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ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~

作者:???
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受難‐サクリファイス‐part1/襲来!最強怪獣

 
前書き
各話の文字数を分割しながら行ってみようかと。
あと、もうしばらくシュウをメインにしたエピソードを書いていこうかと思います。
あまり話しのテンポがよくないかもしれませんが、これ以上どうすればいいのかも浮かばず…申し訳ないです 

 
シェフィールドの企みで操られたサムによって、一時エボルトラスターを奪われたことで変身能力を失ったシュウだが、マチルダの機転のおかげもあってサムも正気に返り、エボルトラスターも取り戻した。
変身し、シェフィールドが遣わしてきた怪獣ムカデンダーを迎え撃つも、変身前にテファがシュウをかばい大やけどを負って負傷、シュウ自身はムカデンダーとの戦いでとてつもなくどす黒い感情に囚われ、凶暴且つ獰猛な戦い方でムカデンダーを倒した。倒したこと自体はいいのだが、倒すまでに至る自身の戦い方に大きな違和感と不安、疑惑を募らせるシュウ。
その時に蘇ったメンヌヴィルことダークメフィストの言葉が蘇った。
奴の言葉を決して認めようとせず、彼はその想いを吐き出そうと地面を殴りつけた。
ふと、彼はその時、自分が殴った地面がやけに固いのを感じた。
「って~何すんだよあんた!!」
「…あ?」
拳を上げ、辺りを見渡すシュウ。今度は、誰か別の声が聞こえたような気がしたが、周囲を見渡しても誰もいない。空耳か?いや、それよりも自分が殴った地面がやけに固く感じた。殴った地面を確認すると、一本のナイフが埋め込まれていた。
「ナイフ?」
なぜこんな場所に、全く錆びもせずに?いや、そんなことはどうだっていい。適当にナイフをベルトに括り付け、シュウは直ちにテファたちを探しに向かった。
自分を助けるために、最終的にやけどを負ったテファ。
雨の夜の中、自分の腕の中で息絶えてしまった少女。
その二つが彼の中で重なり合い、彼の足をとことん速めていた。自分でも驚くくらい早く、森の出口にまで近づいていたマチルダたちと合流できた。彼女たちはテファや子供たちを馬車に乗せ直ちに走らせていた。
「シュウ…!」
彼の帰還に気づき、一端マチルダが馬車を止めると、子供たちが一斉に降りて彼の元に駆け付けてきた。
「兄ちゃん…!」
「無事だったんだねシュウ兄!!」
今回はサムも、他の子供たちと共に駆けよっていた。だがさっきまで自分のやらかしてしまったことの重さを思い知り、シュウやテファへの罪悪感を再び口にした。
「兄ちゃん…ごめん…僕」
「もうそのことは気にしなくていい。それよりマチルダさん!ティファニアは!?」
「…思わしくないわね」
「…うぅ…う…」
ティファニアはやけどのダメージはひどかった。いや、やけど以前に、ムカデンダーの火炎弾による爆風をその華奢な体で受けるにはキツすぎた。
「さっきよりも容体が悪くなっている…応急処置は?」
応急処置の確認を求めると、マチルダがそれに答えた。
「逃げるので手いっぱいでね…とりあえず他の子たちに冷えたタオルでやけどのあたりを冷まさせるようにしておいたけど…」
「そうだ!テファ姉ちゃんの指輪を使えばいいんだよ!」
すると、ジムがある一つの提案を皆に提示した。
「指輪…?」
シュウは首を傾げた。見ると、確かにテファの右手の中指に、台座に宝珠をはめ込んだ指輪が着けられていた。初めて会ったあの日にもつけていたものだ。この指輪がどうかしたのだろうか?
「その指輪は、治癒の力を持っているんだ。テファの母親…奥様がこの子にプレゼントしたものさ」
「魔法の指輪…ということか」
「ああ。この指輪は、恐らくエルフが独自で用いる治癒の先住魔法の力を秘めてるんだ。けど、あたしは使い方を知らないし、この子にしか使えないんだ」
「だめかぁ…」
自分のアイデアではテファを救えないことにジムは残念がった。
「だったら早く街のお医者さんに診てもらおうよ!」
「待って…!姉ちゃんは、ハーフエルフだろ。エルフはハルケギニアじゃ…!」
「あ…!!」
続いて放たれたサマンサの意見にジャックが反論する。
そうだ。テファには外見からしてわかりやすい特徴があった。小説などでもたびたび見かけるエルフの特徴である、先の尖った長い耳だ。しかもハルケギニアにおいてエルフは、大陸に布教されている宗教の関係で邪悪の使途扱い。今まで村から彼女を出さなかったからやり過ごせてきたのだが、これからはそれさえも難しくなる。あのシェフィールドとかいう女のせいで、もうウエストウッド村にはいられないのだ。
「いや、だったら…医者を脅してでもテファを治させてやるだけだ!このまま放っておいていいはずないだろ!」
「そんなことしたら目を付けられちゃうよ!」
「だったら姉ちゃんをこのままにしておくってのか!?」
ついに子供たちはテファをどうするかで言い争い始めた。どちらにせよテファをこのままにしておけない者同士。かといって自分たちが無理に医者を脅すなんて真似をしたらそれこそ街の衛兵に目を付けられ、アルビオンを脱出することも難しい。ウルトラマンの力で飛行すればいい?能力の無駄遣いだし、あのシェフィールドとかいう女が黙って見逃すわけがない。
「みんな、言い争ってないで今はテファの…!!」
「うぅ…ひっく…」
マチルダが必死で子供たちをなだめ、その中でエマがテファの傷ついた姿と子供たちの剣幕に押されて泣きだしていた。
これではテファの容体が悪化するばかりだ。現代科学の治療ならまだ間に合うかもしれないが、あいにくここはそんなものが存在していないし、それに匹敵するだけの医療技術がいかなるものなのか、そもそも存在しているのかさえもシュウは知らない。しかも前述のテファの出征がらみの理由などで、彼女を医者に診せることは叶わない。
打つ手なしか…!!
「あ、兄ちゃんそれ!」
サムが、シュウに向けて指差してきた。その指先が向けられていたのは、ベルトに括り付けていたナイフだった。
「ナイフが、どうかしたのか?」
「それ、僕が持ってたナイフだよ。でもこのナイフを持ったせいで、僕なんだかおかしくなって…」
「よくわからん、簡潔に話せ」
一体サムが何を言いたがっていたのか、シュウは落ち着いて順序よく彼から話を聞くことにした。
どうやらそのナイフはサムがガーゴイルから与えられたもので、持った人間がたとえメイジでなくても、系統魔法を扱うことができるようになると言う、魔法の使える貴族と使えない平民の隔たりのあるこの世界においても常識はずれのアイテムだと言う話だった。
「けど、そのナイフをもってから、僕おかしくなったんだ。よくわかんないけど、自分が自分でなくなったような…」
「いわくつきのマジックアイテムってことか…」
マチルダもこんなタイプのマジックアイテムと巡り合うのは初めてだった。土くれのフーケとして活動していた頃だったら、これを適当に売りさばいてやれたかもしれないが、サムの話を聞く限り、こいつの呪いのようなものに取りつかれそうでその気さえも起きない。
「だが、こいつを使えば魔法が使えるってことか…」
しかし、シュウはその話を聞いて興味を沸かせた。魔法が使える。それならば、治療の魔法を使ってティファニアを助けることができるのではないか?
シュウが、ナイフに手を伸ばそうとした時だった。マチルダの手が伸び、シュウの手を詰めた。
「あんた、何安易にそのナイフに手を伸ばしてんだい!下手こいたら、今度はあんたが操られるんだよ!たとえさっきのガーゴイルがいなくてもね!」
「姉ちゃんの言う通りだよ。僕が言えた義理じゃないけど危ないよ!」
彼女とサムは懸念していた。確かに水魔法が使えたらティファニアを助け出せる。あいにくマチルダは水魔法が使えないから、このナイフに頼りたくもなっていたが、このナイフはサムを狂わせていた呪いのアイテムだ。
「…だが、こいつがなければティファニアを助けられない。こいつ以外に、治療ができるものなんかなにもないだろ?かといってあんたがこのナイフを使ったところで同じことだ。今度はあんたが操られるぞ。サム、もちろん経験者であるお前とてな」
「そうは言うけどさ…」
だからって易々とこのいわくつきあのアイテムに頼るか。しかし、シュウは続ける。
「俺はまだこの世界のやり方にはなじみきれていない。俺とあんた、どっちが犠牲駒になるかと言ったら、この世界が地元のあんたの方が残った方が適している。元はよそ者の俺よりはな」
「……わかった。ただし、危なくなったら、無理にでもあたしがなんとかする」
ここで言い争っている間にもティファニアが危ないのだ。たとえ本来治療すれば助かるはずの傷でも、治療もせず放っておいたら命がなくなるなんてこともある。マチルダは自分の負けを認め、シュウのナイフの使用を許可した。許可をいただいたシュウはナイフをベルトから引き抜く。
瞬間、ドクン!と心臓の鼓動が一瞬だけ激しくなった。何かが、自分の中に入り込もうとしている!?このナイフの意思か!?
しかし直後に、その感覚は消失した。
「…?」
なんだ…何も起こらない?てっきり自分は操られ、マチルダが無理やり抑え込む…みたいな展開を予想していたのだが、シュウは不思議に思ってナイフを見る。思いのほか拍子抜けの展開だった。まさか文字通り『何も起こらなかった』とは。
すると、突然声が轟きだした。
「な、何もんだあんた!俺の支配を受けねぇなんて!一体…!!」
「「「!!?」」」
その声を聴いて一同は思わずギョッとした。シュウでさえ表情を大きく変えてはいなかったが、目を見開いている。
「な、ナイフが喋ってる!!?」
「すげえ!?」
「そのナイフ…あいつが言っていた通り、インテリジェンスナイフか」
マチルダがシュウの持っているナイフを見る。台詞の言い回しと声の聞こえた方角からして、今の声は間違いなくそのナイフから聞こえてきたのだ。
「インテリジェンスナイフ?…まてよ…」
喋る武器、というのには心当たりがある。サイトがもっていた長剣デルフリンガーはインテリジェンスソード、人間と同じ意思を持った剣だ。こいつもその同類と言うことか。
「俺の事よりあんただよ!なんで俺の支配を受け付けねえんだ!?」
「知らん。お前がしくじったんじゃないのか?」
耳元でうるさい奴だと目くじらを立てるシュウ。
「いや、そんなはずはねえ!俺はあの女以外で支配できなかった奴なんざ誰もいなかった!」
「あの女…?」
「シェフィールドとかいう奴だよ!あんのアマ…いくら道具だからってこの俺の意識を封じやがって…!俺は人を操るのは得意だけどよ、操られるのは嫌なんだよ!」
「どういうことだい?」
目を細めるマチルダ。サムを操っていたくせに、実は自分も操られていたとでもいうのか?が、シュウが口を挟んで話を切り替えた。
「こいつのことは後回しだ。それよりお喋りナイフ、力を貸せ」
自分が混乱していると言うのにいきなり力を貸せと言い放ってきたシュウにナイフは耳?を疑った。
「はぁ?いきなり何言いやがんだよ!俺はなぁ…!」
「操られていようがいまいが貴様にはサムとティファニアが世話になった礼があるからな。二つ選択肢をやる。このままへし折られるか、俺に従うか…さあどうする?」
ティファニアの命がが緊急事態ということもあってか、問答無用でシュウはナイフに言うことを聞かせようとしている。が、ナイフは余裕の態度を声で示す。
「へ、へー。俺ぁ別に構わねえぞ、折られたって。どうせ退屈な任務に付き合わされて生きるのにもそろそろ飽きてきた頃だしよ。俺には別にそこのお嬢ちゃんを助ける理由何ざないし、折ってもらった方が…」
「そうか…みんな、少し離れててくれ」
ナイフからの返答がNoだと知り、シュウはディバイドシューターを取ると、その銃口をナイフの刀身に向けた。
「ちょ、ちょっと待て待て待て!!マジで俺を折るの!?」
「どうした?寧ろ折ってもらった方が助かるんじゃないのか?」
「い、いいのかよ…あんたらだけじゃ治療の魔法は使えないんだろ?もし俺を折っちまったらそこのお嬢ちゃんを治すことは…」
「………」
しかしシュウは虚無感に満ちた目でナイフを見下ろしていた。引き金に触れている人差し指に力が入り始めている。やばい、こいつ本気だとナイフは焦った。
「わわわわわかったよ!!!手伝います!手伝いますから!!」
口では命など惜しくないと言ってた割に、いざ殺されかけると生存本能に駆られて命乞い。脅される側としては典型的なタイプだったようだ。
「最初からそうすればよかったものを…面倒な奴だ」
シュウは手間をかけさせられため息を漏らすも、これでティファニアを治すことができたことでほっとする。
「強引だねぇ…皆、真似はしないようにね」
ナイフさえも容赦なく脅す。まあ自分でも同じことをしていただろうと、マチルダは苦笑いを浮かべていた。子供たちにもこんな手口は使わないようにと警告をとりあえず入れておいた。いや、まだ安心するには早かった。
ナイフから治療魔法の呪文を教えてもらったシュウはナイフを右手で逆手に持ち、左手を馬車の荷台の床の上に寝かされたテファの真上にかざす。
「イル・ウォータル…デル…」
すると、青い水の波紋のような光がテファを包み込んでいく。
「本当に魔法が…!」
メイジは愚か、魔法の存在しない世界から召喚されたシュウでも、魔法を扱うことができるとは、マチルダは目を丸くしていた。
戦場の中、散弾や地雷によって死んでいく、女子供を含めた数多くの人々の姿。自分の腕の中で雨に打たれながら眠りについた少女。何度も蘇る過去の記憶を通して、シュウは苦痛に顔を歪ませながら、テファの手を強く握った。
(ティファニア…!!)
こいつは、最初は警戒を露わにするあまり敵意さえもむけてきた自分に手を差し伸べてきてくれていた。騙されやすくて単純…いやそれ以上に、真水のように純粋すぎて、その上自分のような男にさえ手を差し伸べてくる優しい少女。
そんな彼女が言った何の罪を生かしたと言うのだ。罪を犯していないと言うのに、ハーフエルフ…畏怖されている種族の血を引いているからって迫害され、しまいには自分のような人間のために命を張ろうとした彼女がなぜ傷つく必要がある?狙われる必要がある?
地球だろうが異世界だろうが、どうしてこの世はこうも理不尽なのだ。
俺はいつまでこんな展開を繰り返せばいい…!!
俺はどうなったって構わない。でも…彼女だけは…助けたい。彼女のような人は絶対に守らなければならない。
平賀が確実に死ぬはずだった皇太子に対してやってのけたように、俺はこの少女を死なせたくない。手を握る力を強めた、その時だった。
「…あ…」
「見て…テファ姉ちゃんの傷が…!」
さっきまで弱々しく、粗かったテファの呼吸が、だんだんと落ち着いたものになって行った。同時に、彼女の体のやけども引き始めている。
「ここまで治れば、あとは大丈夫みたいだね。明日までゆっくり寝かせておこうか」
「う、うぅぅ…よかった…よかったよぉ…」
子供たち、その中でもエマやサムが特に涙を流してテファが無事峠を越したことを喜んだ。
「シュウ、ありがとね。あんたのおかげだよ」
「……いや」
気にするなとは言うが、内心シュウは礼を素直に受け取れなかった
「…っと、安心してる場合じゃなかったね。さっきの追手が来ると面倒だ。すぐに飛ばすよ。テファを起こさない程度に、ね」
シュウとマチルダもホッと一息を着いて腰を掛けた。が、すぐにマチルダは我に返るように立ち上がり、馬車の運転席に腰を掛け、馬を直ちに走らせ彼らを乗せた馬車はウエストウッドの森から駆け出した。
「…村、燃えちゃったね」
エマが、記憶の中でだんだんと小さくなっていく村の跡を、荷台から見ながら切なそうに呟いた。それを少し離れた所から見て、サムはマチルダのとなりに座っていたシュウに向けて口を開いた。
「ごめん、兄ちゃん、僕が馬鹿だったよ。僕のせいで姉ちゃんたちまで…」
自分の非を改めてわびてきたサムに、シュウは首を横に振った。
「いや、今回の一件の原因は俺にもある。奴は、俺を狙ってきていた。サムが俺に対してよくない感情を抱いていることも、俺がこの村を拠点としているのを突き止めていた」
シュウはそう言うと、ぎゅっと拳を握った。
「…済まない。俺のせいで…村を」
「なんで兄ちゃんが謝るんだよ…兄ちゃんの方が、頑張ってたのに」
頑張った?いや…だめなんだ。頑張った程度じゃ…。シェフィールドの奸計を乗り切り、テファを再び救うことができたのはよかった。だが、結局皆と共にこの村を離れることになってしまった。 
だが、俺が奴に狙われたせいで、皆を巻き込んでしまった…。
あの村は、ここで生きた彼らにとってのただ一つの居場所だった。それを、虚無だのなんだとのとわけのわからないことを抜かしてきたどこぞの陰気な卑怯者に奪われてしまったこと、この小さな村を守れなかったこと……ウルトラマンである使命に従った結果としてテファたちを危険に巻き込んでしまった自分に対して、シュウは心の中で激しい憤りを覚えていた。
そして…。

――――俺と同じ血の臭い

脳裏によぎるメンヌヴィルの言葉。ムカデンダーとの戦いで怒りを爆発させた自分の獰猛な戦い方と…

――――ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

自分とは思えなかったほどの、ほとばしる咆哮。
シュウは拭い切れない陰りの中にある自分の未来にも、不安を覚えていった。
でもその不安とも向き合い、危機に陥ったら自分がそれを打開しなければならない。このグループの中で唯一巨大ビーストと戦うことができるのは、以前の世界からビーストと戦ってきた経験を持つ戦士であると同時に、ウルトラマンの力を持つシュウただ一人。犠牲を出すことなくアルビオンを脱出するにはやはり自分が真っ先に前に出て力を振るわなければならない。マチルダはテファたちを連れて行き導くのに必要な最終防衛ラインそのものだ。テファとは誰よりもずっと長い付き合いだから適任。万が一のことがあっても、彼女たちさえ逃げ延びることさえできればいい。
「マチルダさん」
「なんだい?」
傷つくのは、俺だけでいい。
「俺が必ず、みんなを守ります。誰一人、殺させません」
「………」
マチルダはその言葉を心強く思う反面、うすうす彼に対して、ある考えを抱くようになった。それは、ここ最近テファが彼に対して抱きつつある思いと良く似ていた。しかし、前もって言うが、それは異性同士の事情などではない。シュウの、身の降り方についてだった。


ハルケギニアの存在する星、惑星エルメラルダ付近の大気圏外の宇宙…。
そこには一機の円盤が、数多の星々の光に照らされた暗黒の空間の中を突き抜けていた。それもただの円盤ではない。他の期待よりも一回り以上大型の金色の円盤だった。その周囲を、円盤を守るためか小型の宇宙戦闘機も10数機ほど配備され隊列を組んでいる。
すると、星人の円盤の前に、さらに別の円盤が飛来する。形はまるで異なっており、それもたった一機の大型サイズのものだ。星によって円盤の作りも外観も違う。違う文明同士の宇宙船だ。
二つの種族が出会うとき、高確率で起こることがある。それは…『戦争』。
小型円盤の群れと、それらの前に姿を現した一機の円盤が互いに向けてレーザーを放ち始めたのだ。
わずか一機とはいえ、大型円盤の方は頑丈にできており、かつ武装も強い。その光線は次々と、コンテナを提げた円盤を守るために隊列を組んでいた小型円盤のほうを撃墜させていく。しかし小型円盤の方も、小回りを利かせながら大型円盤に向けてレーザーを連射する。とはいえ小さい分だけレーザーの威力も小さく、円盤にナントカつけられた傷も至って小さい。大型円盤は、さらにレーザーを連射し10機以上もの小型円盤を、あっという間に蹴散らして見せた。これで大型円盤の方の価値が決まったかに見えた。
しかし、一発の大きなレーザーが放たれ、大型円盤の船体に被弾、円盤がバチバチと火花を起こし始める。今のレーザーを売ったのは、小型円盤の群れの中心でもあった、コンテナを提げていた円盤だった。円盤の中に隠されている何かガがよほど重要なだけあり、最も性能が高く武装の威力も高い円盤に下げていたようだ。最終的に逆転劇を見せた小型円盤側の最後の一機だが、その最後の最後で、大型円盤の方から最後の一矢としてレーザーが放たれ、ついに群れを成していた方の大型円盤も被弾する。その衝撃の影響でそ能¥円盤は軌道からはずれ、ある方向に引き寄せられていった。最後に一矢報いた方のもう一つの円盤は、爆発して宇宙の塵となり、そこには何も残らなかった。
赤と青、二つの月が回る星、エスメラルダに。そして落ち行く円盤を追いに行くかのように、一つの光がエスメラルダに向かって飛来した。


ネクサスの攻撃でガーゴイルを破壊されてウエストウッド村の景色をシャットアウトされたシェフィールドは、ロンディニウムの執務室であからさまに悔しげな表情を露わにしていた。
たかが、ウルトラマンの力を持っている、虚無の使い魔にたまたま選ばれただけで、あんな若造に『恐怖』した。あんあ若造ごときに!!屈辱を覚え、その美しいはずの顔は醜く歪み始めていた。
(殺さずにおけだと…?ふざけるな…!)
奴は、この手で殺してやる!
自分に屈辱と恐怖を与えたあの若造は、いずれ必ず…!
『どうしたのだ、余のミューズ?やけに機嫌が悪いようだな』
「ご、ご主人様!!」
突如、彼女の頭の中に、彼女の本当の主である『虚無の担い手』らしき人物の声が響き、シェフィールドは慌てた。さっきまで変貌していた自分の顔さえも見抜かれていたのではと思うとかなり恥ずかしくもなった。
『そう慌てるな。そこにいるのも、こちらにいるのも含めて俺とお前だけだ。何がったのか話して見よ』
「はい…」
シェフィールドは落ち着きを自力で取り戻しつつ、自分の主に向けて、つい先ほどまでの自分の身に起きた出来事を告白した。それを聞くと、彼女の主は自分の使い魔に手を出されたことに腹を立てることなく、それどころかどこか満足げに笑い出した。
『ふふふ…常に俺以外の人間の相手よりも上に立つことで己を保ってきたお前をそこまで追い詰めるとは。銀色の巨人の変身者、面白い男だな』
「笑い事ではございません!私のことはともかく、もしあやつがあなた様と対峙するようなことがあっては危険です!ご主人様は気にしなくてもよいとはおっしゃってましたが…」
『ミューズよ。俺がお前とお前に協力している者たちの会話を聞いていなかったと思っていたか?』
主への危険性を徹底的に排除すべく、シュウを早いうちに抹殺するべきと考えていたシェフィールドだったが、主からの指摘を受けて言葉を詰まらせた。協力者たち、それはメンヌヴィルやあの黒ローブの女のことに他ならない。奴らからも、なるべく殺さないで置いてほしいと言われている。
『お前自身も、奴らがどのような意図を張り巡らせているか、どのような行動をとっていか、その全てを把握していまい。無論この俺とてな。奴らにとって思わしくない行動をとるのは、今度は奴らから足を取られてしまうのではないか?』
「そ、そうですわね…申し訳ありません」
『よい。俺の身を案じてのことだろう。それなら構わん。さて、現状はどうなっているかを聞いておこう』
「はい。現在、トリステイン攻略などに利用できそうな怪獣の養殖を進めております。すでにトリステインの貴族の中で我々の味方に引き入れることが可能と見た者たちに、怪獣を大金で売り、内部崩壊を誘い、虚無とトリステインをあなた様に…」
このシェフィールドと言う女、トリステインにすでに仕込みを進めていたようだ。おそらく、以前アンタレスを使って街を荒させたチュレンヌもその一人だったのかもしれない。
すると、彼女の主は一つあることを伝えてきた。
『ふむ…ミューズよ、お前に言わねばならんことがある。どうやら、虚無を狙っているのは我らだけではなさそうだ』
「え…?」
『おそらくお前は同じハルケギニアのものだと思っているようだが、それだけではない。宇宙からもすでに、この星、そして虚無に目をつけたものがいたようだ』
「なんですって…?」
それを聞いてシェフィールドは目を細める。
『おそらくタルブの戦いで、トリステインの虚無が覚醒、怪獣さえも撃退した情報が宇宙にも漏れていたのだろうな。とはいえ、その発端もまた、噂のトリステイン魔法学院襲撃の一件も関係があるやもしれん』
「ちぃ…」
自分たちの狙いは虚無。だが、いずれこの世界に立て続けに現れる宇宙からの侵略者も虚無の担い手を狙ってくる。それはつまり自分の主にも、自分たちが狙っている担い手たちにも及ぶのは間違いなく、邪魔者が増えたことにシェフィールドは不快感を覚える。それにしても、風の噂なのか、トリステイン魔法学院襲撃事件のことも知られていたようだ。
『かの者たちと我らの協力者たちがぶつかり合う様…そして宇宙からの乱入者。
…くく、楽しみではないか。果たして彼らが、このハルケギニアの空をどのような色に染めるか…そして俺の心をどこまで満たしてくれるのか…』
「…」
『ミューズ、もしも宇宙からの来訪者が来た場合、処理はお前に任せよう。ただ殺すだけなのはもったいない。「彼ら」のように協力的かつ優秀な者もいるのだからな』
「…はい、了解しました」
『では、頼むぞ』
彼女の主との会話は、そこで途切れた。通信機などは使っていないが、とにかく頭の中で回線が切れたような感覚がある。
主は、とにかく『楽しむ』ことに関して執着的だ。そしてシェフィールドにとって主は絶対の存在にして敬愛すべき存在。故に、彼女は主の遊び心が過ぎて自分たちにとって悪い夢が現実となることを恐れていた。
そのとき、突如足音が寛恕のすぐ傍まで響いてきた。シェフィールドは一瞬警戒心を研ぎ澄ませたが、直後にその気配の正体を知って呆れ口調で声を漏らした。
「…あなた、女の部屋に入るならノックぐらいして入ってきたらどうなの?」
「貴族時代に培っていた常識などとうに捨てたわ」
入ってきたのは、ダークメフィストの暗黒適能者、メンヌヴィルだった。
「ところで…何?怪我が治ったのかしら?」
「ああ、もう一度奴にちょっかいを出してみたくてな」
「奴…ね」
この男が言う、奴とは間違いなく、自分が最も危険視している男、シュウに他ならない。
「そうしてくれるのはいいけど、前のようなヘマはしないかしら?」
「さて、な。寧ろこちらを追い込むほどの奴の方が、殺りがいがある」
「理解できないわね…」
自分は戦いを楽しむバトルジャンキーじゃない。いや、この男の場合はバイオレンスジャンキーと言うべきだろう。この男とは心底そりが合う気がしない。もっともシェフィールドに限った話ではないだろう。人間ならたとえ悪党に身をやつした奴でも、この男のまともじゃない思考は許容できない。
「まぁいいわ。それより、ご希望通り奴を追うことを命じましょう」
「ふ、そうこなくては」
「けど、おそらく虚無の担い手も傍にいるわ。その少女だけは殺さないようにして頂戴」
「可能だったらな」
「可能だろうが不可能だろうが絶対によ。それだけは念頭に置きなさい」
この男なら、一時の過ち程度のために命令違反することなど当たり前の領域かもしれない。だからこそ念を押しておかなければ。
「ご主人様が望んでおられる以上手に入れる。それだけよ。私個人としても、研究対象として虚無やウルトラの力にも興味がある。だからなんとしても手に入れたいのよ」
「やれやれ、ずいぶん虚無とやらにご執心だな」
「今、言ったでしょう?ご主人様が求めていらっしゃるのだから」
「俺は、人が焼け死に、恐怖する様さえ見れるのなら構わんがな」
「……」
シェフィールドはやはりこの男とはそりが合わないとはっきり思った。
「それはそうと、あなたの用をまだ聞いてなかったわね」
「ああ、そのことだが…うちの大陸に何かが落ちてきているようだ」
「このアルビオン大陸に?流れ星でも落ちてくるというのかしら?」
「流れ星などで俺が来ると思うか?」
確かに、とシェフィールドは納得する。この男はバイオレンスジャンキーなだけあって、戦いとか殺戮、強敵といったものにか極度に過敏だ。だとすると、何か強大なものが落ちてきた、と考えるべきかもしれない。
「落下予測地点に向かってきて頂戴。もし少しでも私が目にかけられそうなものがあったら回収をお願いするわ」


アルビオンはレコンキスタがその実権を握ってからは、秘密と言うものが多く、そして厚くなっていた。
この大陸のある場所には、以前クロムウェルの案内でワルドが見学をした、秘密の実験場が複数存在している。その実験場は地下に建設され、このハルケギニアからみればオーバーテクノロジー級の環境が整えられている。
ここで作られているものといえば、やはり…。
「いつみてもデカいな、こいつら」
地下何十階もの深さに作り出された実験場には、いくつもの巨大な円柱型のカプセルが設置されている。そしてその中には、液体に浸された怪獣たちが保管されていた。
「見ているだけでも、正直ぶるって来るよな。トロルの比じゃねえ」
看守のひそひそとした会話が聞こえる。自分たちの所属が現在レコンキスタ。つまりこの怪獣たちは戦争のために生み出された兵器であり、彼らレコンキスタ兵の味方と言える。しかし、レコンキスタの目的はもはや戦争と言うより、ハルケギニア全土に向けた外宇宙からの挑戦に近づいていた。
「これなら俺たちの軍が最後の勝ち組になるのも夢じゃないよな」
「何言ってやがる。タルブでの敗戦のことを忘れたのか?」
どんな存在にせよ、自分たちに強力な味方がいるということに、一人の看守がうきうきしているが、もう一人がそんな彼を諌める。
「それに、本当にこれでいいのか?こんな化け物どもを使ってでも、俺たちは聖地の奪還なんてする必要あるのか?」
その兵士は自分の軍に強い疑問を抱きつつあった。ハルケギニアでは到底作れそうにない兵器に改造された、現在はトリステインに奪われたレキシントン号にジャンバード。突如トロル鬼やオーク鬼に代わる自分たちの生物兵器としての怪獣たち。それを使ってでもハルケギニアを統一させ、エルフに奪われたとされる聖地を奪還することに、どんな意味があるのだろうと疑惑する。これは彼だけに限った話じゃないが、レコンキスタはいまやシェフィールドとその主の掌に踊らされている、傀儡も同然の組織。そうとも知らずただ自分たちが戦争で稼ぐこと、手柄を立てて栄誉を得ることに頭を持って行っている者たちが上を占めていたために、疑問を抱く者たちの声は決して届かない。
「それこそ愚問じゃねえか。こいつらが束になりゃ、あの得体の知れない巨人どもなんざ敵じゃねえよ。ウルトラマンだかなんだか知らねえが、正義の味方面して、俺たちの出世の邪魔しやがって…」
どうやらこの兵士、レコンキスタの邪魔になっているウルトラマンに対して不快感を抱いているようだ。無理も無いかもしれない。自分たちはレコンキスタにつくことで勝利を勝ち取れるとばかり思っていたし、それが正しいことだと信じて疑わない。だが、誰でも自分の目的を邪魔されると不快だし、それが悪と断じられるのも気に入らないものだ。トリステインでは正義の守護神として認知されつつあったウルトラマンだが、レコンキスタからすれば自分たちの邪魔をする得体の知れない巨人でしかない。
「まぁいいさ、クロムウェル様は伝説の虚無の担い手なんだ。こいつらだって思いのままに使役できる。俺たちはレコンキスタの勝利を信じて戦うだけだ」
「……」
レコンキスタの絶対性を信じる一人の兵に対し、相手の兵は黙っていた。
「…おい、まさかてめえ…」
レコンキスタ兵が相手の兵に、疑惑の眼差しを相手に向ける。その突き刺さる視線の意味を理解し、同時に悪く捉えられていることに苛立ちを覚えた。
「何を考えているかは想像つくが、そんな目で俺を見るな」
「はッ。自分の軍を信じない奴に疑いの目を向けるのは当たり前だろ」
「そうじゃない。俺はただ…このまま人外の力を利用し続けるやり方であるべきか…」
「うるせえ!勝てば正義なんだよ!なのにいい子ぶりやがって!」
「いい子ぶってるとかそう言う話か!このままじゃいけないって…」
遂に二人は互いに譲り合えなくなり、互いの胸倉を掴んで殴りかかってしまった。
「何をするんだ!!」
「はん!裏切りの芽を摘み取ってやりに来たってだけだ!」
「俺はこの国の兵であることに誇りがあるんだ!それを裏切りなどとは!侮辱もはなはだしいぞ貴様!!」
「うるせえ!!」
一度燃え上がった火というものは簡単には鎮火しない。その二人の兵は互いに殴り合い始める。
「何をしている!!」
しかし味方同士の一触即発状態を放り出すほどこの組織の一般へいたちは愚かではない。二人の上官らしき男が現れ、二人に向かって怒鳴った。
「貴様ら。ここで騒ぎを起こすことまかりならんと前もって言っておいたはずだ。にも拘らず根拠なき疑惑を発端に争うとは…恥を知れ!!」
「「申し訳ありません…」」
「まあいい。すぐにこっちに来い。今から貴様らを含めた複数の部隊にある任務を与える。あるものをここに保管するため、輸送艦に集合せよ」
「「了解…」」
渋い顔をしながらも、二人は上官の命令どおり持ち場に戻っていった。





人と言うものは夢を見る。それは眠りに着く前の人間の心情を表したり、時には現実では決して起こりえないものを映し出す。
それがたとえ、残酷なものだとしても、人は夢を見る。
一人の少女が夢の世界にいた。少女は最初、ただ闇の中にしか立っていなかった。
ここはどこ?辺りを見渡しても、ちっとも光と言うべきものさえも見えず、ただ宛ても無くさまよい続ける。少女はだんだんと怖くなった。何もない、ただ闇の中だけの世界。闇の中から何かが出てきそうだけど出てこない。何にも無いこの世界でただ光を求めて走り続けるだけ。
少女は恐怖に駆られ、駆け出す。針の先よりも見えない白の中に戻るために。
ふと、少女の目の前に光が見えた。はるか遠くに、まるでトンネルの出口のごとく口を開けていた。彼女は迷わなかった、すぐにその光の先に向かって走っていく……が、その光の正体を彼女は直後に思い知った。
(…!)
光の正体は、闇の世界の出口などではなかった。
見たことも無い様式の町が、暗黒に覆われた空の下で、大規模な火事に見舞われていた。以前見たものと良く似ていた。そう、あの時も翼を駆る化け物が、あざ笑いながら地上に向けて破壊の光を吐いて建物を破壊し、炎に街を包んでいった夢と。
けど、今回彼女が体感している世界は底に存在しているだけでそれ以上に重く、苦しいプレッシャーのようなものを感じさせられる。
炎の中から、誰かが姿を見せた。彼女にとっても見覚えのある人だった。
特徴的な黒い頭髪。黒い上着の下に隠れた赤いシャツ。そんな変わった服を着たのは、同年代の男とはほとんど話したこの都内彼女にとって、『彼』以外にありえない。この炎の中は危険だから早く逃げろというために、彼女は彼に近づいた。
しかし、元々は近寄りがたい雰囲気を出していた彼が、このときはそれ以上、いや比較にならないほどの雰囲気を出していた。
それでも勇気を出し、彼女は彼に近づいて名を呼ぼうとしたときだった。
突然爆発が、彼女の目の前で起こり、彼を包み込んだ。その炎の中に彼は包まれてしまう。少女はその炎から身を丸めて守ることしかできなかった。
すると、ズシン!!と地鳴りが鳴り、彼女は思わず顔を上げた。彼の姿はすでに無かったが、同じ場所に巨大な黒い足があった。その足をたどって顔を上げると、少女は酷く青ざめた。以前彼の夢の中で見た、翼を持つ化け物の非ではない。もっと恐ろしい存在…その存在そのものがこの世の負の部分で占められているかのような絶対的恐怖を催す存在がそこにいた。
それは、黒い巨人だった。それも前進真っ黒の巨人。巨人は少女の方を振り返ると、獣のごとき雄叫びを上げ、その威圧感を周囲にほとばしらせた。


「…!」
妙な夢を見て、その果てに目を覚ます。どこかでも体感したシチュエーションだ。
テファは最後の光景を見た衝撃と同時に目を覚ました。
「テファ姉ちゃん!」
「きゃ…!」
彼女の目覚めと同時に、エマがテファの胸に飛びついてきた。
「エマ、そんな飛び掛ったらダメよ!お姉ちゃんがびっくりするでしょ」
「あう…」
今のエマの不意打ちで、案の定テファはびっくりしてすっかり眠気が覚めてしまった。エマはサマンサから注意を受け、渋々ながらもテファから離れた。
起き上がったその場所は、見慣れない建物の一室のベッドだった。
「ここは?」
「シティオブサウスゴータの宿だ。一度まともな宿を取って補給と薬の調達のためにここに来た。とはいってもすぐに出立する予定だけどな」
テファはその声を聞いて、部屋の扉の方へ目を向ける。そこには、すでにシュウが壁に背中を預けた状態で立っていた。
すぐに出立する理由、間違いなくここはマチルダの故郷だからだ。マチルダにとってこの街は苦い過去の思い出の場所。長く留まりたくはないだろうし、取り潰された家の令嬢など、マチルダがフーケじゃなかったとしても、正体がばれたらお尋ね者にされて追われる。何より、テファの耳が白昼に晒されたらことだ。
「エマ、サマンサ。下の食堂にいるマチルダさんのところに行け。そろそろ飯の時間だろ」
「まだここにいちゃダメ?」
「それは後にしろ。俺が彼女を見といてやるから」
「うん、わかった」
食事の時間に間に合うように、エマとサマンサの二人は下の階の食堂に降りて行った。
「シュウ…ッ!」
彼女はそのとき、意識を失う直前の記憶を取り戻した。ムカデンダーという巨大な敵を相手にただ一人、テファたちを逃がすために立ち向かった男がこうして立っている。
「無事だったの…!」
と、テファはここで言葉を切らした。
脳裏に蘇った、ガーゴイルの言葉が浮かぶ。

――――あなた、自分の力のことも、使い魔のことも知らないのかしら?

その言葉の意味は、人物像のことではなかった。その人間が持つ、力。あいつは自分たちにしか知らないはずのことにまでやけに詳しかった。自分たちには特別な力があって、そして彼には人のみには余る力があるという。行き成り会った相手…それも村を襲撃するような相手の言葉を信じるのは妙だったが、不思議と信憑性が強く感じられた。
「あれくらいの危険は何度もくぐってきた。それよりも…」
シュウはテファのベッドの傍らの椅子に座り込む。
「どうして無茶をした?あのまま引き上げればお前は怪我を負うことは無かった」
「どうしてって…それは!」
あなたが危険に晒されていたから…といおうとした途端、それを遮るようにシュウが言い返してきた。
「俺が一人であのビーストに向かったことか?言っただろ、俺はあの程度の危機には慣れている」
「ッ!慣れていても危ないことに変わりないわ…」
それは確かなことだ。どの未知彼のとった行動も、この世界に来る直前までに就いていた仕事は命の危険が無い方がおかしいくらいだ。
「使い魔にしろ、ナイトレイダーにしろ、戦うことは俺の本業だ。お前は俺のマスターという立場にある。あの時のことは感謝するが、俺を庇う必要など無かった」
「…………」
「マチルダさんたちも心配していた。あの人は治療の魔法が使えない。水の魔法をこのナイフがなかったら、処置を済ませることもままならなかった」
そういってシュウは、腰のホルダーから例のナイフを取り出した。水魔法を使うために使っていた、意思を持つナイフだ。
「そのナイフは?」
「地下水…というらしい。意思を持ったナイフで、こいつをもてはどんな人間でも系統魔法が使えるようになる。正確にはこいつが唱えているそうだが」
「ど、どうもお嬢さん…地下水です」
「ナイフが喋った…!?」
テファも子供たちがそうだったように、行き成り喋り出したナイフに目を丸くした。以前はサイトの持つデルフと会話したことがあるとはいえ、喋る武器との会話など普通慣れるもんじゃないのだろう。
「とにかくティファニア。お前に危険が及んでしまうのことはお前も含め誰も望まない。だから俺はここにいる。違うか?」
「……」
「だというのに、今回は二度目だ」
テファは、確かに自らの行動にも後先を考えていない無謀さがあったことはわかっている。しかし相変わらず自分を省みるような言い方をしないシュウに、流石のテファも腹を立てたくなった。
どうして自分の身を追い詰めようとする?なぜそうまでして…?
いくら元々怪物と戦う組織にいたからって、世間知らずのテファでもシュウのやり方に異常さを覚えていた。
「同じことがあっても、二度と戦場に立とうとするな。また同じようなことが起きても俺が一手に引き受けるから、大人しくしていろ」
そういわれ、さらにふつふつとテファは腹の中に煮え駆るものを覚え始めた。
冷たい言い方こそするが、シュウの言い分もわかる。自分を浚った盗賊を撃退したまでは、まだ許容できた。だが、ナメクジの怪物から自分を逃がすためにただ一人森の中に消えていったこと。その後仕事で町に出かけたという際に、やけどを負って帰ってきたときのこと。そして今回の一件。
「……シュウが今まで助けてくれたことは、感謝しても仕切れないわ。でも…」
無謀な行動をしていたという点については、シュウだって変わらないじゃないか。いや、そうじゃない。それ以前にテファは、シュウに対して望んでいたことは…。
「私は…あなたに戦って欲しかったわけじゃない。私たちの代わりに傷ついて欲しかったわけじゃない。私があなたに望んだことは…」
――――私たちのお友達になってくれること、ただそれだけだ。
「私たちの代わりに傷ついて欲しかったわけじゃない!無茶を押して戦って欲しかったわけでもないの!」
テファにとって最初の友達だったヤマワラワとの戦い、今回シュウをムカデンダーの砲撃から助けるために飛び出したこと。
確かに自分の行動に無謀さがあったのは否定できない。けど…これまでの、わざと危険に身を投じようとするシュウの、自身を省みない様に、もう我慢がならなくなった。
「何が言いたいのかがわからない。一体…」
「いい加減にして!!!」
「……!」
シュウは息を詰まらせた。弱く儚い印象の強かったテファとは思えない気迫を放っていた。
「…自分のことはそっちのけで、自分ばっかり無茶して……!そんなに大事なことなの?」


「ナイトレイダーとして、ウルトラマンとして戦うことが…そんなに大事!?」


「!!」
その台詞を聞いて、絶句するシュウ。ばれていたのか?いや…もしや、先日の犯人から『バラされ』ていたのか!?
そう、もう気づかれていた。シュウのとってきた行動。最初のウルトラマンの出現のタイミング。奇妙なヴィジョン。村を襲った奴の発言。その果てに、テファは遂に知ってしまった。できれば知られたくなかった秘密の一つを。
だとしたら、自分は責められるべきだ。奴は俺を狙ってきていた。
「…すまない。俺のせいで村を巻き込んでしまった」
「村のことは怒ってないわ。みんな助かったんだし…村を襲った人たちは、私も狙ってきたんだから」
「何…?」
「虚無の力、信じられないけど、私にそれが宿っているのね。言い回しが漠然としていたものだったけど、きっとそうなんだと思う。今でも信じられないけどね」
この世界において人間とエルフは宗教的な事情もあって深い禍根が残り、対立している。特に『虚無』にいたっては、エルフにとっては『悪魔の力』として認識されていたことと母から聞いたと、テファは告げた。いくら王家の血を引くまさかハーフエルフである自分にそんなものが宿っているなど信じられなかった、とも自嘲を混じらせたように言った。
(やはり…それで奴は…)
シェフィールドが村を襲った理由の二つ目が、改めてはっきりした。自分だけじゃない。彼女もまた狙われているのだ。
「それよりもあなた自身のことよ」
「俺…?」
「どうしてそこまで戦うの?人を守る、それは確かにすごく立派なことだと思うし、私もそのこと事態は否定しない。でも…」
自分の半身を包む毛布を握り締め、彼女は唇をかみ締めながら、テファは再び叫ぶ。
「あなたの場合、どこか異常さがある!まるで、自分から傷つくのを望んでいるみたい!」
「…異常?」
シュウは逆に、テファの言い分に目を細めた。
「そんなことはない。普通だ。俺は防衛組織の人間だからな。痛みなんか一々恐れている場合じゃない」
「…!」
人の話を聞かんとばかりの、次に飛んできた彼の言葉はテファにとって許しがたい言葉だった。
「本当に普通といえるのかねぇ…」
それに呼応するかのように、呆れ口調で飛んできた声が二人の耳に入る。マチルダがすでに階段を上がってここまできていた。
「マチルダ姉さん…」
「話は聞いてたよ。テファがあの伝説の虚無の担い手…か。それなら系統魔法が使えなかった説明はつくけど…」
迷惑なものだ、とマチルダは心の中で完結させた。ハルケギニアにおいて伝説とされている始祖ブリミルの力、零番目の系統『虚無』。ブリミル教徒で占められているこの国において、受け継ぐことができればさぞ立派かつ神聖に見られるかもしれないが、マチルダからすればはた迷惑の何者でもなかった。まして、自分の義妹にそんなものが受け継がれていたとは思いたくも無い。おかげで先日のような事件が起きたのだから。できれば普通に系統魔法が使える体質であって欲しかったものだ。とはいえ、それは今更な贅沢だろう。そんな現実であって欲しかったなどと嘆けば、ハーフエルフであるテファの生まれさえも否定しかねない。
「…と、今はあんたのことだったね」
マチルダはそのまま部屋に入ってきて続けてきた。
「テファの二度目の単独行動についても言いたくなることはあるけど、あたしからすればその発端はあんたのやり方にあると思うんだよ」
「……」
その通りかもしれない。シュウが戦うことを選ばずに大人しくしていれば、テファは彼を心配して危険な場所に飛び込もうとはしなかったかもしれない。
「姉さんも、知ってたんだね…シュウのこと」
「ああ、本人から口止めされてたけど、ばらされていたか…」
事実ではあるが、おそらく村を襲った奴から、とマチルダは仮定した。自分が盗賊だったことまで知れるのも、時間の問題かもしれない。あいつは自分が土くれのフーケだったことを知っていた。いずれテファにも自分のことが知れ渡るかもしれない。シュウが知られたくなかったように、この事実も隠しておきたいが。
「シュウ、テファの言うとおりだよ」
ジロッとシュウを見ながらマチルダは警告を入れた。
「テファの使い魔としての契約を結んだあんたはテファを守ることを仕事のうちとしているんだよね。その何が何でも仕事に忠実なところは立派だとは思うさ。あたしたちも契約の元に、テファを守ってくれって頼んだようなものさ。
けど、同時にあんたは無茶しすぎ。人知れずどっかに飛んでいっては戦ってボロボロになって」
人知れず飛んでいって戦う。マチルダの証言でテファは理解した。時々シュウが姿を見せなくなる時があったのだが、それは自分たちのあずかり知らぬところにわざわざ飛んで、あんな怪獣と戦い続けてきたことに気づいた。
「今回は変身できなくても行かなくちゃ行けないからって、怪獣に単身で突っ込むのは無謀さ。死んだら元も子もないんだよ。死んでかっこつける貴族のつもりでいる気はないって言ってたじゃないか」
マチルダは二人の元に歩み寄り、左手でテファの、右手でシュウの手にふれ、優しく笑みを浮かべながら言った。遂にテファにばれてしまっていたし、正直シュウの無茶な戦いの連続に臨む姿勢が、遂に無視しきれなくなっていた。
「テファのためにも、あんた自身のためにも約束しておやり。無茶はもうしないって。二人で約束」
「………」
「シュウは、この世界に来てからも、ずっと一人で頑張って来たんだよね…でも、もういいの。シュウは頑張ったよ」
すると、今度はテファもまた彼に向けて言葉をかけてきた。
「そうだわ、アルビオンを出たら私たちと一緒に静かに暮らそう?村を襲った人たちも、うまく逃げ切れば私たちを追いきれないと思うし。今度はきっと…」
元々自分たちの都合で異世界などと言う場所に連れてきてしまった。この世界のために彼が傷つく通りはない。
静かに暮らす、か。戦いに明け暮れていたシュウにとってそれは甘美なヒビキにも聞こえてきた。もう戦う必要は無い。平穏で暖かな日々を過ごせたら、死の世界を見ることもないし自分が痛みを覚えることもきっと無いかもしれない。
二人の優しさがとても心地が良くて引き込まれそうになる。
だが…。
「駄目だ…それはできない」
「シュウ…!!」
シュウはテファからの誘いを断った。彼の返答にテファは思わず声を上げるが、かまわず彼は続ける。
「俺が戦いから逃げるってことは、その分だけ誰かが犠牲になる。
ビーストは倒さなければならない。それが、俺が生まれた理由であり、ナイトレイダーになった理由でもあり、そして…ウルトラマンの光を授かった理由だ。
お前の使い魔をしないつもりじゃないが、そのままでいることはできない」
シュウは、戦うことこそが自分の存在理由だと定義付けていた。それを奪うことは、自分が存在する意味さえも消えうせると主張する。だが、戦いを知らないし性格上好きになる見込みなど到底無いテファにとって、そんな話は理解しようにも不可能だ。
「可哀想だよ…そんなの」
「何が」
「あなたのことよ。私たちが思っている以上に苦しんでるのに…本当なら私たちのことも、
恨んでも仕方ないのに、私の使い魔であることも受け入れて、他の誰かのために戦って、自分から自由を捨ててる…そんなのおかしいよ。だから…ね?」
もういいの。優しく言葉をかけて、テファはシュウに戦うことを思いとどまらせようとした。ここで引き止めなければならない。
夢の中で見たヴィジョンが、ずっと頭から離れないのだ。夢の中でシュウが炎の中に包まれると同時に現れた、あの黒い巨人を思い出してしまう。
だがその一方で…。

――――ジューーーン!

戦場の爆発の中へ消えた現地の人々やその中でも特に存在が強かった少女。

――――シュウ、ごめんね…

雨の中、自分の腕の中で目覚めぬ眠りに着いた少女。
シュウの記憶に刻まれた二つのトラウマがその度に蘇る。

―――――私はお前の影

―――――俺と同じ血の臭いがな

ファウストとメフィストの言葉もまた蘇ってシュウの心に立ち込める暗い影を漂わせる。
「……俺に…俺にウルトラマンになるなと?」
彼の声が、まるで嵐の前の静けさのごとく、異様に低くなる。触れては鳴らないものに触れられてしまったのか、彼は次の瞬間、驚くほどに声を荒げた。
「俺が戦うことで救われるはずの人を見捨てて、目を背け続けてのうのうと身勝手に生きろと!!?お前はそう言うのか!!」
その気迫に圧されないわけがない…はずだった。テファはぐっと顔をこわばらせつつも耐えると、逆にシュウに向かって怒鳴り返した。
「…ッ!自分を大切にしろって言ってるの!他の誰かを助ける前に、自分を大事にしてよ!自分を大切にできない人に…何が守れるって言うの…!!」
「…!」
テファの言い返しに、シュウは言葉を返したくなった反面、返すべき言葉が見つからなくなった。テファを黙らせるような言葉が何も浮かんでこない。すぐにぱっと浮かぶはずの言葉が浮かびもしない。唇をかみ締めると、マチルダの手をそっと下ろさせ、彼は席から立ち上がって部屋の出口に向かった。
「シュウ!」
「…そろそろ降りよう。チビたちが待ちくたびれている」
引き止めようとするテファの声を背中に受けながらもそれを受け流し、彼は一足先に階段を降りて行った。
「……」
残されたテファは、寂しそうな視線を向けるばかりだった。しばらくの沈黙の果て、ようやくテファはベッドから降り、閉ざされた口を再び開いた。
「シュウの、馬鹿ッ…!!」
シュウへの怒りをわずかに吐き出して、彼女は降りて行った。マチルダはさらに深いため息とシュウに対する呆れを覚えざるを得なかった。
(やれやれ、女心のわかんない奴だねぇ…)
自分がまだ盗賊だったことがテファには明らかじゃないように、もしかしたらあいつもまだ何かを隠しているのだろう。テファが以前見たと言う、シュウの荷物の中にあった写真。それに写る少女や元の世界の仲間と思われる人物たち。
その秘密がわからない限り、おそらくシュウは、心の底から自分たちと打ち解けることは無いのだろう。
(でも、いい加減そろそろなんとかしないと、こっちから契約破棄にしかねないよ?)
階段を見ながら、そこを降りて行ったシュウに対して届かない警告を告げ、テファを追うのだった。


一切テファとも、それどころか誰とも言葉を交わさなくなったシュウは、自分用に用意された一室のベッドに体を預け、天井を仰いだ。
「……」
「あのー…」
声が聞こえる。地下水の声だ。彼は今、ディバイドシューターとのセットでテーブルの上に置かれていた。
「何か用か?お喋りナイフ」
「『地下水』ッスよ!まあそれはとにかく…俺、これからどうなるんすか?」
地下水と言う名前からしておかしいのに、妙にこだわってくる。いや、流石におしゃべりナイフなんてアホらしい呼び名は嫌だったと思うべきか。
「俺の武器として働いてもらう。変なアホの手に渡って悪用されたらたまったもんじゃないからな」
「はぁ…まぁいいんすけどね。長生きしてきたあっしにとっちゃ、いい退屈しのぎにはなりそうし、命さえ助けてくれるんならいうことは聞きまっせ」
シュウに従うことへの抵抗は、思いのほか早く取っ払っていた。
「そいつはよかったな。せいぜい働いてくれ。だが、逆らったら砕くからな」
「へーい…」
やっぱ俺はこの人から手綱を握られてしまっていたか。と地下水はちょっと絶望感にもうちしがれた…ようでそうでもなかった。
「思ったほど嫌そうにしてないんだな」
「あんたに逆らえないってのはわかったし、俺ぁ人生そのものが退屈しのぎ同然だったんすよ旦那。今までそうだった。最近じゃ尻の青いクソッタレなメスガキ王女の命令に従ってまして…」
「王女?」
最近になって聞きなれ始めていた王女と言う単語に、シュウは反応しベッドに預けていた体を起こし地下水を見る。
「そういえば、貴様と貴様のバックについている奴のことを尋ねていなかったな。単刀直入に聞くが…」
気になっていた奴といえば、あの時村を襲ったガーゴイル、ムカデンダーを操っていた女のこと。この大陸では伝説的存在とされている虚無を知っている、そして自身とシュウたちもまたそれに連なる存在だと知っていた。故に、村を襲った。奴はいずれ自分たちに再び牙を向いて来ると容易い想像がつく。
「あのシェフィールドとか言う女は何者だ?」
「…今更隠しても将もないですし、まあええでしょ。あいつは…」
それから地下水はシェフィールドについて自分の知りうる限りの情報を与えた。すべてを聞き終えると、シュウはそのわずかに眉間にしわを寄せる形で、その鉄火面のように無表情な顔を歪ませた。
「ち…敵は、ビーストだけに留まらないということか」
だとすると、余計に自分は戦うことを止めるべきではなくなってしまった。こればっかりは、いずれ平賀にも伝えた方がいいかもしれない、とシュウは頭の中に刻み込んだ。
「にしても…あんたみたいなタイプ、何度か見たことがあるな」
ふと、地下水が違うことを言い始める。
「あ?」
「真っ先に死に向かっていく。早死にするタイプだな。こりゃ、あんたの道具として活躍する時間は短そうだな」
「……」
地下水の、せっかくの退屈しのぎがわずかな間しか持たないことへのため息混じりな言葉に、シュウは何も言わなかった。
早死にするタイプ…か。
テファは戦うことを止めるように勧めてきてくれた。それは彼女の優しさだし、それはありがたいものではある。だが、シュウはそれを受けなかった。…いや、受け入れるわけには行かなかった。たとえシェフィールドとその背後で息を潜んでいる敵がいなかったとしても。
(俺に戦うなだって?そんなことが許されるわけが無い…だって、俺は…)
そこまで心の中で言いかけたところで、彼は天井に向けて右手を掲げる。

―――自分を大事にできない人に、一体何が守れるって言うの!?

テファの言葉が脳裏を過ぎる。
自分を大事に?それこそおかしいじゃないか。戦うものにとって、自分を大事にしろだなんて無理がある。どこか出からなず怪我はするし、下手をすれば死ぬ。下手に情を出しても意味はないし腕が鈍る。
このままでいいんだ。このままで…俺は自分以外の誰かのために戦っていればいい。その果てに自分が死ぬ定めだというのなら、それもかまわない。
他の何かのために自分を捨て、戦う。
それだけが俺に許された、たった一つの道…。

しかし、近いうちに彼の選んだ道を覆すような事態が起きるとは、このときのシュウは予想さえもしていなかった。


「あれが、輸送物?」
地下実験施設の看取を勤めていたアルビオン兵たちに与えられた、ある巨大な物体の輸送。
現場は、アルビオン大陸の街シティオブサウスゴータの南の平原地帯。しかしそこに集められた、現場に着いたアルビオン兵たちは困惑していた。
平原の中央にできたクレーター。その中央にあるのは、ハルケギニアでは作れそうにない鉄製の大型円盤が転がっていた。
どうやら宇宙空間での円盤同士の争いの際、アルビオンに落下していたようだ。そしてシェフィールドが部下の誰かに、あの円盤の回収を命令し、ここに至る。あの円盤の中身は一体何なのだろう。
「一体、何だあの円盤は」
すると一人の、ちょうどサイトたちと同じ年齢に見える若い将校が、クレーターの中央に落ちた円盤を見下ろしながら呟く。
「さあな、ともかく迂闊に近づくなよヘンリー」
同僚と思わしき兵がヘンリーと呼ばれた青年に警告を入れる。まだあの円盤の中身が何なのかわからないうちは、どんなに小さな手も出さない方が安全だ。
「これを放置したままでは邪魔だが、同時に何かの研究素材となるかもしれん。放置すればいずれ再開されるトリステインへの侵攻作戦、または迎撃作戦の邪魔になる。
今から部隊を編成。円盤の調査に向かう」
「「「了解」」」
早速アルビオン兵たちは円盤の周囲に散る。ある者は竜に乗って空中から見渡し、ある者はそのまま地上から円盤を囲み、最後に指揮官が数人ほどの部下を連れて、慎重に円盤に近づく。
「総員詠唱!!」
念のため、いつでも攻撃できるよう指揮官の指示でアルビオン兵たちがいっせいにそれぞれの得意魔法の詠唱を開始する。
(全く…ここしばらくおかしなことばかりだ)
ふと、アルビオン兵の若者、ヘンリーは自分が近づいている円盤を見ながら呟く。ここ最近のアルビオンはおかしい。兵たちの中でも、今の体制に疑問を持つ者が増えてきていた。聖地の奪還を名目に、怪獣というトロル鬼やオーク鬼とは比較にならない人外を擁し、王党派の者たちや無関係な街や村の者たちを虐殺して権力を手にした者たちが上を占める、貴族派ことレコンキスタ。そして勝者に輝いた自分たちこそが正しいと信じて疑わない大半の仲間たちや上官たち。
ヘンリー・スタッフォードは、何かの歯車が狂い始めているのを察し始めていた。だが、自分はあくまで一人の兵でしかない。自分がこの軍に不満を抱いたところでどうにもならない。まして、この軍に逆らったら、自分の家と家族にどんな影響を及ぼすかわからない。
(そんなこと…許されない)
国のために戦って、死ぬ。貴族にとってそれは最上の名誉であり絶対に遵守しなければならないこと。それを捨てることは貴族としての誇りを捨てること、そして死に等しいという認識があった。自分には、はじめから選択肢などない。だから、従うしかない。これはヘンリー一人に限った話ではなく、今のアルビオン…いや、レコンキスタに疑いを持つ者なら全員に該当することだった。
たとえ…次の瞬間自分たちの身に、どれほど夢であって欲しいと願うほどの斬ごくな現実だとしても。
「…!?」
アルビオン兵たちの顔が、驚愕に染まる。
円盤の中から、音が聞こえてきる。何かを殴っているような音だ。もしやと思い、ヘンリーたちは円盤に注目する。
突如、円盤の天上が開かれたのだ。そして中から青い球体が現れ、まるで風船のように膨れていく。やがて青い球体は針をつきたてられた風船のように破裂し、その中から姿を黒い人型の怪物が姿を現した。
「な…!!」
二本の触覚のような角と、全体を占める黒いからだ、白い両腕両足。そして、最後に顔に埋め込まれている発光体。
プロロロロロ…
その怪物は、至って穏やかのようにも思えた。変わった泣き声を挙げているが、突っ立っているだけで何も仕掛けてこようとしていない。
「な、何だよ脅かしやがって…まあいいさ。作業を続けるぞ」
一瞬その怪物の静かな動きに脅威を感じたが、杞憂と判断したそのアルビオン兵は再び杖を振るい、その怪物を運ぶためにレビテーションを掛けなおそうとしたそのときだった。
「……」
その怪物は両手から、三日月状の波を描く光線を放ち、アルビオン兵たちに襲い掛かってきた。
「うああ!!」
次から次へと、放たれ続けていく破壊の光。
「うぎゃあああああ!!」
光線は光刃となって分裂し、無差別に襲う光の刃が、残酷にもアルビオンの兵たちの体を切り裂き、草原を真っ赤に染め上げていく。
「!」
その刃は、ヘンリーにも襲い掛かってきた。このまままっすぐ行けば、いずれ彼の体さえもばらばらに切り裂いてしまう。が、間一髪のところで現場指揮官の男が飛び出し、彼を突き飛ばすことでヘンリーはその脅威を免れた。しかしその対価として、指揮官は両足を切り裂かれ、もぎ取られてしまった。当然、彼は草原の上に倒れこんだ。
「隊長!」
「ぐ…に、逃げろヘンリー!この事態を街に知らせろ!」
「し、しかし!!」
ヘンリーは前述で説明したとおり、逃げることを選択肢として選ぶことができなかった。だが、彼を庇った上官に続いて、話を聞いていたほかの仲間たちが口々に叫んだ。
「さっさと行け!お前はロンディニウムへ向かい応援を呼べ!」
「これ以上被害が及び、ここで貴様まで死んだら、誰がこの事態を伝えるんだ!」
「アルビオンのためにも、応援を呼びに行け!!」
「…!!」
ヘンリーは苦痛に顔を歪ませながらも、彼らの気迫に押されたこともあり、直ちにその場から背を向けた。去り行くヘンリーを守るべく、彼の仲間たちは黒い怪物が放ってくる光線の刃を、自らの魔法によって必死にはじこうとする。彼らの奮戦は結果的にヘンリーに届くことは無かったものの、流石に巨大な体の分だけ力も強かったためか、彼らの魔法では到底跳ね返すことはできず、機動をわずかにずらす程度にしかできなかった。

その脅威の名前は…『宇宙恐竜ゼットン』。
かつて初代ウルトラマンを倒し、一度はその命さえも奪ったとされる、最強と謳われた怪獣だった。
「…zet…ton…prororororo…」
ゼットンの進行先は、シュウたちも一時の補給のために滞在している街…シティオブサウスゴータだった。
 
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