黒魔術師松本沙耶香 紫蝶篇
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
18部分:第十八章
第十八章
炎の矢が蝶達の前に消されていく。やがて炎が尽きると今度は沙耶香の方に迫ってきた。
「さっきも言ったけれど」
ここで依子は沙耶香を見据えてきた。
「この蝶達は私自身なのよ」
「つまりあれね」
沙耶香はその言葉を聞いて言う。
「蝶達を通して貴女の魔力が相手に伝わり」
「ええ」
「相手を害していく。そして精気も」
「そうよ。わかってくれたようね」
依子は目を細めさせて応える。
「それがこの蝶達だったのよ。わかってくれたかしら」
「成程。道理で妖しい筈」
沙耶香はその言葉を聞いて述べてきた。
「けれどね。それだけではね」
「何か言いたいの?」
「私にその蝶達が倒せないと思っているのかしら」
「どうかしら。この蝶達は一つ一つが私自身」
依子は腕だけでなく身体全体に蝶を漂わせていた。それがまるで紫の風のようであった。吹き荒ばず、その場にたたずむ風であった。
「数え切れない私を相手にできるのかしら」
「女の子なら何人でもね」
沙耶香はそう依子に返す。
「できるけれど。貴女とは寝たことはなかったわね」
「何時かは、って考えているのよ」
依子はその青い目を沙耶香に向けていた。既に沙耶香の目は赤くなっている。赤い光と青い光が闇の中でぶつかり合っていた。
「これでもね」
「ふふふ、そのわりには邪険だこと」
目から赤い光が消えて黒いものが戻って来る。依子の青い光も同じであった。
「奪うもの」
一言であった。
「私にとって愛とはね。そういうものだから」
「奪うのはいいわ」
沙耶香もその言葉には賛成する。
「けれど。それには悦びが伴わなくてはいけないわ」
「私の喜びは私自身が堪能し尽くすこと」
「違うわね」
沙耶香の細い目の黒い光は妖しく輝く。その光で依子の欲情を見ていた。
「私は相手をとろけさせること。そうでなくてはね」
「考えの相違ね」
依子はそこまでは踏み込みはしなかった。そこまで言うつもりもなかったのだ。
「けれど。それならそれで」
「まだやるのかしら」
「いえ。今日はこれまでにしておくわ」
右手にグラスを出してきた。そこにある白いワインを飲む。それで喉を潤してから沙耶香と速水に対して言った。
「またね。会いましょう」
「ここから去られることはないのですね」
「何故去らなければならないのかしら」
そう速水に返す。
「私はここで魔を集めているだけというのに」
「やれやれ。相変わらず頑固な方です」42
苦笑いを溜息を同時に出してみせる。
「それではまた、ですね」
「ええ。またね」
紫の蝶の中に消えていく。
「御機嫌よう」
そう言い残して二人の前から姿を消した。後には沙耶香と速水だけが残ったのであった。
「明日ロスアンヘルスさんのところへ行こうと思っているのだけれど」
「依頼主のところですか」
「ええ」
そう速水に述べる。
「それでいいわね」
「そうですね。とりあえず犯人とその手段はわかりましたし」
速水も沙耶香に述べる。
「丁度いいタイミングですね」
「そうよね。だからよ」
沙耶香は答える。
「明日は少し忙しくなるわね」
「お嫌ですか?」
「忙しいのは好きではないわ」
口元だけで笑みを浮かべてそう述べる。
「できれば明日も一人、と思っていたのだけれど」
「その時間は問題ないでしょう」
速水はその言葉に笑ってみせる。
「違いますか?貴女はいつもその時間だけは作られていますから」
「そうね」
その言葉に笑って応える。
「否定はしないわ」
「やはり」
「けれどね」
沙耶香はまた言う。
「それはいつもとは限らないわ。何故ならね」
「花は選ぶと」
「そういうことよ。わかってくれたなら」
目を細めさせたまま言葉を続ける。
「いいわね」
「わかりました。それでは」
「はい」
二人は頷き合う。そうして一旦は広場を去り夜の街を後にする。そこにあるのは昼の世界とは全く異なる静かな夜の世界だった。
ページ上へ戻る