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音楽家の人間性

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第一章

                        音楽家の人間性
 リヒャルト=ワーグナーについてだ、グレゴール=シュバルツシュタインはその厳しい顔をさらに厳しくさせて娘のハンナに言った。
「ああした人間は好きになるな」
「あれっ、お父さん確か」
 ハンナは二十になっていた、金髪碧眼のドイツ人らしい髪と目の色だ。その髪を腰まで伸ばしている。鼻は高くやや細面で肌は白い。彫のある顔立ち、長身ですらりとした身体も極めてドイツ的だ。
 そのハンナは怪訝な顔でだ、父に言葉を返した。
「ワーグナー好きよね」
「その音楽はな、しかしだ」
「人間としてのワーグナーはなのね」
「何処が褒められる」 
 その厳しい顔での言葉だ、広い額には皺まである。
「ワーグナーの」
「確かワーグナーは」
「弟子の妻を奪い恩人の妻と関係を持った」
「それで浪費家だったのよね」
「とてつもないな」
 そちらでも有名な人物であった。
「そして図々しく尊大でもありだ」
「あと反ユダヤ主義?」
「しかも匿名の投書で反論したりとな」
 日本で言う自作自演もしていたのだ。
「行動もどうかだった」
「つまり人間としては」
「最悪だ」
 それがワーグナーの人間性だというのだ。
「何処がいい」
「そこまで酷い人だから」
「絶対にだ」
 それこそという口調での言葉だった。
「ワーグナーの様な人間は好きになるな」
「じゃあベートーベンは」
「同じだ」
 こちらの偉大な音楽家もだというのだ。
「俺はベートーベンも好きだ」
「そうよね」
「ワーグナーと並ぶ偉大な音楽家だ」
「けれど人間としては」
「尊大で癇癪持ちで頑迷で気難しかった」
「敵も多かったわよね」
「しかも処世術は皆無だった」
 そちらの才能は絶無という人物だった、ワーグナーは褒められないケースであったと言えるのだが彼はだ。
「そんな人間を好きになってもな」
「駄目なのね」
「ベートーベンの人間性もだ」
 彼のそれもというのだ。
「駄目だ」
「付き合いにくいから」
「可哀想な人だが」
 それでもだというのだ。
「人を幸せには出来ない」
「ベートーベン自身も幸せじゃなかったわね」
 耳のことでも有名だがその性格上でのことでもだったのだ。
「自分を幸せに出来ない人は他の人も幸せに出来ない」
「そういうことだ」
「そうなのね」
「だからベートーベンもだ」
 彼ともというのだ。
「交際はな」
「するなっていうのね」
「ああした性格の人間とはな」
「ワーグナーとどっちが駄目なの?あとワーグナーが弟子の奥さん奪ったのは」
 このことについてだ、ハンナは父に言った。
「確か恩人の奥さんと関係持った後よね」
「そうだがな」
「お父さんさっき順序逆に言ったわね」
「そうだったな、とにかくだ」
「ベートーベンもワーグナーも」
「どっちも同じだけだ」 
 どちらがより、ではなかった。
「駄目だ」
「そうなのね、じゃあモーツァルトは?」
 ハンナは三人目の音楽家を出した。
「あの人は」
「どんな人だったか聞いてるな」
 これがグレゴールの返答だった。
「モーツァルトも」
「先の二人よりは遥かにましだ」
 その人間性は、というのだ。
「あの二人は敵に囲まれていた」
「敵の代表も凄かったわね」
「ベートーベンはゲーテ、ワーグナーはニーチェだ」
 確かに凄い敵である、どちらも。望んでも得られないまでの。
「ニーチェは最初ワーグナーの信者だったがな」
「途中で失望して」
「敵になった、ベートーベンとゲーテは下らない言い合いからだ」
 ベートーベンから言い出したのが偏屈な彼らしいか。 
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