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黄花一輪

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7部分:第七章


第七章

 その凄惨な最期は忽ちのうちに韓の間で話題になった。韓は彼の屍を市に置き何者か探すことにした。知っている者には大金を約束した。だが誰にもわかりはしなかった。
 だがある日。そこに一人の女がやって来た。
「御前は?」
「間違いない」
 その胸にある一輪の花を見て言った。それは黄色い菊であった。
「この菊が。何よりの証」
 女は言う。
「政よ」
 聶政の亡骸を見て言った。
「こんな姿になって。それでも御前は義を果たしたのね」
「待て」
 周りにいる者達が女を呼び止めた。女は仰向けに寝かされている聶政の亡骸の上に崩れ落ちていた。顔も眼もなく、腸も出された亡骸の上に倒れ伏し、寄り添っていたのだ。
「御前はこの者を知っているのか?」
「はい」
 女はそれに答えた。
「私は。姉です」
「何と」
 思いもよらぬ言葉であった。
「この男の。姉だったのです」
「では何故」
 韓の人々は彼女に対して言う。
「ここに来たのだ。今この国ではこの者の素性に千金をかけている」
「宰相殿を殺した男だ。その縁者となれば貴女も只では済まないぞ」
 そういう時代であった。だが彼女はそれを知っていた。
「知っています」
「なら何故」
「弟が何をしたのかを。弟は私が嫁ぎ、母が死ぬまで身を慎んでいました。事を起こし、それによって私達に害が及ぶのを避ける為にも」
「それがわかっていながらまた」
「わからん。もう逃れることは出来ないぞ」
「元より逃れるつもりはありません」
 姉の言葉は硬いものであった。意を決した声であった。
「何故なら私は」
 懐から小刀を出してきた。
「若し弟であったならばここで死ぬつもりだったからです。そして今」
「今!?まさか」
「そのまさかです。政!」
 弟の名を呼んだ。
「聶政!貴方のことは私が伝えます!それが私の貴方に対する義!」
「聶政!?まさか」
 彼のことを知る者がそこにいた。
「魏の国の剣の使い手の。そうか、彼だったのか」
「御存知の方がおられましたのね。それならばいいです」
 そうした者がいることを見てにこりと笑った。そして。
「貴方への最後の贈り物」
 聶政の亡骸の上にそっと花を一輪置いた。それはやはり黄色の菊であった。
「これでもう思い残すことは」
 自分の喉に小刀を刺した。それでゆっくりと事切れ、弟の横に倒れ伏した。 
 こうして聶政が誰であるのかは後世に残り多くの者が知ることになった。彼は義の為に生き、そして死んでいった。常に愛していた黄色の菊は今でも咲いている。彼がその花を愛したことは多くの者が忘れ去っていても。今も人々の前に静かに咲いているのである。


黄花一輪   完


                  2006・9・23

 
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