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バフォメット

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8部分:第八章


第八章

「あそこにいる悪魔が。どうしてだ」
「そしてその悪魔は」
「何をしているのでしょうか」
 周りの者達はたまりかねて彼に問うた。あまりにも教皇がいると主張するから。
「言っておるのだ、わしに」
「何と」
「こっちへ来い、こっちへ来いとな」
「こっちへですか」
「神の代理人である私を地獄へ引き込むとな。そんなことがあってたまるものか」
「教皇様」
 彼のあまりもの狼狽に誰もが困惑していたが緋色の法衣の者が彼に言ってきた。枢機卿だ。教会においては教皇に次ぐ地位と栄誉を手に入れている者だ。
「まずはお休みになられて下さい」
「休むのか」
「そうです」
 こう彼に告げる。
「今は。宜しいでしょうか」
「そうだな。悪魔はまだ見ているが」
 枢機卿の言葉を受けることにした。とりあえずは。
「ではそうしよう。後は頼むぞ」
「はい、お任せ下さい」
 こうして教皇は共の者達に連れられてその場を後にする。後には枢機卿達が残るが彼等の困惑した顔はそのままであった。
「何がどうなったのだ」
「悪魔だと」
 顔を見合わせて言い合う。
「その様なものは見えない」
「何処にも」
 彼等には見えていなかった。何も。だから顔を見合わせて言い合っているのだ。しかしここで。その枢機卿が彼等に対して告げたのだった。
「いや、心当たりがある」
「何と枢機卿様」
「それは一体」
「雄山羊の頭を持っているのだな」
 彼がまず問うたのはそこであった。
「そして女の乳房を持っている。そうだな」
「はい、教皇様の御言葉ですと」
「その通りです」
 そこにいる者達は口々に彼の問いに答えるのだった。
「ですがその様な悪魔は」
「聞いたことがありません」
「テンプル騎士団の悪魔だ」 
 だが枢機卿は言った。その悪魔が何者なのかを。
「それだ」
「テンプル騎士団」
「あの異端の」
「そうだ。バフォメットだ」
 枢機卿はその悪魔の名を知っていた。これは彼が教皇の側に仕えているからだ。教皇が作り上げた悪魔だということも知っているのだ。
「それがその悪魔の名だ」
「バフォメットですか」
「それがその悪魔」
「しかし。何故だ」
 悪魔のことはわかった。だが枢機卿はそれでもわからないことがあった。それを呟かずにはいられなかった。
「何故あの悪魔が出て来たのだ。教皇様の作られた悪魔に過ぎぬのに」
「のろいでしょうか」
 誰かが言った。
「呪いか」
「はい、テンプル騎士団の」
 神父の一人がこう言うのだった。
「我等が陥れ殺していった彼等の」
「彼等の呪いか」
「違うでしょうか。そう考えれば有り得ますが」
「ううむ」
 枢機卿はそれを聞いて考える顔になった。真剣なものだった。
「確かにな。それは」
「考えられます」
 神父はそれをまた言う。
「だとすればフランス王も」
「そういえば」
 別の神父がここで口を開いた。
「何かあったのか」
「フランス王もまた近頃常に何かに怯え剣を振り回しているそうです」
「フランス王もか」
「やはり。何かあるのでしょうか」
「騎士団の呪いが」
 彼等が考えるのはやはりそれであった。
「覆っているのでしょうか」
「このバチカンをも」
「わからぬ。だが」
 枢機卿は周りの者達に対して言う。その頭を必死に振って何かを否定しながら。
「恐ろしいことがまた起ころうとしているのは確かだ」
「はい」
 他の者達もそれは感じていた。それから暫くして。まずはフランス王に異変が起こった。彼は昼も夜も休むことができなくなり遂に床の上でうなされる日々を過ごすようになっていた。
 その床の上で。彼は周りに控える者達にうわごとの様にこう繰り返していたのだった。
「呪いだ、呪いだ」
「呪い!?」
「そうだ」
 その整った顔は憔悴しきって痩せこけ髪も髭もかなり抜け落ちていた。その無残な有様で痩せこけてしまった身体を横たえ。そこで呻いていたのだ。
「呪いだ、騎士団達の呪いだ」
「騎士団達の」
「そうだ、その呪いにより余は死ぬ」
 彼は言った。
「地獄だ、地獄が見える」
「地獄がですか」
「三人の裁判官達がいる。そして」
 三人の裁判官はダンテの神曲に出る彼等であろうか。ラダマンティス、アイアコス、ミーノス。ゼウスの息子でありかつては王者であった者達だ。彼はそれを見ているのだろうか。
「騎士団の者達が。ぞっとする笑みで」
「いるのですか」
「血に塗れた顔で。拷問をそのままにして」
「何と」
「何と恐ろしい」
 誰もがそれを聞いて驚きを隠せない。
「あの騎士団の者達が」
「地獄に」
「余は。今からそこに行くのか」
 既に目は空虚を見ている。生者の目ではなくなっていた。
「呪いにより、罪により」
「陛下っ」
「御気を確かに」
「駄目だ。呪いからは逃げることはできぬ」
 王の言葉は今にも消え入りそうなものだった。
「これで。余は。地獄へ」
「陛下、陛下!」
「な、何という御顔だ」
 家臣達は王の最期の顔を見て凍りついた。それは恐怖にひきつり叫び声をあげるような顔だった。フランス王はその顔で事切れてしまったのだ。
 また教皇もそれは同じだった。彼もまた衰弱しきり恐ろしい顔で亡くなった。この時に彼が叫んだ言葉もまた実に恐ろしいものであった。
「バフォメット・・・・・・今私を地獄へ連れて行くのか!」
 不意にベッドの上から起き上がりこう叫びそのまま倒れ込んで死んでしまった。やはりその顔は恐怖により歪み目が大きく飛び出た恐ろしいものだった。こうしてテンプル騎士団を滅ぼした二人は怪死してしまった。
 テンプル騎士団が陥れられたこともバフォメットという悪魔が王と教皇の創作であることもわかっている。しかしそれ以上にわからないことがある。
 そのバフォメットという悪魔はそれからも姿を現わしたのだ。魔女達のサバトにおいてその姿は常にあり彼女達を悪の道へと誘っている。彼は本当に創作だったのか、それともそれが実際に悪魔として生を受けたのかどうかはわからない。だがこれだけは言えるであろう。悪意というものと時として実体になる。その実体を受けたのが今もサバトに姿を現わすバフォメットであるとしたら。それは奇怪では済まされない話だ。人が悪魔を生み出し、そしてそれを世に送り出すということなのだから。


バフォメット   完


                 2008・4・28
 
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