黒魔術師松本沙耶香 紫蝶篇
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17部分:第十七章
第十七章
夜の繁華街であった。しかしそれは昼の話であり今は誰もいない。そう、紫の蝶達が舞っているだけであった。
「蝶!?まさか」
「いえ」
速水が声をあげたところで依子の声がした。
「それはないわよ。安心して」
「そうですか。それでは」
「わざとここを選んだの」
依子の声がまたした。
「貴女達と戦う為にね」
「そう。じゃあ出て」
沙耶香は姿を見せない依子に対して述べた。
「それで。楽しみましょう」
「ええ。最初からそのつもりだったしね」
依子の声が語る。
「それじゃあ」
闇から白い姿を現わす。白い邪悪が闇から姿を現わしたのであった。その姿でゆっくりと前に出てきた。
「用意はいいかしら」
「ええ。いいわ」
沙耶香はそれに応えるとその右手に何かを宿らせてきた。それは氷の刃であった。
「氷なのね」
「そうよ。闇が綺麗だから」
そう依子に答える。
「わざとこれにしたのよ」
「それでは私は」
速水はカードを出す。それは皇帝のカードであった。
皇帝のカードから鎧に包まれた男が出て来た。中世欧州の厳しい鎧である。右手には剣を持っている。
「四番目のカードを」
「皇帝ね」
「そうです。そして私自身」
速水自身もその手にカードを出す。そのうえで身構えてきた。
「その二つです」
「面白いわ。相手にとって不足はないわね」
依子は黒い目を闇の中で細めさせる。細めさせながら左手を掲げる。するとその左手に紫の蝶達が宿り漂いはじめた。
「二人で。いらっしゃい」
「言われなくてもね」
沙耶香はその手にしている刃を手首だけで投げた。ナイフの要領である。
「これでどうかしら」
「小手調べかしら」
依子はその氷の刃を見て述べる。
「それは」
「そうよ」
氷の刃は一羽の蝶によって相殺された。氷が散って夜の闇をそこに映し出しながら落ちる。そこには蝶の紫の破片も映っていた。
「また蝶が変わったのかしら」
「蝶は私そのもの」
依子は述べる。
「その蝶を倒せるのかしら」
「面白いことを仰います」
今度は速水がカードを投げてきた。数枚のカードが依子に向かう。
しかしそれは外れた。虚しく後ろを通り過ぎていくだけであった。
「外れた・・・・・・わけではないわね」
「おわかりですか」
「長い付き合いじゃない」
目を細めて速水に返す。
「わからない筈がないわ」
「そうですか。それでは」
ここで投げた数枚のカードが弧を描く。反転して依子の背中を襲う。
同時に皇帝も出て来た。一気に間合いを詰めて剣を振るう。剣で突いてくる。しかし依子は身体を微かに動かすだけでそれをかわしていく。
表情すら変えはしない。まるで流れるように。だがそこにカードが襲い掛かる。すると依子は急に姿を消した。
「消えた」
速水はそれを見てすぐに今いる場所を変えてきた。前に出て跳ぶ。
今までいた場所を紫の蝶達が舞ってきた。忽ちのうちに今までいた場所が紫の妖しい世界に包み込まれたのであった。
「危ないところだったようですね」
「そのまま甘い霧の中で旅立たせてあげるつもりだったけれど」
依子はその紫の中にいた。着地し皇帝の側にいる速水に顔を向けていた。
沙耶香は彼女から間合いを離している。今度は背に黒い翼を出してきていた。
「そうはいかなかったわね」
「こちらも長いお付き合いです」
速水もその右目を不敵に笑わせながら依子に述べてきた。
「貴女のことはわかりますよ」
「そう」
依子はその言葉に表情を変えず返す。
「危ないところではありましたが」
「残念だったわね」
「さて、面白い余興だけれど」
沙耶香はその背の黒い翼を羽ばたかせてきた。見ればその羽根は鳥のものではなく黒い炎であった。地獄の炎の翼であった。
「今度は私が」
黒い翼から無数の炎の矢を放つ。それで依子を焼き尽くさんとする。
「さあ、これはどうするのかしら」
「その炎で私を焼き尽くすつもりかしら」
「長い付き合いで名残惜しいけれど」
炎の中で呟く。
「運がよければこれでさようならね」
「さようなら。いい言葉ね」
依子に無数の黒い炎が迫る。しかし彼女はそれを見てもまだ動こうとはしない。
「けれど私は人にさようならと言われる趣味はないの」
「面白い趣味ね」
「お別れは自分から言うもの」
そう沙耶香に応える。
「永遠のお別れをね」
「あら。ではこれをどうするのかしら」
沙耶香は依子に対して問い返す。
「この炎を」
「簡単なことよ」
依子の黒い目の色が変わった。黒から青にとなったのであった。サファイアのようでいてそうではない。サファイアの清らかさはなく邪まなものがある。美しさは魔界の美しさであった。
「さあ蝶達よ」
青い目で述べる。
「増えなさい。私の為に」
蝶達が増える。闇の中に次々と浮かび上がる。その蝶達を己の前にやって炎と相対させてきた。
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