黒魔術師松本沙耶香 仮面篇
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11部分:第十一章
第十一章
「呼べば悪徳の罪を犯されたと言われるのは貴女よ」
「貴女、まさか」
「貴女の心はわかっているわ」
そのブラックルビーの目で覗き込んでいるのは美貌だけではなかったのだ。彼女の心もまたその輝きの中に見ていたのであった。
「カトリックね」
「はい」
マネージャーは沙耶香から目を離さずに答えた。
「ですから」
「女同士で肌を重ねることは罪」
わかったうえでの言葉であった。相手の罪の意識を煽って楽しんでいた。
「そうね」
「だからです」
毅然として沙耶香に述べた。
「私はとても」
「今はそれが言えるわね」
だが沙耶香はその言葉を一笑に伏しこう述べるのであった。
「今はね」
「これからもです」
また強い声で言い返す。
「その様な罪を犯すわけには」
「いえ、犯すわ」
沙耶香はあえてこう言ってマネージャーの心に入る。この時は強引に。
「きっとね。今から」
「まさかこれから」
「いえ、それはないわ」
犯すつもりはない。沙耶香の主義ではない。彼女はそうしたことは好まないのだ。
「安心しなさい、それは」
「では一体」
「すぐに気持ちが変わるわ」
妖艶な笑みを浮かべながらの言葉であった。
「これからね」
「どうやって私の気持ちを」
「これでどうかしら」
まずは相手の左手に回している左手を動かしてきた。愛撫であった。
「ひっ」
「これはまだ大丈夫のようね」
「まさかそれで」
「ええ、そうよ」
妖しい笑みは続く。今度は右手も使ってきた。
胸を。首を。愛撫しながらその肌の色が白から紅に変わっていくのを確かめていた。
「もう変わってきたかしら」
「違います」
言葉ではそれを否定する。
「そんなことは」
「そうかしら」
だが肌は嘘はつかない。それがわかっているからこそさらに手を動かすのだった。
「そろそろ。気持ちが変わることに」
「決して」
「誰でも口ではそう言うのよ」
彼女の決死の抵抗すら笑っていた。そうして徐々に追い詰めていくのだった。
「けれど他の部分は」
「どうだと仰るのですか?」
「違ってきているわ」
その目を覗き込んできた。
「全くね。その証拠に」
「あっ」
背筋を触られ思わず声をあげた。
「ほら、声にも」
「これは。触られたから」
「触られたから。何かしら」
わかっていて言葉の隙間に入る。
「どうだというのかしら。聞きたいわ」
「そうして。私を少しずつ」
「嫌なの?」
言葉の隙間に入ったうえでさらにそこに付け込む。それもまた魔術であった。
「少しずつは。それなら」
「それなら」
「すぐにでも。最後まで」
言葉は相手の心の奥底にまで達していた。そうしてその奥底から攻めるのだった。
「いってもいいけれど」
「ここで、ですか」
「場所は何処でも」
また囁く。
「何処でもいいのよ。どうかしら」
「ここは」
遂に言う。陥落しようとしていた。
「ここは人が来るかも知れないですから」
「駄目なのね」
「隣の楽屋が空いています」
遂に言った。
「そこなら。その部屋でしたら」
「わかったわ」
紅の唇を妖艶に歪ませて笑っていた。
「ではそこでね。それでいいのね」
「はい、そこで」
こくりと頷く。赤い顔で。
「御願いします」
「わかったわ。それじゃあ」
マネージャーを抱いて立ち上がる。そのまま彼女を隣の楽屋に導くのだった。
「行くわよ。いいわね」
「はい」
こうして沙耶香はマネージャーの身体を愉しむのであった。それが終わると彼女はシエナの楽屋にいた。そこでマネージャーを交えて話をするのであった。
「私のですか」
「ええ」
沙耶香はシエナに対してこくりと頷いて応えるのだった。
「そうよ。極秘にリークされたことだけれど貴女は狙われているわ」
「変質者にですか」
「そう。今夜ね」
そう彼女に告げる。
「それで私はこちらの方に頼まれて仕事を引き受けたの」
「マネージャーに」
「シエナ」
マネージャーはここでシエナの名を呼んだ。目が潤んでいて息が熱い。しかし何があったのかはシエナの知らないことであった。おかしいとは思いながらも。
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