黒魔術師松本沙耶香 妖女篇
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4部分:第四章
第四章
「それで宜しいですね」
「いいわ。それじゃあまた」
「はい、また御会いしましょう」
こう告げ終えると沙耶香の前から姿を消すモンテスだった。沙耶香は一人になるとそのまま夜の闇の中に姿を消した。そうしてそのバスティーユ座に姿を現わしたのであった。
そこの豪奢なボックスに入りそれから。オペラハウスの館員達に対して告げるのであった。
「ディナーはあるかしら」
「先に予約して頂いていたあれですね」
「そう。それよ」
それだというのである。その白と黒を基調としたオペラハウスの中で。歌劇場の内装はかなり現代調である。そしてそれと共に何処か昔の趣も残している。そうした劇場だった。
その中のボックスの一つにおいてだった。沙耶香は優雅に座りながらそのうえでその若い男の館員に対して話したのである。
「そのディナーを御願いね」
「畏まりました、それでは」
「それに」
話をさらに続ける沙耶香であった。
「ワインも御願いね」
「ワインは何を」
「シャンベルタンを」
それだというのである。
「それを御願いできるかしら」
「わかりました。それでは」
「二本御願いね」
本数についても指定した。
「それだけね」
「それでは」
館員は沙耶香の注文を聞き終えてそのうえで一旦席を後にする。そうして暫くして料理を届けて来たのであった。それは一度に持って来られたのであった。
スープにサラダ、野菜料理、オードブルとしてのヒラメを使った料理にメインディッシュの兎料理、とパン、そしてデザートは洋梨のタルトだった。それとそのシャンベルタンが二本である。一度に持って来られてそのうえで沙耶香の前に並べられたのであった。
その料理を見ながら沙耶香は。まずは悠然と笑ってみせてそのうえで述べるのであった。
「一度に並べるのはね」
「タレーラン風だと仰るのですね」
「そうよ。貴方の国の卓越した外交官」
こう言ってまずは褒めるような言葉を出してみせるのであった。
「その彼ね」
「タレーランを御存知ですか」
「知っているわ。魅力的な人物だから」
その笑みには余裕と共に含むものもあった。
「興味があるわ」
「左様ですか」
「類稀なる悪徳を持ちながらもフランスを救った人物」
沙耶香はタレーランをこう評した。ナポレオンの側近でありながらナポレオンを裏切りそのうえでフランスの罪をナポレオンの罪としてフランスを救った男である。好色であり賄賂も好んだ。生前から様々な悪徳で知られている男、それがタレーランであるのだ。
フランス革命はこう言われている。多くの革命家と一人の独裁者、一人の英雄、そして二人の怪物を生み出したと。革命家については枚挙に暇がない。ラファイエットもそうであるしミラボーもだ。そしてサン=ジュストも入れられるしダンカンもだ。実に多い。
独裁者はロベスピエールである。彼とジャコバン派からナチスやソ連が誕生したと言ってもいい。フランス革命は全体主義も生み出したのである。
英雄についてはナポレオンのことである。コルシカに生まれた彼こそがフランス最大の英雄であり軍神であった。英雄とは彼のことに他ならない。
そして問題は二人の怪物である。一人はフーシェである。ジャコバン派に属し多くの者を殺しナポレオンの側近でありながらやはり彼を裏切った。彼が一方の怪物でありもう一方の怪物がタレーランだというわけである。これがフランス革命の二人の怪物である。
沙耶香はそのタレーランが考えた料理の出し方をさせてみせたのである。そしてこう館員に対して言うのであった。
「今のフランスではこれは無作法になるのかしら」
「それはどうでしょうか」
「そうとも言えないわよね。しっかりとこの出し方の意義もタレーランは言っていたから」
「それはその通りです」
タレーランの言葉は流石に嘘と言うことも否定することもできなかった。それをするにはあまりにも有名な人物だったからである。
「ですがまさかそれをされるとは」
「考えたのよ」
沙耶香は声に笑みを含ませて述べた。
「一度してみようかしらとね」
「それでですか」
「実際にやってみるとどうなのか」
さらに述べる沙耶香であった。
「そうね。確かに見栄えがいいわね」
「それは確かに」
「一品ずつ出すのはロシア式だけれど」
こうしたことまで知っている沙耶香であった。ボックスにおいて流麗な言葉を出し続けている。
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