゃ、きゃあっ! ら、ランスさんっ!」
「がははは! オレ様の方が強いのだー!」
「で、でも、ランスさんのお仲間だから、ユーリさんも、その……」
「む?」
ランスはその言葉を訊いて、更に気分を良くしたのだろうか。
「がはは、当然だ。オレ様の下僕は、軟弱ではないからなー! オレ様よりは劣るが、そこらへんの男よりは使えると言うものだ! がははは!」
随分と言いたい放題である。
「あ、あんっ ら、ランスさん……っ」
パルプテンクスは色々と身体を触られて困っていた。命の恩人だから、無下にはできないから、どうする事もできない。
「やれやれ……」
ユーリは、ランスの方に近づくと、手を翳し、そして唱える。
「スリープ」
「はっ……zzz zzz」
いい具合に酒もまわっていた様で、効率よく眠らせる事が出来た。
「きゃ、ら、ランスさん?」
「ああ、大丈夫。眠ってもらっただけだ。……ったく、迷惑を掛けるな、っての」
そう言うと、ユーリは、ランスの身体をパルプテンクスから離した。ある程度、装備は外しているとは言え、ランスの体重を支えるのは、女の子には辛いだろうから。
「あ、ありがとうございます。ユーリさん」
「いやいや。一応オレの連れだからな。こっちこそ迷惑かけた」
一先ず詫びを入れるユーリ。
「ユーリ。ランスを氷砂糖にまで連れて帰るのは大変だろう? ひと晩は、ここでで預かるぞ」
「大丈夫なのか?」
「ああ。ユーリやランスには、返しても返しきれねぇ程の恩があるからなぁ! パルプテンクスの嫁にもらってくれねぇか!?」
また、ここのオヤジ恒例の娘を差し出す行動を取っている。ユーリは苦笑いをして。
「はぁ、誰にでもそれ、言うなよ? 特にランスに言った日には、即その場でヤられてしまうかもしれないぞ」
「あー、確かにランスの方は、自分に正直だからな。ああ、自分の欲望に」
オヤジは、ゲラゲラと笑っていた。本当に嬉しいのだろう。……当たり前の様に娘がいるというこの状況が。
「パルプテンクスの気持ちだってある。……今時流行らないぞ。親の言いつけで、って言うのは。折角平和なリーザスに……、ああ。最近ではそうも言ってられないが、兎も角、他の場所に比べたら、極めて平和な部類の国で暮らしているんだ。自分の道は、自分に決めさせてやれよ」
そう言うと、ユーリは腰かけて、酒を口に入れた。その姿を見たら、もう違和感バリバリだ。
「すげえな、ユーリ。その歳でどれだけの事を経験してきているんだ?」
「………歳って」
「……(ユーリ、さん……)」
歳の話題を出されて、ユーリはやや顔を引きつらせた。そう言えば、最近は、ランスにしか言われていないから、油断していた。
「まぁ……、冒険者で、《19》だったら、これくらいは普通だ。普通!」
「え……?」
「は……?」
当然、とも言えるだろうか、実年齢を暴露した瞬間、場が凍りついたのだった。
~リーザス城~
それは深夜の時間帯。
交代で行っている城内警護の者の足音が響き渡るのみの、それ以外はほぼ無音。
そんな城内のある部屋での事。明りは消されており、月明かりのみが窓から部屋を照らしていた。その部屋の中には3つの人影。
窓際にある豪華な椅子に腰掛けた1人がゆっくりと口を開いた。
「それで……、ヒカリを探してる冒険者風の男の件は?」
その声色から女……。何処か気品さも持ち合わせているが、何処か冷酷さも含まれている。そして、残った2つの影もゆっくりと動き、そしてその1つが答えた。
「申し訳有りません。まだ、はっきりとは判っておりません。片方の男は判っているのですが、……もう片方は」
「そう。……なるべく早くにお願いね。邪魔されたらたまんないから。まぁ それも楽しいのかもしれないけど」
「はい、承知いたしました」
そして、もう1つの影、跪いている人影に向かって口を開いた。
「……急いで、探して。後の1人の事も。こっちも色々と見ておくから。……いいわね?」
「……はっ! 仰せのままに。」
3つ目の影はその一言のみ発しただけ。
その次の瞬間には3つあった影の内の1つが消失していた。
「さて……、私の所有物を探すとか、……それで、一体誰にケンカを売る事になるのか、判ってるのかしらね? この侵入者は」
髪をすっと、掻き揚げ そして口元に手を当てて冷酷に笑う。
「ふふ……。その身体に教えてあげないとね。誰を敵に回したのか……を。」
月明かりが口元のみを照らした。
怪しく、冷酷に笑う口元が見え、それは今後の攻防に更に激しさを増す事を物語っていた。
~リーザス城 コロシアム~
翌日のコロシアムは、いつもより熱気で渦巻いていた。
どこから噂がたったのか、絶対王者と言われているユラン・ミラージュにケンカを売った男が参加していると言う話が蔓延していたのだ。どれ程の男なのか?と言う興味と、最近はめっきりと出る機会が無くなっていたユランの必殺技が見れるのではないか?と言う期待で観客のボルテージが普段の倍増しで上がっていたのだ。
「そんな、命知らずな男がいたんだな!? ちぃ~ オレがあってりゃ、手筈を整えてやろーと思ってたのによ!」
安っぽい服を着た髭もじゃの男が酒を片手に騒いでいた。ユランのファンで、可愛いのに、強い彼女にくびったけだ。そして、彼女は強い男と戦える事を求めていた。
そんな彼女の願いを叶えたい!と強く思っており、戦士風な男を見かけては声を駆け続けていたのだった。
……自分が強くなってやろうという気は全く無いのは、あたりまえだそうである。
「がーーはっはっはっは! 軽く蹴散らしてやるぜ!」
ランスは剣を振り下ろしそして肩に担いだ。もうそろそろ出番が回ってきているのだ。
「相手は、あれか。機械人間、サイボーグと言うヤツだな。どうやら、両の腕に武器を仕込んでいるみたいだ。気をつけろよ?」
「だから、誰に向かっていっておるのだ! あんなの楽勝だ!」
ランスはそう一言言うと大股歩きで戦いの舞台へと上がっていった。
「……ま、アイツなら大丈夫だろ」
ランスは問題なく相手のサイボーグ戦士を攻め立てていた。相手が殆ど人間でない以上は、タフそうだが、それを踏まえてもランスの勝ちしかないだろう。
「ん……」
そんな時、いつの間にか隣に立っている戦士がいた。
「チャンピオン殿は、こんな一回戦になんかに、興味があるのか?」
「ふ……。あの男くらいだからね。私に正面向かって啖呵切ったのは。それにトーナメント式って言う戦いも、あまり経験がなくて。いつも挑戦者は1~2位からだったから」
ユランはニヤリと笑いながらランスを見ていた。
丁度、相手と剣を交える最中だった。サイボーグ戦士のフブリ・松下は防戦一方。ランスの言うとおり、どう転んでも 負けは無い。楽勝のようだ。
「……確かに、口だけじゃないのはあの戦いぶりを見れば判るけどね」
ユランもランスの戦いを見てそう感じているようだ。正直相手が弱い事もあるがそれを考慮しても。
「(ふ……ん。見る目もある様だ。伊達にチャンピオンと呼ばれてないと言う事か)」
「それにアンタも」
「ん?」
ランスの方を見ていたユランは視線はそのままに、ユーリに話しかけていた。
「惚けなくてもいいじゃないか。……相当な腕前と見たね」
「オレ、か?」
「他に誰がいるんだい?……少なくとも、今日のトーナメントの中では随一ね。アンタともやりたいもんだわ」
ユランは、この時ランスから目を離してニヤリと笑った。自分の中の何かがそう告げているのだ。そして、それが外れた事はこれまでに無い。
だからこそ、滅多に感じなかったのだが、今回はこの男に何かを感じていたようだ。
「それは光栄だが、その言葉はランスの前では言わないでくれ。変に八つ当たりされてもやかましい」
「……ああ、確かに、彼はそんな性格だね」
「それと……」
ユーリは、自身の剣を確認し、鞘に収めた後ユランに背を向けた。
「このトーナメント表的にまずはランスに勝てたら……だろう? なのにオレとは気が早いんじゃないか?」
そう言い残しこの場から姿を消した。ユランはその言葉を頭の中で浮かべる。
「……君がそこまで買ってる相手か。ふふ……楽しみだね。それに、もう1人、気になる異国の男もいるし……」
ユランは、そう思わずにはいられなかった。
過去において、ここまで感じることが出来た男はいない。いるとすれば、同性のレイラ位だった。
そして、その自分の感覚は正しかった。あの男も、嘗て無いほどの実力者だったのだから。
「どりゃああああっ!!!」
「ぐほぉぉ……ッ、ちっ……あんた、強いぜ……」
「そこまで~~!!ランス選手の勝利です~~! 全身の60%が機械であるサイボーグ戦士フブリ・松下選手を見事打ち破りました~~! 話題の人気戦士ランス選手幸先の良い出だしのようですね~~!」
一気にそのアナウンスと共に一気に≪どっ!≫っとコロシアム中に歓声が沸き上がる。アナウンスの声は何処かおっとりとしてて、バトルのアナウンサーとしてどうか!?って思っていた事も過去にはあったが、今では名物となっていたのである。
それに、剣を高々と上げて答えたランス。
「がーーっはっはっは! オレ様最強っ!!」
注目を集め、歓声を受けて舞い上がったのか、暫くそのまま闘技場の周囲を歩き回っては剣を突き上げていた。
……司会謙実況担当の《ナギサ》は、正直いい加減出て行って欲しいな~と言う感じも漂わせていた。
次にも試合はあるのだから。
「さて……次はもう1人の彼の番か。ちゃんと見とかないとね」
ユランは、先ほど去っていったユーリの試合が次に控えているのを確認し、期待に胸を躍らせていた。自分の目利きは正しい事を確信して。
「さ~~!! 続いて~~行きますよ~~~!! 次はユーリ選手vsおたま男選手です~」
おっとりとした声が響き渡る中、先に闘技場に姿を現したのは≪おたま男≫。
その姿はやせ衰えた生白い体禿げ上がった頭頂部に僅かに残る数本の髪、そして何故か構えているのは、名前にちなんだお玉。まさに怪奇な容貌と言っていい姿。……普通にこんなのが街中を歩いていたら、ちょっとした名物になってることだろう。
「ふっふっふ……私にはハニワ神がついておる。負けは無い!」
お玉を天に掲げ、高らかに勝利を宣言するおたま男。
会場のボルテージは好調だから、容貌がどうであれ、盛り上がる盛り上がる。
「さて……やるか」
続いてスモークと共に出てきたのはユーリ。
腰に携える一本の刀と、薄手のメイルにヘルムの代わりにメイルから出ているフードを被っている。どうやら、メイルの下にローブを着込んでいるようだ。
素顔は観客からは間違いなく見えない。
でも、そんなのは関係なく、ただただ戦えコールがドンドン湧き上がっていく。
「はい~~! 行きますよ~~! レディ~~ふぁいとっ!!」
のどかな声が響き渡ったと同時に、始まった。
「行くぞ! ハニ~~~!!!」
おたま男が身体に【力】を集約させる。
人間の顔面にある穴。目、鼻、口、耳。その全てから不吉な影が生まれていく。
「……まさか。それは」
少なからず、ユーリは驚きを隠せない。
あの男が使おうとしている技を見てだ。
それが、自分に間違いが無ければアレは人間には体得する事は不可能な筈のものだからだ。
「ふら~~~~っしゅっ!!!」
“みょいんっ!!!”
その攻撃は、想像通りの≪ハニーフラッシュ≫であった。
それはハニー族が顔の穴から放つ不思議な衝撃波。純粋物理属性であり、魔法ではない。射程距離も長く、何より厄介なのがどんな防具でも防げず、どれだけ回避性に優れた者でも避けることが出来ない攻撃だと言う事。
「(驚いたが……、まぁ問題無いか)」
驚きを見せたのはほんの一瞬であり、ユーリは直ぐに反撃の態勢をとった。
確かに防御・回避が不可。であるが、所詮はハニー族の攻撃。割れれば直ぐに死んでしまう一族だから、せめて一矢報いろうと出来た力だろうと解釈している者だっていたから一部例外はいるが、それは置いておくとしよう。
ユーリはそのままその衝撃を受けた。
「くっくっく! どうだ! ハニワ神から授かった力は!!」
「どうもこうも、所詮はハニーフラッシュだろ?」
「んなっ!!」
衝撃を受けてもそのまま勢いを殺さずにすれ違い様に刀を引き抜き一閃。観客からはただ、通りすぎたようにしか見えなかっただろう。
「………」
ユーリは、抜刀した刀をゆっくりと鞘に納めた。
『棄権するのか?』とも取れる行動に場は一瞬騒然となっていたが、次の瞬間に。
「が、がはっ!! な、なぜ、なぜだ……ハニワ神は、私を……見捨てたの……か……」
おたま男が糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。
結構隙だらけ+人体の急所の1つに一閃を喰らって尚、あのヤラレ台詞を言えたのは凄まじいものを感じる。
「(峰だけど……結構強めに入っちゃった。大丈夫か?)」
ユーリは、この闘技場の歓声もあり、余計な気合が入ってしまったようだった。その気合はいつもより何割か増しで攻撃に転じてしまってて、速度も増している。普通の人間なら見る事は勿論、影すら捉えられない程の速度。観客もさっきまでの興奮の渦だったのが、不自然な静寂に包まれている。
だが、それは一瞬だった。
『うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
一気に静寂は消え去り、本日最大の歓声に包まれていた。
「これは凄いです~~!! ユーリ選手の勝利です~! いやー、今のは見えませんでしたね~!カレンさん?」
「そうですね。これ程の速度の攻撃を見るのは………。いえ、なんでもありません。こちらの話で……」
実況がちゃんとしてなくてどーする!と、突っ込みたくなるが、あの速度の域は過去で見たのはあの将軍の剣撃くらいだ。
……否、判らない。
遠目のこの位置からでも残像を追えた程度。どちらが、上なのか……そう考えたら。
(ここで、簡単に赤の将の名を出すわけには……。彼も冒険者だろうし、王国に注目させるのも、ちょっと可哀想だしね)
自国の最強である赤の将軍に匹敵するとなれば、王国が黙ってないだろう。そう考えたカレンの判断である。
良かったのかどうかは、判らないが 軍から内部へと入ろうと企てているユーリにとっては、名を出してくれた方が好都合……なのだが。そんな内事情をただのアナウンサーであるカレンが知るよしも無かった。
「ははは……。ま、たまにはこんなのも良いかもな。……顔は晒したくないが」
ユーリは、まだ冷めぬ声援に答える様に拳を軽く突き上げ、選手控え室へと帰っ ていった。
これはまだまだ序盤の一回戦。
まだまだトーナメントは始まったばかりだ。
(あの速度は……、辛うじて見る事は出来た。でも、対峙した時に回避出来るか? と言われればわからない。出来ない……なんて言いたくない)
ユランは、握る拳に更に力を加えながら考える。この嘗て無い緊迫感、これこそが自分の求めていたものはこれだったのだから。
「ふんっ! あの馬鹿め、変に情けをかけたのだな。なぜ、腹なんぞ狙っておるのだ。男なら ずばーーっと首だろうが!」
「!!!」
直ぐ傍で試合を観戦していたランスがデカイ声で野次を飛ばしていた。
そんなのは観客の声援でかき消され、本人に聞こえる筈はないが、その野次の内容にユランは再び戦慄が走った。この男、大した事ないと思っていたのだが、自分以上に正確にあの斬撃を見ていたのだ。
(……この男も、か。……ふふ)
自然と笑みがこぼれる。さっきあの男が言ったとおり。まだ、あの男とやるのは早い。
目の前の久方ぶりに見る≪強敵≫を倒してからだ
ユランはそう思うと、そのまま奥へと去っていった。
後書き
~人物紹介~
□ ミリー・リンクル
技能 幸福Lv2
リーザス城下町で営業する武器屋《あきらめ》の店員にして、店主。朝、起きる事が出来ない為、営業時間は昼から深夜。友達であるパティに度々起こしに来てもらっている。
不幸にも家族を失い、悲しみにくれていた時に ユーリと出会い、命を救ってもらった過去がある。
その後は、流れ星に願った結果《幸福》の技能に目覚めた。良い方向に行けば、と思ったのだが、あまりに効きすぎる為、更に精神を病んでしまう結果になる。
今はユーリから貰った不幸眼鏡、そしてパティ達のおかげもあり、少しずつ、明るくなっていく。
……淡い恋心を抱いているのは、彼女だけの秘密。そして、それが茨の道だと言う事は、なんとなく察している。
□ パティ・ザ・サマー
リーザス城下町で営業しているアイテム屋《バルチック》のオーナーを勤めている少女。
新感覚のアイテム屋、を目指しており、床にはすなを敷き詰めて砂場を再現したり、海らしい飾り付けを施して、まるで海の家を再現。ただ、自分は海を見た事無い為、当面の目標が海を見る事である。
自称海の家のオーナーなのに、苦手なものは、水。泳げないどころか、お風呂も無理だとか。(シャワーはOK)
ユーリはお得意様であり、ミリー達とは大の仲良し。
□ メナド・シセイ
Lv23/46
技能 剣戦闘Lv1
リーザス城の門番《都市守備隊》として、勤務している少女。明らかにオーバースペックの能力を持っているのだが、軍がそれに気づくのは、まだ先の話。
ユーリの事は何かと見ていたのは、もう今はいない自分の弟の事を重ねてしまっていたのは、無意識。だが、その強さを知り、そして初めて、助けられたと言う事、女の子として、扱ってくれた事も重なり……、仄かに想いを寄せている。そのお陰で、不幸な未来を回避出来たと言う事は、この時は本人はもちろん、誰も知らない。
……また、会える事を楽しみにしている。因みに、ランスは要注意人物として認識。
□ ニンジャ・マスター
Lv??/??
技能 忍者?
コロシアムのランキングでその名を見つけ、参戦する切欠となった。……一体何者だろうか……?
☆コロシアム・モブ編
□ フブリ・松下
コロシアムでランスが一回戦で戦った相手。紫色の筋肉男で、身体の半分以上、60%を機械化したサイボーグの戦士。つまりは殆ど人間を止めている存在なのである。
両腕から細身のブレードを生やし、攻撃するが、ランスの前にあっけなく倒された。
□ おたま男
コロシアムでユーリが一回戦で戦った相手。本編での紹介で殆どで特徴を書いてるから、これ以上紹介する事はない。(ばっさり)
あえて言うなら、なぜハニーフラッシュを覚えたのか……?
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