祈りは通じる
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第一章
祈りは通じる
噂になっていた、それもよくない噂だ。
「それ本当のことか?」
「らしいぞ、どうやらな」
「日本海側とかな」
「あと街でもな」
東京や大阪でもというのだ。
「何か工作員がいてな」
「人攫っているのか」
「それであの国にか」
「攫われてあの国の工作活動の手助けをさせられたりしているらしいな」
「それって大変なことだろ」
若しその噂が真実ならというのだ。
「人攫われてるとかな」
「それ取り締まれよ」
「ちゃんと捜査しろよ」
「そして拉致とか止めろ」
「自国民攫われて安心出来るか」
誰もが言う、だが。
一部の知識人やマスコミやテレビのコメンテーター、それにだ。野党の議員達は政党単位でその噂についてこう言うのだった。
「拉致なんかない」
「それは捏造だ」
「あの国に攫われた人はいない」
「そんな人は一人もいない」
「絶対にいませんよ」
こう言う、拉致は噂つまり都市伝説に過ぎないというのだ。
中には捏造と言う者がいた、だが。
多くの人はこの話を噂とは信じられなかった、それで話すのだった。
「多分事実だな」
「ああ、攫われた人をあの国で見たって話もあるしな」
「どうやらこれはな」
「噂じゃないぞ」
「この都市伝説は事実だ」
事実である都市伝説だというのだ。
「あの国は拉致をしている」
「そして工作活動の京区とかに使っているぞ」
「間違いないな」
「ああ、そうだな」
「あの国はそうしているぞ」
「とんでもない国だぞ」
「攫われた人達を取り戻さないとな」
次第にだ、こう思う人達は多くなってだった。拉致を事実だと思う声は半ば真実になっていた。一部の輩共が言うことと違い。
そしてだ、その中で。
新潟で農業を営んでいる松岡正蔵は自分の田の手入れをしている時にだ、女房の侑枝にこんなことを言われた。
「ここの隣の港町に近高さんっているんだけれどね」
「近高さん?」
「あの人の娘さんずっと行方不明らしいのよ」
「それはまた何でなんだ?」
正蔵は女房に問うた。
「行方不明とか普通じゃないだろ」
「それがね」
侑枝はその太った顔をここで曇らせてだ、正蔵の細長く皺が目立つ小さな目としっかりした唇を持つ顔を見た。その顔には麦わら帽子がよく似合っている。
「攫われたらしいのよ」
「攫われたってまさか」
「そう、あの国にね。十年位前にね」
「それはとんでもない話だな、あの話は本当だったのか」
「そうみたいだよ、色々言われてるけれどね」
「まさかと思ったけれどな」
正蔵は腕を組み難しい顔になって述べた。
「あの国は本当にやってんだな」
「どうしたものかね」
「どうしたもこうしたもないだろ」
正蔵は侑枝にすぐにこう言った。
「攫われた人を取り返さないとな」
「それで近高さんの娘さんもだね」
「ああ、何とかな」
「取り返さないと駄目だよね」
「当たり前だろ、そんなの」
人としては、というのだ。
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