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パンデミック

作者:マチェテ
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第七十一話「守ル/喰ウ ための力」

今のブランクに、善と悪の区別などは存在しない。
ただ、視界に入った"獲物"を喰うということしか頭にない。


「ヒヒヒ……アハハハ、ハハハ刃ハッはハ歯ハハはハハッはハハ破ハハ」

狂ったような掠れた笑い声をあげながら、左足と右腕にコープスを集中させ、硬化させる。

「この気配……レオ? な、んで…アンタからレオの気配が……」

ヴァルゴは完全に混乱していた。
目の前の兵士から感じるはずのない仲間の気配を、はっきりと認識できる。
それだけでなく、レオしか使えないはずの硬化能力を、何食わぬ顔で平然と使っている。
その意味が全く分からなかった。



それはそうだ。

自分の仲間が"喰われて"ただの肉塊に成り果てたと、分かるはずもない。





「アンタ……レオに…アタシの仲間に何したあぁぁぁぁぁ!!!」


レオに何があったのかは分からない。
しかし、レオが戦闘不能にさせられたか、殺されたかしたのは、察しがついた。
怒りに任せ、白髪の兵士を殺そうと正面から攻撃を仕掛ける。




「俺はニンゲン? ………化け物? ……ヒヒッ……ハハハハ…獲物がキタ……」

まともじゃない狂った笑みを浮かべて、ぼそぼそと独り言を呟く。
赤黒い眼で正面から来るヴァルゴを見据え、硬化した右腕をユラユラと動かし始める。

それに構わず、ヴァルゴが蹴りの態勢に入る。
先程よりも両足にコープスを集中させ、蹴りの速度を限界まで強化した。

その速度は、適合者ですら回避が不可能なほど。
その威力は、コンクリートも容易く粉砕するほど。

これで殺せなかった生物は、ヴァルゴの適合者人生の中で一体もいない。










「えっ………は?」



この日を除いては。


先程までユラユラ動かしていた右腕でヴァルゴの蹴り脚をしっかりと掴んでいた。
しかも、その表情は何一つ変わっていない。
まともじゃない狂った笑みのまま。


「分かラナい……分カラない……ナんで皆…」

訳の分からない言葉をぼそぼそ呟く。
だが、ブランクの表情が変わった。

狂った笑みから、悲哀に満ちた表情に。



「なンデ皆………俺かラ離レテいクンだ……」


その表情の変化に、全身から嫌な汗が流れる。

「やばっ…離せっての!!」

掴まれた脚とは逆の脚で、ブランクの頭を蹴る。
今度は、回避も防御もされず、ブランクの頭に直撃した。
掴む力が弱まり、連続バック転で距離を置く。



「父サん……母さン……ゴめん…守れナカッた……フィリップ……頼む……開ケテくれ……失いタクナい…」



今のブランクには、最早自分の"正しい記憶の順序"すら判別できない状態だった。
「今」が「いつ」の自分なのか。それすら自分でも分からない深刻な状態に陥っていた。

今まで隠し通してきた自身の心境。
心の傷。
悲哀。
苦痛。


正気じゃないからこそ、正気だったころに抱え込んできたものが表に出てくる。






歪んだ狂気として。











「ッアアアァァァアアァアアァアァァァァアアアァァァアァアアァアァ!!!!!!」



突然叫び出し、空を見上げながら頭を両手で抱え膝をつく。







「殺シテやる……俺カら"奪う"モノすべテ……守ル…俺が……強くナッて……俺ガ守る、俺が…殺ス…」



「殺サナいト……守らナイと……」



「殺す殺ス守る殺す守ルコロす守る守ル潰す助ケる殺す救ウ潰す喰ウ殺す……」






「アアァァァァァアアアァァァ!!!! 返セ! 俺の仲間ヲ! 空っぽニナッた俺ノ過去をぉォ!」





憎悪に満ちた表情で空を見上げる。
頭を抱える両手には相当な力が込められているのか、ギリギリと軋む音がする。
自分の頭を握りつぶさんばかりの力があるようだ。

そして、変化が見られたのは様子だけではなかった。

左足と右腕を覆っている硬化したコープスが、徐々に広がっている。
それぞれ肘とひざ上辺りまで覆われていたが、少しずつ付け根まで侵食され始めていた。


「ちょっとちょっと……冗談じゃないわよ…」

引きつった顔でブランクの身体の変化を見つめるヴァルゴ。
認めたくはないが、直感的に「どう足掻いても勝てない」と感じた。
その直感に従うように、ゆっくりと後ずさりし始める。




「潰シテ砕イテ喰イ殺シテ………守るンだ…仲間ヲ……守らナイと……」

ブランクが頭を抱えながらよろよろと歩きだした。
歩いていく先には何もない。
ただ、旧市街の崩れかけた建物があるだけ。

「力が欲シい……守ッテ、殺シて、喰っテ……」

そう呟くと、突然崩れかけの建物の壁に右腕を強引に突っ込んだ。
壁には大きな亀裂が入り、あとほんの僅かでもずらせば簡単に崩れてしまうほどだ。

ブランクが右腕を引き抜こうとした直後、案の定、亀裂が広がり建物が崩れ始めた。
建物は一瞬でその形を失い、巨大な瓦礫と化し、ブランクを押し潰さんと迫る。



しかし、ブランクが瓦礫に潰されることはなかった。
それどころか、自分よりも巨大な瓦礫を両手で受け止めていた。



「潰シテ、潰しテ、潰シて、喰ッテ……強ク………モっと力を……!!」




ブランクの足元からビキビキと音が鳴った。
彼の足元の地面を見ると、ヒビが入り、僅かに陥没していた。





その原因は明白だった。




受け止めていた巨大な瓦礫を、自身の頭上まで持ち上げていたのだから。














「アンタ………アタシらを超える…とんでもない"化け物"ね………」


引きつった声でヴァルゴが呟く。



後ずさりするヴァルゴに、容赦無く巨大な瓦礫をぶん投げた。





「(やばっ…………避けないと確実に死ぬ……ッ!!)」

両足にコープスを集中させ、後ずさりから一気に逃げの態勢に入る。
脚の筋力を最大まで強化し、現状で最高のスピードでブランクから離れる。

その間にも、背中から大質量が迫ってくる。



















ドガンッ!!!!!




大量の爆薬が一度に爆発したかのような音が、ヴァルゴのすぐ後ろで鳴り響き、木霊する。

その1、2秒後に、砂利と土埃の雨が降り注いだ。

なんとか直撃は回避できたようだが、ヴァルゴは喜ぶどころか、背筋を震わせた。





舞い散る土煙の向こうから、赤い眼光が真っ直ぐこちらを見ているのが分かったから。 
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