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黒魔術師松本沙耶香 妖女篇

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6部分:第六章


第六章

「この料理にワインだけれど」
「そちらは」
「こちらもよ」
 こうしたものについてもこう述べてみせるのだった。
「満足させてもらったわ」
「左様ですか」
「ええ、とてもね」
 こうまた言葉に笑みを含ませて述べてみせたのである。
「そうさせてもらったわ」
「ではまさに全てにおいて」
「名前に違わないわ」
 またこう言ってみせるのだった。
「何もかもね」
「有り難き御言葉。それでは」
「まだ少しいらせてもらうわ」
 席を立とうとはしない。そのまま残っている。
 そうして見ているのは。カーテンコールだった。歌手達が次々に出て観客達の歓声に応えている。それを見続けているのであった。
 その顔は満足しているものであった。ワインは既に二本とも空けてしまっている。しかしここで館員に対して静かに言ってきたのであった。
「もう一本ね」
「ワインをですか」
「そうよ。同じものをね」
 所望だと告げる。
「御願いできるかしら」
「はい、それでは」
 館員もまた沙耶香のその言葉に応える。
「すぐにお持ちします」
「ワインだけでいいわ」
 こうも言い加えた。
「それだけでね」
「チーズやそういったものは」
「いいわ。ワインだけを楽しませてもらうわ」
 あくまでワインだけを望むのだった。
「今はね。御馳走はかなり楽しませもらったし」
「左様ですか」
「余韻を楽しむ為のものよ」
 今度はワインはそれであるというのだ。目はずっとそのカーテンコールを見続けている。ボックス席の豪奢な椅子に右肘をつきそこに頬杖をついて。そのうえで優雅に見ているのである。
 その姿勢でだった。彼女はワインを望んでいるのであった。
「もう一本ね」
「それでは」
 こうして彼女はワインをまた一本楽しんだ。それと共に最後のカーテンコールを楽しんで、であった。バスティーユ座を後にしたのである。
 パリの街は夜であっても実に美しい。空の漆黒の天幕に赤や青、白の宝玉が散りばめられ街にも同じ色の宝玉が無数に敷き詰められている。彼女はその二つの絵画を同時に見ながら一人街を進んでいた。
 そうしてであった。足を止める。するとそこに一人の美女がいた。
 背は高く流れる様な金髪に茶色の目をしている。顔立ちは整いまるで彫刻の様である。ギリシア彫刻の女神の一人ペルセポネーを思わせる、そうした美女だった。損の美女が白いコートとスカートに身を包み黒いブーツの音を立てさせながら夜のパリを歩いているのであった。
「いいわね」
 その美女を見てだった。沙耶香は自然に足を進めた。しかしここで。
「生憎だったわね」
「誰かと思えば」
 沙耶香は今の声の主をすぐに察した。
「貴女だったのね」
「ええ、そうよ」
 気付けば美女の向こうに彼女がいた。白く丈の長いマントを思わせる上着に同じく白いズボンを着ている。長い黒髪を後ろでくくっている。目も口元も何処か邪な笑みを浮かべているがそれでいてこの世のものとは思えぬ何処か誘う様な美貌を讃えている。その彼女が姿を現わしたのである。
「暫くいないと思っていたらこの街にいたのね」
「パリはいい街よ」
 その白い美女は妖艶な笑みのまま沙耶香に言葉を返してみせてきた。
「美女が何処にでもいてね」
「そしてその美女達をね」
「安心しなさい」
 美女の笑みがさらに邪悪なものになった。
「あの娘達には何もしていないわ」
「貴女らしいわね」
 それを言われても特に驚いた様子を見せることのない沙耶香だった。至って平気な顔で言葉を返してみせてきたところにそれが出ていた。
 
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