鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか
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26.迷子のアニエス
前書き
8/11 ミス修正と細かい書き直しをしました。
・経過報告
村の復興参加者が『3人』増えました!
これによって復興に動員できる人数が『59人』になりました。
ティズ「もう少し人数が増えればハイポーションか祝福の盾の作成に着手できるぞ!」
エイナ「目安箱によると、まず道具屋を優先しようって意見が出ているわ。というか、今の所意見それ一つしかないけど……」
ティズ「……こんな調子で復興できるんだろうか?なんだか不安になってきたなぁ……」
エイナ「あ、そうそう!道具屋と防具屋から試作品の道具が届いてるわよ?折を見て取りに来てね!」
ティズは今、悩んでいた。
これからティズは、村の復興をしながらもう一つの問題を処理しなければならない。
それは、『冒険者としてダンジョンに潜り、他のファミリアに先んじて根源結晶を発見する』というもの。実はこれ、割と不可能に近いことを言っている。
というのもダンジョンは大昔からずっとファミリア達が攻略に挑んでいた訳で、当然その先人たちは素人冒険者の考えも及ばないほど深い階層までゆっくり時間をかけて攻略している。にもかかわらず根源結晶が発見されたという話は一切聞かない。
つまり、根源結晶は現在の最深攻略階層より更に地下深くか、もしくは今までの冒険者さえも見逃しているような隠された場所に存在することになる。一生かかってもダンジョン最前線までたどり着けないような冒険者が9割以上を占めるこの世界で、齢16歳のティズはそんなものを自力で発見しなければいけないのだ。
その時点でもかなり絶望的な挑戦だが、それでもティズは挑まない訳にはいかない。
いや、最悪自力で見つけられなくてもいい。そこにアニエスさえ連れて行ければそれで事足りる。
最大の問題は、冒険者になってダンジョンに挑むためには事実上どこかのファミリアにティズ自身が入らなければならないという事だ。恩恵なしにダンジョンへ入るのはもとより無謀な行為。唯の人間でしかなく、アスタリスクの加護も受けていないティズにとってこの問題は現実的に外せない。それを踏まえたうえで、問題がある。
「僕がファミリアに入るとして……エイナさんから聞いた限りでは問題が二つ。僕の方の問題は三つ。問題山積だ……」
まず一つ。ファミリアの主たる神に、何の特別な力もない人間が認められるのは非常に難しいらしい。何せ相手は神だ。ロキは優しくしてくれたが、冒険者として雇ってもらえるかというと微妙な所だろう。有名どころのファミリアは高確率で門前払いされると考えて良い。
二つ。どうしても冒険者としてギルドに入るとなると、オラリオ内でも落ちぶれたファミリアに取り入ることになる。零細ファミリアは財政的に厳しく、満足に冒険も出来なくなって解散に陥るリスクが高い。折角入ったのに身動きが取れないのでは本末転倒だ。
三つ。アニエスのこと。アニエスが冒険者になるにしろそうでないにしろ、行き場のない彼女を受け入れてくれる神でなければいけない。加えるなら彼女は敬虔なクリスタル正教の巫女なのだから、反結晶派との繋がりや偏見がない神でなければならない。
四つ。アニエスと同じ理由でエアリーの事を受け入れてくれるファミリアでなければならない。彼女を受け入れてくれるとなると、もうティズには予測がつかない。自分なんか最初は魔物と見間違えたのだ。神がどんな反応を示すのか……既に怖い。
そして最後の五つ。それは――ティズ自身のことだ。
「もしかしたら、冒険に出させてもらえないかもしれない……」
ティズはカルディスラ政府公認の役人という扱いだ。当然彼が入ったファミリアは必然的にノルエンデの復興にも協力することになり、協力分の見返りを得ることになる。いわばティズは重要人物で金のなる木。おまけに故郷を失ったという過去を考えると、命の危機があるダンジョンに行こうとする姿は自殺志願者に見えなくもない。となれば当然止められるだろう。
ティズはそのことをアニエスに指摘されるまで全く思いもしなかった。
カルディスラを出た日の夜にしたエアリーとの話し合いの後、ティズとアニエスは少々ギスギスしながらも妥協点を探った。話し合いの結果、二人は「冒険の役に立たないことが客観的に証明されたらこの話から下りる」という事で決定した。
とはいってもあくまで降りるのは冒険だけで、手伝い自体は続けて良いことになったのだが。
短い間だが、彼女と話しているうちにティズはアニエスの覚悟の強さを感じ取った。
例えどのような苦境に立たされても、彼女は未来のための行動をやめることはないだろう。巫女としての使命を捨てることも、やはりないだろう。その身を捨てて世界が救われるなら迷わず自分の身を差し出すだろう。
だから、せめて彼女がその自らに課した責任に押し潰されないように一緒に戦おうと思った。
だが、彼女の意思を尊重したティズに反してアニエスは頑なにティズが戦う事を拒んだ。
「エアリーはあなたの事を気に入っているようですが、これはクリスタル正教の巫女に課せられた使命です。別に貴方が戦わなくとも4人の巫女や信頼できる正教の騎士と連携すれば護衛もなんとかなるでしょう」
彼女は反論しようとしたティズへ一気にまくしたて、止めとばかりにこう言ったのだ。
「貴方は、突然故郷を失ったことで強いショックを受けています。自分でも気づかぬうちに自らの命を軽んじ、自暴自棄になっているのではありませんか?」
「う………」
全くない、とは決して言えなかった。
事実、全てを失ったティズは全てを失ってでも悲願を達成しようと願った。
それが自棄や自傷願望から来るものではないと、その時のティズには言いきれなかったのだ。
「……貴方はあの悲劇からせっかく生き残ったのです。しかし受けた心の傷は深い……生き急ぐような真似はせず、争いとは無縁の場所で養生することをお勧めします。それが……意気も絶え絶えに運び込まれてきた貴方の治療をした私の願いです」
諭すような優しさの籠った暖かな言葉。
本当は、その慈悲深く優しい声が彼女の本当の声なのだろう。決して邪険にしているのではなく、本当に巻き込みたくないんだと感じられた。
翌日、冒険者になることを伝えた時にエイナからも似たようなことを言われた。
せっかく生き残った命を簡単に危険に晒すのは止めなさい、と。
「それでも……この冒険は僕の希望なんだ。これに縋るしかないだろ……?」
皆には分からないだろう。
いや、分からないほうがいい。
何もせずにいるのが、最もティズの心を蝕むのだということを。
目を閉じても耳を塞いでも、夜になると何度もリフレインされる光景。
大穴に落ちていく弟の手を握りしめた感触。その手を放した瞬間の、悲鳴。
何度も何度も魘され、月明かりの中で目を覚まし、やがてティズは寝る事を諦めた。
どんなに穏やかな日々を送っても、どんなに養生しても、この悪夢が終わることはない。
だから、夢でなく現実で終わらせるんだ。悲劇を食い止めるしかないんだ。
そのために、せめて世界を救う君の盾になるくらいなら出来る筈だ。
ずっと取り留めもなくそんなことを考えていたティズは、ふと異常に気付く。
「そういえば、アニエス遅いなぁ………これからエイナさんと一緒に入るファミリア候補の相談をする予定だったのに」
今日の朝、ティズはノルエンデ復興計画の細かい部分を決定するために朝からギルドにいた。
そしてギルドに行く前に、確かに宿でアニエスに待ち合わせ場所を伝えた筈だ。
おまけに彼女は昨日まる1日アイズに連れられて町を案内され、理由は分からないが何故かものすごく念入りに道を説明されたそうだ。そして地図を渡した上でエアリーも彼女についている。だからまさか迷子ということはない筈だが――と、ティズの脳裏に嫌な想像が過る。
「まさか、もうトラブルに巻き込まれたのか!?」
あり得ない話ではない。ここは神住まう町オラリオだ。巫女を快く思わない存在やエアリーに勘付いた存在がいないとも限らない。だとしたら、このまま待っている訳にはいかない。いてもたってもいられなくなったティズは立ち上がってギルドの外に向かおうとして――
「いやぁ、まさか案内中にも迷子になろうとするとは予想外だったぞアニエスよ……」
「世の中にはいるんですね、神様にイジワルされて生まれた人が……」
「うううううう……わ、私だって好きで迷ったわけじゃないです!!」
迷子の迷子のアニエスがさらっとギルドに入場し、ティズは腰が砕けてそのままズコー!とずっこけた。
= =
「アニエス。悪いけど、明日からは一人で行動せずに必ず僕と一緒にいてくれないか?」
「え……は、はい」
真剣な表情で告げるティズに、恥ずかしさで顔を赤くしたアニエスが素直に頷く。
聞きようによっては告白紛いの内容なのに迷いなく真顔で言ってしまうのがティズという男。相手がアニエスでなければ勘違いしてしまいそうなほどに真摯な瞳に、リングアベルとベルは目を見合わせる。
「先輩。またレベル高い人が来ましたよ………」
「うむ。いま確実にアニエスの心が揺れたぞ。純朴そうな顔して意外とヤリ手だな」
「ええっ!?ぼ、僕は別にそんなつもりで言ったわけじゃ……!」
「そ、そうです!貴方のような軽薄な人物とティズを一緒にしないで下さい!」
顔を真っ赤にしながら慌てて否定するティズの姿は、いかにも初々しくてイジり甲斐がありそうだ。
アニエスも含め、どうやら2人揃って天然の中の天然らしい。
どうやらティズがアニエスと出会ったのはつい最近らしく、彼女の壊滅的な方向音痴に関しては知らなかったようだ。そうと分かっていれば決して一人では出歩かせないだろう。こっそりアニエスの元からティズの方へ戻ってきたエアリーをちらりと見ると、エアリーは頬を膨らませてぽかっとティズの背中を蹴った。
(エアリーは悪くないもん!アニエスが右って言ったら左に行って、前って言ったら横に行くからいけないんだもん!)
(………アイズが昨日あんなに念入りに道を教えてた理由が分かったよ。ともかくこっちに……)
さり気なく道具ポーチを開いてエアリーを中に隠す。万一目撃でもされたら説明が大変だ。
「と、ともかく……二人ともアニエスを助けてもらってありがとうございます!」
「あぁそれは別にいい。それより俺はアニエスに感謝のハグをしてもらいたいんだが……」
「拒否します」
氷のように冷たい瞳であっさり却下。今度の瞳は拒絶ではなく純粋に冷めきっているだけである。
しかし、障害があった方が余計に燃え上がるのがリングアベルという男。やめときゃいいのにへこたれないのだ。
「まぁそう言わずに!俺の胸へ飛び込んでこう、ギュッと……アデッ!?」
ずいずい迫ろうとしたリングアベルの頭に、横から飛来した資料の束がバスン!と直撃した。
「コラッ!女の子にセクハラしようとしない!」
「イタタ……え、エイナ嬢か。なんなら君のハグでも受け付け……」
「……もう一発喰らってみる?」
「すまん、冗談だ!だから振り上げた資料を下してくれ!!」
営業スマイルと共にエイナが天高く振りかざされた紙束に、さしものリングアベルも顔が引きつる。
呆れ果てた周囲の目線。流石にこれ以上は分が悪い(というか最初から分が悪い)と思ったリングアベルは自重した。ヘスティア的にはもっと自重してくれると丁度いいのだが。
「エイナさん!ただいまダンジョンから戻りました!」
「お帰りなさいベル君!でも、悪いけど先約があるからちょっと待っててね?」
「おぉ~い……俺にお帰りなさいは無しか?」
「さっき頭にかました一発が挨拶代わりです。もっと欲しいですか?」
「OK、俺が悪かった。茶々はいれないから気にせず仕事を続けてくれ……」
俺とベルの扱いの差は何だ!?と言いたいところだったが、そうするとエイナに「好みじゃないから」とかいう痛恨の一言を貰いそうなので大人しく引き下がった。
しかし、面倒見のいい彼女がベルの事を後に回すとは珍しい。手元にある資料がそれに関係しているのだろうか。ちらりと資料を覗き見たリングアベルは、それがファミリアに関するものである事に気付く。
一体何の資料だろうか――と思っていたら、エイナはそれをティズの前で広げ出す。
「お待たせティズ君。頼まれてた資料を持って来たよ!」
「何もかもお世話になってすいません、エイナさん。僕、今は何も返せませんけど……いつか必ずお礼させてください」
「いいのよこれくらい。年下なんだからもうちょっと甘えなさいって」
エイナは苦笑しながらカウンター越しにつん、とティズの頭をつついた。
突かれたティズは「あうっ」とのけぞる。何だか妙に仲睦まじげに見えるのは気のせいなのか。
「エイナさん、ティズさんと知り合いなんですか?」
「え?ああ、ちょっと一緒に仕事することになって……あ、そうだ!ベル君たちとも関係あるかもしれないから一緒に聞いていかない?」
エイナは、アニエスたちも含めて既にティズと話し合った内容を改めて説明する。
今、ティズはノルエンデ復興のためのオラリオ内でのスカウト、及びノルエンデで作成されたアイテムの売買を行おうと計画している。そしてその上で『業務提携』のように活動を手伝ってくれるファミリアを探している。
だが、いくらギルドが手伝うと言っても通常業務だけでも忙しいギルドに活動本部を置くわけにもいかないのでファミリアと提携して一時的にファミリアに入れてもらう契約を交わそうとしている。ティズは自分の抱えた問題を考えてそれとなく条件を提示してエイナに提携してくれそうなファミリアのリストアップをしてもらったのだ。
「で、考えたんだけど……ベル君とリングアベルは『ヘスティア・ファミリア』っていうファミリアの所属してるの。で、このファミリアはつい最近二人が入ったことで活動を漸く開始してね?簡単に言えば、他の零細ファミリアより伸び代がありそうかなって……」
無論そこには所属しているのが自分の面倒を見ているベルがいるという理由もある。だが、逆を言えば彼を通せばファミリア内でのティズの様子を把握するのも容易になる。下手に知らない冒険者のいるファミリアに所属させて、後でトラブルになったらそれこそ事だ。
「女神ヘスティアは派閥争いには参加してないし、反結晶派との繋がりもない。本人も温和な性格だからアニエスちゃんを拒絶することもないと思う」
「ああ、それは俺も保証する。女神ヘスティアは優美で聡明で慈悲深い自慢の主神だよ」
「僕も町で迷ってるところをスカウトされたんです!ずっと良くしてもらってます!」
ベルコンビがうんうんと頷く。
ただし、リングアベルだけはこの中で全く別の思惑を持っていたが。
予測が正しければ、これが日記に記された新ファミリアで間違いない。
人員は増えるし、損な話じゃなさそうだし、さらに言えば二人はリングアベルの記憶ともかかわる可能性がある。リングアベルは考え込むティズの肩に手を置いた。
「なぁ、ティズにアニエスよ。こうして出会ったのも何かの縁だ。我がファミリアの主に会うだけ会ってみないか?何も今この場で決定しなければいけない訳じゃないのだし、女神の方には俺からも口添えする」
「きっと二人も会えば神様のことがもっと知れていいと思います!」
「………だって、ティズ君。行ってみたら?」
「うーん……アニエスはそれでいい?」
「……貴方に任せます」
アニエスは元々世俗には疎い。そして、曲がりなりにもティズのひたむきさは信用している。だからこそ敢えて判断はティズに任せた。エアリーもまた同じようにティズに決定を一任している。
冷静に考えても断る理由がないと思ったティズは、大きく頷いた。
「わかった。じゃあ、まずは件の神ヘスティアに会ってみます!」
これが運命の出会いとなることを――リングアベルだけは確信していた。
ヘスティア・ファミリアに向かう途中、ふとアニエスは思い出す。
風の神殿から脱出したあの日、彼女は丁度こんな風にイクマ・ナジットに導かれてオラリオに来た。
ナジットは旧知であるというロキの元にアニエスを預けて何処へかと姿を消したが、まだ戻ってこないのだろうか。ロキには「別の場所に行きたいなら構わないが、困ったら頼るように」と念を押されているが、明日にでもロキ・ファミリアに行ってナジットが来たかどうかを聞いてみようか。
(それとも……もう依頼料を受け取ったから戻ってこないのでしょうか?)
彼は傭兵で、金以外では動かないと言っていた。これは自分の勝手な想像でしかないが、ひょっとしたら自分は捨てられたのかもしれない。
(もしかしたら、ティズもいつか――いいえ、ひょっとしたらエアリーでさえ……)
自分で言った筈だ。クリスタルを解放するのは別にアニエスでなく他の巫女でもいい。
エアリーがティズの側にいる以上、自分の役目はいずれ誰かに取って代わられてもおかしくはない。それに、自分の家でもあった風の神殿は魔物に制圧され、家族同然に過ごした修道女たちももういない。
他に誰が頼れるだろう。
子供の頃の親友だったオリヴィアは水の神殿襲撃で行方不明。
かつてお守り代わりにとペンダントをくれたユルヤナの老師は、辿り着くまでの道が険し過ぎる。
本来向かうはずだった正教本部ガテラティオは行ったことこそあれ、知り合いなどいはしない。
疑心は静かに心を蝕み、アイズやロキ・ファミリアの笑顔が無性に恋しくなっていく。
自分が本当に信じられる人は、この場には誰もいない――
(……弱気になっては駄目。私は風の巫女……巫女としての使命を果たすまで、迷う事はないのだから)
「……アニエス、どうかした?」
心配そうに顔を覗きこんだティズ。その表情を疑ってしまったことに自己嫌悪したアニエスは静かに首を横に振り、孤独と不安への恐怖を心の内に押し込んだ。
「なんでもありません……先を急ぎましょう」
後書き
原作ではエアリーを絶対的に信用してるんですが……鐘まちでは何故かエアリーはティズの元にいますので、完全に信じ切れていません。
迷子のようにぽつんとオラリオに取り残されたニエスの孤独はいつ埋まるのか……。
それはそれと、連続更新がキツくなってきたのでもう少し休み休み執筆させてもらいます。ご了承を。
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