黒魔術師松本沙耶香　妖女篇

第三章

「その為にこの巴里に来てもらったのです」
「私ともう一人に依頼したそうね」
「それは駄目でしょうか」
「いえ、別に」
　それはいいという沙耶香だった。表情にも声にも余裕が見られる。
「そういうことにはこだらないわ」
「そうですか。それは何よりです」
「そしてそれは置いておいて」
「はい」
　話を続けてくれというのだ。モンテスもそれに応えて話を再開する。
「それでその依頼のことですが」
「失踪の手懸かりは」
「ありません」
　首を横に振って沙耶香の問いに答えるしかできないのであった。
「何一つとしてです」
「全くね」
「全く以って不思議なことに完全に消えてしまうのです」
　モンテスは首を横に振り口を苦々しいものにさせたうえで話すのだった。
「突然です。街を歩いていればです」
「急になのね」
「後には何も残りません」
　そうだというのである。
「失踪した美女達に共通点があるとすればです」
「それはわかるわ」
　口元に妖しい、それでいて楽しむ笑みを浮かべたうえでの今の沙耶香の言葉だった。
「美女であることね」
「強いて言えばそれだけです」
「強いてではないわね、そこはね」
　今のモンテスの出した形容詞にあえて言い加えてみせたのであった。
「必要かつ充分な要素よ」
「必要充分な、ですか」
「その通りよ。そこに大きなヒントがあるわね」
　沙耶香はその妖しい笑みを目にも含ませて述べていく。
「そこにこそね」
「美女であるということにこそ」
「美女であるということはそれだけで尊いものなのよ」
　その美女を愛する者としての言葉であった。だからこそ今彼女自身が出していくその言葉を深い意味を含むものにさせているのだった。
「そしてその美女を狙っている輩は」
「美女を愛していると」
「そうよ。どうして愛しているかはわからないけれど」
　そこまではというのである。
「けれど。美を愛しているのははっきりしているわ」
「成程」
「そして」
　沙耶香の妖しい笑みと共に出される言葉は続く。
「苑消えた美女達は生きているわね」
「生きていますか」
「そして一つの場所に集められているわね」
　そうだというのである。
「そう思うわ」
「そう思われる根拠は」
「私の勘よ」
　その根拠はそれだというのである。モンテスはそれを聞いて咎めるような目になったが沙耶香はそれに構わず話を続けるのであった。
「多くのこうした事件を終わらせてきた私のね」
「その言葉を信じて宜しいのですね」
「私は相手に自分の話について信じることは強制することはないわ」
　妖しい笑みはそのままであった。そこには強制するものはなかった。ただ己の考えを述べているだけである。しかしそこにも何か妖しいものを含んでいる沙耶香の言葉だった。
「それだけよ」
「左様ですか」
「信じなくても構わないわ。例えその通りであっても貴方には何も求めないわ」
　それもないというのである。
「ただ。私が事件の解決にあたる間は」
「はい、その行動等は一切自由ということで」
「そういうことで御願いするわ」
「報酬は既に契約金と最初の分を口座に振り込まさせて頂いていますので」
「そして事件が終わった時にね」
「残りも振り込まさせて頂きます」
　報酬の件もここで話すのであった。