黒魔術師松本沙耶香 紫蝶篇
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3部分:第三章
第三章
「奢って頂けるなんて」
「スペイン人は気前がいいのですよ」
それが彼女の返答であった。
「お酒と食べ物に関しては」
「イタリア人と同じく」
「ふふふ、そうですね」
速水の言葉にも笑みを浮かべる。どうやらイタリア人と比較されても彼女は特に不満ではないらし。なおどちらもラテン系であるのは言うまでもないことである。
「恋愛が好きですし」
「情熱の国スペイン」
沙耶香はその言葉に何か楽しみを見出しているようであった。なおロスアンヘルスは彼女のことは詳しくは知らない。その性的嗜好についても同じである。
「そうでしたね」
「ええ」
何も知らないまま彼女に答える。
「まさかとは思いますが」
そう語ったうえでロスアンヘルスは暗い顔で述べてきた。
「何か」
「いえ、まさかですが妹は」
「それは御安心下さい」
しかし速水が彼に述べてきた。
「駆け落ちを心配されているのですべ。誰か見知らぬ男と」
「ええ。妹はその、私から見ても美人ですから」
その問いに正直に答える。美人であるというのはそれだけで中々大変であったりするものだ。これは何時の時代のどの国においても変わりはしない。情熱の国スペインにおいてもかつてはひそんだ愛を好んだ日本においてもである。
「若しかしたらと思いまして」
「これを御覧下さい」
速水はまたカードを出してきた。それは悪魔のカードであった。タロットカードの十五番だ。不吉な意味も多いカードである。逆であってもあまりいい意味はないことも多い。中々解釈の難しいカードであると言っていい。時と場合によってそれが大きく異なるのだ。この場合はどうなのであろうか。
「悪魔ですね」
「はい」
ロスアンヘルスはそのカードを見て頷く。紛れもなく悪魔のものであった。
「ここで愚者が出ていたならばそうでした」
「愚者ですか」
「そう、冒険です」
彼は述べる。
「それが出ていたならばその可能性がありました。しかし悪魔が出ました」
「わかったわ」
沙耶香はその悪魔のカードを見て述べてきた。
「今回の事件はおそらくは」
「はい。やはり」
速水はそれに応えて言葉を返す。
「魔性の存在ね」
「そうですね。それを考えると私達におあつらえ向きな話です」
速水はクールさを保ったまま述べる。彼も沙耶香もそこに見ていたのは異形の存在であったのだ。
「夜なら当然ね」
沙耶香は言う。
「異形の存在も」
「はい。それでは」
速水は沙耶香のその言葉を受けて言葉を出す。
「この事件はお任せ下さい」
ロスアンヘルスに顔を向けての言葉であった。
「必ず解決してみますので」
「お願いします」
ロスアンヘルスの言葉は切実であった。務めて冷静さを装っているが魔性という言葉にえも言われぬ不安を感じているのは明らかであった。
「本当に」
「ええ。それでは今宵は」
沙耶香はまるで動じない様子で彼女に声をかけてきた。その手にはグラスがある。
「心ゆくまで」
「わかりました。それでは」
「はい」
こうして三人はその夜は美酒と美食を楽しむのであった。ひとしきり飲み終えてからロスアンヘルスは別れた。沙耶香と速水は二人でマドリードの夜の世界に出たのであった。スペインの暑い夜が彼等を包み込む。
「ところで」
沙耶香は速水に顔を向けて述べてきた。
「前から思っていたけれどその服で暑くないのかしら」
「それは私も思っていたことです」
速水も沙耶香に問う。
「魔術を使われていますね」
「ふふふ」
その問いに目を細めてみせる。妖しい光がその奥に輝く。
「貴方もね」
「私は違うのですよ」
しかし速水はそうでないと返す。沙耶香を見て笑いながら。
「心が冷たいもので」
「何が言いたいのかしら」
沙耶香も彼の言葉に思わせぶりに笑って返す。
「わからないわね」
「またそのようなことを」
沙耶香はあくまでとぼける。そう易々と応えるつもりはないようである。しかし速水もそんな彼女を見て笑うのであった。
「今宵はどうされるのですか?」
速水は沙耶香に問う。
「私はホテルに戻りますが。ホテルは取ってありますよね」
「いいえ」
笑ってそれを否定する、
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