黒魔術師松本沙耶香 仮面篇
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17部分:第十七章
第十七章
落ちようとするところで慌てて木の葉を出した。それを踏み台にして跳び上がりそうしてそのまま教会の十字架の上で止まるのであった。
「危なかったよ。もう少しで落ちるところだった」
「カメレオンね」
十字架の上に立つ道化師に対して声をかけた。
「貴方が姿を消していた理由は。それね」
「その通りさ」
道化師は悪びれずに沙耶香に述べた。
「自分の色を周りに同化させていた。それで」
「よくわかったね、それが」
「木の葉でね。わかったのよ」
また木の葉を言葉に出してきた。
「木の葉で?」
「ええ。木の葉が跳ねたから」
そこであった。
「それでいるってわかったのよ。つまり貴方の実体は動いている。そうね」
「ふふふ、姿は見えなくても動きはわかったんだ」
「そういうことよ」
沙耶香は周囲と同じ色になっていた道化師を見ようとはしていなかったのだ。だが彼が木の葉やナイフを使って跳び回るのを見ている為その木の葉が跳ねるのを見てそこにいるのを見破ったのである。そういうことであったのだ。
「これでわかったかしら」
「うん、よくわかったよ」
道化師は悪びれずに述べた。
「凄いとしか言いようがないよ」
「褒めても何も出ないわよ」
さも当然といった感じの口調であった。
「生憎だけれどね」
「自信かな、やっぱりそれって」
「自信だけれど。根拠のある自信よ」
そういうことであった。
「さて。それじゃあ次はどう来るのかしら」
紅い雷を手に宿らせたまま問う。
「まだ闘うつもりなら。喜んで相手をするけれど」
「何か気が変わっちゃったよ」
ここで不意に気紛れを述べてきたのであった。
「今日はこれで変えるよ」
「あら、もうなの」
「うん、また今度ね」
飄々とした声と物腰で沙耶香に述べる。そのまま十字架の上にいるが。
「今度会う時は」
「私の顔を、というわけね」
「そういうこと」
無邪気な声になっていた。それと共に邪悪がこもっていた。
「それじゃあまたね」
気配が消えていく。それで終わりであった。道化師は気紛れにその場を後にした。そしてそこに残るのは沙耶香ただ一人となったのであった。
残った沙耶香はとりあえずは宙に留まっていた。だが相手もいなくなったのでとりあえずは教会の上に舞い降りたのであった。
教会の上は静かだった。何もなかったのようであった。
「やれやれと言うべきかしら」
一休みといった感じで煙草を出した。指から火を出してそれで煙草の火を点けた。
「まずは終わりね」
煙草を吸う。まずは美味い煙草であった。
「けれど」
煙を吐き出しながら呟く。口からの白い煙と煙草からの青い煙が闇の中に漂う。
「まだ相手は残っているし。何事もこれからね」
そう呟いて煙草を吸い終えた。それからすっと姿を消した。彼女が次に姿を現わしたのはタリータウンであった。そこにある城の前にいた。
入り口の左手にはチェス盤が再現されている。闇の中に浮かび上がる白と黒のコントラストは幻想的な童話を思わせるものであった。
「不思議の国のアリスね」
沙耶香はそのチェスを見て呟いた。
「ただ。ここにはアリスはいないようだけれど」
この城はホテルである。かつてはカトリックの男子寮であった。そこに入るとすぐにホテルマンが二人やって来て彼女の案内をするのであった。
「予約はしておられるでしょうか」
「ロイヤルスイートだったかしら」
沙耶香は何気ない素振りでこう言ってきた。
「確か」
「それでは」
「日本から来られた」
「ええ」
ホテルマン達の言葉に答える。
「沙耶香よ。松本沙耶香」
そうして自らの名を名乗った。
「予約はしてあるわね」
「はい、こちらに」
ホテルマンの一人がファイルを見ながら答えた。
「確かにあります」
「それでは」
もう一人が案内する。そうして沙耶香はそのロイヤルスイートに入るのであった。部屋の中はカトリックの趣きは少なくむしろ家の感じがした。落ち着いた造りであった。
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