黒魔術師松本沙耶香 仮面篇
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16部分:第十六章
第十六章
「そうなら」
「けれど私はここにいるわ」
また沙耶香の声がした。
「間違いなくね。さあ、何処にいるのかしら」
「ふうん。どうやら」
道化師はここでふと思った。
「目に見えるものを信じちゃいけないみたいね」
「目なのね」
「うん、だからお姉さんがわからない」
彼はそう結論付けた。そうして今度はその目を閉じるのであった。仮面の中で光る筈の光が消えた。道化師が目を閉じたのがわかる。
「見えないよ。けれど」
その中で言うのだった。
「お姉さんが見えてきた。お姉さんは」
「さあ。何処にいるのかしら」
「そこだねっ」
宙に浮かぶ月めがけてナイフを投げた。白銀の満月に一本のナイフが吸い込まれる。それは月の光を浴びて眩く輝いていたのだった。
月をナイフが貫く。だが月は急に消えてそこには何もなかった。
その隣に沙耶香が現われる。月が消えて沙耶香が姿を現わす形になっていた。
「かわしたね」
「そうよ。よくわかったわね」
沙耶香は相も変わらず余裕の笑みを見せて道化師に対して言った。
「私が月として化けているなんて」
「それは簡単だったよ」
道化師は笑ってそう返す。ふわふわと舞う木の葉の上に立っていた。その上で腕を組み悠然と宙に浮かんでいたのであった。
「だって。今まで月はなかったじゃない」
「ええ、そうよ」
沙耶香は笑ったままその言葉に答えた。
「あえて魔術でそう見せていたのだけれどね」
「幻の術だね」
道化師にはそれが何の術かすぐにわかった。
「それで隠れていたんだ」
「そうよ。ただ」
「ただ?」
「私の術は特別よ。これで終わりだと思えるのかしら」
「じゃあまだ術を使っているんだ」
「かも知れないわよ」
惑わせる笑みであった。その笑みで道化師の仮面を見ていた。見ればもうその仮面から光が見えている。目を開いているということがそこからわかった。
「ひょっとしたらね」
「じゃあ。今後はどうしようかな」
「生憎だけれどどうこうする必要はないわ」
こう言葉を返した。
「こちらも。そろそろね」
「そろそろ?」
「仕掛けさせてもらうわ」
そこまで言うと姿を消した。また何処かへと姿を消したのだった。
「こちらも。さあ」
「今度はお姉さんから攻めて来るんだ」
「私の攻めは厳しいわよ」
紫苑の夜の中で沙耶香の声だけが聞こえる。その中で何かが煌いた。
「んっ!?」
それは青い氷であった。氷の刃を小刀にして道化師に向けて放ってきたのだ。
「氷・・・・・・」
「ナイフと違ってこれは少し厄介よ」
また闇の中から沙耶香の声がした。
「煌くことは煌くけれどそれはナイフ程ではないし」
「そうだね」
それは道化師にもわかる。しかし彼はそれを知っても動じてはいなかった。
「見えにくいしそれに闇にも溶け込むし」
「そう。そこに見えている氷が全てではないわ」
つまり浮き出ているものもあれば見えてはいないものもあるのだ。これこそが沙耶香の魔術であったのだ。
「見えていないものもね」
「闇の中にもあるってことだね」
「貴方に相応しいと思うけれど。同然私にも」
闇の住人である道化師に対する言葉であった。それと共に闇の中で花を愛でる彼女自身に対しても言うのであった。つまり自分自身への言葉でもあったのだ。
「どうかしら、それは」
「そうかもね。ただ」
道化師はそれを言われてもまだ余裕を見せていた。
「僕もこの程度は避けられるから」
「またナイフを使うのかしら」
「それだと芸がないよね」
そう沙耶香に言い返した。
「だからここは」
「ここは?」
「こうすることにするよ」
木の葉の上で宙返りする。そうしてそのまま闇の中に消えた。
「消えた!?まさか」
「消えたといってもお姉さんのそれとは違うよ」
今度は道化師の声が闇の中に響いた。
「少しね。それがどう違うかわかるかな」
「手品かしら」
「まあ近いね」
あえて答えは言わない。それでも状況を楽しんでいるのはわかる。
「けれど。それでも違うんだ」
「気配は感じるわ」
沙耶香はそれは感じていた。だから彼がまだ戦うつもりだと認識していた。その為その手には紅い雷を漂わせていたのであった。それがバチバチと闇の中で音を立てていた。
「来るつもりね」
「まだ楽しみきっていないから」
これが道化師の考えであった。彼はあくまで闘いや顔を切り取るのを楽しみととらえていたのである。もっともそれは沙耶香とて同じことであったが。
「だからね」
「そう。じゃあ来るのね」
氷は全てかわされてしまった。もうそこにはいなかった。
「今から」
「どう来るかは内緒だよ」
闇の中で笑い声だけがする。
「言ったら楽しくないしね」
「そうね。それは私も同じこと」
今度は沙耶香が闇夜の中に姿を現わしていた。夜の闇の世界にその姿を浮き立たせたままそこに漂っている。黒い服が闇夜と同化し白い顔と紅い目だけがそこにあるように見えていた。
「さあ。早く来て欲しいけれど」
「言われなくてもね」
下から気配が来た。
「こうしてあげるよ」
それはすぐ側にあった。首元から上にかけて刃が振り上げられる。それで沙耶香の顔を切り取ろうというのだ。
沙耶香はそれを身体を反らせてかわした。あともう少し遅ければそれで顔が切り取られていた。まさに紙一重の差であった。
「身のこなしもいいんだね」
「運動はかかしていないから」
身体を反らせてそのまま一旦姿を消す。そうして少し後ろに姿を現わすのであった。
「これでもね」
「どんな運動なのかな」
「ベッドの上での運動よ」
姿を現わしてすぐにそこで妖しい笑みを浮かべるのであった。
「相手が必要だけれどね」
「よくわからないけれどお姉さんの好みは普通じゃないみたいだね」
道化師もそれは感じ取っていた。だがそれは勘によるものではなかった。
「匂いでわかるよ」
「ふふふ、匂いなのね」
「だって香水の香りが何個かあるから」
そういうことだった。沙耶香は自分の付けている香水の香りの他にも常に幾つかの香水の香りを身に付けている。それ等は全て彼女が抱いた美女達のものである。
「それに肌の香りもね」
「いいものよ」
目と唇がまた細まった。
「奇麗な女の人の香りも肌もね。身に纏うというのは」
「僕にはわからないね」
だがそれは道化師の好みではないようであった。
「肌と肌を重ね合うなんて面白くないよ」
「そうなの。それが一番いいのに」
そんな彼の言葉を笑って否定するのだった。
「悲しいことだわ」
「僕は別に悲しくないからいいよ」
姿を消したまま述べる。
「お面さえあればいいから。だから」
また動いてきた。それがわかる。
「今度こそ。貰うよ」
「あげるつもりはないわ」
沙耶香はその場に留まったまま述べる。
「だって。貴方の隠れ方がわかったから」
「僕の隠れ方?」
「ええ。ほら」
宙を舞う木の葉を。黒い炎を投げて焼き消したのであった。
「木の葉を!?」
「さあ、足場は消したわ」
そのうえでこう述べた。
「足場を消したなら」
「くっ」
慌ててナイフを出す。そこにまた黒い炎を投げる。
「そうするのはわかっていたわ」
炎が何かを撃った。その塗炭道化師は闇の中から姿を現わしたのであった。
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