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黒魔術師松本沙耶香  紅雪篇

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24部分:第二十四章


第二十四章

 沙耶香は雪女を自らと共に闇の中へと包み込んだ。それからその日は何処にも姿を現わさなかった。次の日の朝には雪は止み徐々に溶けていっていた。魔都を覆った紅の雪はようやく姿を消そうとしていた。
 晴れ渡った空から黄金色の光が降り注ぐ。全てを覆っていた雪が白銀の水となり溶けていく中で知事は沙耶香に声をかけていた。二人は今知事の執務室にいた。
「ふむ、終わったようだな」
「ええ」 
 沙耶香はその言葉に悠然と笑って応えた。
「これで東京は救われた。感謝する」
「どう致しまして」
「しかしだね」
 ここで知事は言ってきた。
「また一体全体どうやってこの雪を止ませたのかね」
 彼はそれに興味を持った。その歳のわりには輝きの強い、少年のような目で沙耶香を見ていた。
「よかったら教えてくれないか」
「彼女と一晩一緒にいただけです」
「一晩か」
「はい、それだけです」
 沙耶香は静かに述べる。
「それで雪を止めたのです」
「倒したということかね」
「いえ」
 だが沙耶香は首を横に振ってみせた。
「そうではありません」
「ふむ」
 知事はそれを聞いて今度は眉を顰めさせた。それと同時に考える顔になって顎に自分の右手を当ててきていた。
「まさか抱いたわけではないだろうな」
「さて、それは」
 肯定の誤魔化しであった。
「どちらにしろ彼女は女になりましたのです」
「女にか」
 これは意味がわかった。まずわからない者はいない。
「それで紅の雪が止まったのです。雪女は本来ここまで雪を降らせないもの」
「そうなのか」
「はい。力を制御できるからです。しかし子供ならば」
「それを身に着けていないか」 
 子供は成長しきってはいない。だからそうした力の加減ができないのである。これは人間にも言えることである。
「だからこそ大人になれば」
「それができるようになると」
「そういうことでした」
「しかしだ」
 豪雪のことはわかった。だが謎はまだあった。
「もう一つ思うことがある」
「何でしょうか」
「雪の色だよ」
 何故紅の雪だったのか。知事はそれが最も気になっていたのだ。実際にこの雪の色で大騒ぎになったのだ。ただの雪ならばここまで世界的な騒ぎにはならなかったであろう。かなりの部分がここにあったのだ。
「どうしてまた。あんな色だったのかね」
「血です」
「血かね」
「そうです。肌を知れば女は血を流すもの」
 妖艶な言葉で述べる。
「そうですね」
「うむ」
 妖しい言葉だが真実であった。今沙耶香は真実を言っている。
「それを流していなかったから雪に出ていたのです」
「そうだったのか」
「雪女は白い雪だけを降らすのではないのです」
 沙耶香はあらためて言った。
「紅い雪もまた。肌を知らない間は」
「そして肌を知ればか」
「白い雪を降らせられるのです。そう」
 彼女は言う。
「血を外で流すことにより。雪を白くするのです」
「紅を出して」
「おわかりでしょうか。これで」
「うん、ようやくな」
 知事は納得したように頷いた。
「今回は御苦労だった。謝礼は振り込んでおくから」
「わかりました。ではこれで」
 沙耶香は一礼した。それで去ろうとする。しかしここで知事がまた声をかけてきた。
「待ち給え」
「何か」
 その言葉を受けて振り向く。見れば知事は悠然とした顔で笑っていた。
「今日はこれからどうするつもりかね」
「今日ですか」
「仕事は終わった。羽根を休めるかね」
「そうですね」
 その言葉を聞いて目を細めさせてきた。黒いブラックルビーの目が妖しく光る。
「少し身体が冷えましたので」
「酒かね」
「それと」
 ここで沙耶香は少し欲を張ることにした。
「また女の子を」
「今度は人間のだね」
「はい」
 その言葉にこくりと頷く。
「また。頂きます」
「わかった。では楽しんできたまえ」
「はい。ではまた機会があれば」
「会うとしよう。ではそれまでは」
「はい。一時の別れを」
「ではまた」
「御機嫌よう」
 沙耶香はそのまま黒い霧の様に都庁から姿を消した。ゆっくりと紅の雪を踏みしめながら何処かへと去っていく。雪はもう消えかけ水との狭間にあった。彼女はそこに昨夜の宴のことを想い浮かべながら先に進んだ。儚い一夜のことを。



黒魔術師松本沙耶香  紅雪篇   完


               2007・1・25

 
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