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皇帝の花

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3部分:第三章


第三章

「そうではありません」
「そうなのか。よかった」
「人はそれについては誰もが同じです」
 そうして教師としての顔で弟子に教えてきた。
「人から愛されたいと思うのは。ただ」
「ただ?」
「陛下はそれを強く望まれ過ぎのように思えます」
 繊細で人が自分をどう思っているかを常に気にかけている彼の性格を指摘してきた。
「それを御気をつけ下さい」
「それなのか」
「左様です」
 慎んだ声でそう言うセネカであった。
「願わくば。そして常に」
「常に?」
「それでも陛下のお側に愛と薔薇がありますように」
「有り難う」
 ネロは師の言葉にまた頷くのだった。
「それでは何時までもその中にいるようにこれからも」
「お進み下さい」
「では皆にも振舞おう」
 ネロはそこまで聞いてセネカ達に告げた。
「この薔薇のプティングとワインを」
「薔薇をワインをですか」
「うん」
 ブルズに述べた。
「是非共味わってくれ。いいね」
「畏まりました。それでは」
「喜んで」
「皆が何時までも私を愛してくれて」
 ネロは彼等のところにそのプティングが置かれるのを眺めながら呟いていた。
「薔薇が贈られるように」
 それこそが彼の願いであった。そして市民達はそんな彼に薔薇を捧げ続けた。彼は薔薇を受け取る度に笑顔になるのであった。
「私は愛されている」
 それを実感するのであった。
「やはり。皆から」
「陛下どうぞ」
「この薔薇を」
 市民達も貴族達も兵士達もこぞって彼に薔薇を捧げる。彼はいつも薔薇に囲まれ機嫌をよくさせていた。
「お受け取り下さい」
「どうぞ」
「うむ、喜んで」
 そしてネロはいつもその薔薇を笑顔で受け取る。様々な色の薔薇達を。
 それこそが彼の喜びで。その薔薇を食べて飲み、慈しんでいたのだ。
「彼等にこの薔薇に見合うだけのものを」
 薔薇を眺めながら政治を考えていた。
「催しを見せてあげるんだ」
「はい」
「そして負担を軽くして」
 彼は相変わらず市民達には気前がよう奴隷達には慈悲深かった。芸術を愛しそこでも薔薇に囲まれていた。しかしそうした生活の中で彼に取って代わろうとする者達も出ようとしていたのであった。
 彼等は黒薔薇を合図の印に会合を重ねていた。元老院の貴族達や総督達がそこにいた。
「ネロは今あまりにも市民の機嫌ばかり取ろうとしている」
「惰弱だ」
 実はネロは軍を率いたことがない。強大な軍事国家であるローマの皇帝であるのにだ。彼は芸術を愛しているが戦争を愛してはいなかったのだ。
「そしてあまりにも芸術に耽溺し」
「それでも市民の一部から反発を受けている」
「ギリシア的過ぎる」
 こうした批判も確かにあった。ネロはセネカが指摘したその性格故に彼が愛してくれることを望んでいる市民達の一部からもこう思われていたのである。
「それをよく思っていない風潮がまだローマにあると知っていても」
「問題ないと思っているのだな」
 この時代ローマはかなりギリシア文化の影響を受けていた。ネロはその最右翼であったのだ。しかしその一方でローマの伝統を守ろうという考えも根強かった。これは大カトーの頃から存在していたのだがその勢力がネロを快く思っていないのは当然のことであったのだ。
「そのようだ」
「ふむ。では彼等に働きかけよう」
「元老院にもな」8
 元老院は皇帝を掣肘出来る。この時代のローマは一応は共和制だったのだ。皇帝とはいってもその共和制を守っているというのが形式だったのだ。
「声をかけておくか」
「金もな」
 工作についても話された。
「見返りと共に」
「そしてやはり武力か」
「地方の総督達だ」
 地方を収め武力を持っている者達の力もまた目をつけられた。こうした行動において武力が決め手となるのは何時の時代でもそうである。だからこそ軍人が革命を起こせるのである。
「彼等にも見返りを」
「うむ。ではそちらもな」
 話が為される。
「決まりだな」
「ではこの方針で行くか」
「おおよそはな」
「皇帝に気付かれずにな」
 相手に気付かれては元も子もない。それも警戒された。
「そして彼の周りにいる市民達にも」
「彼等は相変わらずか」
 ネロは市民と奴隷達には愛されている。それを指摘するのであった。
「うむ。皇帝に薔薇を贈っている」
「相変わらずだな。皇帝の薔薇好きは」
「だが。それで面白いことができる」
 中の一人が楽しそうに笑った。
「面白いことがな」
「何をするつもりだ?」
「趣向がある」
 その者が囁くのだった。
「面白い趣向がな。任せてくれ」
「そうか。それは任せていいか」
「うむ」
「それでは諸君」
「新しいローマの為に」
 彼等はそう言い合って別れた。後には黒薔薇だけが残された。後日のこと。やはりこの日も薔薇に囲まれ市民達の愛を確認しているネロのところにまた薔薇が届けられた。しかしその薔薇を見てネロは顔を曇らせるのであった。
 
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