黒魔術師松本沙耶香 仮面篇
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28部分:第二十八章
第二十八章
「そのことに」
「ええ、わかるわ」
答えると共にすっと姿を消す。沙耶香自身も。
「私もそれを得意とするから」
「ふうん。それじゃあ」
沙耶香は上に飛んでいた。見ればそこに道化師がいた。彼は高らかに跳躍してそこから沙耶香を狙うつもりだったのだ。その証拠にその手にはあの刀がある。
先程沙耶香が放った紅い稲妻はもうかわされていた。ただ黒い虚空を紅く染め上げているだけであった。その中で激しい音を立てて荒れ狂ってはいたが。
「同じなんだね。そこも」
「そうね。確かにね」
沙耶香は宙に舞いながら道化師の言葉に答える。それを否定しはしなかった。
「けれど。嗜好が違うわね」
「それが残念だけれど」
道化師は反対側の壁を蹴った。そうして宙に無数のビー玉を放った。闇夜の中にガラスの眩い輝きが映えた。
「けれど別にいいや。お姉さんも僕のコレクションの一つになるんだし」
「そうらしら。私はそんなつもりはないけれど」
「お姉さんにそのつもりはなくてもね」
そのビー玉を踏み場にして。跳躍をはじめてきた。
「こちらはもう決めているから」
「そうなの」
沙耶香はその言葉を聞いても一向に焦る様子も怯える様子も見せない。相変わらず落ち着いた様子で今度はその背に黒い巨大な翼を生やしたのだった。
「今度は天使になったんだね」
「悪いけれど私は天使ではないわ」
その翼は炎の翼であった。漆黒の地獄の炎の翼である。
「それはこれを見ればわかるわよね」
「そうだね。確かに天使の羽根じゃないね」
道化師は上を跳びながら答える。ビー玉の位置のせいかかなり複雑な動きを見せている。
「堕天使だね」
「否定はしないわ」
翼をはばたかせながら言う。
「むしろ心地よい言葉だわ」
「そうなんだ。それでその羽根をどう使うのかな」
「ただこれで羽ばたくだけじゃないわ」
堕天使らしい退廃的な笑みであった。うっすらとであるが酷薄な趣きのある妖艶さも併せ持つ。そうした笑みで言う言葉はまさに堕天使のそれであった。
「貴方が考えているようにね」
「ふうん。何をしてくれるのかな」
「こうするのよ」
その言葉に応えて翼をはばたかせた。するとそこから無数の黒い羽根が放たれたのであった。まるで黒い流星達が放たれるかのように。
「さあ。これはどうかしら」
「凄いね」
道化師はそれを見て面白そうに声をあげた。
「燃える羽根がこんなに」
「多ければいいというものじゃないけれどね」
沙耶香が自分でそれを言う。
「それでも。数で押すのも大事よね」
「そうだね。、矛盾するけれど」
その無数の炎の羽根が道化師に襲い掛かる。とてもかわせないかに見えた。
「けれどね」
また消えた。陽炎の様に。
「消えたのね」
「そうだよ。また」
またしても声だけになった。だが妖気は残っていた。
「そう簡単にはいかないよ、今度は」
「今度もなのね。視界から」
「流石にこれは簡単にはいかないよ」
動きが早くなっているのがわかる。沙耶香もそれがわかっていた。だがそれで彼女は翼を生やしたままそこに留まるだけであった。
「さあ。いよいよ」
「生憎だけれど私の顔は顔だけよ」
沙耶香は妖しく微笑んで述べた。
「だから。貴方にもやられはしないわ」
「けれど。それは無理だと思うけれど」
下からだった。不意にあの刃が襲い掛かってきた。
投げられたものなのは言うまでもない。沙耶香はそれを首を後ろにやることでかわすのだった。余裕に見るがそれは紙一重であった。
「危なかったわね」
「あれをかわすなんて流石だね」
今度は上から声がする。もう移っているらしい。
「けれど。何時まで続くかな」
「だから何時までもよ」
翼をはためかせて答える。
「こちらには翼があることを忘れないことね」
「その羽根のことはもう知ってるよ」
闇の中にくぐもった笑い声が響く。
「悪いけれどね」
「あら、それも全部かしら」
「当然だよ」
笑い声はまだ続いていた。
「だって。それしか考えられないじゃない」
「甘いわね」
沙耶香はそれを聞いて呟くのだった。
「さっきのだけでわかったなんて」
「違うの?」
「残念だけれど違うわ。この翼は飛ぶ為と羽根を飛ばすだけのものではないのよ」
「ふうん。そうなんだ」
道化師の声はそれを聞いても一向に焦った様子はなかった。
「だったら。それも見せてよ」
「見たいのね」
「うん」
また笑い声を含ませて答えてきた。
「早く。僕に見せてよ」
「じゃあ。行くわよ」
その声と共に背中の黒い翼が大きく羽ばたかれた。するとそれが瞬く間に無数の羽根に変わり天に向かって放たれたのであった。
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