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黒魔術師松本沙耶香 仮面篇

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23部分:第二十三章


第二十三章

 そのサウスブロンクスを歩く。やはり沙耶香に絡んでくるような相手はいない。彼女はそのまま道を進むのであった。
 やがて脇道に入る。脇道も思ったより奇麗だ。誰もいない脇道は静かで歩くのにも特に困りはしない。沙耶香はそこを進んでやがてさらに脇に入った。すると広場に出た。バスケットゴールがありコンクリートで整備されていた。サウスブロンクスとは少し思えないその場所では黒人の若者達がバスケットに励んでいた。彼等はすぐに沙耶香に気付き声をかけてきた。
「何だよ姉ちゃん」
「俺達に用かい?」
「スクールでのバスケットの練習かしら」
 沙耶香はまずは彼等に答えずに逆にこう問い返してきた。
「ああ、まあな」
「そうだけれど」
 黒人の若者達はそれに頷く。見れば黒人だけでなく白人やヒスパニックの若者もいる。顔を見ればそれで彼等が高校生位だというのがわかる。
「だからといってスカウトじゃなさそうだな」
「一体何なんだい、あんたは」
「魔法使いよ」
 うっすらと笑ってそう答えるのだった。
「日本から来たわ」
「日本の魔法使い!?」
「何か聞き慣れない言葉だな」
 彼等は沙耶香の名乗りに顔を顰めさせた。
「そんなのいるのかね」
「大体こんなところに日本人がふらりと来るのもおかしいな」
「いや、それは別におかしくはないんじゃないのか?」
 彼等は口々にそう話をはじめた。
「日本人は結構何処にでも現われるしな」
「ニューヨークでも多いしな」
「けれどわざわざこんなところまで来るか?」
 そんな話をしていた。無論英語でだ。
「あんた、何しに来たんだ?」
「観光なら悪いがここはまだあまりよくはないぜ」
「観光ではないわ」
 沙耶香は微笑んで彼等にそう答えた。
「また違う目的なの」
「スカウトじゃないよな」
「魔法使いがバスケットをスカウトなんて有り得ないしな」
「残念だけれど違うわ」
「やっぱりな」
 彼等はそれを聞いても特に驚いた様子もなかった。当然だといった態度であった。
「じゃあ何でここに?」
「そうだよな。またえらく女には見えない格好だけれど」
「日本じゃ女の子はそんな格好をしているのかね」
 彼等はそんな話をはじめた。どうにも沙耶香の存在が奇妙に思えて仕方がないようである。それが言葉にもはっきりと出ていた。
「まあいいや。それでさ」
「ええ」
 彼等自身の話はどうでもよかった。沙耶香にとって肝心なのは彼等との話であったのだ。
「あんたがここに来た理由は何だい?」
「よかったら教えてくれないか」
「ここで女の子がいるような場所はないかしら」
 それが沙耶香の聞くところであった。
「女の子かい?」
「ええ。ここじゃないかなって思ったのだけれど」
 公園を見回す。ところがここには恩なのは誰もいないのであった。沙耶香はそのことに内心落胆していたのであるがあえて顔には出さなかった。
「どうやら違うみたいね」
「生憎ね。ここはむさ苦しいところなんでね」
 中々整った顔立ちのヒスパニックの若者が答えてきた。その手のバスケットボールを指先でくるくると回転させながら。
「女の子はいないさ」
「そうなの。わかったわ」
「女の子ならここを出て暫くしたところだな」
 黒人の若者が後ろにある公園の出口を親指で指差してみせた。
「そこに俺達のスクールがあるからさ」
「まあそこに行けばクラブで誰か残ってるさ」
 白人の若者も言う。
「チアガールとかそんなのがさ」
「チアガールね」
 沙耶香はチアガールと聞いて顔を少し綻ばせた。笑顔だがやはりそれは沙耶香の笑顔であった。何処か獲物を前にして微笑む感じであった。
「それは面白いわね」
「面白いのかね」
「ええ、面白いわ」
 彼等に対しても目を細ませて述べる。何かを期待する目であった。
「それだと色々と」
「たださ、まだ警官がいるかも知れないけれどな」
「そっちは気にしないでくれよ」
「警官?ああ、あれね」
 何があったのかはわかっていた。あえて聞かなかったのだがそれでも若者達が自分達からそれを言うのだった。沙耶香もそれを読んでいたが。
「知ってるみたいだな」
「まあそうだろうな」
 彼等は沙耶香の態度をそう解釈してまず仲間内でまず言い合った。
「かなり有名になってるしな」
「仕方ないか」
「一応そうした話はあったけれどさ」
 彼等は仲間内で話をした後で沙耶香にも言ってきた。
「気にしないでくれってのは無理か」
「だろうな」
「別に気にはしていないわ」
 しかし沙耶香はあえてこう述べてみせた。
「少しは気にしているけれど」
「少しか」
「ええ、少し」
 少しと言っても程度があるのだが。それについてはあえて言いはしなかった。これは嘘ではなく言葉のレトリックである。沙耶香はそれを使っただけだ。言葉の魔術を。
「けれど少しだから安心していいわ」
「まあそれならな」
「じゃあな。日本人のお姉さん」
「ええ。機会があればまた」
 前を進み若者達と別れる。その時に振り向いて挨拶を述べるのであった。
「会いましょう」
 挨拶を告げると学校に入った。アメリカの学校らしくかなりオープンな感じであり中も日本の学校に比べるとかなりカラフルであった。沙耶香はその学校の中をまるで最初からそこにいるかのように自然に歩いていた。学校の中はクラブで遊んでいる若者達でまだあちこちごったがえしていた。沙耶香はその中でグラウンドの奥にある体育館に向かったのであった。見ればそこでは赤と白のユニフォームに身を包んだチアガール達が練習に励んでいた。その中で一人の黒い髪と目の切れ長の目の少女がいた。沙耶香は彼女に声をかけるのであった。
 
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