少年と女神の物語
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第百十六話
「ほぅら、どうした神殺し!妾を殺すのではなかったのか?」
「ハッ、ろくな攻撃もできてねえ奴がよく言えたもんだな!」
狂気の女神と、九人目の神殺し。両者の戦いはまつろわぬ神と神殺しの魔王のものというより、獣と獣の争いという方が近いものであった。
争いに関わる神ではないアテは磨き上げた技量を持って。武双と共に鍛え上げた技の数々を無意識のうちに繰り出し、聖槍で相手を抉らんとする。
争いこそを本能的に望む神殺しは、ただただ本能的にティルヴィングで切りかかり、防ぎ、そして要所的に残っている二つの権能を一瞬使うことにより戦いを成り立たせている。
先ほどまでとは違い、より一層神と神殺しらしい戦い。余計な考えなんてものはなく、ただ本気で相手を殺そうとして技をふるう。槍による刺突は心臓や脳といった主要部ばかりを狙い、そして刺突の瞬間に最も狂気が濃くなる。もし仮にあたったのならその瞬間に狂い死ぬのではないかと疑ってしまう。そんな攻撃を連続で繰り出されているにもかかわらず、神殺しの方が浮かべているのは笑みである。だがしかし、それも仕方ないのかもしれない。
彼にとっては、これまでのどの神との戦いよりもこの戦いこそが心躍るものであった。初の神殺しよりも、実体のない幽鬼との争いよりも、黄金の魔剣を持つ王との戦いよりも。
今目の前にいる、ただ狂気しか持たない女神との争いに心躍っているのだ。これまでの神との争いは何だったのかと。そう問いたいと考える程には彼はこの戦いを楽しんでいる。
「我は流れを制御する!力の流れ、その勢いを抑え」
「ほう、妾を前になお権能を使うとは」
しっかりと使おうとすれば狂わされるだけ。そんな状況でまだ使うなどという愚行にも思えるそれを見てアテは呆れ半分に狂気を流し込もうとするが。
「そしてそれは、解放される!」
それより一瞬早く、神殺しの方が権能を開放した。
ヴォジャノーイの持つ化身の一つ、水門。その効果は自らの力の完全制御とチャージを開放することによる強大な一撃。が。
「・・・ほう、中々面白いではないか」
「オイオイ・・・女神様よ。アンタら神の権能ってのは、そこまで無茶苦茶なのか?」
「いや、それはない。むしろこのような応用は、お主ら神殺しのものぞ」
「じゃあ、なんでベクトルを狂わせるなんてできてやがんだよ」
それは、向かう方向が狂ったことで避けられてしまう。
「身近に神殺しがおるのでな、少々工夫できないかと試してみたのだ」
「んだよそれ、神様が向上心とかありえねえだろ!」
そう言うものの、より楽しくなったと考えたのか彼の口は笑みを作る。今回、アテは自らの権能たる狂気と武双の権能で補強されている聖槍を用いて間にある空気を狂わせた。この上なく強く狂わされた空気は衝撃の進む方向をすらずらし、ベクトルが狂ったかのような結果をもたらした。
当然、こんな方法は必ず成功するようなものではない。狂っただけなのだからどこに向かうことになるのかなんてわかるはずもなく、もしかするとただ威力だけを増して自分に向かってくることすらあるのだ。にもかかわらず実行するその考えは、確かに神殺しのものに近いかもしれない。
「何、そもそも槍の使い方も弟より学んだもの。人の中で暮らしていくうちに、自然と向上心も身についたものよ」
「さすが、二年間も人間と暮らしてきただけはあるな・・・!」
もちろん、ただ人間と共に暮らしただけではこんな技術も考え方も身につかない。その家族の中に神殺しがいて、その者と手合わせをしたりともに権能の使い方を考えたりしたからこその技術だ。
「して?まだ何か策はあるのか、神殺し?」
「何やっても狂わせてくるくせに、よくもまあ言ってくれたもんだなぁ!」
「それは早計であろう。妾は外側にかけられたものしか狂わせておらんぞ?つまり、そういうことかもしれんのう?」
「だからこの組み合わせなんだろうがッ!」
そう言う神殺しが用いているのは、自身の強化である巨人か丸太の化身しか用いていない。たまにルサルカから簒奪した権能で水を出して蒸発させ、車輪を放ったりもするのだが、その尽くがアテによって破壊されているのだから他の手を取ることも難しい。
より一層本質に近づき、最源流の鋼すらをも狂わせる狂気の体現者となったアテ。その存在はただただ『狂わせる』という一点のみの力であるがために、だからこそ多くの神、神殺しにとっての脅威となっている。
「ああクソ、クソッタレ・・・!」
「ほうら、隙だらけだ」
一言つぶやいた瞬間に、踏み込んで懐に入る。そしてその体に触れ。
「『狂え』」
たった一言。だがその一言だけで、九人目の持つルサルカの権能は狂った。
返す手で背に触れて再びやろうとしたものの、瞬時に神速の権能を使ったことで逃れる。
「惜しいところであった。あと一歩だったのだがな」
「惜しいじゃねえぞ、このヤロウ・・・」
「女神に対してヤロウはないであろうに、失礼な」
「神殺しをするような奴が、神への礼儀なんざ知るかってんだ」
「そうでもないぞ?武双は少なくとも、初対面の妾には礼儀正しかったのだがな?」
「んなもん、特殊な例だろ!」
はて、魔術に関わるものであれば普通の反応だと思うのだが。
しかしそんなことはこの場では関係ない。次のチャンスを狙うアテは槍をより防御に特化した形で構え、九人目は素人丸出しでありながら有効な構えをとった。そして、本能的に理解する。今目の前にいる女神は、どこが最も厄介なのかを。
普通であれば、女神アテという存在はここまで厄介なまつろわぬ神ではない。もちろん神と神殺しの殺し合いなのだから用意ということはないであろうが、それでも有効な手段はある。要するに、権能に頼らない手段を用いればいいのだ。ドニであれば剣、睡蓮であれば体、武双であれば槍。技術を磨いていない神殺しであっても、物理的に潰すことならできるだろう。そう言った手段を取られれば、女神アテには対抗する手段がない。
しかし、神代アテが相手では、その前提は崩れてしまうのだ。相手が技術で向かってくるのであれば、自らも武を持って相手する。何かしらの手段で潰そうとするのであれば、その物自体を砕く。女神アテでは持ちえなかった対抗手段を持っている。ただでさえ武を持ち合わせていない九人目では、より一層面倒になってしまうのだ。
「それにしても、今ので狂わせることが出来たのはルーサルカのもののみか・・・いやはや、うまくはいかぬものよのう」
「狙ってやったんじゃないんかよ、あれ」
「面倒な方を狙うにきまっとろう。全てを知るわけでなかったが故か、より多くを知っていたためか、そちらを優先されただけよ」
「ふぅん、そんな条件があったのか」
「人と共にあるうちに、自信で妙な制限を付けてしまってのう。しかし・・・次はないぞ、神殺し?」
イヒヒ、イヒャヒャヒャヒャ、などと漏れる笑い声。時間がたつにつれより一層狂気に染まり、狂気に満ちるその表情。恍惚とでもしているのか、それとも狂気に身をゆだねることに快感を覚えるのか。何かしらの理由から頬も染まるその表情からは、淫靡な魅力すら感じてしまう。
「さて・・・そろそろ、かのう」
「あぁ?」
「ああ、そろそろ。そろそろだ。そろそろ行けるだけの情報は得た相手の獲物の特徴も長さもとらえた権能もまだ全てではないようだがそれも些細な誤差だああいけるそろそろそろそろそろそろそろそろそろそろそろそろそろそろそろそろそろそろ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そろそろ、いける」
次の瞬間、一瞬けげんな表情をした九人目の左腕が飛んだ。
「んな・・・・・・ッ!?」
血を流し、どこかへと飛んでいく自らの左腕。それに目を見開き視線をもっていってしまったときには、既に聖槍が背後から彼の右肩を貫いており、痛みでうめいた瞬間には既にアテの手に戻っている。
槍の全体が血に濡れていてうっとおしかったのか、槍を逆の手に再度召喚することで血だけを落とし、再び構えながら右手に握っていたものを捨てる。それは、一つのリールであった。
武双の権能によって作られた電動式のそれ。アテは普段であれば落としてしまった時などに使ったりしていたのだが、今回はそれ自体を権能の一端であるととらえて狂わせ、その巻取りの勢いを増加。純粋な力で投げられた聖槍は回収され、その間に金属糸が左腕を切り裂いて、聖槍が右肩を貫く。まずは両の手を封じてから、次に進む。
「この、クソ・・・」
「戸惑っておるばかりでは、すぐ死ぬぞ?」
間接的に数少ない脅威であったティルヴィングを封じたため、近づくことにためらう必要はない。もちろん車輪を避けきれないなどのことがあれば腕は飛ぶだろうが、それで被害を抑えることが出来ればいいという考え。
しかしそれはいつの間にか両腕を使えなくされたという状況に混乱している九人目に対してはいらぬ覚悟であったようで、容易にその腹を聖槍は貫いた。勢いそのままに押し倒したため地面に縫い付けられたその体に触れて。
「『狂え』」
たった一言。その一言で、ヴォジャノーイから簒奪したすべての化身は狂った。使おうものなら、間違いなく九人目に牙をむく。完全に詰み。誰が見ても、後はとどめをさせば終わりというその状況でありながら・・・イヒ、と笑いが漏れ。
「狂え」
次の時には、彼の思考が狂った。
「狂えっ」
次の時には、彼の声が狂った。
「狂えーっ」
次の時には、彼の血流が狂った。
そして。
「狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え。くるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえ。クルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエクルエ、狂え!」
聖槍を通して、九人目に狂気が流し込まれる。流され続ける。
笑い声が響く中、彼女の下にいる神殺しはその流し込まれた狂気によって命すらも狂い始め、そしてその狂気が魂にすらいたろうとしたところで・・・九人目の体から、雷が放たれた。
当然ながらそれは最も近くにいたアテにも被害を及ぼすが・・・
「あらぁ・・・お父様?」
そんな一言を漏らしたのちに。カクンと音でもなりそうな形で空を見て、両の手を広げて、壮絶なまでの笑みを浮かべて。
「アハ、アハハ、アハハハ、アハハハハ、アハハハハハ!アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!狂え、狂乱せよ、迷、妄、せよ!」
そして、その全てを狂わせる。
まるで最後の命の声だとでも言わんばかりであったその雷は、簡単に狂気の影響を受けて霧散する。
そうしてあっさりと雷は霧散した。アテ曰く『お父様』であるそれすら何の抵抗もなくあっさりと霧散したことが原因なのか、彼女は完全に枷がなくなったように高笑いを続けた。
◇◆◇◆◇
ああ、心地よい。本性に身をゆだねるというのは、こうも心地の良いものであったのか。どうにも私は、これまでこらえすぎていたらしい。
さて、これからどうしたものか。まつろわぬ神としてそれらしく行動をとる?それはない。『まつろわぬ神らしく動こう』などと考えて動くのでは、狂気の女神らしくもない。ではどうする?そもそもこうして考えることすらもあり得ない。
「・・・あぁ、そうか」
そうだ。考えるなど妾らしくもない。であるのなら、考えなければいい。
狂いに狂い、狂いつくして、狂気を振りまけばよい。そうなれば文字通り狂気を振りまく女神の完成だ。ああ、それこそ妾にふさわしいではないか。時には神殺しと争うことにもなろうが、それもまた一興。であればまず捨てるべきなのは・・・記憶か。
こうしているうちにも頭の中に思い浮かんでは消えていく、記憶。先ほどの神殺しとの争いもまた記憶となっている。記憶などというものを持っているのでは、狂気の女神らしくない。
すべての記憶を狂わせろ。狂気で満たせ。妾には感情も記憶も言語も必要ない。ただただ狂気を振りまく存在であれば、それで満たされ・・・
「・・・ダメ。それだけは、ダメ」
ふと、頭に広がった記憶がある。それは、私が武双と初めて会った日のこと。私が女神であると、災害その物といっても間違いではないまつろわぬ神であると、神話において狂気に狂わせる女神であったと。そうであると知りながらかけてくれた、始まりの言葉。
『じゃあさ、俺と一緒に来ない?』
何でもないことであるかのように言われたその一言は、今こうして狂ってみれば『私』が『妾』になることを防いでくれたのだろう。
そして、そんな言葉を女神に対して言う人間に興味を持って、私は私として、『神代アテ』になった。無理そうであれば立ち去ればいい。期待外れであれば礼だけして立ち去ればいい。そんな軽い考えで、神代という苗字を受け入れた。短い期間であれば何か見ることはできないだろうけどそれはそれでいいかという軽い考えで、目の前の人間の家族になることを受け入れた。でも、違った。
『神代の人間は、何があっても、何をしてでも家族を守る』
礼として、私の命と引き換えに武双の命を残すよう、ゼウスに懇願したとき。武双はそんな理由でゼウスに相対した。まだ二日にも満たない時間しか共にしていないのに、そう言って命をかけてくれた。他のみんなと変わらない『家族』であると、そう言ってくれた。
狂え。
捨てたくない。
狂え。
まだあそこにいたい。
狂え!
家族と離れたくない!
「狂え!」
「私はまだはなれない!」
「狂え!」
「私はもう戻らない!」
「狂え!!」
「私はもうただただ力を使うことはない!!」
「狂え!!!」
「神話の時代のように全てを狂わせる気はない!!!」
「狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え!」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
私の口から流れるのは、『私』と『妾』の論争。全く違う声音の、全く違う考えの声が同時に流れて、論争を繰り広げる。でも、もう譲るつもりはない。
戦いの中で呑まれた。それは事実だ。
狂気に身をゆだねることに快感を覚えた。それは事実だ。
私は本来そう言う存在だ。それは事実だ。
今の私の姿の方が間違っている。それは事実だ。
でも、そんなことは知ったものか。そんな正論には興味もない。私にとっては、神代家にとって、正論なんて価値もない!
「私は神代アテだ!神代が守るのは自らを含めた神代!狂気に壊れてやるつもりは無いッ!」
そう断言して、私は歯を食いしばり、自分の体を抱きしめ、身を丸める。自然と体から漏れ出ていこうとする狂気を、戦いの中で私が生み出し続け、今も体の中に残っている狂気を押しとどめる。
その濃度に、今にも狂いそうになる。自らにささやきかける声に、身をゆだねそうになる。今すぐにまき散らして、終わらせてしまいたくなる。けど、やらない。そんなことはしてたまるか。だって、それをしなければまた狂ってしまう。また狂気に溺れ、身をゆだねてしまう。
口から漏れそうになる苦悶の声も抑え、体に突き立てている爪の痛みに少しでも意識を向けて、この場に渦巻く狂気もどうにか体に引きずり込んで、抑えようとする。ああでも、もう・・・
「アテ!」
心が折れそうになったその瞬間。私は後ろから抱きしめられた。声もその腕も、すべて覚えている。この体が知っている。恋に落ちたその相手のことを、私という存在の全てが覚えている。
「むそう・・・」
ああ、そうか。権能の持ち主自体が倒されたから、武双のもつ神殺しとしての抵抗力が勝ったんだ。それで、ここに来てくれた。私のもとに駆け付けてくれた。
「堪えるな!んなことしてる間にアテが壊れる!」
武双はそう言いますが、私はただ首を振ります。確かに堪え続ければ壊れる可能性が高い。それでも、このまま周囲にふりまいていてはその快感に飲まれてしまう。
それを伝えることはできない。でも、武双はどうやってか私の言いたいことを理解してくれたようで、いったん抑えるためにブレスレットを付けます。が、一瞬で砕ける。
今の私は、アテという女神の力がほぼフルに出てきています。それを抑えるのは難しい。この狂気だけでもどうにかしないと、まず無理です。
「ああクソ、なら・・・」
それがきかないことが分かると、武双は私の体の向きを変えて、真正面から見て。
「狂気全部、俺にぶつけろ!まつろわぬ神が目の前にいる今なら、なんとでもなる!」
そう、言ってきます。正直、それをただ信じることはできません。私の狂気が今どれほどになっているのかは理解していますし、武双の持つ権能も多くは鋼の神から簒奪したもの。私との相性は、すこぶる悪い。
でも、それでも・・・
「・・・ごめ、ん」
「謝るなよ、家族だろ?遠慮なく頼れ」
「うん・・・」
どうしても、頼ってしまう。
目の前の武双に唇をかさねて、そのまま溜まりに溜まった狂気を流し込んだ。こんな状況なのに、武双とキスしていることに幸せを感じてしまう自分が、この上なく嫌だ。
ただキスしただけの状態で、まずは流し込み始めた。ほんの少しでも武双が苦しく感じたのは分かったけど、それでも唇を離せない。そもそも、武双が離さないように私の頭を押さえている。
本当に武双は、私の狂気の全てを受け入れようとしている。それが簡単に分っちゃったから、私はそのまま流し込み続ける。
「・・・もっと一気に、頼む。下手に時間をかけると、余計にキツイ・・・」
「・・・・・・うん、わかった」
自分の中の狂気は、少し薄れた。おかげで、しゃべるのもつらいほどの狂気からは解放されてる。でも、まだ足りない。まだ私の中にはある。
だから、もう一度唇をかさねて、次は舌も入れた。こっちの方が繋がりをより強くできるっていうのもあるんだけど、それ以上に、ただ入れたかっただけなのもあるかもしれない。ディープにしていないのは、他の妹たちや姉もしているのに自分がしていない状況には、前々から不満があった。
武双には今そんな余裕はないだろうから、大胆に行く。思いっきり入れて、武双のそれと絡める。舌だけじゃなくてその歯の裏側まで舐めて、ピチャピチャという音を立ててからめてから、一気に吸い上げて武双の唾液も飲む。
自分は何をしているのか。そう問いただしたい思いもあるんだけど、それ以上に目の前の存在を愛おしく感じてしまって、頼りに感じてしまって、やめることが出来ない。
そんなことをしながら、狂気も流し込む。間違いなく武双の体に溜まっていて、武双の体を蝕もうとしている、私の狂気。それなのに受け入れてくれていることがとても嬉しくて、とても申し訳なくて、気が付けば私の腕は武双の背に回っていた。
最後の一絞り。本当の本当に最後の、私の中で作り出してしまった狂気を流し終えて、口を離す。唾液の線が私と武双の間で繋がり、伸びて、そして途切れる。その様子に少しばかり残念に感じたり。いつの間にか武双の手が私の頭から離れていたことに驚きを覚えたり。そんな感情そっちのけでぼーっとしたり。そんなことをしているうちに、今の状況を思い出した。
「む、武双。大丈夫、ですか?」
「ああ、大丈夫・・・問題、ない・・・」
「そんな様子で言っても、説得力があるわけないです!」
顔色は悪いなんて言うもんじゃない。体は小刻みに震えて、それなのに表情は無理矢理に笑っている。やっぱり、あれだけの狂気では・・・
「・・・我は、、戦の神」
その時、武双は言霊を唱え始めた。
「戦場に立つものよ。狂え。その欲のままに蹂躙し、獣欲のままにむさぼれ。それこそが・・・勝鬨、なり!」
これは、ザババの言霊?権能発動ではなく、ザババから簒奪した力そのものの・・・?
「はぁ、はぁ、はぁ・・・あー、残りくらいなら、寝てりゃ何とかなんだろ・・・」
「む、武双?本当に、大丈夫なのですか?」
「ああ、問題ない・・・ザババだって、同一視とかたどれば戦での狂った所業とかも司ってんだ。それに任せれば行けるかなー、って」
「そ、そんな無茶苦茶な・・・」
厳密に言えば違ったきもしますし、普通なら考えもしない、というかありえないような手段なのに、それを実行したとか、もうどうして・・・
「・・・そう言えば、どうしてここに?今更ながら服もあのままですし・・・」
「目が覚めたからダッシュできた。ってか、アテの神気を感じすぎるくらい感じて、何だこれって思ってな・・・」
「それは、すいません・・・」
神殺しである武双には、分かったんですよね・・・本当に、申し訳ない・・・
「あーっと、だな・・・悪いな、俺がケンカ売ったのに、結局ほとんどアテに任せちまった」
「あ、いえ。それはいいんですよ!むしろ私の方こそ、あそこまで本性に身を任せてしまったせいで、武双に迷惑を・・・」
お互いに謝りあってから、同時に笑う。
「そんなら、今回のことはお互いさまってことで」
「ええ、そうしましょう」
「そう言うわけで終わり、としたいんだけど・・・一つ頼んでもいいか?」
「あ、はい。もちろん、家族ですから」
このセリフをまた言えたことが、とてもうれしい。『家族だから』なんて、あのまま本性に飲まれていたら間違いなく言えませんでした。
「それじゃあ、悪いんだけどさ・・・俺を、家のベッドまで運んで・・・・」
「・・・・・・へ?」
「正直、もう限界・・・」
そう言って、武双は私の胸に倒れこんできた。ちょっと驚いたけど、でももう限界なのは分かっていましたし、そのまま抱き留めます。・・・正直、こういう時にもう少しでも胸があればなー、とか思うんですけど・・・うん、もういいです。気にしたら負けです。ええ、気にしないったら気にしないのです。
まあ何にしても、とりあえず武双を背負って運ばないとですね・・・
「・・・・・・少しくらいは、いいですよね」
そうつぶやいて、武双ともう一度キスをします。さっきと違って、触れるだけ。舌を入れることはない。ただそれだけのキスですけど・・・でも、やっぱり。とっても、幸せ。
・・・・・・・・・ちなみに、ですが。
家に帰って、疲れてるだろうからということでその日だけは寝てからですけど。私と武双の二人は御崎姉さんにこっぴどく怒られました。武双には、死んでも大丈夫なんて言う楽観を捨てるようにと。私には、家族を離れることになりかねない手段なんてもう二度と使うなと。
本当に、もうこれ以上ないくらいに、まつろわぬ神と神殺しの魔王がそろって恐怖しつくすくらいに。その時の御崎姉さんは怖かったです・・・
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