黒魔術師松本沙耶香 人形篇
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16部分:第十六章
第十六章
高等部に向かうともうその前から妖気が感じられた。禍々しく、身に纏わり付く様な妖気であった。
「これね」
沙耶香はその妖気を感じ取り呟いた。
「影が送ってくれたのは」
それで間違いがなかった。妖気はさらに強まり、沙耶香自身を覆うかの様であった。彼女はその妖気を感じながら高等部に入って行った。
中に入ると妖気はさらに強まった。まるで建物の中が無気味な赤紫の霧によって覆われているかの如くであった。彼女はそれを見ながら先に進む。
そして妖気の強まっていく方に歩いていった。歩きながらあることに気付いた。
「ここは」
それぞれの部活動の部室がある方だった。沙耶香はそれに気付き心なし不吉なものを感じていた。
そこには人形部の部室もあるのである。若しかするとあの部屋に、そうも考えた。
「けれどその時には」
だからといって躊躇う沙耶香ではなかった。これで躊躇っているようでは魔術師なぞ務まらないからであった。
部室のある通りへ向かう。そこは無気味に静まり返っていた。そして一歩一歩慎重に進んで行く。彼女は心の刃を研ぎ澄ましていたのであった。
その部屋の中には人形部の部室もある。もう扉が見えている。
(若しかしたら)
彼女は思った。心無し身構える。そしてまた一歩踏み出した。その時であった。
(!?)
人形部の扉が開いたのだ。そして妖気が急激に高まったのを感じた。沙耶香は素早く身構えた。
(来たわね!)
その手から鞭を出そうとする。だがそれは出すまでには至らなかった。
「貴女は?」
扉から出て来たのは何の変哲もないシスターであった。あのシスターデリラであった。
「シスター」
沙耶香は彼女の姿を認めて鞭を収めた。そして普通の顔になった。
「どうしてここに」
「私は人形部の顧問ですから」
彼女は笑ってそれに応えた。にこりと笑ったのであろうが妖艶な笑みであった。シスターの衣がその妖艶さとアンバランスを示し、そしてさらに妖しげなものを漂わせていた。
「用事がありまして」
「そうだったのですか」
沙耶香は何気無い様子を装ってそれに応える。だが妖気は強まるばかりで一向に収まってはいなかった。
それもシスターデリラが出てから強まっている。彼女はそこに何かを感じていた。
「ところでシスター」
「何でしょうか」
シスターは沙耶香の言葉に応えた。
「こちらにどなたか来られませんでしたか?」
「申し訳ありませんが」
彼女はその問いに応じてきた。
「ずっと部屋に篭っておりましたので」
「左様ですか」
「はい。何もわかりません」
「わかりました。それでは」
「これで宜しいでしょうか」
「はい。実は人を探しておりまして」
「人を?」
「そう、その人は実に魅力的な人でしてね」
その切れ長の目を微妙に歪めて笑った。口元も微かに歪ませている。
「私は今その人を探しているのですよ」
「それ程魅力的な方なのですか」
「はい」
沙耶香は答えた。
「あまりにも魅力的で。追わずにはいられません」
「それはまた」
シスターもそれを聞いて笑った。
「素晴らしい方なのでしょうね」
「こちらにその人がいるかな、と思ったのですがね」
沙耶香はその目を歪ませたまま言った。黒い目にシスターの姿が映っている。
「残念です。おられないとは」
「若しかすると近くにおられるかも知れませんよ」
「すぐ側にでも」
「さて、それはどうでしょう」
シスターはそれには思わせぶりに笑って返した。
「人は会いたい時にはいないもの」
そして言う。
「探せばいないものですからね」
「そして探し出した時には」
「その手の中に収めてしまうのに限ります」
「全く同感です」
口元の歪みをさらに高めて言った。
「そしてその手に抱かなければね」
「手の届く場所に置いておかなければ」
ここでは意見は食い違った。
「なりませんから」
この言葉は同時であった。ニュアンスも一緒であった。そうした意味で二人の結論は同じであった。だがその方法と欲望が違っていたのであった。
「それでは」
「はい」
二人は挨拶の後擦れ違った。黒と黒の服が交差する。そして影も。二人は互いに擦れ違い振り返ることはなかった。しかし影は残っていた。
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