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女傑

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3部分:第三章


第三章

 事件は意外にも迷宮入りになるかと思われた。だがさらに意外な方向に進むこととなった。
 教皇が突如として事件の捜査を打ち切るように言ったのだ。事件の捜査開始から僅か三週間後のことである。
 これを不思議に思わない者はいなかった、何故捜査は迷宮入りしたか。教皇は捜査を打ち切るように言ったのか。実に奇怪な話であった。
「何だったんだ、あの事件は」
「何かおかしいぞ」 
 誰もがそう言った。そしてそれを機会とするかのようにチェーザレが世俗に戻った。そして今に至るのである。
 事件は何かそのまま下火になっていた。だが人々はその中で考えるのであった。
「あの事件な」
「どうした?」
 囁きに問う声がした。
「おかしいと思わないか」
「犯人がわからなかったことか」
「それと教皇様の動きだよ」
 声は言う。
「何で捜査を打ち切ったんだ?」
「それか」
「若しかしてな」
 誰かが囁く。
「教皇様は犯人を知っているんじゃないのか」
「?どういうことだよ」
 誰もがその囁きに耳をそばだてた。
「犯人を知って、事件の真相も知ったから捜査を打ち切ったんじゃないのか」
「何でだ!?」
 皆それを聞いて考え込んだ。
「何でそう思うんだ?」
「だってな」
 声は言う。
「あの教皇様だぜ」
 まずはこの前提があった。アレクサンドル六世という教皇である。残忍で執念深い。敵に対しては何処までも残忍な男である。
「それがな」
「犯人を捜すのを止めたってことか」
「あの人なら何があっても捜し出すよな」
「まあな」
 それに頷く言葉が聞こえてきた。
「それで後は嬲り殺しだな」
「ましてや殺されたのがガンディア公だしな」
 彼が最も愛していた息子を殺されたのである。そうしないではいられないと誰もが思う。
「それを何もしない」
「やっぱり知ってるってことか」
「だから打ち切ったんだろうな」
 声は語る。
「けれどだ」
 ここで謎が浮かんできた。
「犯人は誰だ?」
「教皇様が知っているって」
「そうだよ」
「問題はそこだよ」
 声が重なってきた。
「誰が殺したのか」
「誰だ?」
「誰なんだ?」
 彼等は囁き合う。まるで闇の中での顔の見えない囁きであった。
「ガンディア公を暗殺したのは」
「誰なんだ?」
「そこだ」
 また誰かが言った。
「公爵が死んでだ」
「ああ」
「一番得をするのは誰か」
「一番得をするのか」
「そうだ」
 人々は話し合う。影の中で。
「誰かか」
「その時か?」
「いや」
 それには否定する声が浮かび出た。
「今見たらわからないか?誰が得をしているのか」
「各国の君主か?」
「それとも司祭様か?」
 人々は言い合う。この時代聖職者は即ち政治家であった。陰謀や暗殺も教会では日常茶飯事であった。そもそもボルジア家にしろそうであるしあのメディチ家も教皇を輩出している。陰謀渦巻くのが教会であったのだ。
「誰だ?」
「公爵と対立している枢機卿も多かったよな」
「そうだな」
 ボルジア家そのものが敵が多い。ホワンもまた例外ではなかった。
「その中にいるのか?」
「いや、待て」
 これには懐疑的な声が出て来た。
「それなら教皇様を直接狙わないか?」
「教皇様をか」
「そうだ。どうせやるならな。も若くは」
「ヴァレンティーノ枢機卿」
 チェーザレの名が出て来た。
「どちらかだろう、狙うのは」
「そういうえばそうか」
「ボルジアといえばやはりあの二人だからな」
「そうだ。あの二人を狙うよな」
 人々はここでホワン暗殺に政治的な理由を外しかけた。
「無理かどうかは別にしてだ」
「政治的にか」
 しかしこの言葉に反応を示す声もまただ出て来た。
「どうした?」
「やっぱり政治的だよな」
「何を言っているんだ?」
「それだ」
 声の中の一つが言うのであった。
「政治的な理由で利益を得ている人間」
「ううん」
 そう言われても容易には考えが及ばない。
「しかも」
「しかも?」
「公爵を殺してもだ」
 何か話がさらに物騒になっていっていた。
「教皇様の怒りから身をかわせる人間だ」
「教皇様の怒りからか」
「そうだ。教皇様は犯人を御存知のようだしな」
「犯人を既に御存知で」
「だが何もしない」
「誰だ?」
 彼等は考えた。
「教皇様の怒りから身をかわせる程の人間となると」
「かえって限られるぞ」
「そして今得をしているとなると」
「おい」
「ああ」
 声達は急にあることに気付いた。
「間違いない」
「そうだ、答えは一つしかない」
 彼等は遂に全てを察した。答えはそこに集まっていた。
「そういえばな」
 そして一つ話が出て来た。
「教皇様はあの方には一言も声をかけられなかった時があったよな」
「そうだったな」
「事件のすぐ後だったな」
「それだな」
 もうこれでおおよそのことはわかった。言わずともだ。
「間違いないな」
「道理で」
 答えは次々にはっきりしたものになっていく。
「そういえば幼い頃妹君の取り合いもされていたそうだな」
「そうらしいな」
 ボルジア家の娘といえばあのルクレツィア=ボルジアである。美貌で知られ今でもその名を残す永遠の美女である。その人物については様々な意見があるが一つだけはっきりと言われていることがある。絶世の美女であったことである。今も残っている肖像画にもそれははっきりと出ている。
「やっぱり間違いないな」
「確実だな」
「しかしだ」
 声達はさらに言い合った。
「この話は」
「わかってるさ」
 彼等は既にわかっていた。
 
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