ソードアート・オンライン〜Another story〜
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SAO編
第86話 SS級の晩餐
その日の夜の事。
リュウキとレイナが帰って来た直ぐ後にアスナが帰って来た。いや、厳密には帰って来たのはアスナだけじゃなかった。
「……ん? キリト」
アスナに続き入ってきた男がいたのだ。その姿は、キリトだった。どうやら、キリトもここへ招待されていたようだ。
「ッえ!! リュウキ!? 何でここにっ……って。ああ そうか」
キリトは レイナがいるのは解るがリュウキがいて一瞬驚いていた。
だが、驚いていたのは文字通り一瞬であり、次の瞬間には思い出していた。リュウキとレイナは結婚をした事を、だ。
その連絡はリュウキから貰っている。その……、結婚式に呼ばれた~とかじゃなく、今回の騒動の件は少なからずキリトも関わっているのだから当然だろう。知る切っ掛けは、周りに迷惑をかけたことを詫びる為にリュウキは、キリトに連絡をした事だった。
そして、その延長線上で 新居を購入しようとしていたが、丁度リズのところで大分使ったせいでまだ金銭面で及んでいないと言う事を聞いた。リュウキの事を援助してやりたい……っとキリトは思ったがリュウキのプライドもあるだろうし、何よりホームを買うとなれば、ちょっと金額の次元が違うから祝福の言葉だけで収まっていた。
「わぁっ! キリトくんだ! いらっしゃーい! ……お姉ちゃんやったね!」
レイナはキリトが家に来たことを喜んでいる様だ。そのレイナの言葉に不思議と首をかしげているのはキリト。
「え? 何が?」
何のことか?とレイナに聞こうとしたが、それは叶わなかった。
「ちょーーーー!! まった!! まってって!!」
アスナは大慌てで静止した為、キリトは何も聞けなかったのだ。だから、キリトはわかってなくて……アスナに止められた様だが、レイナは笑顔のままで、喜んでいた。
リュウキは一歩離れて、3人を、……キリトとアスナを眺めていた。
――……一歩引いて 冷静に……冷静に、2人を視てみる。それは≪キリトの事をアスナが想っている≫。
それを大前提に、情報として頭の中にいれて……。それを考えてアスナの行動を視て、そしてキリトの行動も視る。もう、一目瞭然とも言えるだろうか?
(……以前の自分もこうだったの……か?)
キリトとアスナを見ていてたリュウキはちょっと情けなくも思えていた。それ程なまでに、アスナはあからさまだったからだ。そして、そのあからさまなアスナだが、キリトが気づく様子も無い。……リュウキは、はっきり言って、キリトに言ってやりたい気持ちはあったんだけれど、レイナとの約束で、キリト本人には公言しないと言っているから口を噤んだ。
なぜなら……アスナ自身が伝えるから、と聞いていたから。
でも何処と無くレイナは、キリトに匂わせるとも言っていた。以前、アスナが自分にしたように……と。
(難しそうだな……。オレも他人の事、言えない……。キリトも俺の様に解ってないとすれば……)
リュウキは苦笑いをしていた。キリトは解っていないんだけれど、本当に楽しそうだった。それは、アスナもレイナも同じ。こんな温かい空間にいられて……本当に幸せだって思えた。人と人の温もりをまた教えてもらったから。
ずっと……迷宮区に潜っていた時とは比べものにならないんだ。
「それで? キリトはどうしたんだ? アスナに会いに来たんじゃないのか?」
「っっ!! って何言ってんだリュウキ///俺はそのシェフを探してて……」
「りゅっ! リュウキ君までっっ!!」
「あはっ! リュウキ君も言うね~♪」
リュウキも、一歩踏み出して、その温かな3人の輪の中へと入っていった。その日は、とても賑やか。温かくて賑やかな……何より居心地が良い空間が広がっていた。
アスナは暫く顔を赤らめていたが、すぐさま頭を切り替えた!
「さ、さーーて! 今日はご馳走だよ!? キリト君が持ってきてくれた食材、すっごいんだからねっ!」
そう言うと、アスナはレイナにそれを見せた。それを見たレイナは、アスナをからか……おほんっ!2人の仲を取り持とうと考えていた事が一気に吹き飛んだようだ。
「わぁっっ!! それっ!! それって! ラグー・ラビット!? S級食材だっ!!」
レイナは眼を見開いて驚いていた。S級の冠が付く食材はいまだ嘗てお目にかかってなかったからだ。そして、料理スキルを極めている身とすれば、一度はお目にかかりたい代物だ。……恐らくはもう、見られないであろうレア度を誇る食材。
『何よりその味も……どれ程のものなんだろう……?』
その事を考えただけでも涎が出てしまいそうだ。現実世界で言う三ッ星レストランを越える?とさえ思えるのだから。
「あの時のS級食材か……確かに凄く貴重だったな。……あ」
キリトが、そのラグー・ラビットを狩った事は当然知っていた。何故なら、その場に居合わせたんだから。そして、食材と言う単語を聞いて、リュウキはこの時ある事を思い出していた。
「……そうだったな」
そして、思い出すと同時にウインドウを呼び出し、アイテムストレージ画面を出した。
「ん?」
リュウキの側にいたキリトがリュウキの方を見た。
「オレも忘れていたよ。これを手に入れたことを。思い出して良かった」
リュウキはキリトにウインドウを可視化させ、キリトの方へと動かして見せた。チラリと見たキリトだったが……思わず二度見をしていた。
「……おおっ!? って、はぁっ!? リュウ……キ! これって……」
二度見後、食い入るように画面をガン視するキリト。
「えっ? えっ? なになに??」
キリトの反応を見たレイナはぴょん!っと飛ぶようにキリトの傍へと行く。
「何っ??気になるじゃないっ。私にも教えて?何があるの?」
そして、アスナもレイナに少し遅れて側に。……最終的には3人とも、画面に食入る様にガン見していた。表示されているアイテムが一体何なのかを確認したその瞬間。
「「わああっ!!」」
一瞬だけ沈黙したかと思えば、次の瞬間には驚愕し、声を上げていたのだ。
「こ、これって、……せ……ッ《セジール・トゥールーズ》!!?? これ、これもS級の食材じゃない!! い、いや、それも……確立で言ったら……最もえげつないって話、訊いた事が……」
アスナは手で口元を抑える程驚いていた。その情報源は、当然 《鼠のアルゴ》からだった。彼女達は、料理スキルを極める上で、様々な食材の事の情報をアルゴから仕入れていたのだ。そして、料理スキルを上げている者など、基本的に少ないが それは攻略組での話であり、アインクラッドで生きている全プレイヤーを入れればそれなりにはいるのだ。現実世界では、料理人、調理師、栄養士の職についているプレイヤーもいるのだから。そして、その食材の情報中で一際目立っていたのが、今このウインドウに表示されている代物。
「りゅっ……リュウキ君っ!! どどど、どうしたのっ! これ!? 何処で買ってきたの?」
レイナも興奮しっぱなしだった。アスナ同様に、レイナ自身もそれについてはよく知っているから驚くのも無理はない。だけど……、今は、冷静に考えられないようだ。だって、少し考えれば、S級のアイテムが、それも食材が早々買えるそれにじゃない、と言う事は判ると思えるから。
「……はぁ、少し落ち着けよ。皆、黙ってて悪かった。以前に、24層に行ってた時に、取ったんだ。……普段アイテム入手してもあまり気にかけないのが災いした様だったんだな。気がつくのが遅かった。……が、耐久度はまだ問題ない」
リュウキは興奮しっぱなしの女性陣を落ち着かせるようにそう言った。
「24層って言ったら、パナレーゼか。湖上都市の?」
キリトがそう聞いていた。随分と昔に攻略した層だが、あの湖上の都市の風景はまだ脳裏に焼き付いていたのだ。
「ああ、あの層に鳥類のモンスターも多数多種類出現してな。それを狩ってる内に出てきたんだろう」
リュウキは、当時の事を思い出しながらそう言った。
「すっごい、運が良いね♪リュウキ君っ。だって、これ 現実で言う所謂《フォアグラ》だし、《セジール・バード》だって出現率が極稀だし……、ドロップする確立も極稀……S級の中でももっと確率低いって思うしね♪ って言うより、ここまで来たらSS級じゃないかなっ?」
「そうだよねっ! わーーっ! さーーすが私のリュウキ君っ?」
女性陣は物凄い食材が揃って大喜びと言ったようだ。まぁ、女性陣じゃなくても、キリトも凄い喜んでいた。
「……こりゃ、エギルに相当恨みを買いそうだ。ラグー・ラビット+セジール・トゥールーズなんてな。S級食材が2つ……SS級か。片方は秘密にするか……?」
とか何とか、ブツブツとつぶやいていた。そして、いつまでも玄関先じゃなんだから、と言う事でホームのリビングに皆意気揚々と向かう。
「じゃあっ! 腕を振るうね~! 何がいいかな?お姉ちゃん? 皆っ?」
「そうね~ 食材の提供の功労者に聞くことにしましょう♪」
2人は本当に上機嫌だ。鼻歌交じりにそう言い、まるでダンスを踊っているかの様にくるりと回り……そして、2人はシンクロもしていた。とりあえず、キリトとリュウキは見合わせて頷く。
「俺はシェフのお任せコースで頼む」
「右に同じだ。2人なら最大級に信頼できる」
そう言うが、料理に関しては、ド初心者も良いトコの2人が口出ししない方が良いとも思えるからだ。
「うーん、じゃあさ?トゥールーズの方はソテーにする?名の通り《セジール》。強火でカラッと焼いてさ?」
「あっ! それ良いね?」
アスナとレイナは本当に楽しそうに料理の話をしていた。
「じゃあ、ラグー・ラビットはシチューで! だって、《ラグー》だもん。煮込む……ってね?」
「うんっ!」
どうやら、メニューは決まったようだ。
「さぁっ! 頑張って作るから、テキトーに座ってて? と言うより、キリト君もいつまでもそんな格好してないで、着替えたら?」
装備をエプロン姿に変えていたアスナがキリトにそう言った。リュウキはもう、手馴れた様子で家につくと直ぐに武装解除。部屋着に着替えているんだけれど、キリトはまだ、戦闘用の革のコートと剣帯をつけたままだ。
「確かにな、食事時って感じの姿じゃないぞ?」
「あ、ああ わかったわかった」
キリトも重々承知のようで、慌ててメニュー画面を呼び出すとか武装を全て解除した。そして、アスナとレイナは上機嫌のままそのS級の食材をキッチンの上にオブジェクト化しのせる。料理を競う。料理スキルマスターしていると言う言葉はダテじゃない。 ここのキッチンは凄く広々としており、横には巨大な薪オーブンがしつけられている。
そして、一見するだけでよく解る。数々の料理道具アイテム、それの全てが高級品だろうと言う事が。
「……リュウキ、贅沢じゃないか?毎日ここで食べるなんて……」
キリトが耳打ちするようにそう言った。あの通称レストラン層、リストランテで頼める最高級のディナーセットよりも良いものが食べられると思えたから。
「確かにな……以前じゃ考えられなかったが、ここでは食事の楽しみも2人に教えてもらったよ」
笑顔でそう返すとキリトの方を見て更に言った。
「キリトも食材を片手にアスナに頼んでみればどうだ? ……アスナは決して断らないと思うぞ?」
遠巻きにリュウキもレイナに習っているようだ。2人は聞いていないけれど、もし聞いていればまた、賑やかになりそうな発言だった。
「あ、あ~~……考えてみるよ」
キリトはそう言うと苦笑いをしていた。……リュウキはにそこまで意図があるとは思ってないようだった。
そして、盛大な晩餐が始まった。
メインディッシュである2つ食材は、S級と称すだけの事は十二分にあると言って良い。味が凄い……それは、どういえばいいのか解らない。言葉が見つからない。この時は本当に評論家を呼んできて説明をしてもらいたいと思ったほどだ。
キリトに関してはと言うと。
『エギルに800字以内で感想文を書くって言ったが……マジで言葉にならないな。困った』
っと割と、本気でそう言っていた。料理人の冥利に尽きると言うのもあるのだろう。
アスナはその言葉に凄く嬉しそうだった。そして勿論レイナもだ。リュウキは。
『そんな感想文、持っていったら本気で今後の取引、倍額半額で取引されかねないぞ?』
とキリトに忠告をしていた。話を聞くに、エギルも欲しそうな顔をしていたとの事。それを、半ば無視して出てきたのだから、自慢気にそう言えばどうなるのかが大体判ったようだ。それを聞いたキリトは、『ありそうだ……』と呟いて、そのプランは無しの方向にしていた。
そして、晩餐も終わり一息入れる。
皆は、本当に綺麗に平らげていた。現実ではありえないがその場に最初から無かった。と思えるほどに綺麗に、僅かな残飯すらない。
「あー……美味しかった。今まで頑張って生きてきてよかった……」
アスナは心からそう思って口にしていた。それについては皆が同意だ。原始的な欲求、三大欲求の1つを心ゆくまで満たしたから……。そして、不思議な匂い、そして味のするお茶を食後に啜った。さっき食べた料理も、このお茶もそうだが、これは実際に存在する食材の味を記録したものなのだろうか?それともパラメーターを操作して架空の味を表現したのか?そうふと頭を過ぎっていた。
「でも、不思議だよね……」
そんな時、レイナが口を開く。
「何だか、この世界で生まれて今までずっと暮らしていたみたいな……そんな感じがするんだ」
「うん……」
アスナとレイナ。2人はそう感じているようだ。いや、2人だけじゃない。
「ああ、オレも最近、あっちの世界の事をまるで思い出さない日がある」
キリトも同じようだった。そしてリュウキも……。
「確かにな……。クリア、脱出だと言って、血眼になる奴が少なくなった。それに確実に迷宮区で出会うプレイヤーも少なくなっている」
リュウキは、そう答えた。最近こそ最前線付近を回っているが、以前まではいろんな層に行っていたリュウキだからこその説得力だ。
「うん。だって、攻略のペース自体落ちてるもん。今最前線で戦ってるプレイヤーなんて500人いるかいないか……。危険度のせいだけじゃない。皆、馴染んできてる。この世界に……」
レイナはそう答えた。それは、大手のギルドに所属しているからこそわかることなのだろう。リュウキは、そんな彼女を視る。アスナも隣に座っているから必然的に視界に入る。橙色のランプの明りに照らされ、物思いにふける姉妹。確かにそれは、生物としての人間のものじゃない。
リュウキの眼で、視れば彼女達を構成するシステム、デジタルデーターの数列すら、集中すれば視る事も出来る。視る必要が無いからコレまで殆ど見る事が無かったが、それを視れば明らか。だが……視なければそれが作り物には最早リュウキには判らなかった。
生きた存在として素直に納得する事ができる。
逆に現実に戻ったら違和感がハンパないだろうと予想もできる。それはキリトも重々承知のようだろう。だが、キリトは疑問に思ってもいた。
『――俺は本当に還りたいと思っているんだろうか……あの世界に……?』
そう考えていたのだ。そんな思考に戸惑ってしまう。だが、毎日、毎朝早くに起きだし、危険な迷宮区に潜り、未踏破区域をマッピングしつつ経験値を稼いでいるのは、本当にこのゲームを脱出したいからなのだろうか。確かに昔は何時死ぬとも知れないこのデスゲームから早く抜け出したかった。しかし……この世界での生き方に慣れてしまった今は……。
「でも、わたしは帰りたいよ」
キリトの内心の迷いを見透かすような歯切れの良いアスナの言葉が響く。そしてそれに続いて
「わたしも、勿論。帰りたい」
レイナもそう言い。
「ああ……そうだな。約束もした」
リュウキも頷いていた。
「だって、あっちでやり残したことだっていっぱいあるんだから」
アスナは微笑みながら続けた。
「そうだな。オレ達ががんばらなきゃ、サポートしてくれる職人クラスの連中に申し訳が立たないもんな……」
消えない迷いを一緒に飲み下すように、お茶をキリトは飲み込んだ。珍しく素直な気分で俺はどう感謝の念を伝えようかと言葉を捜しながらアスナを見た。すると、アスナは顔をしかめながら目の前で手を振り。
「あ……あ、やめて」
と言うが、キリトは一体何のことなのかは判らないから、訝しんでいる。
「な、なんだよ?」
そう聞くけど……次のアスナの発言で、一気に動揺してしまうのだった。
「今までそう言う顔をした男プレイヤーから何度か結婚を申し込まれたわ。」
「なっ!!」
当然、そんな事言った経験の無いキリトは口をパクパクさせていた。
「……魚か? お前は」
リュウキは隣で見ていて苦笑いが止まらない様子だ。その姿は、水面で餌を求めている鯉のそれに酷似していたから。
「あはは……」
レイナも笑っていた。そしてアスナはそんなキリトを見ると、ニマっと笑った。
「その様子じゃ、他に仲のいいことかいないでしょ? 君」
「悪かったな……いいんだよソロなんだから」
「せっかくのVRMMO RPGなのに、もっと友達作ったら良いんじゃない?」
アスナは終始、笑顔でそう言っていたのだ。
「ん――……?」
この時、リュウキは少し首を傾げていた。
(ん? リュウキ君、どうしたの?)
レイナは2人に聞かれない程の声で聞く。何でかは判らないが、2人には聞かれない方が良いとレイナは直感したのだ。そして、それは的中していた。
(……いや、キリトの事を想っていて、そう提案するのか……と思って)
リュウキはそう返しからだ。勿論、レイナにならい こっちの声も限りなく小さくしてそう言う。
レイナはそれを聞いて。
(あはっ……お姉ちゃん、確かめたかったんだよ♪ キリト君に他に想い人がいない事を♪だから、今きっと頭の中じゃ盛大に喜んでるよ? きっと!)
レイナは、にっこりと笑いながらそう言った。アスナの顔を見たら それは直ぐに判るから。
(そう……なのか。なるほど……)
リュウキはそう踏まえたうえで、アスナを視た。そのアスナの顔は、本当に笑顔であり、輝いていると言ってもいい。だから、レイナの言うとおりだと心の底から思えていた。
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