ソードアート・オンライン〜Another story〜
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SAO編
第112話 ユイの心
皆は、何処かで信じていたんだ。
――あの男は規格外、でも背中は見失わない。……目指すべき理想像だからな。
――凄イヨネ。正にミスターインポッシブルだヨ。今は白銀ノ勇者カナ?
――……本当、うちの団長とどっちが上なんだろう?わたしが決闘しても1分もつかな……?
――さーすが私のリュウキ君っ!
――戦闘狂のバカタレの癖に結婚なんて、羨ましけしからん事を……。
――ほんっと、無茶苦茶よねー。キリトと言いあいつと言い……。可愛い所ある癖にねー。それに比例するんだから。
その男関係では、様々な声が出てくる。その殆どが、強さを絶賛するものばかりだ。
だから、敵がどれだけ強大であっても、たとえ、どんな苦境であったとしても。必ず道を切り開いてくれる。必ず、無事に戻ってきてくれる。
……それは、妄信染みた期待だったのかもしれない。
だからこそ……、彼を たった1人で戦わしてしまうと言う愚行を、皆が犯してしまったんだ。
「………」
眼前に広がる光景に、キリトは声も出なかった。
自分の動体視力で確かにみた。リュウキは、自身の敏捷値と筋力値の全てを最高潮で技を撃ち放った。 それは、突き技。あのグリームアイズ戦で一度だけ見た切っ先から鍔元付近にまで突き刺す《レイジング・ドライブ》。
それを放った瞬間、まるで世界がブレた。
キリトはこの感覚は初めてではない。あの時もそうだった。自分は動けないのに、相手は動けると言う理不尽極まりない現象だった。
ブレた世界、リュウキの渾身の突きがまるで、スローモーションの様で、あの死神は僅かな動き、最小限の動きだけで、それを躱し……、その巨大な鎌を無慈悲に振り下ろした。リュウキもただ黙ってやられる訳はなく、その自身だけスローな世界に置いても、まるで、未来を先読みすらしているが如き動きで、極長剣で防御の構えをとった。
基本的に、発動したソードスキルをキャンセルする事は出来ない。
だが、リュウキはそれを体現し、致命傷だけは避けた。そう、致命傷……だけは。
「……リュウキくんっっ!!!」
その一撃の重さで、倒れ伏すリュウキを見て思わず駆け出すレイナ。
彼の生命値は、防御をした筈なのに、イエローゾーン。
……いや ギリギリ、レッドに行かない程度のHPでしかない。その上、あの鎌による攻撃には一時行動不能の効果もあるのだろうか、リュウキは片膝をついて動けないでいたのだ。
その間、凡そ2秒程の時間だった。
「ぐ…ぁ……」
脳髄の奥にまで、鈍く響いてくるその激痛。
死が近づいているのだろうと言う事を実感させられる程の一撃だった。このままあの死神に憑かれている以上、死は絶対。 その鎌の一撃は、再びリュウキに向かって放たれた。
死神と出会ったのが運の尽きだったという事だろうか……?
「……はっ。な訳あるかよ!!」
鎌が交差する刹那、リュウキは、活を入れると極長剣を振り上げた。
“ぎぃぃんっ!”と言うけたましい金属音が響き渡る。リュウキは死神の鎌を弾く事ができたのだ。
「ここでオレが倒れる訳には行かないよな……!!」
――仕切り直しだ、と言わんばかりに、リュウキは剣を構えた。
死神は、嘲笑うかの様に佇んでいたが……、次の瞬間には、そのギョロリと動く眼球が怪しく光、その輝きを増した、雰囲気が変わったのだ。……まるで、リュウキの眼に連動したかのように。
「ユイを頼みます!結晶で脱出してください!!」
アスナは、ユリエールに預けたユイの事を彼女と、そしてシンカーに託した。
このまま、逃げる事は自分には出来ない。……家族を失うことなど、耐えられないから。
「いけない……! そんなっ……!」
「大丈夫だ。……オレ達4人でできないことなんか無いんだからな!」
キリトも、そう言った。必ず有言実行してやる、と言う強い決意を胸に。
『頼むから逃げてくれ』
それは初めてリュウキに懇願された事だった。
だが、初めての懇願でも、それだけは聞けなかった。このまま、3人だけで生き延びて、あの黒鉄宮の生命の碑の《Ryuki》の名に、二重線が入ったりしたら……、今度はもう耐えられないと判るから。
誰1人、欠けてはならないから。
「……今行くぞ、リュウキッ!!」
キリトは、2本の剣を構えて、突撃していく。
速度の領域ではリュウキを遥かに凌駕しているキリトとアスナのスピードは、容易に彼らと死神との間を詰めたのだ。
安全地帯で、難を逃れたユイ。
そのキリトとアスナ、そして 遠くで戦っているレイナとリュウキの姿を、ユイは心配そうに、ただ見つめる事しか出来たなった。そして……、ユリエールとシンカーが転移結晶を使おうと、取り出した時。
……安全地帯の中であるものを見た。
まるで、吸い寄せられるように、ユイはそれに近づいていった。
そして、死神との戦い。
初撃こそ、躱され反撃をされたリュウキだったが、どうにか持ちこたえる事が出来ていた。
だが、HPの差は歴然だ。
4本あるHPのバーが相手はほぼ満タンに対し、リュウキは半分を切っている。自動回復によって、リュウキの体力も徐々にではあるが回復しているが、焼け石に水なのは明らかだった。……それは、リュウキの生存が不可なのを意味していたのだ。
そして、再び鎌による一撃により吹き飛ばされた所で。
「リュウキくんっ!!!」
レイナが駆け寄ってきたのだ。
「なっ!」
まさに閃光だった。
閃光の速度で、距離を一気に詰め、入ってきたのはレイナだ。この死線を何の躊躇いもなく彼女は飛び込んできた。
「何で、何で来たんだっ!」
リュウキは、目を見開きながら、そう言っていた。この場にいればどうなるのか、もう火を見るより明らかになっているのだから。最愛の人が、こんな地獄に来る事はリュウキは望んでいなかったから。
だが、レイナは。
「残していくなんて嫌っ!! 絶対、絶対いやっ!! リュウキくんが死んじゃったら、私、絶対、生きてなんていけないんだからっ!!」
レイナは、死神に向き合いながら、自身の心の内を晒した。
この状況であれば、1人なら時間稼ぎはできても生還することは出来ない。それが、はっきりと判ったから。きっと、リュウキも判っていると想った。
「……嫌だよっ!! わ、私をおいていくなんて、絶対っっ!!」
リュウキの前で、彼を守る様に細剣を構えるレイナ。
そこに、3本の光が飛び込んできた。
1つは、アスナのソードスキル《リニアー》。もう1つは、キリトのソードスキル・《ヴォーパル・ストライク》。
其々の一撃が、死神の背後より突き刺さるが、まるでものともしない。2人の渾身の一撃はHPのバーが数ドット減少しただけだった。
「確かにこれは異常だな……、もう少し減ってくれても良かったが」
「そうだよね。結構自信のあるソードスキルだったんだけど」
苦言を呈しながら、アスナとキリトは強大な化物の前でも平然としていた。
「バカ野郎が……」
リュウキは、そんなキリトに向かってそう言う。
だが、心からの言葉ではなかった。
――……確かに、自分は懇願した。
皆には、逃げて欲しかったのも、紛うこと無き本心だった。……だけど、来てくれた事、それが嬉しかったと想っている自分がいた。死神を前にしている3人を見て、涙が出てきたから。
「……1人で格好つけるなって事だ、リュウキ。付き合わせろよ」
「それに、4人だったら、何でも出来るって言ったの、リュウキくんじゃない。パーティを組んでいるんだから、個人プレイに走らないで貰いたいわね」
ニヤリと笑った2人。
……絶望的な状況には変わり無い筈なのだが。本当に心地良い。この4人といると、何も恐れる事は無い。どんな敵にでも、立ち向かっていける。
だけど、まるで その信念を嘲笑うかの様に、死神は微笑み、そして鎌を高らかに上げた。
「……あの鎌は」
「ああ、判ってる。リュウキじゃないが、見ただけで判るさ」
あれが異常な力を秘めている事自体見破ることが出来た。そして、その異常な力が直ぐ様迫ってくる事も。
「絶対に、皆で帰るんだ……! 絶対に……」
「……ああ」
「こんなヤツになんか……負けない」
「……負けないっ!」
其々が、互を庇い合うように、武器を盾に完全防御姿勢を取った。
迫り来るうは、運命の鎌。自分達の運命を決する断罪の釜。
それが迫った刹那。判決は下る。
迫ってきたのは赤い閃光、そして過去に一度も味わった事の無い衝撃。これまでのリュウキと打ち合った数合がまるで遊びだったと思える程の一撃だった。
決して4人は壁ではないが、完全防御姿勢をとったそれは、一撃であれば、何ら壁と遜色はない。
耐える事だってできる筈だった。
だが、4人の想いすらも無慈悲に斬り裂く運命の鎌は、攻撃の勢いのままに、4人の身体を吹き飛ばした。ある者は、フロアにある支柱に、ある者は天井に穴を開ける勢いで衝突し、地面に叩きつけられる。それはまるで、ダンプカーと生身の正面衝突の様だった。。
結束した4人を、一瞬でバラバラに吹き飛ばしたのだ。
レイナは、朦朧とした意識のまま、リュウキのHPを、そしてアスナ、キリト、自分と全て確認した。
リュウキのそれは、レッドゾーンに突入している。
あの悪魔と戦った時よりも遥かに低く、あと数ドットでその魂が四散してしまう程のダメージを負ってしまっているのだ。
キリトも、アスナも、そして自分自身も、HPは無情なイエローを表示している。
それは、次の攻撃には絶対に耐えられないと言う事実を叩きつけられたも同義だった。
――……リュウキ、くんっ……!
手を伸ばそうと、そして、声を振り絞ろうとするが、全く身動きがとれず、声も出ない。リュウキ自身も俯せに倒れ伏している。
彼もまた、身体を起こそうと、藻掻いていた。
アスナも、現状を理解していた。
……したくは無かった事、起きて欲しくなかった事だが、理解せざるを得なかったのだ。自分たち全員のHPは、半分を切っている。中でもリュウキは一番 危険数値だった。
その上て、全員が一時行動不能にも陥ってしまっているのだ。
絶望しか浮かばないこの場所での時だった。
信じられない光景を目にしたのは。
自分の横を、とことこ、と小さな足音がしている事に気がついたのだ。
それは小さな足音。はっ、と視線を前に向けると、あの死神の元へと進んでいるあどけない少女の姿があったのだ。
それは、先ほど安全地帯へと避難させた筈の少女、ユイだった。まっすぐに巨大な死神を見据え、正面に立っていたのだ。
「なっ……! 何をっ! ば、ばかっ!! 早く逃げろっ!!」
必死に上体を起こそうとしながらキリトは叫んだ。
その声に連動しているかの様に、死神はその巨大な鎌を振りかぶっている。恐らくは、360度広範囲攻撃。あの凶暴な力に巻き込まれたら、ユイのHPは瞬く間に摘み取られてしまうだろう。
「ゆ、ユイちゃんっ……!? な、なんでっ! やめてっ……!!」
レイナも声にならなかったが、かろうじて振り絞るように掠れた声で叫ぶ。だが、ユイは、死神を見上げたまま、全く動かない。まるで、その攻撃を受け入れるかの様に。
「だめっ……! 逃げて、逃げて!! ユイちゃんっっ!!」
アスナもユイに向かって掠れた声で、声にならない声で必死に叫び続けた。
「よせ……、やめるんだ……っ ユイっ……!」
リュウキも、自分の剣で身体を支える様に上体をあげて、その少女を止めようとしたが……。
それは、一体何に対するもの、なのだろうか?
あの死神の前に立つなと言う意味だろうか?
……考えるまもなく、次の瞬間、更に信じられない様な事が起こった。
「だいじょうぶ、だよ……みんな。私はだいじょうぶ……」
その言葉と同時に、ユイの身体がふわりと宙に浮いたのだ。
それは、跳躍したのではなく、まるで無重力空間かの様……、いや まるでユイの背中に見えない翼が広がり、羽ばたかせた様にゆっくりと浮上すると、丁度死神と同じ目線で静止した。
ユイは、その小さな右手を死神に向けて構えた。
死神は、その小さな手を摘み取ろうと、鎌を振るう。
アスナも、レイナも、その瞬間を見る事は出来なかった。
あの自分たちを瞬く間に吹き飛ばした凄まじい轟音と閃光が迸ったからだ。だが……、その轟音の中に奇妙なエフェクトが現れた。いや、あれはエフェクトではなく、文字が浮かんでいる。
システムタグがユイの前に現れたのだ。
その内容は《Immortal Object》――……それは、プレイヤーが持つはずのない不死存在。
流石の死神も想定外だったのか、戸惑ったかの様に眼球をせわしなく動かしていた直後。ユイの右手から紅蓮の炎が生まれ、その炎は一瞬にして形を宿した。
巨大な炎の剣。
全てを焼き尽くすその炎は、まず死神の鎌をも炎によって滅ぼした。ユイが纏っていた厚手の冬服も燃え落ちる。……だが、初めてあった時に来ていたあの純白のワンピースだけは不思議と影響を受けていなかった。
それは出会った当初の姿のユイに戻ったかの様だった。
「……消えて」
武器を失った死神に、抗う術はもう何もない。
纏わせていた深淵の闇ですら、その火焔の前では無力であり、“ごうっ!”と言う轟音と共に、ユイの巨大な火焔剣が死神の頭蓋に直撃したのだ。
その瞬間、闇は炎によって払われ、死神は2つに割かれて炎と共に消え去っていった。
死神は確かに消え去った。
だがあまりの事に、場の皆も状況が飲み込めなかった。
「ユイ……ちゃん……」
アスナは、掠れた声でユイに呼びかける。
「ぁ……よ、よか……った……」
レイナは、確かに判らない事だらけで、混乱を仕掛けていたけれど、……ただユイが無事な事を、死神が消え、そして皆が無事だったことを安堵していた。
不可解な現象の連続だったけれど、皆が無事だったのだから。
「………」
リュウキも、まだ意識は朦朧としているが、ユイの表情をしっかり見る事が出来た。何処か儚く、悲しそうなその表情を。
「……パパ、ママ、お兄さん、お姉さん。……全部、全部思い出したよ」
ただ、そう一言だけ発し 微笑み……、ユイは佇んでいた。
~第1層 黒鉄宮地下迷宮 安全地帯?~
そこは、真っ白な部屋だった。
まるで、色という概念が無いとさえ思える空間。その中でたった1つだけ、色が存在してた。それは、中央に黒い立方体の石机だった。
その石机にユイは座っている。
皆は無言のままユイを見つめていた。記憶が戻った、思い出したと言ってから、ユイは数分間沈黙を続けていた。その中で、リュウキが一歩前に出て、彼女が座っている石机に手をかざした。
「これ、か……。ユイが思い出した切っ掛けになったのは……」
沈黙が続く中……リュウキの声が響いた。
決して大きな声で言ったわけでもないのに、その声は低く、皆の頭の中に響いたのだった。
「はい、そのとおりです。リュウキさん」
「「「っっ!!」」」
ユイのその丁寧な言葉がリュウキの言葉以上に皆に響き渡る。やるせない予感、それも同時に不安と共に胸の奥に響いたのだ。
「ユイちゃん…、一体、どう言うこと……?」
「ここが切っ掛け……?」
アスナもレイナも、何処かでわかっていたんだ。
……そして、ユイの言葉で確信に変わった。何かが終わってしまったと言う、その切ない確信が。
「リュウキさんは……判っていたんですね。……私が、私の口から全部、説明します。――キリトさん、アスナさん、レイナさん」
「………」
リュウキは、目を俯かせた。
ただ、しきりに、あの黒色の石机を睨みつけていた。
「《ソードアート・オンライン》と言う名の世界は、ひとつの巨大なシステムによって制御されています。そのシステムの名は《カーディナル》。 それがこの世界のバランスを自らの判断に基づいて制御しているのです。 カーディナルは、元々、人間のメンテナンスを必要としていない存在として、設計されました。2つのコアプログラムが相互にエラー訂正を行い、更に 無数の下位プログラムによって、世界の全てを調整する。……モンスターやNPCのAI、アイテムや通貨のバランス、何もかもがカーディナル指揮下のプログラム郡に操作されています。……しかし、ひとつだけ、人間の手に委ねなければならないものがありました。それが、プレイヤーの精神性に由来するトラブル、それだけは、同じ人間でないと解決ができない……その為に数十人規模のスタッフが用意される、筈でした」
幾ら人間の身体を理解しても、身体の構造を理解しても、判らない物はある。
それは『心』。
どんな高名な医者が身体を執刀しても、開いても、心の中は見えない。心の傷は、簡単に手術で治らない。心の傷には、同じ心を持って対処をしなければならないのだ。
全てが論理的で、ロジックに基づいて御しているシステムでは、難しく、難解な問題だから。
「……なら ユイはGM、スタッフ側の人間だった、と言う事なのか? だから、リュウキは……」
――言い出せなかったのか?
そうキリトは思えた。
この世界のゲームマスター、GMがユイであれば、少なからず動揺は隠せられないだろう。だからこそ、言い出せなかったのか、とキリトは察した様だ。……だが、ユイはゆっくりと横に首を振った。
「……カーディナルの開発者達は、プレイヤーのケアすらもシステムに委ねようと、あるプログラムを試作したのです。ナーヴギアの特性を利用して、プレイヤーの感情を詳細にモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーの元へと訪れ、話を聞く……《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、MHCP試作一号。コードネーム《Yui》、それが私です」
そのユイの告白。
あまりの驚愕な事実を聞き、息を飲んだ。その中で、ユイはゆっくりと視線をリュウキへと向けた。
「……リュウキさんは、どこで私の事が判ったのですか?」
ユイは、真剣な表情のまま……、リュウキの方を向いた。これまでのあどけない、無邪気が似合う少女の物では無かった。
「……違和感は、始めにユイを視てからあった。複雑なデータ量でNPCや他のオブジェクトとは文字通り桁が違う程のものだ。……だけど、当初に感じたのは、人間に似せていると言う印象だった。……確信が出来たのは、あの時のノイズだ……。……ユイの事が視えたのは」
リュウキのその言葉を聞いて、ユイは頷いた。
「……はい、そのとおりです。あの時は……っ」
ユイが、思いだそうとした時、表情が強ばった。そして、首を軽く左右に振ると。
「……その事は後で説明をします」
そう一言いった。
そして、再び深く深呼吸をして、続ける。
「……私には、プレイヤーに違和感を与えないように、感情模倣機能が与えられているんです。だから、似せていると、リュウキさんが感じられたんだと思われます」
「ぷ、プログラムなの? ……ユイちゃんが、本当に………?」
「わ、私……とても信じられないよ……。だ、だって、ユイちゃんは、あんなに……」
……ユイの笑っている顔。
時には、難しい顔をしたりして、そして 甘えて……、それは、人間のそれとなんら変わらない。例え感情を模写した機能が備え付けられたとは言え、そこまで……?
「っ……」
レイナはあることを思い出していた。
それは、かつてリュウキが……彼の辛い記憶の事。ナーヴギアの枷を取り払って、思考、感情、記憶まで制御出来る可能性があると言う事実を。ならば、ユイの様なプログラムも作ることだって出来るのだろうか?様々な感情を組み合わせ、この年端もいかない少女を作り出す事が出来るのだろうか?……だが、それが頭に回っても、可能性があるという事が分かっても。
目の前の少女が、作り物なのだとは到底思えなかった。
「……全部、似せているだけで、偽物なんです。……この涙も、何もかも……ごめんなさい」
慟哭の様な声を聞いて……レイナは何も言えない。ユイは、涙を流し、その涙はポロポロと流れ落ちる。落ちた涙は、光の粒子となって、蒸散していった。
アスナは、そんなユイの姿をみて我慢ができなくなった。
いくら自分で否定しても、今のユイは悲しみにくれている娘。我が娘にしか見えなかったんだから。だから、アスナは一歩ユイに歩み寄ったが、ユイはかすかに首を振った。
――その抱擁を受ける資格が自分には無い。
ユイの無言の拒否は、そう言っているかの様だった。
「で、でも、記憶が無かったって、そんなのあり得るの?ユイちゃんがAIだ、って言うなら……そんな事って」
「……二年前です。すべてが始まったあの日。」
ユイは、瞳を伏せて説明を続けた。
「何が起きたのかは私にも詳しく分からないのですが、カーディナルが予定にない命令を下したのです。プレイヤーに対する一切の干渉禁止。……ですから、私はやむなくプレイヤーのメンタル状態のモニタリングだけを続けました」
「……茅場」
ユイの説明の最中、リュウキが不意に口ずさんだのは、あの名前だった。皆も、同じ印象だった様だ。……ユイは、その情報を持たないのであろう。
だからこそ、何が起きたのかが判らなかったといったのだ。
「状態は、最悪と言っていいものでした。……ほとんどのプレイヤーは恐怖、絶望、怒り。……負の感情に常時支配され、時として狂気に陥る人すらいました。……わたしはそんな人たちの心をずっと見続けてきました。……あの時のノイズ。それは、私の中で蓄積されたエラーがシステム内で歪みを生んで、あの現象となったんだと推察できます。……私は、ゆっくりと、確実に崩壊していきましたから……」
……その言葉を聞いて、誰もが声を上げる事が出来なかった。その震える少女の姿をみたら、誰も……。
「……私の殆どが崩壊した、ある日の事でした。……私は、崩壊していても、行動理念、役割は忘れておらず いつものようにモニターをしていると、ほかのプレイヤーとは大きく異なるメンタルパラメータを持つ2人のプレイヤー達に気づいたんです。そのパターンは、これまで採取した中には、殆どと言っていいほど無いものでした。……喜び、安らぎ、それだけではない。この感情は一体何なのだろう、とそう想い、私はモニターを続けました。……そして、私はアスナさん、キリトさんの会話や、行動に触れる度に、私の中である欲求が生まれました。……それは、少しでも近くにいたいと言うもの、でした。……その頃には私はかなり壊れてしまっていたのだと思います」
「……それが、あの22層の森の中……?」
ユイはゆっくりと頷いた。
「はい。キリトさん、アスナさん。……わたしは、ずっとあなた達に会いたかったんです。……そして」
ユイは、目の中の涙をぱぁっと、散らばせながら、レイナとリュウキの2人を視た。
「膨大な負の感情の渦に飲まれていく私に、壊れていく事しか出来なかった私を助けてくれたのが、リュウキさん、レイナさんのお2人……なんです」
「ぇ……?」
「……」
レイナは、なんのことなのか、判らなかった。
ただ、苦悩を、少女の苦悩を自分の事の様に心配するだけしかできない。他人から見たら、ただの同情じゃないか、と思われるかもしれない。だけど……、それでも目に溢れる涙を止められないでいた。
「他のプレイヤーの脳波パターンと違ったからだと思いますが。リュウキさんの……事は、知っていました。 とても深い悲しみを持っていて……とても深い絶望を知っていて……、それでも尚、レイナさんと共に前に歩き出しているあなたの事、私は知っていました。……壊れていく最中に、確かに、それを強く感じていました。でも、ある日……それが消えて、残されたあなたの心の中にあったのは安らぎ、や喜び、レイナさんを大切に想う気持ち。……あの最悪な状況の中で、一際輝いて見えてました。……壊れていく私にとって、それが唯一の拠り所、だったんです。この世界で生まれた、2人の絆、その心が崩れかけていた私をつなぎ止めて、……そして、リュウキさんとレイナさんにも負けない程の温かさを持つキリトさんやアスナさんと巡り合わせてくれました」
そして、ユイはキリトとアスナの方を見て、更に涙を流した。
「……キリトさんとアスナさんに出会えて、それだけでも私はとても嬉しくて、嬉しくて、感情を模倣しているのにそれに表現出来ないほど、嬉しかったんです。それは、プログラムとして、矛盾している事だと思います。けれど、アスナさんがリュウキさんやレイナさんと、あの時救ってくれた心の持ち主に、お2人に出合わせてくれた時も。……私はAIだと言うのに、奇跡をみたと思いました。強く望んだ4人に、同時に、めぐり合うことができたのですから……。」
涙を流しながら、ユイは表情を俯かせた。
「私は、ただのプログラムの筈なのに……おかしいですよね。そんなこと、思えるはずが無いのに……。そんなことを思ったり、行動するルーチンなんて無いハズなのに……」
自らの気持ちが理解できない。本来は、決まった行動を取る筈の自分が……、自分のことが判らない。
そんな彼女を包むように、アスナが、レイナが、そしてキリトとリュウキが、彼女を囲う。決して1人じゃない。あの時、ユイに囁いた言葉。
それを体現するように。
「ユイちゃん……ユイちゃんは、ほんとうのAIなのね。本物の知性を持っているんだね……」
「な、なら、おかしくないっ! 自分の気持ちに素直になれるなんて、もう、そんなのただのプログラムなんかじゃないよ! ユイちゃんは、ユイちゃんなんだからっ!!」
アスナの囁き、そしてレイナの訴え、それを聞いたユイはわずかに首を傾けて答えた。
「……わたしには、判りません。判らないんです」
ただ、判らないと続けた。
そんな中で、キリトが一歩前に出た。
「ユイはもうシステムに操られるだけのプログラムじゃない。だから、自分の望みを言葉にできるはずだよ」
「っ……」
キリトの柔らかい口調は、ユイの身体の中に。確かにその奥にある、感じる光、心に響き渡っていた。
「……ユイ」
リュウキも、彼女の傍らに立つ。
「この世界で新たな生命が生まれる。……初めレイナと話してて、有り得ないと想った。……だけど、AIに自我が生まれる可能性だって0じゃない。……自分のあり方を理解した上でも、自分の気持ちが言えるなら。それはもう、キリトが言うようにただのプログラムじゃない。……ユイは、キリトとアスナの娘で、オレ達にとっては姪。そうだろう?」
キリトもリュウキも優しくも温かい言葉だった。これが、あの時心底欲したもの、なのだろうか。ユイは、言葉を詰まらせながらも、必死に手を伸ばした。
「わたし、わたしは……、ずっと、ずっと一緒にいたいです。……パパやママ、おにぃちゃんとおねぇちゃんと……」
この時、ユイは自らの気持ちに正直に話すことが出来た。そんな芸当は、プログラムではありえない。同じ行動を疑念を雑念を、何も感じずただ只管に続けるプログラムなんかじゃない。
正真正銘の完全な《A》rtificial 《I》ntelligence。
人が使う自然言語の全てを理解し、気持ちを理解し、そして自らの気持ちにも素直に言えるんだから。
「以前にも言った筈だろう。……皆いる。側にいる。……ユイはもう1人じゃないんだ」
リュウキがユイの震えている小さな頭の上に手を乗せた。そして、アスナがその小さな身体をぎゅっと抱きしめた。レイナもユイの傍に、寄りかかるように、……温もりが伝わるように密着させた。
「そう、そうだよ、ユイちゃん。……ずっと一緒だから」
「ああ……ユイはオレ達の子供。……オレ達は家族なんだ」
「ユイちゃん……っ、ユイちゃんはとっても大切な家族。わたしの妹、なんだから」
だが、ユイは……肯けなかった。
「もう……、遅いんです」
そう、俯きながら答えるユイ。全ては終わってしまったのだから。
「なんで……? なんでだよ? 遅いって……?」
「……やはり、か」
リュウキは、再びあの黒い石机を睨みつけた。
「……ユイ、石机はシステムに、カーディナルにアクセスできるコンソール。……そして、あの死神は、それを守っていた。謂わばカーディナルの護衛兵。だから、プレイヤーに合わせて自由に戦闘力を変えることが出来た。どれだけ力を、レベルを上げても対応出来るように。……違うか?」
「っ……そのとおりです」
ユイは、リュウキの言葉に頷いた。
システム内で、本体であるカーディナルにアクセス出来なければ、不備は付きまとうだろう。実際に中で体験をして、モニターをして調整する。仮想空間であれば、外部からのモニターだけでは判らないものも多いし、自らが体感してみなければ判らない筈だから。
「……ここで、このコンソールから、システムにアクセスして、ユイは自身の復元出来た。だから、思い出すことが出来た」
「……やっぱり、リュウキさんは、……おにぃちゃんは凄いです。その優しい眼は何でもお見通し、なんですね……」
ユイは、ふにゃりと笑みを見せた。
だが、キリトはまだ表情をこわばらせている。
「話の先が見えない。なんで、もう遅いんだ? ここからアクセスして、ユイが治って、それがなんで遅いことになるんだ?」
そう、ユイははっきりと言った。
一緒にいよう、家族だ。といったけれど、悲しそうに首を振ったのだ。だから、この先には何かが、嫌な予感がしたのだ。
「……あのBOSS、いや、システムは普通には倒せない。ゲームそのものを守っている存在なんだから、そう言う設定になっていると推察できる。あの異常な力を加味してもそうだ。……それを消し去る力は、明らかに管理者権限の力だ。ユイは、カーディナルにとっては1プログラム。……1つのプログラムがそんな、意に反する行動を取れば……」
ここまで口にした所で、リュウキはぎりっと歯を食いしばった。その言葉を聴いて……ユイもゆっくりと頷いた。
「はい……。リュウキさんの言うとおりです。カーディナルが設置したあのモンスターをわたしが消し去りました。……ここに近づかせない為のモンスター。例え、プレイヤーを殺してでもと、設定されていましたから。……その行動を、そして、今までは放置されていたわたしに、カーディナルが注目してしまいました。壊れていること、カーディナルの意に背いたわたしを、異物だと結論されるのはもう、時間の問題なんです……」
「そ、そんな……」
「なんとか、なんとかならないのかよ!この場所から離れれば!カーディナルに従う必要なんかないじゃないか!!」
「ダメっ!ユイちゃんが異物なんて……っ!ユイちゃんは、よっぽど、……よっぽど人間らしい人間だよっ!!そんなユイちゃんが……ユイちゃんがっ……」
ユイは、その言葉にただ黙って微笑むだけだった。もう、消えゆく自身を受け入れていると思えた。
「ありがとう。もう、これでお別れ……「まだだ、……諦めるな」っ……」
言葉を遮るように、リュウキが声を上げた。ユイに最後まで言わせないように。
「……デジタルデータの世界。……なら、オレの土俵だろ。絶対に……ッ やってやる!」
リュウキは、そうつぶやくと眼を見開いた。赤く染まる眼。システムの全てを見通し、理解する。極限まで集中し……コンソールの全てを丸裸にしたのだ。
「……間違いない。ユイが使ったGM権限はまだここに残っている。ここにアクセスしたままだ。……お前が消される前に、システムからかっ攫ってやる!」
リュウキは、そう言うと、目の前の石を割る勢いで右の拳を叩きつけた。その瞬間、無数のホロキーボードが現れた。
「そ、そんなこと、出来るの?」
「……ああ、絶対にやってやる。だから皆は」
リュウキは、キーボードを素早く叩き続けたまま伝える。
「……強く想うんだ。ユイと絶対に離れないと。絶対に渡さない、と!……この世界でオレは体感している。想いの力は、システムにだって、絶対の神の力にだって覆すことができる力になるって。……だからこそ、あの死神の一撃でもオレ達は死ななかったんだから」
あの死神は、相手の強さを見て、自身の能力値を大幅に上げる。完全に圧倒できる能力値にしてから、プレイヤーを追い立てるのだ。その不自然とも思える変更を視たからこそ、数値が虚数に視えてしまったのだろう。……一撃で、消すことができるまでに、能力が上がっているのにも関わらず、皆が生きていた。データ上では、全損間違いない威力だったはずなのに。
あの時、何があった?
皆は、何を想った?
それは……絶対に生きて帰ると言う想いがあったからだ。どんな状況でも、絶望せずに……強く想ったからだ。
「キリト、アスナ、レイナっ!! カーディナルに、ユイを渡すな。ユイは家族だ。……強く想うんだ!」
リュウキは、キーボードを打ち続けながらも、強く訴えた。
それは、気休めなのかもしれない。
だけど、何もしないよりはいい。
だから、皆は。
「っ!! ああ、渡してたまるか!!」
キリトが。
「ユイちゃんは……ユイちゃんはわたしの、わたしの子供っ渡さないっ!!」
アスナが。
「ここが、ユイちゃんのいる場所だよっ!お願い……届いてっ!!」
レイナが。
皆が、ユイの手を握る。
想いが重なり合って……ユイの身体が輝き始めた。
「わ、わたしは……っわたしはっ……!わたしは……皆と一緒にいても……良いんですか……?ママや、パパ……おねぇちゃんやおにぃちゃんと……。ぁ……」
ユイはその温かさを感じながら涙を流した。その温もりは、やがて消え失せてえしまう。ユイの右手が消えかかっているのだから。
「ユイっ!」
「「ユイちゃん!!」」
掴むことのできなくなった手を感じ、思わず3人は叫び声を上げていた。もう、その時が来てしまったんだと、思わずにはいられなかった。だけど……。
『渡さない』
強い想いが、光へと形を変え、ユイの身体を包んだ。
「もう、……誰かを失うのはごめんだ!!」
リュウキの心からの叫びが光の中に木霊する。大切な人を失う悲しみは、リュウキは、知っているから。 もう、あんな想いはしたくない。……そして、誰にもさせたくないんだ。
「ぐぁ!!」
その瞬間、リュウキが何かに弾かれた様に後方へと吹き飛んだ。
「リュウキくんっ!?」
突然の事の連続で、もう、レイナは半狂乱になりかねない状況だった。それは、キリトやアスナも同じだった。
「……はぁ、はぁ……」
リュウキは、浅く数度呼吸をすると……、ゆっくりと、手を上げた。眼はまだ赤いままで、メニューウインドウを開く。そして、ウインドウ内の赤く表示されている光点を二度クリックすると。
ユイの身体は、完全に光と共に消え失せ、代わりにユイがいたその場に大きな涙の形をしたクリスタルが残されていた。
「……こ、これは?」
「クリスタル……リュウキ、オブジェクト化したのか……?ユイを……」
レイナに支えれていたリュウキにキリトはそう聞く。リュウキは、親指をぐっと突き上げながら答えた。
「……あ、あ。成功、だ……、かっ攫ってやった、よ。……カーディナルがユイを消去する前に、システムから切り離した。……そしてその独立したオブジェクト。……クリスタルはユイそのものだ。……ユイの心だ」
そういった直後、リュウキの赤い瞳は、通常に戻る。その瞬間、糸の切れた人形のように、崩れ落ちる。レイナは、しっかりとリュウキの身体を抱きとめた。
「りゅ、リュウキ、くんっ!」
「はは……ごめんな、無理、したみたいだ」
レイナに軽く謝るリュウキ。
「も、もう……、リュウキくんは……で、でも……ありがとうっ」
「本当にありがとう、リュウキくん……、ユイちゃんを……ユイちゃんを……っ」
「リュウキ……」
アスナもキリトも、ただただ感謝の気持ちを伝えていた。
だが、リュウキは首を振る。
「これだけのシステム、だったんだ。……オレだけの、力じゃない……よ。」
リュウキは、皆の顔をみた。実際に、確かにユイと言うプログラムを、あのカーディナルから切り離したのは自分だ。だが、高性能のシステムの処理能力と言うものは、当然ながら人間とは比べ物にならない。ユイを助ける為には、それをも覆さなければならないのだ。
現実的には不可能だと言えるだろう。
強制排除シークエンスに入っていたと言う意味においても。
――だけど、間に合った。彼女をシステムから切り離し、カーディナルの手の届かない所にユイを連れてきたんだ。
あの皆が握ってくれていた手、そして想いがユイを強く結びつけ、ユイを削除する侵攻を遅らせた。そう確信ができるんだ。
「……アスナ、ユイはアスナとキリトがしっかりと連れて帰るんだぞ。必ず」
「……ああ。任せてくれ。ありがとう、リュウキ……」
「ありがとう……ありがとう……」
アスナは、ユイのクリスタルを手に持った。それに触れた瞬間、とくん、と光が瞬いた。ユイも、まるでお礼を言っている様に。
そして……。
『また、また……会いましょう』
ユイは、まるで笑っているかの様に……クリスタルの光の鼓動が数度続いたのだった。
~第1層 はじまりの街 転移門前~
シンカーもユリエールも無事本部へと戻ることが出来た。
そして、今回の事件の首謀者であるキバオウ、そしてその配下の者たちを除名とし、軍は解散した。だが、それは決して全てを放り捨てた訳ではない。真に理想とするギルド、皆に等しく平等にここの全住民に行き届くように計らうと共に、互助組織も作ると、シンカーは答えていた。
そのギルドに期待をしながら、キリトとアスナ、リュウキとレイナはこの場を後にする。
ここで、知り合ったサーシャや、子供たち。
名残惜しくもあるが、ユリエールやシンカーに見送られながら、光に包まれた。
~第22層 コラル~
家に帰る道中、キリトは、頭に両手を組みながらぼやいていた。
「はぁ、今回はオレは全然役に立ててなかったな。……全部リュウキに頼りっぱなしだよ。……ごめんな」
それは、悔しさや嫉妬という類のものではなく、ただ、申し訳ないと言う謝罪の気持ちと何も出来なかった自分への苛立ちがあった。聞いていたのは、リュウキだけ。アスナもレイナも少し前にいたから、聞き取れていないようだった。
リュウキは、そんなキリトの言葉を聞いて、キリトの方を向く。
「馬鹿言うな。……勝手に1人で突っ走って、あのままだったら、オレは死んでただろう。キリトたちが来てくれたからこそ、オレはここに生きていられるんだぞ?感謝をしたとしても、謝られる事は無い」
「……」
キリトはそうは言われてもまだまだ、複雑の様だった。あのユイが消えていく時も、咄嗟には行動出来なかったのだ。リュウキは皆の想いがあったから……、ユイを助けられた、と言っていたけれど、常に先を読んでいるリュウキがいたからこそ、ユイを助ける事が出来たのかもしれない。自身は、パパと慕ってくれているのに……肝心な所で……。
「ユイの前で、そんな顔するなよ」
リュウキは、キリトにデコピンをした。
軽くノックバックが発生し、思わずのけぞってしまうキリト。
「いてっ……!?」
「ユイのデータは、キリトのローカルメモリに保存するように設定した。それに、ユイの心はアスナが持っているんだ。あのコは、きっと今もオレ達を見ているよ……そんな顔したら、ユイが悲しむだろう?」
「あ、ああ……そうだな。ん?オレのナーヴギアの方にしたのか?」
キリトは、少し戸惑いながらそう聞き返していた。リュウキは、軽く笑うと。
「ユイはキリトの娘だ。当然だろ。……アスナでも良かったが、何分時間が無かったからな。咄嗟に出てきたのがキリトのメモリだったんだよ。お前が責任を持って、ユイを連れて帰るんだ。今回はオレはキリトに頼らせてもらう。パパ、なんだろう?キリトは。オレは兄だからな」
「……はぁ、よくできる息子を持ってオレは幸せだよ」
2人の笑い声が22層の朝日の空へと響き渡る。
その笑みの中に、アスナとレイナの2人も加わり、更に笑顔が広がっていく。
そんな中で、アスナの胸元に光るクリスタルが、再び、とくんっと瞬いた。
『……わたし、幸せです。パパ、ママ、おにぃちゃん、おねぇちゃん。……がんばって』
皆の頭の中に直接。
微かだけど、そう聞こえた気がした。
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