オラリオは今日も平和です
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ハーフエルフの日記2
△月■日 快晴!
今日は【ロキ・ファミリア】が遠征に出発する日である。
アレン先輩と旧知の仲であるフィン・ディムナ氏が朝早くにギルドを訪れていた。
十分ほど話した頃だろうか。ディムナ氏に続いて、リヴァリア様、ヴァレンシュタイン氏、ヒリュテ姉妹、ガレス氏、ローガ氏、ウィリディス氏などの【ロキ・ファミリア】に所属している第一級冒険者たちとソレに続く精鋭がギルドを訪れてきた。
やはり目的はアレン先輩のようで、フィン氏と話しているのを見つけると、一直線にそこへ向かっていった。
ヴァレンシュタイン氏達と仲良くするのはいいけど、笑顔で話しているのを見ると、やっぱり嫉妬してしまう。
そもそも先輩は……(以後、延々と愚痴が続く)
△月!日 晴れ
先輩に”怪物祭”について相談をされた。
何でも、『トラブルがあって、一般市民に被害が出たらどうするのだろう』と心配しているらしい。
毎年心配してるのだろうか?だとしたらやっぱり優しい人なんだな、と再確認する。先輩はギルドの中では幹部だけど、最高権力者であるロイマンさんより、市民から、冒険者から、神から、そして私達からも厚く信頼されているから、彼が一言『”怪物祭”を辞めてくれ』と言えば、その年で”怪物祭”が終わってしまう気がする。
なので私は『そんなに心配しなくてもいいと思います』と言っておいたのだが、先輩の不安は消えないらしい。う~ん、少し私も心配になってきちゃった。
でも、先輩ならモンスターの一匹や二匹や三十匹くらい簡単に倒せそうな気が…………。
そう言えば、最近はその”怪物祭”に関する資料や書類で仕事が大変になっている。でも先輩はいつもみたいにニコニコしながら仕事をこなしていく。やっぱり凄いなぁ…………。
□月〇日 やや曇り
今日から先輩が日記を再開するというので、私も再開しようと思う。
最近先輩のことばかりだけど大丈夫かなかな、私?
でも今日は先輩よりもベル君に驚かされてしまった。いつも通りに仕事をこなしていたら、いきなりベル君が全身血まみれでギルドに入ってきたのだ。思わず悲鳴を上げてしまったけど、先輩に可愛かったといわれて嬉しい自分もいる。
ヴァレンシュタイン氏について聞かれたけど、もしかしてベル君はヴァレンシュタイン氏の惚れちゃったのかな?どうせならそのまま付き合って欲しい。不謹慎だけど、ライバルが減ると安心できる。
□月☆日 雨
今日はベル君の無茶振りについて先輩とミイシャに相談した。
ミイシャは驚いていたけど、先輩はニコニコしていた。どうして笑えるのか聴いてみたら、『駆け出しの冒険者は何処か微笑ましい失敗をするから、僕達が助けてあげなきゃいけない。その度に、自分が人の役に立てるのを確認できるから』と言われた。
確かにその通りだけど…………何か複雑だなぁ。
□月△日 晴天
給料日だった。
うん、素直に嬉しい。
そう言えば今度先輩が何か奢ってくれるらしい。
出来るなら二人きりがいいなぁ。
□月?日 晴れ
今日はヴァレンシュタイン氏とヒリュテ氏がギルドを訪れていた。
何でも、武器を壊してしまったらしくて、先輩も驚いていた。ヴァレンシュタイン氏については、デスペレートも大きな手入れが必要になったのこと。
先輩は【ゴブニュ・ファミリア】とも交流があるから、また愚痴を聞かされるんだろうな~と他人事のように聞いていたが、新種がいたという情報を聞き、仕事が増えるのを予感した。
ハア………それにしても先輩の競争率は高いなぁ………。
□月△日 晴れ
今日は大変だった。
【ガネーシャ・ファミリア】が管理しているモンスターが逃げ出してしまった。
幸い、近くに【ロキ・ファミリア】の方達がいたので、討伐に時間は掛からなかったが、問題はその後だった。
突如地下から現れた新種のモンスターに、【ロキ・ファミリア】の人たちは苦戦してしまい、中々討伐することが出来なかった。
さらに目撃者の情報では、他の場所にも二体現れたらしい。市民の避難がまだ、ということで、近くにいたミイシャを引っ張って、ダイダロス通りの近くへと向かった。
そしてそこで見たのは、驚きの光景だった。
アレン先輩が無手で、先程【ロキ・ファミリア】が交戦していた新種のモンスター二体と戦っていたのだ。
思わず悲鳴を上げそうになったが、モンスターが此方に気付いてしまうので、慌てて口を押さえる。それに、先輩はしっかりと攻撃を避けていて、傷を負った様子もなかった。
それでも、私たちが着いたときにはモンスターの攻撃を大きく避けたり、逃げる素振りをしながら、近くの屋台を壊したりなど、モンスターの注意を引くようなことばかりをしていた。
不思議に思って二体のモンスターと先輩を見ていると、先輩が一瞬だけモンスターから視線を外して、こちら側を見て、直後二体のモンスターの後方を見た。
私達に気付いてる!?と思いつつ、モンスター二体の後ろを見てみると、そこには膝を怪我して、動けない少女がいた。
どうして先輩が攻撃を大きく避けたり、逃げる素振りをしながら、近くの屋台を壊したりしているのかがわかった。あの少女を逃がそうとしているのだ。
私はソレに気が付くと、ミイシャに声も掛けずに女の子の元へ走り出した。
後ろから聞こえるミイシャの声に耳を傾けず、必死に走った。
なんとか無事に女の子の元へとたどり着き、女の子をおんぶする。そのままミイシャの元へ行こうとしたが、そうは問屋が降ろさなかった。二体の内の一体が此方に気が付き、突進をしてきたのだ。
迫り来る恐怖に、女の子を庇いながらいつかと同じように瞳をギュっと瞑る。
今度こそ終わりだと思った。人生はここで終わるものだと思った。
でも、あの人はまた私を助けてくれた。
瞳を閉じた後、初めに聞こえてきたのは何かが壊れる音だった。そして直後に聞こえてくるのはモンスターの悲鳴。
ゆっくり瞳を開き、目の前の光景を見て……………絶句した。
大型。それも10Mはありそうな巨体のモンスターに、深々と屋台が刺さっていたのだ。
驚いて、おそらく屋台を飛ばしたであろう人物――――アレン先輩を見ると、肩を上下させ、立つのもやっという姿だった。顔は俯いているため、その表情はわからないが、笑っている顔は想像できなかった。
そして彼の横には建物の下敷きになっているもう一体の新種。恐らく自分で壊した建物に巻き込まれた……………いや、巻き込まされたのだろう。
彼を見て、屋台が此方に飛んできた理由もわかった。
先輩が右足で踏み抜いている鉄板。そしてその鉄板の先には少し太い木の板。さらにその先にある建物の壁。
三つの板状のものを使い、『てこの原理』を発動させたのだ。証拠に、建物の壁の先には、屋台が設置していた後がある。
私を襲おうとしていたモンスターの喉元には屋台が深々と突き刺さり、魔石をくり抜いていた。魔石を抜かれたモンスターは勿論灰となり、消えた。
しかし建物の下敷になっているモンスターは違い、身じろぎをして、なんとか建物の下から抜け出そうとしていた。私は俯いたままの先輩に向かって叫ぶが、彼は動かない。私はそれでも叫び続けた。すると、先輩が顔を上げ、此方も見て、笑った。まるで速く逃げろと言わんばかりに。まるで自分は此処までだと言わんばかりに。
そして私は気付いた。彼のお腹を貫通している大きな木材の破片に。
今度こそ甲高い悲鳴を上げ、涙を流した。見ればミイシャも驚愕して、手を震わせている。
背中にいる女の子を逃がさなければならないのに、ミイシャも連れて逃げなければならないのに。私は涙が止まらなかった。
そしてとうとうモンスターは建物の下から抜け出し、ヨロヨロと起き上がる。Lv.2の冒険者でも倒せそうな状態まで弱っているのだが、彼一人くらいなら簡単に倒せるだろう。
しかし、彼は私達に笑いかけた直後、糸が切れたように倒れた。
自分でも分かるほどぐしゃぐしゃな顔のまま、先輩の名前を叫んだ。だけど、今度こそ意識を失った先輩は顔をあげることはなく、沈黙したままだった。
新種のモンスターはフラフラの状態で、触手を一本、先輩に向ける。
そして、止めを刺そうする触手は、一切の容赦なく、先輩に向かっていき………………先輩に当たる寸前で灰となった。
見れば、モンスターの喉元に【ロキ・ファミリア】のガレス氏が拳を入れて、すでに壊れかけていた魔石を完全に破壊していた。
ガレス氏に感謝の言葉を述べる前に、私とミイシャは先輩の下へ駆け寄った。
必死にアレン先輩の名前を叫ぶが、勿論返答はなかった。泣きながら必死に叫んでいると、ガレス氏が”高等回復薬”をビンのまま十本ほど持ってきて、お腹の傷口にかけながら、木材の破片を引き抜いた。
流石に”高等回復薬”なだけあって、傷はすぐに塞がったが、先輩の意識は戻らない。しかし息はまだあるようなので、急いでギルドの本部に連れて行き、細かい処置をする、とガレス氏は言って、先輩を担いだままギルドへと連れていってくれた。
その後、ギルドについてから、色々と専門的な処置が施され、先輩は何とか一命を取りとめ、傷もある程度は残ったが、ほとんど分からないような跡になった。
先輩………あまり心配させないでくださいね?
&月□日 晴れ
今日ギルドに行くと、【ロキ・ファミリア】の面々が勢ぞろいしていた。なんでも、昨日の新種について詳しい話をするらしい。
しかし肝心の先輩は、有給を取って休んでいた。確かに昨日の今日で疲れやその他モロモロのものがあるのはわかっているけど、私たちに心配をさせといて、翌日に何もないとはどういうことだ、ということで、先輩の自宅を訪れ、ベッドに横になっていた先輩をギルドへと引きずっていった。
そしてギルド長の部屋で、昨日の事件について話が進められたが、先輩は必死に逃げていただけ、とか、自分はただのギルド職員で強くはない、とニコニコした顔で言っていた。
いつまでもニコニコしている先輩に痺れを切らしたのか、ローガ氏が先輩の胸倉を掴み上げ、「その顔ムカつくんだよ!」と怒鳴り上げた。
他の【ロキ・ファミリア】の面々は、やれやれといった感じに溜息をついているが、直後紡がれた先輩の言葉に、皆が一斉に固まった。
たった一言。先輩が「ムカついているのは僕もなんですよ」と、ローガ氏とは比べ物にはならない殺気と共に言ったのだ。
リヴェリア様たちは瞳を限界まで見開き、私とウィリディス氏に関しては、恐怖で震え上がっているのを他所に、先輩は言葉を続けていく。
「貴方がムカついている?ええそうですか、確かにムカついているでしょうね。でも私のほうがいらいらしていると思いますよ?すべてが自分の思い通りになるとは思いませんけど、周りの人まで巻き込んでいるのに、ムカつかないわけないじゃないですか」
と、より深い殺気を放ちながら言い切った。
言われて見れば、確かに先輩はこの騒ぎを以前から心配していたし、このような状況にならないように対策も立てていた筈だ。いくら死傷者0人とは言え、少しでも状況が違えばどうなるのかなんてわかったものではない。
例えば、近くに【ロキ・ファミリア】がいなかったら?例えば先輩があの少女の近くにいなければ?例えば、そうして何も関係のない一般市民が亡くなってしまったら?
例を挙げればキリがない。
しかし先輩は間違っても人を責めるようなことはしない。自分に怒りを向けているのだ。ただ一人、この事態の可能性を見出せていたにもかかわらず、このような事態にしてしまった自分自身に。
他の人が聞けば、明らかに先輩のおかげで被害は最小になり、褒め称えるべきだが、先輩からしてみたら、建物の一つでも壊れてしまえば、それでアウトなのだ。厳しすぎる。
そんな先輩に、【ロキ・ファミリア】の人たちは何も言えなくなり、話は終わったとばかりに出て行く先輩を見つめる。
そんな空気の中、先輩を止めたのは、【ロキ・ファミリア】の主神・ロキだった。
神ロキは『なあ自分。家のファミリアに入らん?』と言ったのだ。
これには、私も、先輩も、リヴェリア様も、ディムナ氏もが驚いていた。
しかし先輩はフッと笑みを零すと、いつものニコニコとした笑顔で『僕はここが好きなんです』とアッサリ断った。
どうやらロキも、その答えは予想していたようで、『そっかー』と一言漏らすと、席を立ち上がり、両手を頭の後ろに組んで、部屋から出て行った先輩に続いて、ギルドから出て行く。
リヴェリア様たちも、ロキのあとについていき、続々と部屋から出て行く。
なんか胃が痛くなってしまったなぁ。
……………………うん、今度買い物に付き合ってもらおう
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