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黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇

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12部分:第十二章


第十二章

「まずは食べてね。何がいいかしら」
「別に何でも」
 いいと言う。それに関しては魔術から離れていささか無個性ですらあった。特に食べたいものはないといった感じであった。沙耶香にとってはそれが今一つ面白くない感じであったが今は顔にも言葉にも出しはしなかった。
「主人もいませんし。特には」
「一人の時こそ食事を楽しむものよ」
 ここでこう瞬華に告げた。
「二人なら余計にね。だから」
「豪勢にですか」
「そうよ。お金は私が持っているわ」
 趣味や愉しみに関して金を気にはしない。それだけのものはいつも持っているからだ。
「だから気にしないで。そうね」
 ここでまた考えてからまた述べた。
「上海蟹がいいわね」
「蟹ですか」
「ええ。いい店を知っているのよ」
 妖しく笑いながら述べる。
「それからもね」
「それからも?」
「まずは食べましょう」
 そこから先はあえて答えずに瞬華に言う。
「まずはね。それでいいわよね」
「はい」
 魔術がここでは生きた。無機質に言葉を返したのがその証であった。
「御願いします」
「わかったわ。それにしてもね」
 二人で沙耶香が言う店に歩きはじめてからまた沙耶香が瞬華に言う。
「何でしょうか」
「今日私と合わなければ何を食べるつもりだったのかしら」
「簡単に済ませるつもりでした」
 瞬華の返事はこうであった。
「何処かで何か買ってそれで」
「それで終わりなのね」
「ですから主人もいないので特に気にすることもないので」
「またそれは面白くないわね」
 沙耶香にとってはそうであった。美食もまた楽しむ彼女にしては。
「その辺りは何処でも同じなのかしらね」
「日本でもですか」
「残念だけれどそうよ」
 そう瞬華に語る。
「食べることもまた生きる悦びの一つだというのに。それを粗末にするのはよくないわ」
「それはわかっていますけれど」
「まあいいわ。その分他のことを楽しめばいいし」
「他のことですか」
「ええ」
 そう答えてみせる。
「そうよ。ゆっくりとね」
 笑いながら言葉を述べてそのまま二人で姿を消す。まずはその蟹を二人で楽しみそれからは。夜の闇の中で沙耶香はその白い裸体をベッドの中に横たえていた。
「どうかしら」
 その横にいる瞬華に問う。見れば彼女も裸である。
「今夜は」
「これが女性なのですね」
「ええ、そうよ」
 そう瞬華に答える。
「これがね。はじめてなのね」
「はい、そうでした」
 言葉が過去形になっていた。それが何よりの証拠であった。
「何かと思ったのですが。それでも」
「女もいいものでしょ」
 身体を起こして瞬華を見やる。それからまた彼女に声をかけるのだった。白い裸身は起き上がると共に彼女自身の黒髪に覆われ見えなくなるのだった。
「男とどちらがいいかしら」
「それはわかりません」
 瞬華の感想はこうであった。
「どちらがどちらかとは。けれど」
「この味は忘れられないわね」
「ええ。しかもあれですよね」
 ここで瞬華は自分から沙耶香に問うてきた。
「これは。浮気ではないのですよね」
「そうよ、違うわ」
 そう彼女に答える。
「だって。男と寝るのが浮気よね」
「はい」
 俗にそう言われている。人妻が夫以外の男と寝ればそれは浮気になる。だがその相手が女であったらどうなるか。これはいささか難しい問題である。同性愛そのものが許されない背徳の罪であるという者もいるが沙耶香はここではそれは言ってはいない。
「けれどそれが女ならば」
「そうはならないですか」
「そう言えるわ。だからいいのよ」
 妖しく笑って瞬華に告げる。
「御主人もそうでしょ。私がこの部屋から貴女と出ても何もおかしいとは思わないわよね」
「そうですね、女同士ですから」
 それは瞬華もわかる。彼女の夫は彼女が男と話したりすると嫌な顔を見せるが女であったならば何も言わないのだ。ましてや彼女が他の女と寝ることなぞ思いもしない。そうした夫なのである。
「別にそれは」
「そういうことよ。これでわかったわね」
 瞬華に対して告げる。
「女ならばいいのよ。誰でも」
「そうなりますか」
「そうよ。わかったらまた」
 身体を元に寝かした。そうして瞬華のその整ったギリシア彫像を思わせる身体に己の妖しい身体を寄せる。二人の身体が闇の中で重なり合う。
 
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