黒魔術師松本沙耶香 人形篇
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23部分:第二十三章
第二十三章
そのカクテルを飲んだ次の日であった。沙耶香は少し遅い時間に学園にやって来た。そして理事長に軽い挨拶をした後で一人あの人形があった屋上に向かった。
そしてそこからグラウンドを見下ろしながら煙草を吸っていた。青い空に煙が漂っている。
彼女はグラウンドを見ていた。だがその心ではそこを見ていたわけではなかった。別のもの、そして別の場所を見ていたのであった。
煙草を吸い終わった時だった。後ろから気配がした。
「遅かったわね」
沙耶香は後ろを振り返らずにこう言った。煙草は指から出した炎で燃やし尽くした。
「貴女を探していたから」
その気配の主はその言葉に対してこう返してきた。
「探したわよ、何処にいるか」
「すぐにわかると思ったけれど」
沙耶香はなおも後ろを振り返らない。気配の主に背を向けたまま言う。
「こっちは気配を思いきり出してあげてたから」
「随分黒い気ね」
「ふふふ」
沙耶香はそう言われて笑った。
「面白い表現ね」
「こんな気ははじめてだわ」
気配の主はそれに応えてまた言った。
「まるで魔王みたいな」
「言い過ぎね、それは」
沙耶香の笑みが強くなった。
「私はそこまで凄くはないわよ」
「どうかしら」
「もっともここでやられるつもりはないけれどね」
「私に。勝つつもりかしら」
「ええ」
沙耶香は頷いた。
「負けたことはないから」
「大した自信ね」
「貴女もそうみたいだけれど」
そしてようやく後ろを振り向いた。
「違うかしら、シスター」
「確かにね」
声の主はそれを認めた。そこにはシスターデリラがいた。
「昨夜のカクテル御馳走様」
「気に入ってもらえたみたいね」
「カクテルも好きだから」
沙耶香は笑いつつこう返した。
「気分よく飲ませてもらったわ」
「それじゃあ受け取ってくれたわね」
「勿論」
笑っていた。そしてシスターデリラを見ていた。
「宣戦布告ね」
「そうよ。もっともその前から戦いははじまっていたけれど」
「こうして実際に対峙するのはね。はじめてよね」
「そうね。まさかこうなるとは思わなかったわ」
「私は望んでいたけれど」
そう言いながら右腕を掲げる。そしてそこに氷の刃を出してきた。
「元々こっちが仕事だったから」
「仕事ね」
「魔術師としてね。この事件を解決することが」
「そう。それじゃあ私のことも知ってるわね」
「一連の事件の犯人は貴女ね」
「今更隠してもどうにもならないわね」
シスターデリラもまた笑った。妖艶な笑みであった。
「そうよ。私がやったの」
「魔術で」
「人形はね、魔法なのよ」
その言葉には何かを含んでいた。
「術を使って。作るのよ」
「女の子達が消えたのは貴女に人形にされていたから」
「綺麗だったでしょ」
「とてもね。まるで生きているみたいだったわ」
「だって生きているんですもの」
シスターは妖艶な笑みのままこう返した。
「生きている」
「そうよ。彼女達は人形にされただけ。ちゃんと生きているわよ」
「それを聞いて安心したわ」
沙耶香の顔に安堵の笑みが微かに浮かんだ。
「死んでいたら。私の御馳走がなくなるから」
「御馳走ね」
「女の子はこの上ない御馳走よ」
その趣味の対象として。
「もっとも貴女と私では楽しみ方が違うみたいだけれど」
「私は彼女達を食べたりはしないわ」
このシスターもどうやら同性愛者の様である。だがその嗜好は沙耶香のそれとはいささか違っていた。
「眺めて、飾っておくのは好きだけれど」
「勿体ないわね、それじゃあ」
当然沙耶香はそれには賛同しなかった。彼女にとってはまずは肉欲こそが第一であるからだ。
「味あわないなんて」
「貴女にはわからないでしょうね。美しいものを側に飾っておくことの素晴らしさが」
「ええ、そんな趣味はないから」
沙耶香もそれは認めた。
「私は芸術品は実際に味わう趣味なのよ」
「グルメというわけね」
「そして貴女はコレクター」
「ええ」
シスターはその言葉に頷いた。
「そしてこれからもそれは増えるわ」
「残念ね、それは今日で終わるわ」
「貴女に倒されて?」
「そうよ。覚悟は出来てるわよね」
その氷の刃が大きくなる。剣になった。青い刀身を持つ剣であった。
「これが仕事だから。悪く思わないでね」
「それじゃあ私も見せないと駄目ね」
シスターも身構えた。その周りから何かが出て来る。
「私の技を。かかって来なさい」
それは人形達であった。マネキンである。それ等が床から出て来た。そしてシスターの周りを取り囲んでいた。
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