黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
6部分:第六章
第六章
「成程ね」
「主の好みかのう?」
「食指は動くわ」
写真の中にいる姿を見ながらまた述べた。
「中々ね」
「左様か。しかしじゃ」
「ええ、言いたいことはわかっているわ」
写真にいるのは黒髪を後ろに長く伸ばした妙齢の美女であった。白い顔に紅の小さな唇、何よりも切れ長で黒目がちの目が実に印象的であった。黒いチャイナドレスはそこに紅いアゲハと白百合が描かれており白い脚も見えている。妖艶な、それでいて目には何か酷薄さも漂わせている、そんな美女であった。
「相手なのはね」
「別に寝るのは構わん」
それはいいと言う。
「しかしじゃ。それでもな」
「獲物と寝た後で倒したこともあるわ」
沙耶香は声は平然と、言葉では余裕と妖しさの二色を帯びさせたもので返事をした。
「だから。平気よ」
「しかし大抵は寝てそのままだそうじゃな」
「あくまで時と場合によるわ」
必要とあらば倒すがその必要がない場合は決してそうとは限らない。沙耶香にはそういうところがあった。酷薄だと言われることがあってもだ。
「あくまでね」
「そうか。まあ今回も大丈夫じゃな」
「相手が相手のようだしね」
写真を見ている。その切れ長の奥二重の瞳はブラックルビーの光を冷徹に放っている。その光で写真の女を見据えていたのであった。
「また随分と」
「感じるのじゃな」
「邪悪な気の持ち主ね」
「だからこの街の裏を一つに牛耳っておるのじゃ」
それだけのものがあるからこそであった。
「わかったな」
「写真からでもわかるしね。彼女の力はわかるかしら」
「毒以外はわからぬ」
沙耶香にとっては心許ない言葉であった。
「写真とそれ以外は。何もかもな」
「名前は?」
次に聞くのはそれであった。
「それはわかるかしら」
「本名はわからぬぞ」
生憎といった感じの言葉であった。しかし沙耶香はそれもわかっていたのかここでも表情を特に変えることはなかった。そのままで話を聞いていた。
「それでもよいか?」
「いいわ。それで何ていうのかしら」
「李妖鈴という」
「妖鈴ね」
沙耶香はそれを聞いてまた考える目になる。目を動かすのではなくその瞳の中に思案の色を入れるのであった。
「どう考えても本名ではないわね」
「そもそもどうしてここに来たのかさえわからんのじゃ。これはさっき言ったな」
「ええ」
また老婆の言葉に頷く。目の色をそのままにして。
「そうね」
「それでもじゃ。この仕事を出来ると思って頼みが入ったのじゃからな」
「わかっているわ。では早速」
「行くのじゃな」
踵を返した沙耶香に言葉をかける。もう彼女は動きはじめていた。
「そうよ。今からはじめさせてもらうわ」
「相変わらず早いのう」
「仕事は早く済ませる主義なのよ」
笑いを言葉に含ませて老婆に言葉を返す。そのうえでまた付け加える。
「けれど楽しみは」
「時間をかけてじゃな」
「そういうことよ。わかってくれているのね」
「日本人らしくないのう」
そう沙耶香を評するのであった。
「どうにもこうにも」
「あら、日本人はそう簡単には定義できないわよ」
そもそも沙耶香は普通にいるような人間ではない。それを考えればこの言葉は当然であった。
「違うかしら」
「まあそうじゃが。それにしても主はな」
「話はいいわ。それじゃあね」
「行くのじゃな」
「また来るわ」
最後に老婆に告げた。
「その時には」
「仕事が終わっている時じゃな」
「早いうちに終わるわ」
この言葉には絶対の自信があった。沙耶香の自信であった。
「それを待っていて」
「ふむ。ではその時にはじゃ」
「桂花陳酒がいいわね」
沙耶香は老婆に後ろを向けて歩きながらこう告げた。
「折角の中国だから」
「中国では中国の酒か」
「ええ。もっともこれからも飲むつもりだけれど」
酒を愛する沙耶香らしい言葉であった。一つには捉われないというところも。
「それがいいわ」
「やれやれ、それだけで済むとは思えんがのう」
「私は欲は深くない方よ」
少なくとも金やそういったものに関しては。そうした意味では欲深くはないのが沙耶香である。
「それで充分よ」
「女子は言わぬのじゃな」
「それは途中で見つけられるわ」
楽しげに述べる。
ページ上へ戻る