黒魔術師松本沙耶香 仮面篇
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
18部分:第十八章
第十八章
「ここなのね」
「御気に召されませんでしたか?」
「いいえ」
そういうわけではない。それを顔に現わす。
「いい感じね。それで悪いけれど」
「何か?」
「夜食が欲しいわ」
穏やかに笑ってこう述べてきた。
「少し身体を動かしたから。いいかしら」
「はい。それでしたら」
ホテルマンはそれを受けてすぐに動きだした。
「暫くお待ち下さい」
「ワインもね」
そのうえでワインも頼んだ。
「二本頂くわ」
「赤でしょうか、白でしょうか」
「ロゼね」
沙耶香が今回選んだのはロゼであった。赤でも白でもなかった。
「どちらも。それで御願いね」
「わかりました。それで夜食は何を」
「鴨がいいわ」
何気なくだが少し考えた目になっていた。右手の人差し指を横にしてその妖しい美しさを醸し出している唇に当てていた。
「オリーブ煮を。それとポタージュ。サラダは」
「サラダは?」
「ポテトサラダね」
そこまで決めた。流れは実に流麗であった。
「あとパンは白で。バターでね」
「はい、それでは暫くしてお持ちしますので」
「ええ、御願い」
こうして注文を終えとりあえずはソファーの上に腰を下ろした。すぐにホテルマンが来るので服は崩さない。そのままの姿勢で今日の闘いを振り返っていたのであった。
「ある意味わかりやすいわね」
それが闘いから感じたことであった。
「狙いが決まっているっていうのは」
道化師をその目の中に映し出していた。そこで見えている道化師の動きは全て彼女の中に入っていた。素早く殺意に満ちトリッキーであるがそれでも彼女はそこに法則を見ていたのであった。
「だったら。楽かもね」
そこまで言って笑った時だった。夜食が届いたのであった。
「あら、早いわね」
「そうでしょうか」
さっきと同じホテルマンであった。沙耶香の言葉に応えてきた。
「それ程とは思いませんでしたが」
「早いのはいいことだけれどね」
沙耶香は微笑んで言葉を返しながらテーブルに着いた。白地に桃色の花がある絨毯の上を歩きそうして移動した。そこにサラダにスープ、そしてテリーヌと鴨が置かれた。勿論ワインもそこにある。
「一人にして欲しいのだけれど」
「御一人でですか」
「ワインも一人で入れるし」
それが沙耶香の申し出であった。
「それで駄目かしら」
「いえ」
ホテルマンはその申し出に首を横に振った。
「そう申されるのでしたら」
「悪いわね。終わったらまた呼ぶから」
「はい」
沙耶香のその言葉に頷く。
「それではまた」
「そして」
ここで手から何かを出した。それは封筒であった。
「チップですか」
「少ないけれどね」
アメリカのホテルではチップは札を封筒に入れて出すことがわりかし多い。沙耶香はそれに倣ったのである。時として宝石やそうしたものを出すが今回は札を出したのであった。
「どうぞ」
「有り難うございます。それでは」
「ええ。またね」
沙耶香は夜食と美酒を楽しんだ後でまたホテルマンを呼んで食器とボトルを下げさせてもらうとシャワーを浴びて一糸纏わぬ姿となりベッドの中で眠った。朝起きた時はもう清々しい朝であった。
その白い裸体を起こす。目の中に眩い光が差し込んで来た。
「あまりニューヨークの朝らしくはないわね」
それが彼女のこの朝への感想であった。
「どうにも。もっとけだるくて退廃的な朝だと思ったのだけれど」
沙耶香はそちらの方が好みである。しかし今更言ってもはじまらない。
そのままの姿でシャワーを浴びて服を着る。そうしてホテルを後にするのであった。
ページ上へ戻る