乗せた首
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1部分:第一章
第一章
乗せた首
室町時代のことである。当時天下の六分の一は山名氏が押さえていた。
その権勢は将軍家をも凌ぎ六分の一殿とまで呼ばれていた。その権勢は当然ながら当の将軍家を警戒させるに充分であり室町幕府としては彼等を潰す機会を窺っていた。
この時の将軍は足利義満であった。謀略に長けた男であり山名氏に対してもそれを発揮した。とりわけ挑発を効果的に用いそれに乗ってしまった山名氏の主山名氏清は京都に攻め上がった。これが明徳の乱である。
結果としてこれは山名氏の敗北に終わった。彼等の足並みの乱れと幕府軍に有力大名が集まっていたことから戦いは予想以上にあっさりと終わった。山名氏清は戦死し山名氏はその勢力を大きく後退させることになる。
その戦乱が終わった京都。街中には討ち死にした山名氏の者達の屍が転がっている。
「それにしてもよくもまあ」
「ここまで派手にやられたものだ」
戦乱を避けて都を出、ようやく戻って来た都の者達は倒れ伏す山名の兵共を見て口々に言う。
「これが六分の一殿の果てとはな」
「思えば悲しいことだて」
そんなことを言い合いながら屍を葬っていた。首を取られた屍も多く奥田勝宏の屍もそうであった。
彼の屍は首実験の後で身体と一緒に穴に放り込まれた。放り込んだ者はそのまま立ち去る。しかしそこでふと妙なことが起こったのであった。
「むっ」
首を切られ当然ながら動くことはなかった勝宏の目が動いた。そうして辺りを見回しだしたのだ。
見ればそこは穴の中であった。自分と一緒に多くの兵の屍がある。どれも血に塗れて土に汚れている。勇ましい鎧もこうなっては実にみすぼらしいものだ。
「わしは。死んだのではなかったか」
彼はそう呟きながらこれまでのことを思い出す。一騎打ちに敗れ首を跳ねられた。刀が横薙ぎにはらわれたのを見たのが最後の光景であった。
それはしっかりと覚えている。だからこそ死んだと思っていたのだ。だがこうして今目が見えている。一体どうしたことかといぶかしむことしきりであった。
だが彼もあれこれ考える男ではなかった。穴の中は狭い。それも周りは屍ばかりなので見飽きてしまった。
「それにじゃ」
次にあることを思い出した。
「ここは死人を葬る穴じゃな。このままいると」
埋められる。そうなっては折角目覚めたのにどうしようもない。彼としてはすぐに出なければならなかった。
といっても今は首だけのようだ。首を切られたのだからそれはわかる。自分の身体を探すことにした。
少し見れば側に転がっていた。首のない屍がそれであった。
「おい」
自分の身体に呼びかける。するとぴくりと動いたように見えた。
それを見て何か脈があると思った。それでまた声をかけた。
「起きろ」
命令した。すると本当に起き上がった。
動くように思うと立ち上がった。それを見ていけると確信した。
首を持つように念じる。すると起き上がった身体は勝宏の首を手に持った。そうして身体の小脇に抱えてしまった。そのまま穴を出ようと身を乗り出させると見事にでられた。こうして何とか難は避けられたのであった。
ところがすぐに別の難がやって来た。それは穴を出たところにあった。
「う、うわっ!」
「ば、化け物!」
「何っ、化け物とな」
穴を出たところに幕府の兵達がいたのだ。彼の姿を見て一斉に驚きの声をあげたのである。
「首がないぞ!」
「脇に抱えてるぞ!」
「ふむ」
その敵兵達の言葉を聞いてあらためて自分の姿を思い浮かべる。思えば確かに恐ろしい姿である。
「確かにのう。そんな者を見ればわしとて」
「何とかしろ!」
「しかしどうするんだ!」
兵達は完全に怖気づいていた。勝宏はそんな彼等を見て今の自分がどれだけ恐ろしい姿をしているのかあらためて気付いた。そのうえで彼等に声をかけた。
「おい」
「な、何だ?」
「喋ったぞ」
「戦は終わったのだな」
そう兵達に尋ねる。
「山名が敗れて」
「そ、そうだ」
「それは貴殿も承知の筈だ」
兵達は腰を抜かして震えながらも彼に説明する。これは彼もわかっていた。
「そうじゃのう。ではわしも何もせん」
「何もせんだと」
「化け物でもか」
「わしは化け物ではない」
むっとして言い返す。流石に化け物化け物と連呼されては気分がよくない。
「この通り生きておるではないか」
「しかしな」
「そうだそうだ」
兵達はそんな彼に言い返す。
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