Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第三五話 求道者の迷走
深夜の自室、壁に掛けられた二組の青と山吹の宮司の意匠を残す斯衛の軍服。そして部屋の中にはシャワーのくぐもった音が響いている。
バスローブに身を包んだまま寝具に腰かけ、手元の資料に目を通す忠亮。そこに記されていたのは唯依の父が設計開発を手掛け、彼女のもう一人の父ともいうべき巌谷が仕上げ、多くの衛士が流血を伴う実戦にて練磨した戦術機―――瑞鶴が写っていた。
「……先ずは、日本帝国の近接戦闘要求仕様負荷率の範囲で収まるかどうかだ。」
シャワーの水音が耳朶をたたく中で呟く。
日本帝国の戦術機はいずれも近接戦闘を念頭に置いているため、たとえ機動砲撃戦重視のアメリカ機であってもフレームやカーボニックアクチェーターの素材レベルでの耐久性を向上させる措置が取られている。
そのため、急激な加減速の負荷率に対し、改修をあまりせず新OSに対応させる事が可能だろう。シミュレータ上では無改修での対応が可能という計算結果が出ている。
しかし、シミュレータ上での結果なんぞ単なる目安。机上の空論だ。
実際に動かして検証を行わなければ戦術機には高価な棺桶以上の価値はない。
「――――」
恐らく、今開発中の新型管制ユニットが完成すれば、瑞鶴や武御雷、不知火といった国産機に真っ先に実装されるだろう。
その理由は機体製造のためのライセンスだ。ライセンス生産機は改修の際に開発元への許可の伺いと、技術開示の義務がある。
そのため、ライセンス生産機を独自に改修する際は開発国から備品を取り寄せての改修か、すでに枯れた技術による延命が行われるのが常だ。
「………瑞鶴、か」
斯衛の衛士として命を預け、数多の戦場を共に駆けてきた機体。
瑞鶴の機影と共に脳裏に浮かび上がる顔ぶれの殆どは既にこの世にはいない。
皆、忘れられない人たちだ。
しかし、その中でもより一層強く、鮮烈に浮かび上がる顔がある。
「師匠………ゆい。」
その苦い記憶の中でも飛び切りの苦さを持つ記憶がある。
おそらく、その記憶は己という存在が消えてなくなるまでこの脳髄を苛むだろう。
「―――いい機会かもしれないな。」
一人つぶやく、その脳裏には唯依とは違う女の微笑み。
そろそろ、けじめをつける時だろう。
そう決心したその時、シャワーの水音が途切れた。そして、ややしてバスタオルに身を包んだ唯依が湯気と共に出てくる。
どちらからともなく、視線が交わる。
「あの、お湯をいただきました。」
もはや恒例のやり取り、バスタオルの白で体を抱きしめる唯依がほほを朱に染めて何時もと同じ言葉を口にしつつ近寄ってくる唯依だが、なぜかそろりそろりと忍び足。
その変わらない様子が少し可笑しくて、笑いと同時に穏やかな気持ちが溢れてくる。
「ああ、待っていた。」
「お待たせしてすみません。でも、身を清めないと……」
「気にするな。それにな、待つのも其れはそれで楽しい物だ。」
「そう、何ですか?」
きょとんと小首を傾げる唯依、しっとりと濡れた黒髪はいつもとは違いあまり揺れない。
「ああ、待っているときになんで自分はこんなに待ち遠しく思っているのだろう、と考えると中々に楽しいぞ。」
「なるほど、待つ時間は自身の心と向き合う大切な時間ともなり得るという事ですか。私も斯様に心を御せるように精進しま―――むもがっ!?」
眉間に力を入れ、意気を強くする唯依だが、唐突に眼前へと移動した忠亮に鼻をつままれ、その決意は不格好な鳴き声へと変わってしまう。
「な、何をするんですか!」
「こんな場でそんな色のない事を言うな。今は、今だけは篁の唯依ではなく己だけの唯依だろ?」
手を振り払い、鼻を抑えての唯依から非難の抗議。それを意にも介さずに囁く。
それによって自分の格好を思い出した唯依が羞恥に赤く染まる。
「す、すみません。まだ、どうしてもつい……」
「構わん、じっくりと長い目で見てゆくさ。ただ、己の前でまで借りてきた猫のような態度は止めるんだな。他人行儀が過ぎる。それでは少し、こちらが寂しいじゃないか。」
「ふふっ……そうですね。」
穏やかに、はにかむ唯依。それを見て思う、やはり守りたいものがあるというのは心地が良い。
地に足がついたような安心感があった。何を目指して歩みを進めるべきか、朧げだが征くべき先が見える。
闇夜で旅人の行く先を照らす月明り。己にとって唯依はその月そのものであった。
翌日、調布基地
「うちも随分と色が増えましたねー。」
調布基地の格納庫全体を見渡せる一角似て唯依の副官である雨宮が口にする。その視線の先には不知火壱型甲だけではなく、唯依の武御雷や白き牙中隊の機体。
それに加えて、忠亮の独立警護小隊用の赤1、白2機の合計3機の瑞鶴が戦術機ガントリーに固定されていた。
その光景はなかなかに壮観だった。
「はぁー……」
「どうしたのですか篁中尉。」
雨宮の話を聞いていたのか聞いてなかったのか、心ここに在らずといった様子でため息をつく唯依。
「あ、いや、済まない些末事だ。気にしないでくれ。」
「もしかして旦那さんと何かあったんですか?」
ズバリと核心を突く雨宮。
「だ、旦那だなんて……わ、私と大尉はい、いずれそういう関係になる可能性が高いとはいえ未だそんな……!!」
それに対し、唯依は頬を薄ら朱に染めて下向きながら両人差し指をもじもじと遊ばせる。そのように副官から微妙に白い視線が飛んでくるのは当然の帰結であった。
「はいはい。大尉の体が不自由なのをいいことに特例で同棲しておいてその言い訳は苦しいですよ。やることやってるでしょうに。」
「え!?な、なんで知ってるんだっ!?!?」
「分からいでかっ!」
驚愕する唯依に『渇!』っと目を見開いた雨宮の怒声が飛んだ。
「あんなに眉を顰めてばかりだった中尉が妙に笑顔増えたと思ったら時々ぼーっとしてたり、かと思えば急に赤くなって頭を壁に打ち付けそうになったりと挙動不審のオンパレードで分からない鈍感なんて早々いやしませんよ。」
「な……なんだと。」
驚天動地の事実が突き付けられた。まさか、部下にまで知られていたとは、そして雨宮のぶっちゃけられた本音が微妙にショック。
「……穴があったら入りたい。」
「で、何か悩み事があるんですか?……もしかして、夜のほうが上手くいっていないとか。男女間でそういうのあると結構深刻らしいですからねー」
頭を抱えて小さくなる唯依を放って話を勝手に進める雨宮。
「いや!忠亮さんさんは下手なんかじゃ、むしろ……いやだからこそ問題というか、なんというか……」
「意味が分かりません。」
「あの、だな…大尉が上手いってことは……その、ほかの人と“そういう事”があったんじゃないかってな。」
「ああ、そういう事ですか」
恐ろしく、そして凄まじい投げやりを形にしたような口調の相づち。
追い詰められてようよう口にした唯依にすごく軽くてぞんざいな、納得の返事が返ってくる。
「そんなの一人でグチグチしてたって何の解決もしないでしょうに。はいごちそう様です。」
「あ、雨宮なんかずいぶん棘がないか……?」
「そりゃ、何か面白い話題かと思えば結局惚気、そりゃ棘が出るだけ出てハリネズミにでもなりますわ。
中尉は私をサボテンにしたいんですか?柚子の木にしたいんですか?」
「なぜ動物からいきなり植物……というか、普通は知らんだろ柚子の木なんて――――じゃなくて!私は真剣なんだ!!」
なぜか逆切れされる唯依、本人からすれば限りなく死活問題に近い問題だ。
「まぁ、そうですよね……分かりました、ではひと肌脱ぎましょう!」
「あ、雨宮……何をする気なんだ?」
「いや丁度いいのがいるじゃないですか、大尉と昔から馴染みで聞くのに丁度いいのが。」
「????」
雨宮の言葉に本気で首をかしげる唯依だった。そして、当の本人の視線の先には機体の調整を丁度終えるところであった赤を纏う斯衛の新兵がいた。
数十分後―――――
無機質なむき出しのコンクリの壁に、机一つ。そして顔を照らしつけるライトの光が目に痛い。
「あ、あの何故に小官が……」
今日は使用されない基地の一室、そこには何故か尋問されるような配置の机に座らされた紅の軍服を纏った少年が居た。
誰であろう、真壁清十郎である。
「斑鳩大尉の事について聞きたいことがあったので真壁中尉をご招待しただけのことですよ。」
「違う!あれは招待じゃなくて拉致だ!!」
いけしゃあしゃあと口にした雨宮の言葉に唯依が思わず叫ぶ。清十郎も全力で首を縦に振り肯定する。
「やれやれ二人とも細かいことを気にしすぎです。結果おーらいじゃないですか」
未だ何の結果も出てねー!!
と叫びたいのを無意味だと悟った唯依と清十郎はその言葉を飲み込んだ。この手のやつはさっさと終わらせるに限る。
今、唯依と清十郎は奇妙な連帯感を感じるのであった。
「さて前置きはさておき。ズバリ単刀直入に聞きます、斑鳩大尉……いえ、この場合は柾忠亮には昔の恋人とかそういうのは居たのか、そういう事です。」
「あまり個人情報の漏えいは……」
「あら、真壁中尉は恋に悩めるいじらしい娘さんが心を痛めているというのに見て見ぬふりと、そしてその結果己が主君に災厄が降りかかろうと問題がないと、大した中道です。日本男児の風上にも置けませんが。」
「……んな無茶苦茶な」
雨宮の言い分に項垂れる清十郎。パッと見、お淑やか美人な癖に結構毒を吐く。
……仕方がないと開き直ることにした清十郎。この機転の切り替えはある意味、あのツェルベルスと触れ合った成果かと思うとやけに虚しくなる。
「……分かりました。丁度小官も中尉に言っておきたい事がありましたから。」
「私に?」
清十郎の予想を外す答えに困惑する唯依。なまじ古くから忠亮を知る清十郎の言葉だけに無視はできなかった。
「ええ、斑鳩卿……柾さんの事でです。あの人には気を付けた方がいい。貴女もいつ、切り捨てられるか分からない。」
「それは…どういう意味なんだ?」
清十郎の今一つ要領を得ない言葉の意味を問う、そして清十郎の口から出てきたのは驚愕の事実であった。
「柾さんは……自分の嘗ての許嫁の父であった師をその手に掛けたのですよ。」
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