黒魔術師松本沙耶香 仮面篇
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6部分:第六章
第六章
「どの色のワインも好きよ」
「また。どうしてそこまで」
「女性は誰であっても花」
ドン=ファンめいた言葉であった。しかしそれもまた沙耶香には相応しい言葉であった。それは何故か。彼女が堕天使だからだ。
「それが私の持論よ」
「よい持論じゃな」
「ということは貴女もかつては」
「昔の話じゃよ」
照れ臭そうな笑いが実に似合わない。それでも気持ちははっきりとわかった。
「昔のな。思い出すのは恥ずかしいわ」
「姿形を若くすればどうかしら」
沙耶香はこう提案してきた。
「それで随分と違うと思うわ」
「それはできるさ」
老婆は答えた。
「あたしの魔力ならね」
「じゃあすれば?男でも女でも遊べるわよ」
「それでも。せんのじゃ」
しかし老婆は言う。どうやらそこには深い考えがあるようだった。
「生憎な」
「またどうして」
「想い人がおってのう」
急に声が小さくなる。そこにはそれまで彼女が見せたことのない感情があった。
「それでな。この姿のままでいたいのじゃ」
「昔の話かしら」
「うむ」
また沙耶香の言葉に頷く。
「こう言えば笑うかのう。ずっと好きな人がいてのう。その人にずっとこのまま、魔力を使わない姿でいて欲しいと言われて。それでこのままなのじゃ」
「いいじゃない」
沙耶香は穏やかな笑みを浮かべて老婆のそんな純愛を肯定するのだった。
「そういう気持ちをずっと持っているなんて」
「笑わないのか」
「どうして?」
沙耶香は今度はその目を微妙に光らせてきた。
「笑う必要があるのかしら」
「こんな婆がまだ恋をしておって。おかしくはないのか」
「女は幾つになっても心は少女よ」
その穏やかな笑いのままでの言葉であった。
「恋をするのもね」
「いい言葉じゃな」
「私の持論よ」
これは事実であった。沙耶香は常にこう主張する。そう言ってすぐに通り掛かった美女や美少女を篭絡してその心と身体を堪能するのであるが。
「幾つになっても恋をする。私もね」
「ではここでもじゃな」
「勿論」
笑みがまたあの妖しいものになる。誰かを誘うような、そうした笑みに。
「じゃあそろそろね。事件を探りながら」
「ニューヨークの花達を楽しむのか」
「さて、どんな花達かしら」
楽しげな言葉であった。
「夜の花も昼の花も。どちらもね」
「心ゆくまで堪能するのじゃな」
「そうよ。辿り着いたその場所の」
ここで右手を前に出しその中に一輪の花を出した。それは黒百合であった。
「気に入った花は全て味わう。それが私だから」
「好きじゃのう、全く」
「最近はね。どうもそちらばかりね」
自分でも言う。実は沙耶香は男も好きなのだ。所謂両刀使いだ。しかし今は常に女を抱いている。これは側を通り掛かりその目に入るのが女であるに過ぎないが。また沙耶香はそれを笑顔で受け入れる女であった。女の肌と香りもまた深く愛しているからである。
「けれど。それもよしよ」
「左様か。では楽しむのじゃな」
「ええ。同じように」
目がさらに細まる。今度は血を欲するように深紅の光を放つ。その光は花達を見るものとはまた違っていた。だが宴を見る目ではあった。
「そのピエロとも。ダンスを楽しんで来るわ」
そこまで言って姿を消した。沙耶香は一輪の黒百合を手に今摩天楼へと戻ったのであった。
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