黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇
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24部分:第二十四章
第二十四章
「今度はこれで」
「それはさっき言った筈だけれど」
「あら、それではまた白牡丹を使うのかしら」
まるで妖鈴を挑発するような言葉であった。
「それは少し芸がないわね、貴女にしては」
「生憎だけれどそのつもりはないわ」
しかし妖鈴はそれは否定するのであった。
「今度はこれよ」
「それなのね」
「ええ。赤い牡丹」
そう答えて実際にその右手に赤牡丹を出してみせた。今度はその牡丹を見て楽しげに、そして妖艶に笑ってみせるのであった。
「今度はこれで愛してあげるわ」
「それはどう使うのかしら」
「白は投げたけれど今度はこうするのよ」
一旦投げる。それを左手に持っている扇で切った。するとそれで牡丹は散り花びらが乱れていく。そうして一つまた一つと赤い花が落ちていくのであった。
「落とすだけではないわよね」
「ただそれだけでは面白くとも何ともないわね」
妖鈴もそれは否定する。
「そう思うわね」
「その通りよ。それでその牡丹はどうなるのかしら」
「焦ることはないわ」
問う沙耶香に対して答える。
「すぐにわかるから。ほら」
「むっ」
言っている側からその赤い花びらが上に上がった。上がる度にその数は増えていき瞬く間に辺りを無限の花びらで覆い隠すのであった。
「私の紅薔薇と同じ・・・・・・いえ違うわね」
「残念だけれど違うわ」
それは否定する。しかしその姿はもうその赤い花びら達の中に隠れて見えなくなってしまっていた。
「この花は貴女のとはまた違うのよ」
「そのようね。では私も」
紅薔薇は下に置き黄薔薇は身に纏わせた。そうして今度はまだ右手に持っていた蒼薔薇を投げた。するとそれはすぐに蒼い花吹雪となったのであった。
「この薔薇は相手がどこにいても察するのだけれどね」
「隠れても無駄だというのね」
「そうよ。隠れるだけなら」
姿を花吹雪の中に消してしまった妖鈴に対して述べる。
「それは何の意味もないわ。忠告しておくけれど」
「その忠告は聞いておくわ」
花吹雪の中で妖鈴の声だけがする。既に赤だけでなく蒼と黄も入っている。しかしその中にいるのは沙耶香だけである。庭も何も見えず沙耶香の黒だけがあるのであった。
「けれど。この赤はそれだけではないわ」
言っている側から右に妖鈴が現われるのであった。
「私はここよ」
「ここにいるのよ」
続いて左にも。気付けばそれぞれに何人もの妖鈴もいた。
「幻術かしら」
「それもあるわ」
幻術という指摘にはあえて肯定してみせる。しかしそのうえでそれだけではないとも言葉を付け加えるのだった。
「けれどそれだけではないわ」
「感じないかしあ。この甘い香りを」
「これは」
「そう。牡丹の香り」
妖鈴の中の一人が沙耶香に告げる。彼女は花の中で左手に持つ扇を優雅に扇ぎながら言うのだった。
「この牡丹の香りこそがこの吹雪の真実の恐ろしさ。そして甘さなのよ」
「さらに香りが強くなってきているわね」
「そう。そしてそれは」
「死への誘い」
妖鈴の幻達がそれぞれの口で述べる。
「これでわかったかしら」
「しかも貴女の紅い薔薇よりもそれは遥かに強いわよ」
「そのようね」
沙耶香もそれを感じていた。何故なら。
「私の薔薇達が次々と消えていくわ」
「そうみたいね」
「どうやら」
沙耶香の言葉通りであった。下にある紅薔薇も放った蒼薔薇も身を護らせている黄薔薇も全て溶けていく。沙耶香は次第に追い詰められようとしていたのだ。
「これは危ないというのかしら」
「はじめてかしら」
また花吹雪の中から妖鈴の声が聞こえてきた。
「そういうことは」
「別にそうではないけれどね」
そこまで圧倒的に強いわけではない。彼女もこれまで多くの強敵と戦ってきている。こうしたことは過去何度かあった。だからそれは否定するのだった。
「それでもね。やるわね」
「だからこそこの街の裏を支配できたのよ」
「そうよね。だから」
沙耶香もその言葉に応える。その間にも薔薇達は消えていく。そうして遂にその残りは僅かとなってしまっていた。
「もうすぐね」
妖鈴の声が聞こえる。
「これで終わりかしら」
「さて。それはどうかしら」
だがその言葉にはここでも異議を呈してみせる。
「私は存外諦めが悪いから。これで終わりではないかも知れないわよ」
「そうかしら。もう貴女の花は残り僅かだというのに」
「花の問題ではないのよ」
沙耶香の言葉はまだしっかりとしていた。その圧倒的な牡丹の赤と毒の中にあっても。だがそれは妖鈴には最後の強がりに聞こえていた。
「何時までもつかしら」
「勝てると思っているのね」
「そうよ。私のこの術で落ちなかった相手はいないわ」
自信に満ちた言葉であった。
「一人たりともね。この身体の毒もそうだけれど」
「花もなのね」
「あの時は私の毒に耐えて抱くことができたけれど今度はどうかしら」
「今度もよ」
沙耶香は不敵に笑ってみせた。もう薔薇はなくなってしまった。周りにはもう赤い牡丹の花しかなかった。そして妖鈴の幻影達だけであった。
「貴女を抱いて。そうして勝利を告げてあげるわ」
「それは私がすることよ」
しかし妖鈴の言葉はここでも変わりはしなかった。
「生憎だけれど」
「そうかしら。それじゃあ」
「動くのかしら」
「その通りよ。それに」
「それに?」
ふと沙耶香の言葉にふと声を出した。
「何かしら。まだ言葉が言えるのも素晴らしいことだけれど」
「それよ」
沙耶香は言葉について言ってきたのを聞いて微笑んでみせた。
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