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朋友

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4部分:第四章


第四章

「そうだ、袁紹殿だ」
「袁紹殿か」
 別の一人がそれに続く。
「そうだ、袁紹殿ならばどうか。まず実績がある」
「そうだな」
 既に都で官職にあった折に様々な功績を挙げているのだ。黄巾の乱での功績もそこにある。
「そしてだ」
「そして?」
「四代に渡って三公を務められた家柄だ」
「袁家のだな」
「そうだな、確かに」 
 次に家柄が語られた。まずは実績とそれに伴う力、続いて家柄だった。その間誰も同じ袁家である袁術を見ようとはしなかった。
「我等の盟主に相応しいと思わぬか」
「そうだな、確かに」
「袁紹殿しかおられぬ」
「では決まりですな」
 彼等の言葉を聞いたうえで曹操が口を開いてきた。その時にちらりと袁術を見る。いじけた顔で袁紹を見ているだけで何も言えなかった。
「袁紹殿で決まりです」
「それが宜しいかと」
「異存はありません」
 まずは殆どの諸侯が応える。しかし袁術だけは黙っている。曹操は今度はその袁術に対して声をかけた。全ては計算のうちであった。
「袁術殿はどう思われますかな」
「むっ!?」
 曹操はここでその袁術に声をかける。すると彼は驚いた顔と声を見せた。その瞬間諸侯も彼に視線を集中させる。見事な演出だった。
「袁紹殿で宜しいでしょうか」
「よいのではないか」
 忌々しげな顔で顔を背けながら答える。
「それで。お歴々が認められるのなら」
「そうですな。それでは決まりですな」
「はい、ではこれで」
「我等の盟主は袁紹殿で」
 皆曹操の言葉に応える。これで話は決まりだった。それが全ての将兵の間で袁紹自らの口で告げられると歓声が起こる。これで完全に袁紹は盟主となったのだった。
 盟主になった彼は集っている将兵達の中を歩いていた。誰もが彼を褒め称えている。その横には曹操があり袁紹はその彼に声をかけていた。
「まさかな。こうも上手くいくとは」
「当然の結果だ」
 しかし彼は平然と袁紹に答えた。
「これもな」
「当然か」
「そうだ。前に言ったな」
「うむ」
 曹操の言葉に頷く。
「袁術なぞものの数ではないと」
「だがこうも簡単にな。決まるとは思っていなかったぞ」
「家柄を考えればか」
「そうだ」
 やはり彼はそれを言うのだった。だが語るその顔は憂いのあるものではなかった。しっかりとした強いものだった。その声もまた。
「やはり。それは大きいだろう」
「確かに大きい」
 曹操もそれは認める。
「袁術は名門袁家の貴公子中の貴公子だからな」
「そうだ。わしとは違う」
 同じ袁家であってもそうなのだった。
「だからあの男が名乗り出ればわからなかったぞ」
「名乗り出られる筈がない」
 しかし曹操は言い切った。
「そんなことがな。できるものか」
「できなかったか」
「そうだ。御前だからだ」
 曹操は言うのだった。袁紹に対して。
「袁術は御前には勝てない」
「袁家の名声はあの男に集まっていてもだな」
「御前自身の名声はそれよりも上だ」
 曹操は前を見据えていた。前を見据えながら語っていた。
「袁家の名声よりもな」
「そうか」
「御前の力だ」
 こうも言った。
「御前の力による名声なのだ」
「わし自身の」
「確かに御前は袁家の者だ」
 それも言う。
「そして妾の子だ」
「言いにくいことを次々と言うな」
「何、わしも宦官の孫」
 自らのことも言ってみせるのが流石と言えた。
「同じよ。そうであろう?」
「まあな。確かにそれはそうだ」
「しかし、御前は御前だ」
 やはり前を見据えたままの言葉だった。
「御前自身であることは誰も否定できない」
「では皆はわしだからこそ選んでくれたのか」
「そうだ」
 ここでもまたはっきりと告げた。
「御前だからだ。御前がわしだからこそ友人としてくれたのと同じだ」
「同じか」
「だからだ。袁術なぞ最初から問題ではなかった」
 また袁術を話に出してみせた。
「御前にとってはな。これからも」
「これからもか」
「御前と比べられるのはこの世で一人だけだ」
「一人だけか」
「そうだ」
 言い切ることが続く。
「一人しかいない」
「そうか。それではだ」
 話の必然だった。袁紹はその一人に興味を持ったのだった。そのうえでまた彼に問うた。
「その一人とは誰だ」
「知りたいか」
 ここで曹操の口元が微かに綻んだ。それは袁紹にも見えた。
「それが知りたいのか」
「そうだ。董卓か」
 これから倒しに行く相手だ。彼の名が出るのは必然だった。
「それは」
「あれもまたかなりの男だ」
 悪ではある。しかし悪を為すにはそれなりのものがなくてはならない。そうした意味で悪を極めるあの男はかなりの人物なのである。
「しかしだ。御前には劣る」
「では一体誰だ」
 あの男を否定されては袁紹もわかりかねた。眉を少しいぶかしげに歪めさせた。
「あの男でないとすると」
「その男は」
「うむ、その男は」
「ここにいる」
 やはりここでも口元が綻んでいた。
「ここにな。これでわかるか」
「ふむ、そうか」
 袁紹もそれを聞いて己の口元を綻ばせた。全てを理解した笑みだった。
「そういうことか」
「そうだ。それを忘れるな」
 曹操は前を見据えたままでの言葉を続ける。
「御前に対することができるのはこの世で一人だけだとな」
「うむ、よくわかった」
 袁紹も前を見た。二人は互いに前を見据えつつ言葉を交えさせる。
「ではわしもこれからは」
「その一人と対し続けるのだな」
「この命ある限りな」
 二人の前には太陽がある。巨大なそれは黄色い大地を照らしている。二人はその光を正面から受けていた。二人並んで。毅然として受けているのだった。互いに並び合い。


朋友   完


                   2008・5・10
 
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