黒魔術師松本沙耶香 仮面篇
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26部分:第二十六章
第二十六章
見れば金色のショートに青い目を持つ黒人の美女であった。白いタンクトップに青いデニムのミニの下は素足であった。見事なプロポーションを露わにして一人踊っていた。それを見ているとどうやら一人で練習しているようであった。
沙耶香はその美女に声をかけた。妖しい笑みをそのままに。
「少しいいかしら」
「何かしら」
美女は沙耶香の言葉に踊りを止めた。そうして顔を向けてきた。
「ダンサーなのね」
「ええ、そうよ」
沙耶香の言葉に答える。
「それで練習で踊っていた。そうね」
「話さなくてもわかっているのね」
「ええ」
妖しい笑みをそのままに頷く。
「その通りよ。そして」
「言いたいことはわかってるわ」
妖しい笑みをそのままに答える。
「だって。その笑顔を見たら」
「話が早いわね」
美女の言葉にその妖しい笑みをさらに深めさせてきた。
「そうよ。ここは誰もいないわ。だから」
「まさかいきなり同じ世界の人に会うなんてね」
「同じ世界にいるからよ」
黒人の美女にまた答える。
「同じ世界にいる者は互いを呼び合うもの」
「そうなの。初耳よ」
「だったら覚えておくといいわ」
足を少し踏み出して耳元で囁いた。
「そしてもう一つ」
「何かしら」
「穢れを極めればそれもまた美になるのよ」
「それはわかるわ」
美女は沙耶香のその言葉には素直に頷いた。彼女と同じ笑みを浮かべて。
「だから。今ここに来たのよ」
「それはいいとして」
美女は沙耶香のそれは受けた。だがもう一つ問題が存在していた。
「ここでするのかしら」
「何処がいいの?」
妖艶な笑みで問い掛ける。
「ここが嫌なのなら」
「別の場所に行きましょう」
自分から誘うのであった。そこは。
「いいホテルを知っているわ」
「ホテルなのね」
「ええ」
妖しい笑みを浮かべる沙耶香に対して同じ笑みで返す。
「それでどうかしら」
「悪くはないわ。けれど」
だが沙耶香はここで言うのであった。
「ホテルならもっといい場所を知っているわ」
「そうなの」
「ええ。このブルックリンなら」
そっと美女にまた一歩近付く。そうして耳元でまた囁いた。
「私は多分貴女よりいい場所を知っているわ。どうかしら」
「随分とブルックリンに詳しいようね」
「ええ」
笑みの中の妖しさが増していく。それは沙耶香の黒と混じり合い絶妙なまでの妖艶さとなっていたのであった。まるで美女もその妖艶さで包み込むようであった。
「それなりにね。それじゃあ」
「じゃあ。それでいいわ」
美女もそれに乗る。沙耶香の魔術に堕ちたのではなく自らの考えで。
「では二人で」
「ええ。二人で」
沙耶香は言いながら左手をさっと振った。するとそこには黒薔薇が一輪現われた。どちらかというと紅に近い、そうした色の黒薔薇であった。
「薔薇なのね」
「黒だけれど。いいかしら」
そう美女に問う。
「よかったら貴女にあげるけれど」
「ただの黒薔薇ではないわね」
美女はすぐにそれを見抜いた。見ればその薔薇は確かに普通の薔薇ではなかった。
「水晶で作られた薔薇ね」
「わかったのね」
「ええ。その輝きでね」
見ればその薔薇は独特の輝きを見せていた。黒い光を放ってそこに咲いている。しかも水晶は本物であった。水晶の薔薇の光が美女の顔をも照らし出していたのであった。
「わかったわ」
「薔薇を一輪。その胸に」
そう美女に告げる。
「そして今から」
「ええ。今から」
二人で言葉を重ねさせていく。
「二人で快楽を」
沙耶香は美女の胸にその黒水晶の薔薇を捧げて何処かへと消え去った。暫くして彼女が姿を現わしたのはブルックリンにあるホテルの前であった。このブルックリンではとりわけ有名な高級ホテルである。その前に姿を現わしたのである。
「さて、と」
ホテルから出たところで懐から時計を取り出す。それは銀の鎖で繋がれた黒い懐中時計であった。それで時間を見たのである。
「もうそろそろいいわね」
時計を見て呟く。既に周りは太陽のぬくもりが消えており赤から紫になり、そこから黒になろうとしていた。そうした時間であった。
「それじゃあ」
時計を収め煙草を出して指から出した火を点ける。そうして煙草を美味そうに吸いながら何処かへと向かうのであった。その身体に濃厚な退廃をまといながら。
ブルックリンは夜の闇に包まれていた。その中の黒がかった煉瓦の建物を左にした寂しい場所に彼女がいた。沙耶香はそこを一人で歩いていたのであった。
灯りもない。この日は月さえ姿を現わしてはいない。夜の闇だけがそこにある。人気なぞ何一つなく鼠の気配さえない。だが沙耶香はそれでもそこを前に進むのであった。
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