ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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受難‐サクリファイス‐part2/ネクサスVSゼットン
宇宙空間で、ゼットンを乗せた宇宙船と、それを狙った別の星人の宇宙船の交戦場所だったところに、一つの白い光が飛来した。周囲には何も残っていない。あるのは、宇宙船の残骸と思われる瓦礫だけ。
白い光には人間と同じ自我があった。そして同時に、宇宙を荒らす愚かな存在が未だに暴れていることに不満と怒りを覚える。
こんなことしなくたって、自分の星を発展させる道は腐るほどあるはずなのに。
とはいえ、苛立っても始まらない。光は、その地点から見える一つの惑星を発見した。
二つの月に囲まれた、地球とよく似た青い星。
(円盤が落ちたのは…あそこか…!行くぜ!)
白い発光体は大気圏に突入、まっすぐ地上へと向かう。その向かう先は、ハルケギニアの空に浮かぶ、一つの浮遊大陸だった。
ヘンリーは早馬のごとく竜を駆り、直ちにアルビオン軍駐在基地のサウスゴータ支部にたどり着く。基地の庭に飛来し前触れ無く到着した負傷兵を見て、ざわつき始めるアルビオン兵たち。
「で、伝令!怪獣が出現しました!」
「怪獣!?どういうことだ?怪獣は…」
「いえ、今回の怪獣は我らの戦力範囲外の個体です!部隊は壊滅し、この街に向かって接近中!」
傷の痛みをこらえながら、応対してきた兵に対してヘンリーが大声で喚く。怪獣の接近と部隊の壊滅を聞き、直ちにサウスゴータに駐在しているアルビオン軍は対ゼットン討伐部隊が編成され、出撃した。
それを、メンヌヴィルが不敵な笑みを浮かべながら見ていた。遠くから迫り着ているゼットン。長年の戦闘経験で鍛えられた勘ですぐにわかった。
あの怪獣が、自分も殺しがいのあるほどの強敵だ。それほどの敵が現れたのなら、必ず彼は…『ウルトラマン』は現れる。
わかる…奴は、すでに近くにいる!!
肌で強敵の存在を察したメンヌヴィルは、その歪みきった笑みと高揚感を抑えきれない。その視線の先に、今度はシュウたちが留まっている街、シティオブサウスゴータが見えた。
その頃。シティオブサウスゴータの宿の食堂はお客でにぎわっていた。
「「………」」
あの後、シュウは口を利かなかった。テファもシュウへ言葉をかけることはなかった。
気まずい雰囲気が二人の間に漂う。村でシュウの正体を知ったのは現時点でマチルダ、サム、そして今はエルフであることを隠すため帽子を着用しているテファの三人だけと言うこともあり、子供たちの様子は変わっていない…とは言いにくかった。二人の間に漂う重い空気が子供たちにも伝わっていた。
「……ひそひそ(ねぇ…どうして兄ちゃんと姉ちゃん、口を利こうとしないの?)」
「…ひそひそ(そんなの僕に言われても…そもそも兄ちゃん口数多くないし」
サマンサが不思議に思って、小声でジムに問うてみても、問われた側のジムには答えが無い。
(せめてこの街を出る前に、この重い空気なんとか…)
マチルダは二人の様子を見つつも、彼女もまたこの重い空気をどう打開しようと考えているが、とりあえず浮かんだのは様子見することだけ。彼さえどうにかできれば問題ないのだが…いじけた子供をなだめたことはあっても、シュウほど胸に何か重いものをつかえさせている人間は初だ。というか、年頃の男子とはこうもめんどくさいものだろうか。
「…ごちそうさま」
元々食している量が少なかったこともあってテファが最初に平らげる。それに続いてシュウもまた飯を平らげそのまま自分が寝泊まりする部屋に戻っていこうとする。
一言も、言葉を交わさないまま…。
そのときだった。
シュウは何かを感じ取ったのか顔を上げた。
「シュウ、どうしたんだい?」
「…来る」
「え?」
きょとんとするマチルダや子供たち。すると、宿の食堂に突如男が飛び込んできる。
「か、怪獣だ!!こっちへやってくるぞ!」
驚くみんなを他所に、シュウは衝動に駆られるように外に出た。
外に出ると、街のあちこちから、飛竜が飛び立っていく。街に駐在しているアルビオン兵が緊急事態を察して竜を駆って出撃したのだ。方角は南、自分たちがいずれアルビオンから出るために利用する港町の方角からだ。
反対側を振り向いて街の外の方を見る。
向こうから火の手が上がっていた。そこには特に竜騎士たちが集まっており、何かに向けて魔法を放ち続けている。が、信じられないことが起きていた。
「ま、魔法が跳ね返っている!!」
「まさか、先住魔法…ぎゃああああああああ!!」
すでにこのとき、街にはゼットンが入り込もうとしていた。竜騎士たちの放つ魔法が、ゼトンに届く前に、見えない何かに阻まれ弾かれている。そしてその返しといわんばかりに、ゼットンは顔の発光体からエネルギー弾を連続発射して次々と竜騎士たちを撃墜し、そのまま町を破壊し始める。宿の中を含めた、街の人たちがその姿を見て逃げ出していく。
ゼットンの姿を、シュウもすぐに見つけることができた。彼はゼットンを見て、あるものを感じ取った。
今まで戦ってきた相手の中でも5本の指に入るに違いない。果たして倒せるだろうか?
…いや、相手が誰であろうとも…倒さなければならない。こうしている間にも、竜騎士や今もこうして逃げ伸びようとしている街の人たちが。
テファたちもシュウを追って外に出ると、アルビオンの竜騎士たちを圧倒しているゼットンの姿をすぐに目の当たりにした。
「竜騎士がこうもあっさりやられるなんてね…」
マチルダも怪獣の脅威こそ知っているが、正規の軍に所属するメイジたちと怪獣の戦いを見て、こうも圧倒的な戦力差を実感させる現実に戦慄と驚愕の両方を同時に覚えさせられる。
「行かなきゃ…」
シュウはさらに焦りを覚えさせられる。ここで迷っている場合など最初からないのだ。右手で懐からエボルトラスターを取り出したそのときだった。がしっと、シュウは右腕を瞬間的に握られた。
「シュウ、行かないで!!」
悲痛な表情を浮かべるテファが引き止めてきたのだ。マチルダの姿もその後ろに見える。子供たちは、外に出るなと念を押されたのか姿を見せていないが、窓や扉からこちらを覗き見ている。
また彼が、それも今回は目の前で戦いに行こうとしている。すでにテファに正体がバレた。同時に彼女は、時折見てきた謎のヴィジョン…銀色の巨人と怪物、又は黒い巨人の戦いの景色の意味を理解してしまった。そして、たとえ個で強大な力を持つウルトラマンでも必ず余裕で勝てるわけではなかったことも、故に命の危険と隣り合わせであることもわかってしまった。だが…。
―――俺がここで戦わなかったら…彼らはどうなる?
―――ティファニアたちも無事では済まないじゃないか
シュウはすぐにテファから目を背け、彼女の手を下ろさせた。
「…俺が行かなかったら、誰が奴を止めるんだ?」
「でも…だからって…メイジがあんなに集まっても勝てないのに!」
「……」
これがテファの優しさなのは理解できる。もしかしたら、今度の戦いではやはりやられてしまうかもしれない。それでも…。
いくら肉親を殺された、友達と思っている珍獣とも生き別れたという過去があっても、テファにとって戦いの世界など理解できるはずがない世界。1秒でも立ち止まってしまえばその分だけ犠牲が増えるという現実がここにあるのだ。
「マチルダさん」
シュウはマチルダを見る。彼の目を見て、マチルダはその瞳の奥の意思を汲み取る。
「…行くんだね?」
「はい。どのみちあいつが暴れたままじゃ、俺たちはこの大陸から脱出できない。確実に狙われる。だから、行きます」
「シュウ!」
行く、と発言したシュウにテファは行くなといおうとしたが、マチルダが彼女の前に立ち、彼にただ一言言った。
「…死ぬんじゃないよ?」
行くのは勝手だ。だが、その責任は自分で負え。遠まわしにそう言っているのかもしれない。生き残れるかどうかの保障はできない。だから、シュウは最後のマチルダからの問いかけに対しては無言だった。シュウは背を向け、ゼットンとアルビオン兵の交戦地点に向けて走り出した。
シュウは、ついにゼットンとアルビオン軍の交戦地にたどり着いた。
さっきから攻撃が一切通じない。そのせいもあって全く反撃することもできず、すっかりアルビオンの兵たちは指揮が底に落ちていた。そして居間は、あちこちにゼットンの返り討ちで死んでいった竜騎士や彼らを乗せていた竜の死体が、壊れた建物に突っ込んでいたり、地面の上に転がっていた。
「こいつは酷いッスね」
地下水…いまだに名前が違和感の塊でしかないが、ナイフがシティオブサウスゴータの状況と兵たちの被害状況を見て呟く。地下水は、長年の戦いの記憶をある程度は覚えているようだが、ここまでメイジがあっさり敗れた様を見たのは初めてのことだった。
ふと、シュウはじゃり…と足に違和感を覚えた。足元を見ると、何かが転がっている。拾い上げると、それはロケットペンダントだった。ハルケギニアでもこういったものは存在しているらしい。蓋は開かれている。ペンダントの中には貴族の令嬢と思われる少女が描かれていた。年齢は、自分よりもやや年下に見えるが、誰かが落としただろうか。
「うぅ…」
うめき声が聞こえる。半壊したすぐ近くの民家の中からだった。声をたどってシュウはその民家に入ると、天井の崩れた居間の中央に、死んだと思われる竜と、それに乗っていたと思われる竜騎士の青年が竜の死体の上に倒れている。
「ま、まだ民間人がいたのか…」
その青年は、ヘンリーだった。伝令を送った後すぐに軍に合流してゼットンと交戦していたが、あっけなく返り討ちにあったものの、運よく助かっていたようだ。
「っ!お前、どこでそれを…」
民家に入ってきたシュウに気づいたヘンリーは、シュウの手に握られているロケットペンダントを見て目を見開くと、それに引き吊られるように、シュウの手から奪い取らんとする勢いで近づいて手を伸ばしてきた。しかし、大怪我をしていたこともあり、シュウの持ってるペンダントを奪う前に倒れこんでしまう。
シュウは直ちに、怪我で苦しみ悶えるの元に近づき、地下水をホルダーから取り出す。それを見てヘンリーは顔をこわばらせた。彼の手に握られたナイフを見て、思わず殺されるのではと言う予感がしたのかもしれない。だがシュウは構わず地下水を握ったままヘンリーに近づく。
「地下水。彼を治せ」
「は、はぁ…」
「何か文句か?」
「いえいえ、すぐに」
どうしてこいつを助けるのだろうとでも思ったのだろう。でも一々理由を尋ねて答える義理を持とうともしないシュウの言葉に乗せられたプレッシャーに圧され、地下水はすぐに『ヒーリング』の魔法を唱える。
「傷が……何だそのナイフは!?まさかマジックアイテム…?」
傷が治っていく。それも、変わった格好こそしているが見たところ平民と思われる男によって。驚くヘンリーを他所に、シュウはいつもどおりの態度で接する。
「これは、あんたの落し物か?」
しばらくして治癒が完了し、シュウはヘンリーにペンダントを渡した。
「他の仲間を治して、ここから退いた方がいい」
赤の他人から治癒を受けたことに戸惑うあまり、ペンダントを受け取る手の動きがややぎこちなくなったが、よほど奪われたくなかったものらしく、ヘンリーは徐にシュウからペンダントを返してもらった、
「助けてくれたこと、このペンダントを返してくれたことには礼を言うが、僕たちはアルビオン軍だ!アルビオンの民と国を守るために…」
「今は戦場から退避して戦力を蓄えてからの方がいい。お前たちの力じゃ勝てないことはもうわかっているはずだ」
「…だが…」
ヘンリーはシュウから視線をそむける。その目の奥に映っていたのは、後ろで息絶えた赤い竜だった。その瞳に宿る感情にはシュウは良く覚えがある。大事な何かを失った悲しみだ。
「その竜、お前の?」
「…あぁ、こいつは僕の相棒だ。さっき僕が助かったのも、こいつのおかげさ」
主思いの、友達思いの竜だったのか。シュウはその竜に対して尊敬の念さえも覚える。
「だったら、その命は大事にしておいた方がいいはずだ」
「いや、この命は仲間やこいつの敵を討つために使わなくては…!!」
しかし、ヘンリーは話を聞かずに、傷が治ったばかりの体を引きずって戦線復帰しようと歩き出す。しかし既に、アルビオン側の敗北は一目瞭然だ。アリが恐竜に向かったところで勝ち目など無いように。
「…すまん」
ドゴッ!
「う…!?」
怪我人に危害を加えるのは気が進まなかったが、このまま見過ごしてもこいつは無謀に突っ込む。それを予想したシュウはヘンリーの首の後ろを思い切り手刀で叩き落し、ヘンリーを気絶させ、竜の遺体の近くに寝かせた。
「旦那、自分で言ってたさっきの言葉…あの金髪エルフの姉ちゃんからも言われたんじゃなかったんですかい?」
命を大事にしろ、とはよく言うものだ。地下水はシュウの言葉が、まさにシュウ自身が自分のことを棚上げしていることを指摘した。
「…俺はいい。そんな資格はない」
「おいおい、棚上げッスよそいつは?」
「…承知の上だ」
自分でも自覚するくらいの愚か者だが、それがわからないほど馬鹿じゃないとは自負している。わかっている。わかった上で、自分は戦うのだ。自分以外の、誰かを守るために。たとえその果てに自分の命が消えようとも、誰かを…守らなければ…。
シュウは地下水をホルダーに押し込むと、エボルトラスターを取り出し、鞘から引き抜いた。
「どうして引き止めないの!もし戦ったら…死ぬかもしれないのに!」
「テファ」
去り行くシュウを、今度は引き止めることもできなかった。どうして彼を危険な場所へ行かせた。そのことを反論しようとテファが声を荒げる。当然の反応だな、とマチルダは思いながらも、彼女に言う。
「止めておいた方がいい、そう警告をした上であいつは行った。自分の生き死にについても自分で責任を負うことを、自分の意志で決めたのさ。あたしたちにできるのは、可能な限り手助けをするか、邪魔にならないように見ることか…そんなもんだよ」
「…そんなの…そんなの…やっぱり納得できないよ。私たちの都合で呼び出して、危険な目にあわせてきて…」
「テファ…」
「シュウに…このまま戦うためだけの人のままでいてほしくないのに…どうして…!」
テファは、こらえきれずついに泣きだした。ぐずっては涙を流すテファを見て、マチルダは何が正しくて、何が間違っているのか。考えるほどに訳がわからなくなっていく。テファのことは自分の命を含めた何にも代えがたいほど大事な存在だ。だから彼女の、シュウには自分を大切にしろと言うことを聞いて欲しかったが、シュウにもまた意思がある。
シュウが持っている、ウルトラマンとして、使い魔として主や人々を守らなければならないという意思。テファの、無理に故郷から引き剥がす形で使い魔にしたシュウへの罪悪感と、無理をしないで欲しいと願う優しさ。
本来は強固な信頼と絆の元に結ばれるという使い魔と主だが、この二人の場合だとそうとは限らないのではと思う。テファは過去のこともあるし、性格上争いを好まない。シュウも、戦いを通して誰かを守りたいという意思がある以上、戦いそのものはよしとはしていないはず。
だが、今は磁石のように反発し合っている。それは、今の二人にとって合ってはならない状況。
(やはり、テファが考えていた通りシュウを引き止めるべきだったか…?)
自分も自分で、テファほどじゃないにせよ甘いかもしれない。普通ならあんな死にたがりじみた奴など放っておくかもしれないが、それができないマチルダは自分もまた甘さを抱く人間なのだろうと自分を見定めた。
「…わかった。そろそろあたしもあいつの死にたがりっぷりには頭が痛くなってたからね」
「姉さん…!」
テファは涙いっぱいになるあまり赤くなった目で見つめながら、姉の顔を見上げた。
「でも、実際あいつが戦わないと、この危機を脱することはできない。それはわかる?」
「……」
テファは、その問いに対して無言だった。認めたくはないのだろう。シュウがウルトラマンとなって戦わなければならない、つまり犠牲駒にならないといけないということに。
「大丈夫、あたしが見に行っておく。その間は、安全なところまでチビたちを連れて…」
せめて自分が様子を見に行って、危なかったらすぐに助けに入っておこう。テファを安心させるためにもそう決めた、そのときだった。自分たちが泊まっていた宿から誰かが転がり出てきた。
「サム!」
「…ぐ…」
転がり出た、というより店の中から誰かに殴り飛ばされてきたというべきだったかもしれない。飛び出してきたサムは地面を転がり、そのまま反対側の建物の壁に背中を打ちつけた。直ちに彼の元へ駆け寄るテファとマチルダ。
「サム兄!」
すると、他の子供たちがサムを追って宿の中から飛び出し駆け寄ってくる。
「余所見をするとは関心せんな」
すると、子供たちの跡で宿の中から人影…それも大きい体の男が姿を見せた。
「だからこんな状況に陥る。そう思わんか?…『土くれのフーケ』」
「あんた…!!」
その男は、メンヌヴィルだった。
よりによって、この世界においてシュウと関わりの深いテファたちの前に、史上最悪の男が姿を現してしまった。
エボルトラスターの発する光に包まれ、シュウはウルトラマンネクサス・アンファンスに変身し、ゼットンの前に立ちふさがった。ここから先は通すまいと仁王立ちしながら。
「zet…ton…prororororo…」
「…」
不気味さを漂わせる鳴き声。そして怪獣にしては静かな佇まい。かえってそれがこちらの警戒を強めさせる。あまり認めたくないことだが、こいつは…強い。こうして見ているだけで何となくそうと思えてくる。
「シュア!」
ネクサスはまずは一手、それを仕掛けるために飛び蹴りを仕掛ける。ゼットンはそれを直に受けたものの、捕とど怯まなかった。返しにネクサスに向けて右足でネクサスを蹴とばす。
「グゥ!?」
蹴りは、さっきのでくの坊のような佇まいとは思えないほどの威力だった。数百メートルほど蹴とばされたネクサスは、再度立ち上がって駆け出すと同時にジュネッスブラッドにチェンジ、ゼットンにパンチとキックのラッシュを叩き込み始めた。
「ハァ!!シュ!!デヤ!!」
だが、ゼットンは怯むような様を全く見せてこなかった。まるで壁だ。自分の攻撃がここまで通じなかった相手に、ネクサスは戸惑いさえ覚え始めた。
今度こそ、とネクサスが力を込めて右拳で殴りかかったが、今度はあっさりと受け止められてしまった。
「zet…ton…」
ゼットンが、掴んだネクサスの右腕を凄まじい力で握り締め上げ、そのままひょいと放り投げた。
「グアァ!!」
シティオブサウスゴータの建物を下敷きに、ネクサスは落下した。
「それにしても、呆れたものだな。せっかく俺が獲物として狙ってやったと言うのに、こんな薄っぺらいガキ共との繋がりに縋りついていたのか、あの男は」
「あの男…?」
マチルダはなんのことか、最初はよく理解できなかった。しかしメンヌヴィルがある方角に視線を泳がせていたのを見て、彼女もまたその方角へ視線を傾けた。その方角は、ネクサスとゼットンの交戦地点だった。
「シュウッ…!」
「兄ちゃん…」
ネクサスがゼットンの攻撃によって吹き飛ばされている姿だった。それを見て、マチルダはメンヌヴィルの言葉の意味を理解する。サムもまた、巨人となったシュウの姿を凝視していた。
「お姉ちゃん、どういうことなの…?」
サム以外の子供たちは困惑している。シュウの正体をまだ知らないが故の反応だったが、すでにこの時点で勘付き始めているかもしれない。
「今回の怪獣、かなりの強豪のようだな。こいつは、あの女にいい手土産にはなることだろう。そこの小娘と一緒でな」
あの男も知っている。あの巨人がシュウなのだと、それに今の台詞とあの目を見てもう一つわかったことがある。
(こいつはテファとシュウを狙ってきていやがる!だとすると、こいつは村を襲った奴の仲間…!)
マチルダは久しぶりに現実を呪いたくなった。憎悪で満たしたくなるほどに。
自分も、テファも、そしてシュウも、子供たちも…なぜこうも嫌な現実と遭遇する羽目になるのだ。これが始祖のお導きだと言うのなら、一体始祖は何を考えているのだと。
メンヌヴィルは再びネクサスの方を見て呟いた。
「…あの怪獣が相手なら、おそらく巨人は勝てないだろうな」
「え…!?」
なんて奴だ。今まで戦ってきた奴は、パンチ一発でも痛みを覚えるくらいの反応はしていたが、こいつはなんだ。まるで機械のようにノーリアクション過ぎる。
ゼットンが静かにこちらに歩いてくる。ネクサスは身をかがめた状態で光刃〈パーティクルフェザー〉を飛ばした。
「シュワ!」
しかし、ゼットンに光刃は届かなかった。瞬時に発生したゼットンのバリアによってカキン!と金属音を立てて、光刃は砕けた。このバリアが、アルビオンのメイジたちの魔法をことごとく跳ね返したのだ。しかも、魔法だけじゃない。ウルトラマンの光刃さえも通さないほどのバリアだ。
だが、驚くのはまだ早かった。
「prororororo…」
瞬間、ゼットンの姿が消えた。
「!?」
ネクサスは驚いて辺りを見渡した。しかし、奴の姿はどこにも見当たらない。跡形もなく消え失せている。だったら!ネクサスは辺りを見渡している間に、両腕のアームドネクサスを合わせる。そして右腕を天に向けてかざしメタフィールドを展開しようとする。
しかしその時だった。そうはさせまいと、どこからか放たれた背中に向けて数発の光弾が直撃する。
「グゥ…!!?」
モロに喰らってしまい、メタフィールド展開を妨害されたネクサスは膝を着く。やはりゼットンは背後に立っていた。しかし、再び奴は姿を消す。ナナフシが木の幹の模様に化けるのと同じ擬態能力か、それとも瞬間移動なのか。しかし消えている間は奴の気配さえも消えていた。
耳を済ませろ…奴は必ずこっちに攻撃を仕掛けるはずだ。
「!」
ネクサスはとっさに右にステップした。その直後に、彼の背後だった方角から光弾が二発飛んできた。やはり背後を取るつもりで姿を消していたのだ。攻撃パターンさえ分かれば回避することなど造作もない。
ネクサスは振り向きざまに、右腕のアームドネクサスから光の剣を伸ばしに伸ばし、ゼットンの体を上下半身二つに分けてやろうと、横一直線に剣を振った。
〈シュトロームスラッシュ!!〉
「ディアアアアアアア!!」
しかし…カキィン!!
「ウ!!?」
ネクサスは、息を詰まらせた。この剣は、ビーストをたやすく一刀両断できるほどの威力を秘めているはずだ。だが、この一太刀でさえも、ゼットンのバリアを破ることができなかったのだ。
「グウゥゥゥゥゥ………」
それでもバリアに剣を食いこませようと、剣に力を入れて行くが、ネクサスの剣はまったく食い込む素振りがなかった。そればかりか、剣の方にひびが入り始め、やがてシュトロームソードはへし折れてしまった。
「!!」
剣が折れたと同時に、ゼットンもバリアを解除。今度は静かなたたずまいから一転して走り出し、ネクサスに飛びかかってきた。馬乗りにされ、ネクサスはゼットンから首を締め上げられていく。たとえ宇宙空間や水中の中でも生きられるウルトラマンでも、喉を締められるのは苦しい。
「フン!!」
ネクサスは足を無理に上げてゼットンの背中を蹴りつけ馬乗り状態から解放される。
このままでは埒が明かない。ネクサスは一気に奴を、必殺の光線で仕留めることに決めた。
両腕をスパークさせ、あらゆる敵を粒子に分解する破壊光線で、奴を消し去る。
〈オーバーレイ・シュトローム!〉
「デヤアアアア!!」
まっすぐ向かって行くネクサスの破壊光線。しかし、彼は直後に気づき、後悔することになる。
ゼットンを相手に、必殺光線は逆に自身を敗北に導く選択肢であったことに。
ゼットンはバリアも張らずに、真正面から迫りくるネクサスの光線と対峙の姿勢を取っていた。そのまま立ち続け、ゼットンは…
「!!!?」
なんと、ネクサスの光線を吸収したのだ。それも、まるでドリンクを一気に飲み干すかのごとく、跡形もなく吸収しつくしてしまった。
唖然となるネクサス。信じられなかった。光線をあんないともたやすく吸収し無効化してしまうとは。
攻撃にはびくともしない。バリアや瞬間移動を持つ。そして、光線を吸収できる。
こちらの攻撃を、全て無効にする。
もはや、ネクサスに勝ち目はなかった。
吸収したエネルギーを自らのものに変換し、ゼットンは両腕を前に伸ばし、波上の破壊光線をネクサスに直撃させた。
「グウウアアアアアア!!!」
ゼットンの光線は、すさまじい破壊力だった。光線を受けたネクサスは大きくぶっ飛ばされてしまった。
「あいつが、勝てないだって…?」
マチルダがメンヌヴィルに向かって尋ねる。
「だが安心しておけ。勝てないとは言っていたが、それは『今のまま』での話だ」
「今のまま?」
なんだ、こいつは何を言おうとしている?言っている意味が理解できない。
「今のあいつは『不完全体』だ。本来の力を引き出すには、もっと追い詰めておかねばならないだろう。本来は俺の手でやるつもりだったのだが…あの怪獣のおかげで手間が省けたな」
「不完全体って…どういうこと?」
「さあね、なんにせよ不穏かつあたしたちにとっては不都合であることに変わりはなさそうだ…」
マチルダがシュウの手助けをしようとするつもりか、杖を手に取ったが、瞬間彼女の足元に黒い弾丸が突き刺さる。
「う…!?」
「おっと、邪魔はさせんぞ」
今の弾丸は、いつの間にかメンヌヴィルが取り出しておいたダークエボルバーから放たれたものだった。
「ち、あんたこそ邪魔だよ!!」
「せっかくいい獲物ができあがるんだ。俺の渇きを満たしてくれる強敵がな。得物を横取りされるのは、悪名高い大泥棒だった貴様でも同じだろう?土くれ」
「!!」
「大泥棒?なんのこと…?」
それを聞いてマチルダ廃棄を詰まらせる。まずい、今は一番ばらされたくないテファの前だ。一方でテファは、メンヌヴィルの言う大泥棒と言う言葉の意味が理解できていない。
「教えてやるよ、お嬢さん。その女はな…」
「やめろ!!」
危機感を覚えたマチルダが叫び声を挙げてメンヌヴィルの声を遮ろうと試みたが、せいぜい一瞬の妨害。それに奴が止めたところで口を閉ざすわけがない。
「アルビオン・トリステインの貴族を中心に盗みを働き続け、貴族への憎しみを糧に盗みを働き手を汚し続けてきた、醜く薄汚い女盗賊、それがそこの女『土くれのフーケ』だ」
「!!」
テファはそれを聞いて、驚きで目を見開いた。
「姉さんが…盗賊…!?」
シュウに続き、テファには絶対に明かされたくなかった秘密をばらされたマチルダ。それを聞き、テファは今まで、マチルダが村に帰るたびに大量の金を持ち帰ってきていた。お蔭で、子供たちや自分の生活が支えられてきたのだが、頭数の都合上、平民では決して養えない大金が必要とされていた。つまり…。
(姉さんが…じゃあ今まで姉さんが稼いできたお金って…もしかして…!!)
今の彼女の頭の中は、シュウの事とも重なってかなり混乱していることだろう。青ざめるテファの顔を、マチルダは直視できない。平気で女の秘密をバラした最低の男の姿を、突き刺さりそうな視線でメンヌヴィルを睨んだ。
「あんた…!!」
あからさまにテファを追い詰めようとしている意図が見える。
「くく…別に俺は貴様が盗賊をやっていたこと事態に興味はない。ただ、秘密をバラされてさぞお怒りの、その目を見たかったのさ。その負の感情に満ちた目は大好きだ」
「…ッ!」
単純に友達からかっているレベルじゃない。怒り・憎悪…心の底から、相手の怒りを煽るのをあからさまに楽しんでいる。そう考えるとさらにこの男への怒りが募る。
しかし済ました態度でメンヌヴィルは続ける。
「お前も、あのウルトラマンを名乗る小僧も、とっくに汚れきっているのに、そのエルフの小娘一人のために、まだ太陽の下を歩くのか?」
「…ッ」
さらに目つきを鋭くするが、メンヌヴィルの言うこともまた真意を突いている。自分の両手は…汚れてしまっている。テファたちの生活を支えるためにこの手を汚し続けてきた。一方で、彼女の盗賊家業は父や家臣たちを殺し自分の家を取り潰した貴族への復讐心も混ざっていた。盗みを働き成功する度に、奴らの困った顔を創造すると心が満たされるような感覚があったのだから。
「さて…一つチャンスをやろう。俺に従い、レコンキスタへの帰順を誓え。そうすれば俺はあの怪獣を捕獲しお前たちを助けてやる。お互い困るだろう?あの男が死ぬのはな」
シェフィールドからの今回の依頼であるゼットンの回収、レコンキスタの目的達成体のために必須な、虚無の担い手テファと使い魔であるシュウの回収。そして自らの闘争本能を満たすためのシュウへの執着。そしてテファたちのシュウの存命を願う心。それらを互いに満たすための誘い。しかしそのためには、自分たちがレコンキスタ…怪獣を用いてハルケギニアを荒らそうとする組織に入らなければならないという、なんとも嫌な取引だった。
「…人質にしようとは、考えないのかい?」
「奴に人質作戦など無意味なものだ。それに、そんな手を使っては戦いを楽しめないだろう?俺はただ、いつでも楽しい戦いができる奴が、殺した時の焼け焦げた臭いの嗅ぎ甲斐のあるが欲しいんだ。逃げられんよう、できれば手元に奴を置いておきたいのだよ」
マチルダの、姑息ながらも人質作戦と言う最もな意見を取り入れなかったことを指摘したことに対し、メンヌヴィルは嫌な笑みを浮かべたまま首を横に振った。恐らく、ネクサスの技に人質救出用の光線技があることも知っているのだ。
(狂ってる…)
一方で、マチルダを汚れているとは言うが、こいつはその非ではない。正気でありながら明らかに狂気に侵されている。強敵と戦いたい、そして焼き殺した後の臭いを嗅ぎたがっている。人間と言うよりも、人間の皮を被った怪物だ。
「エルフの小娘、お前もどうだ?俺たちと一緒に落ちてしまった方が楽しいぞ?伝説の虚無に目覚めているそうじゃないか。だったらその力で楽しまなければ損だぞ?」
「い、いらないことをこの子に教えてんじゃないよ!!」
「貴様には聞いていないが…どうせこの世は汚れものだらけだ。一度汚れきっておいて、今更綺麗好きを気取る意味があるんだ?土くれ」
にんまりと笑うメンヌヴィルに対する嫌悪感と、自身のうしろめたい部分を指摘され、言葉がでなくなるマチルダ。テファは優しいから、シュウを呼び出したケースと同様、自分のために姉が盗賊と言う手を汚す仕事をこなしていることに罪悪感を抱くことを考えられる。いや、自分の今の存在はテファや子供たちを支えることにある。テファが罪悪感を抱くそれ以上に、彼女が自分の存在そのものを拒絶されてしまうことが、何よりも怖かった。そして今回、あの男にばらされてしまった。拒絶されてもおかしくはない…。
「違う」
ふと、テファが顔を上げてメンヌヴィルをまっすぐ見た。その瞳には恐怖こそあったかもしれないが、それ以上にもっと別の、強大な敵に果敢に立ち向かおうとする意思があった。
「姉さんは、薄汚くなんかない」
「なんだと?」
「シュウも、あなたが言うような人じゃない。
シュウと同じ…私や、この子達のために自らを危険に晒してきた、私の家族。むしろ汚れているのは…混じり物(ハーフ)である私の方よ」
「テファ…!」
「私は姉さんを信じています。だから、今すぐ私たちの前から消えてください!私たちに危害を加えるくらいなら、二度と私たちの前に顔を見せないで!」
テファは内気で大人しい少女とは思えない気迫を出し、メンヌヴィルに向かって怒鳴りつけた。マチルダは、驚いている反面妹の成長に、どこか喜びを覚えていた。彼女は、自分を拒絶する気など最初からなかったのだ。
ふう…と、一方でメンヌヴィルはため息を漏らしていた。
「…やれやれ、フラれてしまったか。まあいいさ。だが…いつまでその余裕が保てるんだ?」
そう言った時、激しい轟音と悲鳴が轟いた。
ちょうどその時、ゼットンがネクサスから吸収した光線を自分のものとして跳ね返した時だった。
「グウウアアアアアア!!!」
「!」
声にならない悲鳴だった。ネクサスの光線が逆に跳ね返され、彼が決定的なダメージを受けたときの光景を見て、テファは思わず口を押える。
(あいつが手も足もでていないなんて…)
最初に変身を見たときの戦いは圧倒的、ムカデンダーの時はまだ幾分マシな戦いな戦いが出来ていたと言うのに、こうも圧倒されているとは。マチルダはネクサスと戦う怪獣に対して戦慄を覚えた。
「おやおや、どうした?さっきの強がりはどこへ消えたんだ…?どうする?今なら間に合うんだが…?」
メンヌヴィルが再び歪みきった笑みを浮かべてマチルダとテファに向けて手招きする。
現実を思い知らされた。まずこの状況を切り抜けるには、シュウが…ネクサスがゼットンを倒すことが必須だが、その彼が敗北に追い込まれようとしているのでは…。
「シュウ…お願い!!立って!!」
切に願いながらネクサスに向けて叫ぶものの、ネクサスはもう、限界に達しようとしていた。
ネクサスには、光線を受けている間、まるでスローモーションのように世界の時間がゆっくり進んでいるように感じた。
ボロ雑巾のごとくネクサスは背中を打ち付ける形で落下した。
「ウゥ!…グ…ォォ…」
ピコン、ピコン、ピコン…
エネルギーと体力の限界が近づき、ネクサスのコアゲージが点滅を開始し始めた。
立つこともままならない。体がまるで自分のものではないように、ピクリとも動けない。ゼットンが近づいている。こちらに止めを刺すために、
やばい…意識が…遠のく。
気が付けば、ネクサスは縋るように手を伸ばしていた。ただ霞んでいく目の前の視界に向けて…。
走馬灯のように、記憶が流れ込む。地球にいた頃、何より大切だった…あの少女の笑顔が見えた。
救えなかった…自分のせいで消えてしまった少女の姿…
――――…これで、最期…か…
このままネクサスは、シュウは死を待つだけなのだろうか。
ゼットンが、止めを刺そうとその顔の発行部分に光を灯す。テファは思わず目を閉ざした。
ネクサスも、自分も終わりがついに来たことを覚悟した。
しかし…ネクサスの耳に、
―――まだ諦めるには早いぜ
誰かの声が聞こえた。
―――本当の戦いは…ここからだぜ!!
その時だった。
どこからか飛んできた一筋の発光する球体が飛来、ゼットンに向かって豪快な体当たりをかましたのだ。
「!?」
予想外の事態に、ネクサスも、マチルダにテファ、そしてメンヌヴィルさえも驚愕し表情を一変させる。
発光体が地上に降り立つと、その姿をネクサスと同様の巨人のものに変身させた。
「な、何!?」
恐る恐る目を明けたテファは目を見開いて驚きを露わにする。
「ゼロ…じゃない。でも…」
マチルダはその巨人の体に刻まれた青と赤の模様を見て、一瞬ゼロが助けに現れたのかと思ったが、よく見ると全く違っていた。
しかし、一つはっきりしたことがある。
「あの巨人も、ウルトラマン…!」
「シュワ!!」
現れたのは、ネクサス…シュウとは大きく異なる、豪快な雰囲気と心の熱さを表に出したウルトラマンだった。
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