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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Epico26次元世界を侵すモノ~Antiquitas Phantasia~

 
前書き
Antiquitas Phantasia/アンティークィタス・パンタシア/古代の幻想 

 
ロストロギア専門蒐集組織リンドヴルムの本拠地・天空城レンアオム。レンアオムは複数の城や塔が建つ浮遊する島だ。拠点としている無人世界はいま夜中で、レンアオムの住まうリンドヴルム構成員総勢2千人弱(大半は見習い構成員)も静かに寝静まっていた。
リンドヴルムの幹部(蒐集実行部隊や組織のバックアップ班)が生活している本城の隣に建つ、ロストロギアを保管する為だけの城にて動きがあった。夜中だというのに数人の人らしき影が音を立てず慎重に、しかし忙しなく城内を駆けていた。

「まさか拉致なんて形で下位次元世界に来るなんて思わなかったな」

「ミッドガルド本星を主軸としてる次元よね。また来られるなんて変な感じ」

「現代ではミットチルダ。下位次元世界を取り締まっている組織は時空管理局。とは言っても、その勢力はお粗末な程に小さい。大戦時代に比べると矮小も良いとこ。所属している魔導師も、平均ランクがB」

「B!? 嘘だろ! 雑兵なんてレベルじゃないだろ! 一般人じゃん、一般じ――」

「「「うるさい」」」「・・・・っ」

「へぶっ、ごほっ、ぐはっ、あばっ!?」

10歳から15歳くらいほどの少年少女がそんな話をしている。彼らは、アールヴヘイムにて大戦終結から数千年とのんびり暮らしていた神器だった。今の彼らは人化する術を有し、自力移動を可能としている。本来、神器に意思は有ることはあっても人化する能力は無い。が、経年によって独自の人化能力を学習し、会得したのだ。

「いたた。ていうか、なんでそんなに下位次元世界に詳しいんだ? お前」

「忘れたの? わたしは情報収集の魔造兵装番外位・クピドゥス・グノスィ」

ある少女がそう名乗って手の平を壁に翳すと、壁面に管理局のデータが映し出された。彼女の神器としての能力は、自身が望む情報を有しているモノ自体から自由に情報収集できるというものだ。リンドヴルム兵から時空管理局という単語を聞き、すぐに時空管理局本局からデータを収集したのだ。

「管理世界、管理外世界、無人世界、観測指定世界、重要管理指定世界・・・。いろんな括りが在るのね」

「当然と言えば当然だけど、大戦期と現代とじゃ世界名も違うのかよ」

「問題はそこじゃない。わたしがみんなに工作を頼んだ理由がここにある」

「え? ここから逃げ出すためだけが理由じゃないの?」

“クピドゥス・グノスィ”を筆頭に、捕らえられていた神器(人化できる者たち限定)たちは天空城レンアオムから脱出するためにとある工作活動を行っていた。協力している神器たちは、ただ単純に逃げるためだけと思っていたが、“クピドゥス”は確固とした理由があって脱出工作へと乗り出していた。

「局員データベースに・・・神器王ルシリオン・セインテスト・アースガルド様がいらっしゃった」

ルシリオンの顔写真が表示されると、「っ!!」全員が目を見張って驚きを見せた。他人の空似にしてはあまりにも似過ぎている少年、ルシリオン。しかし本物なのか?という疑問が漏れる。彼らは知らない。ルシリオンが“界律の守護神テスタメント”となっていることを。故の疑問だった。

「たぶん本物。シュヴァリエルがアイリとか言う妖精らしき子との会話の中で、神器王という単語が何度も出てる」

「なるほど。理由は解らないけどルシリオン陛下は今もなお生きていらして、今も牙を研いでいらっしゃると」

「そう。まずは脱出を第一優先。そして誰でも良いからルシリオン陛下とコンタクトを取る。そして助けて頂こう、わたしたち神器を」

“クピドゥス”の瞳に力強い光が宿る。他の神器たちの目にも改めて光が宿る。そして彼らは、人化できない神器が収められている各部屋を周り、脱出工作を続けて行った。さらには神器ではなく、ロストロギアが保管されている部屋にすら工作を行った。そして残り4部屋と言うところで、とうとう問題が起きてしまった。

「それにしても貴方の能力もなかなかね、ネグロ・リベルタ。大したものよ。ここまで何人かの人間とすれ違ったけど、誰ひとりとして私たちには気付かなかったわ」

「・・・ありが――」

「あ~あ、やっぱ神造兵装のインペリウム・インシグネ・オクドォス様は上から目線だよなぁ。ネグロ・リベルタが概念兵装だからって下に見るのはどうだろうなぁ~」

「はぁ!? 私はただ褒めただけでしょう! 先程から神造兵装(わたし)を目の敵にして! これだから魔造兵装は厭味ったらしくて頭に来るわ!」

「おーい、クピドゥス・グノスィ。俺たちは厭味ったらしいんだと」

「彼女にではなく貴方に言っているのよ、ヤーヌス・ポルタ! 本当に腹立たしい」

「良いのかぁ、俺に対してそんな態度で。脱出には俺の、魔造兵装としての能力が必須なんだぜ~? お前だけここに残してもいいんだぞ。そのデカイ乳で人間の男どもを誘惑して自力で逃げ出すか~?」

魔造兵装:“ヤーヌス・ポルタ”という12歳くらいの少年が、神造兵装:“インペリウム・インシグネ・オクドォス”という15歳ほどの少女の豊満な乳房を両手で揉みしだいた。当然「ぶっ壊す!!」“インペリウム”は赤面して激怒。対する“ヤーヌス”は「おお、やってみろ」と挑発。

「や、やめようよ・・・!」「・・・・っ!」

事の発端の片割れ――概念兵装:“ネグロ・リベルタ”は、殺気立っている“インペリウム”と“ヤーヌス”の間に割って入ろうと試みるが、気弱な性格もあって入り切れない。そして先程から無言である少女も側でウロウロするばかり。

「ブリギッド・スミス! 貴女も神造兵装でしょう! 私に手を貸しなさい!」

そんな無言の少女へ向かって“インペリウム”が声を荒げる。少女もまた神造兵装で、真の銘を“ブリギッド・スミス・テトラデカ”。彼らは、神造兵装が2、魔造兵装が2、概念兵装が1という、現代の次元世界においては途轍もない強大な武器だった。

「あっ・・・僕の羽根が・・・!」

取っ組み合い寸前という時、“ネグロ”が焦りを見せる。“インペリウム”と“ヤーヌス”の服に付いていた黒い羽根飾りがヒラリと取れてしまったからだ。すると「おい、お前たち、そこで何をしている!」見回りのリンドヴルム兵4人が声を上げて駆け寄って来ようとした。

「貴方の所為で見つかったじゃないの!」

「神器のクセして乳を揉まれたくらいで怒るお前が悪い!」

“ネグロ・リベルタ”は無数の羽根で編まれた外套型の神器で、その能力は、身に纏った対象の存在感を極限にまで希薄化する、というもの。一部である羽根を他者に付けることでその効果の恩恵をもたらすことも可能。これまで彼らがリンドヴルム兵とすれ違っても気付かれなかったのは、“ネグロ・リベルタ”のおかげだった。

「最悪。まだルミナス・プリズミラとサテッリス・ラーディウスが見つかってないのに・・・」

“クピドゥス”がポツリと漏らすと、「捜索に邪魔な人間どもを殺せばいい」“ヤーヌス”が口端を吊り上げて笑みを作る。対する“インペリウム”は「こういう時の為に私が居るのよ」と微笑みを見せた。

「神秘の無い世界での発動はちょっと辛いけれど・・・。コホン。我は第八天の御旗。我が立つ地は天の御物となりて、その意を天に預からせる。汝よ、抗う事せず身を捧げよ、心を捧げよ、魂を捧げよ」

「待って、ダメ」

“クピドゥス”の制止より先に“インペリウム”が何かしらの言葉を詠唱すると、彼女が光に包まれた。光は一瞬で治まる。“インペリウム”が立っていた場所には彼女の姿は無く、代わりに優勝旗のような豪華絢爛な旗が一棹と在った。

『ネグロ・リベルタ。貴方にお願いするわ』

旗より聞こえる“インペリウム”の声に従い、「わかった」“ネグロ”は旗棒を掴んで、「えいっ」“インペリウム”を床に突き刺した。すると血相を変えていたリンドヴルムの見回り班の様子に異変が起きた。表情は穏やかなものへと変わり、神器たちの側へと歩み寄って片膝を突いたのだ。それは目上の者への礼の姿勢だ。

「さすがは、支配の旗、の銘を冠する神造兵装だな。番外位で、しかも量産型でもその効果は確かか」

『褒めるか貶すかどちらかにしてほしいわ、ヤーヌス・ポルタ』

旗型神造兵装:“インペリウム・インシグネ・オクドォス”。直訳で第8支配旗。その能力は、彼女を突き立てた地――国1つを天上の支配下に置ける、というものだ。土地が支配下に置かれれば、その地に住まう生物もまた支配下に置かれる。ゆえに見回り班は、天上の先兵たる8番目の“インペリウム”の能力によってその意思を奪われたのだ。

「よーし。これで捜索を続け――」

「られない。これでインペリウム・インシグネは動けなくなり、しかも神器化したことでシュヴァリエルに感づかれることになる。どちらにしろ、捜索時間は無い。捜索はこれで終わり。ヤーヌス・ポルタ。すぐに神器化して、その能力を発動して」

これまで表情を変えなかった“クピドゥス”が焦りを見せる。彼女にとっていま優先させるべきは、全員がシュヴァリエルに捕縛されないこと、ただ1つ。全滅してルシリオンにいま起きている緊急事態を伝えられず、備えもなく自分たち神器による混乱へと巻き込ませるわけにはいかないと。しかし・・・

「良い子はもう寝ている時間だぞ」

彼らに声を掛ける男が1人。オリエンタルブルーの髪を逆立たせ、ワインレッドの双眸は切れ長。ハイネックの前開きタンクトップとレザーパンツと言った出で立ちだ。彼らが「シュヴァリエル・・・!」と、その男の名前を呼んだ。

「さっきから鼠が居ると思っていたが、人化できる神器(おまえ)たちだったか。で? ここで何をしている」

その問いかけに「私が時間を稼ぐ。ブリギッド・スミス。お願い」“クピドゥス”は答えることなく無言の少女、“ブリギッド”に手を伸ばした。“ブリギッド”は力強く頷いて、“クピドゥス”の手を取った。

「天に座する鍛冶の極み手、我を打つ。生み出したるは千差万別の覇鉄(はがね)の魂。怖れ慄け、我は仇討つ天の剣。・・・いざ参らん」

“ブリギッド”の体が発光し、辺り一面を照らし出す。神器化する際の発光だ。光が治まると、“クピドゥス”の両手には黄金で出来た両刃の片手剣と円い盾が有った。
“ブリギッド・スミス”は、神造兵装では珍しくない量産シリーズとして存在する、天上の兵が携える武器である。兵の数だけ創られ、テトラデカは名前の通り14番目に創造された“ブリギッド・スミス”だ。その能力は、千差万別の武器へと姿を変える、というもので、剣にも槍にも斧にも盾にも、武器という物であるなら無制限に変身できる。

「やる気か、俺と? さすがに俺も神造兵装・第100位のブリギッド・スミスシリーズの直撃は危うい。だが、経験が違うぞ」

シュヴァリエルが無手のままで構えを取った。彼の神器・“極剣メナス”は2mと言う大剣ゆえ、屋内戦闘には向いていないからだ。

「脱出の時間を稼げればそれでいい。ヤーヌス・ポルタ、インペリウム・インシグネ、ネグロ・リベルタ。今すぐ脱出を」

「いいのか?」

「構わない。シュヴァリエル達の目的からして、ここに残ったとしても私たちに身の危険は無いのは確か。しばらく窮屈な時間を過ごすことになるだろうけど、これまでの惰眠に比べればどうってことない。ルシリオン陛下と迎えに来てくれればそれでいい」

「判った。ネグロ・リベルタ。俺を使え!」

“ヤーヌス・ポルタ”の輪郭が粒子状に崩れたかと思えばすぐに再結集し、“ネグロ”の右手に黒い羽根を飾りとした筆が1本とあった。それこそが“ヤーヌス・ポルタ”の本来の姿。羽ペン型の魔像兵装。“ネグロ”はその羽ペン――“ヤーヌス”を使って壁面に幾何学模様の羅列を記した。

『よし、サインは書いたな。これで全部屋が繋がった! あとは転生先の名前を書くだけで転送できるぞ!』

魔造兵装番外位・“ヤークト・ポルタ”。羽ペン型の神器で、空間接続を行えるサインを描き、最後に転移先の場所の名前を記すことで、サインが描かれた場所に在る物を纏めて転送できる、というものだ。もちろん転送したい物や範囲を設定することも可能だ。

「急いで! 私ではシュヴァリエルを押さえ・・・きゃあああああ!」

「逃がすかよ!」

神器・“ブリギッド”を手にシュヴァリエルと闘っていた“クピドゥス”が悲鳴を上げる。シュヴァリエルは、“クピドゥス”の振るう“ブリギッド”の斬撃を全て紙一重で躱し、腹部に掌底を打ち込んだのだ。いかにシュヴァリエルの体に傷を付けられるほどの神秘を有す神器であろうとも、当たらなければ意味は無かった。

「邪魔はさせない・・・!」

「・・・・っ!」

“ネグロ”に向かおうとしていたシュヴァリエルの腕や足にしがみ付く“クピドゥス”と、神器化を解いた“ブリギッド”。シュヴァリエルはそれに構わず歩き続ける。2人の膂力や体重ではシュヴァリエルの力には敵わない。だが拙いながらも“ネグロ”は文字を速く書いていく。あと少しで書き終わるという時・・・


「とりあえず止めるけど、それでいいんだよね~? シュヴァリエル♪」


新たに追加される声は少女のもの。出所は“ネグロ”の足元――彼の影からだ。その影から音もなく姿を現したのは「レーゼフェアか。久しぶりに顔を出したな」闇黒系の“堕天使エグリゴリ”・レーゼフェア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリアだった。
レーゼフェアは“ネグロ”の後ろから抱きつくようにして、“ヤーヌス”を持つ右手首を押さえた。あと僅かで書き終えるはずだったMidchildaの最後の文字であるa。だがレーゼフェアの出現によって遮られた。それはつまり神器である彼らの希望が途絶えたことを意味した。

「よっ、久しぶり~。僕は最近ね~、面白い玩具を見つけたんだよ~♪ プライソンとかいう科学者で~、生意気なんだけど、一緒に居て楽しいんだよ。これが結構なぶっ飛び野郎でさ~♪ 聖王のゆりかごとかいう兵器などを使って戦争を起こ――」

「そんな事はどうでもいいから、ソイツらを捕まえろ」

「あいあーい♪」

――罪人捕えて罰せしは闇棺(エロジオン・ノワール)――

レーゼフェアが魔術を発動すると“ネグロ”が「なっ・・・!?」驚愕の声を上げる。“ネグロ”の影が蠢いたかと思えば彼の足を伝って全身を呑み込んでいくのだ。そして影はとうとう“ネグロ”の手まで覆うと、彼の手から“ヤーヌス”が零れ落ち、通路の床に転がった。

「なになに? 羽根ペン? コレ、神器? 壁に何書いてんの? Midchild・・・ミッドチルド? あはは、aが無い、aが抜けてるよ。バッカで~♪」

レーゼフェアは“ヤーヌス”を拾い上げ、壁に書かれたミッド語を見て笑い声を上げた。そして、ここでシュヴァリエルや神器たちにとって想定外の出来事が起きた。シュヴァリエルにとっては最悪で、神器たちにとっては最高の出来事が。

「僕が続きを書いてあげるよ。Midchildにaを書き足して~、はい、ミッドチルダ♪」

ここで“ヤーヌス・ポルタ”の能力が発動。シュヴァリエルにしがみ付いていた“クピドゥス・グノスィ”、“ブリギッド・スミス・テトラデカ”、それに“インペリウム・インシグネ・オクト”、“ネグロ・リベルタ”、“ヤーヌス・ポルタ”の姿が一斉に薄らいだ。シュヴァリエルが慌てて壁面に書かれたMidchildaを壊してでも消そうとしたが、それより早く神器たちの姿は消えた。

「お? 消えた? すご~い!」

「この馬鹿がぁぁぁぁーーーーッ!!」

レーゼフェアの大ポカにシュヴァリエルが怒声を上げ、「ぎゃん!? いっったぁぁ~~~い!」彼女の頭に強烈なゲンコツを振り下ろした。レーゼフェアは両手で頭を抱え、床を転げ回った。

「シュヴァリエルさん・・・!?」

「あれ? 俺たち何をやって・・・?」

“インペリウム”の神器能力が解除されたことで見回り班も正気に戻り、小首を傾げ合っている。そんな彼らに「兵を集めろ、蔵の確認だ!」シュヴァリエルが指示を飛ばす。見回り班は現状把握を後回しにして「はいっ!」即答し、通信を繋げ始めた。シュヴァリエルも「俺だ。動ける奴は今すぐ出撃準備だ!」と蒐集実行部隊に連絡を取った。

「ねえ、僕、なんで殴られたの?」

「こんの・・・! 俺たちがっ、回収したっ、神器のっ、脱出をっ、お前がっ、手助けっ、し、た、ん、だっ!」

「痛い痛い痛い」

シュヴァリエルが人差し指でレーゼフェアの額をツンツン、ツンツン、ツンツン、突いて突いて突きまくった。いよいよ半泣きになるレーゼフェアは「ぼーく、たーいさん☆」と、魔術・影渡りを発動。レーゼフェアは彼女自身の影を使って何処かへと空間移動した。

「逃げやがった、あんにゃろう・・・。あーあ。どうするんだよ。ボスに怒られんの俺だろ、これ・・・って、あの2つは無事なんだろうな! サテッリス・ラーディウスとルミナス・プリズミラはっ!」

アールヴヘイムで回収した神器の中で最も強大な物に異変が無いかと確認するべくシュヴァリエルが駆けだす。その2つとは、神造兵装の上位に位置づけられる第38位:天裁と88位:光翼。そのどちらもシュヴァリエルに決定打を与えられるだけの攻撃力を有している。もし、それらがルシリオンの手に渡れば、シュヴァリエルやそれ以下のレーゼフェアとフィヨルツェンにとっても脅威となる。

「――・・・・はぁ。無事だったかよ」

シュヴァリエルはとある蔵へと入り、自身が抱いた不安が杞憂だったと安堵した。そこには月明かりに照らされた素っ裸の少女が2人、四肢を鎖で拘束されて宙に吊るされていた。そして鎖には神器の能力を封じる、レーゼフェア作のお札が何十枚と張られていた。

「コイツらの無事を確認っと。さて。俺も逃げた奴らを追うか」

シュヴァリエルが踵を返す。脱出した神器たちを再回収するために。だが、『待ちなさい』ある通信によって阻止されることになった。

「なんだよ、リアンシェルト。神器王を半殺しにした事についての説教ならもう勘弁だぞ」

空間モニターに映ったのはシュヴァリエル以上の神秘や魔力を有する、“エグリゴリ”・リアンシェルト・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア、またの名を本局員・リアンシェルト・キオン・ヴァスィリーサだった。

†††Sideはやて†††

「――臨時特殊作戦班、現着しました!」

わたしら特戦班のリーダーを任されてるセレス・カローラ一等空士が代表として、機動一課が抱える分隊の1つ、スノー分隊の隊長でセレスさんの実のお姉さんであるフィレス・カローラ二等空尉に敬礼した。次いでわたしらも倣って敬礼。

「御苦労さま、セレス、それにみんなも」

わたしらは今、ミッドチルダへ訪れてる。どうしてシュヴァリエル迎撃班のわたしらが海鳴市を出てミッドに来てるかと言うと、ミッドに魔法が通じへん武器を持ったリンドヴルム兵が現れたという報せを受けたからや。

「来てもらったのは報告通り、魔法が通用しないリンドヴルム兵が現れたからなの。騎士シャルロッテが教えてくれた、神秘なるものの可能性がアリと判断したんだけど・・・。イリス。あなたの内に眠る騎士シャルロッテの見解はどう?」

シャルちゃんにそう訊ねるフィレス二尉がわたしらにある映像を見せた。映し出されたんは男女6人。その人らはデバイスや妙な物を携えてて、一課の人らと交戦。そやけどフィレス二尉の言うように魔法をリンドヴルム兵に撃ってもなんら効果が見られへんかった。それから逃走。今は他の分隊が追跡中やゆうことみたい。

「ちょっと待って」

シャルちゃんが自分の胸に手を添えて目を閉じた。それから1分ほど。シャルちゃんが目を開ける。

「えっと。とりあえず・・・コイツの持ってる杖をどうにかしないといけないみたい」

シャルちゃんが映像に映るリンドヴルム兵の1人を指差した。その女の人が持ってるんは太陽のレリーフが頭に有る杖や。シャルロッテさんが言うには、その太陽の杖がリンドヴルム兵に“神秘の加護”を与えてるらしい。その所為でリンドヴルム兵の魔法や武装は、一課員の人らより上位の存在になってるとのこと。

「対処法は?」

「えっと・・・。杖先を地面から離せば良いみたい。あの杖の名はオールドー・デ・ソル・・・で、太陽が昇っている時間帯でのみ機能して、杖先を地面に付いているその時だけ持ち主が認めた仲間たちに加護を与えるみたい。神秘を有する武装・神器だね」

シャルちゃんがシャルロッテさんの話を代弁。そのなんとかソルってゆう杖をどうにかさえすればリンドヴルム兵は元の魔導師に戻って、わたしら普通の魔導師でも戦い合えるとの事。

「なるほど。あれが魔法と魔術の違いというわけね。実際に目の当たりにしてようやく理解した。ロストロギアとは別の古代遺失物・神器。面白いじゃない」

シャルロッテさんから教えてもらったのは神秘の話だけやない。神器ってゆう、神秘で形作られた特別な武装があるって話も一緒に聞いた。シュヴァリエルの持つ大剣、“メナス”とかゆうのも神器らしくて、その神器が持つ神秘の所為で単なるデバイスであるシャルちゃんの“キルシュブリューテ”もへし折られた。

――いい? 神器とは打ち合ってはダメ。これも魔法と魔術の関係と同じ。神器は神秘そのものだから、魔法はもちろんデバイス、防護服すら容易く破壊してくる。もう1度言うよ。神器とは打ち合ってはダメ――

シャルロッテさんからの忠告には誰もが頷いた。神秘の怖さは、ルシル君とシュヴァリエルの闘いで嫌というほど教えられたから。

「現代には存在しえないはずの神秘を扱うリンドヴルム、か。それなら話は早い。特戦班。あなた達の手腕に期待するわね。あなた達だけでリンドヴルムを逮捕しなさい。さぁ、行動開始!」

フィレス二尉がパンパンと手を打つ。わたしらは「はいっ!」応えた。これからリンドヴルムと戦ってくんなら、今回の初戦はどうしても負けらへん。

「リイン!」

「はいです、はやてちゃん!」

「「ユニゾン・イン!」」

ユニゾンデバイスとゆうよりはパートナーであるリインとユニゾンしたことで、わたしの準備は完了や。すずかちゃん達もみんなバリアジャケットへ変身。そんで、ルミナ、ベッキー先輩、セレスさんも変身。
ルミナの騎士服は、ビスチェワンピースにショートパンツ、ボレロ、ブーツ。ベッキー先輩のバリアジャケットはまんま巫女服で、デバイスは神楽鈴。ホンマに日本の巫女さんみたいや。セレスさんの騎士服は黒のインナースーツとスラックス、白のテールコートに黒のブーツで、デバイスは両刃剣。騎士服もデバイスもフィレス二尉とおんなじや。

「こちらスノー1。リンドヴルム兵は今どこ?」

準備が整ったところでフィレス二尉が追跡組へと通信を入れる。

『こちらゲイル1。現在、南部アルトセイム地方へ逃走・・・というよりは何かを捜しているような素振りだ』

『こちらアース1。まずい事になった。東部ラッセン地方に別のリンドヴルムチームが現れたぞ』

『こちらフレア1。西部エルセア地方にも新たなリンドヴルムチームが出現したわ。コイツらにも魔法が通じないみたいだわ』

まさかの複数のチームが同時出現。わたしらは顔を見合わせて、「チームを分けよう」おんなじ意見を出した。現在、リンドヴルムはミッドの東部・西部・南部にそれぞれ出現してる。ならこちらも3チームに分かれて対処するしかない。
フィレス二尉もわたしらの意見を聞き入れてくれた。そうゆうわけで早速チーム分け。まずはフィレス二尉をリーダーにした南部担当チーム。

「南部担当リーダーはフィレス。そしてわたしシャル、はやてとリイン、シグナム、そしてすずかね」

「西部担当チームのリーダーは私セレス。そしてアリサ、フェイト、アルフ、ザフィーラ」

「東部担当チームリーダーは私アルテルミナス。ベッキー、なのは、ヴィータ」

『それじゃあわたしとジョンは留守番なの?』

スノー分隊の指揮車に居るアリシアちゃんから通信が入る。戦闘が出来ひんアリシアちゃんと、リンドヴルムに狙われてるジョン君は指揮車の中で待機中や。ホンマならジョン君をリンドヴルム兵の居るミッドにわざわざ連れて来ん方が良かったんやろうけど、わたしらが海鳴市を空けてる最中にシュヴァリエルに見つかりでもしたら大変や。そうゆうわけでちょう危険やけど、ジョン君も現場に連れて来た。

「そういうことね。ま、すずかも一緒なんだから文句は無いでしょ? ジョン」

『うん、シャル。すずかが側に居てくれるなら、僕は大丈夫だよ』

ジョン君を預かることになってから1ヵ月と経って10月直前。ジョン君はもう流暢に喋れるようになったし、すずかちゃんにベッタリってこともなくなった。それでもまぁ、やっぱりすずかちゃんが側に居ると上機嫌や。すずかちゃんも弟感覚みたいで嬉しそうやし。そやけど記憶の方は相変わらずで、自分が何者かもまだ思い出せてへん。

(そんでルシル君は今も・・・眠ったままや・・・)

「よし。では散開。南部担当は私に付いて来て。西部・東部チームは・・・――」

フィレス二尉が空を見上げる。そこには輸送ヘリが2機あって、ゆっくりと着陸した。フィレス二尉に「右が東部行き、左が西部行きだから、各員、間違えずに乗る事」そう言われた各チームのみんなが「はいっ」力強く返事して、ヘリに乗り込んでく。

「みんな! 頑張ってな!」

「絶対に勝って、ここにまた集合だよ!」

「負けないように頑張ろうね!」

離陸してくヘリに向かって大手を振って見送る。そんでもう1機、輸送ヘリが来た。アレがわたしらの乗るヘリらしく、「私たちも行こう」フィレス二尉が着陸したヘリに乗り込んだから、わたしらも乗り込む。アリシアちゃんとジョン君の乗る指揮車も発進準備が終わったようで、先に走りだした。

「ソリオ。お願いね」

「はいっ、フィレス二尉!」

ヘリのパイロットは若い男の人やった。わたしらはソリオさんに「よろしくお願いします!」挨拶。

「ああ! サクッと現場にまで連れて行くから、シートに座って待っていてくれ!」

離陸したことで一瞬やけどふわりと浮遊感を得る。そしてヘリは、わたしらが対処するべきリンドヴルムの居る現場へと一直線に向かうことになった。現場に着くまでの間、わたしらはソリオさんと自己紹介。
フルネームは、ソリオ・クラエッタ一等陸士。スノー分隊専属パイロット。ソリオ一士はお喋りさんで、ご兄弟の事とかを話してくれた。ソリオさん含めて4人兄弟で、ソリオさんは長男。で、下から2番目に唯一の女の子が居るらしい。名前はアルトちゃん。アルトちゃん以外が男の子ってこともあって、アルトちゃんも自分が男の子って誤解してるって。それはちょう可哀想な事実やなぁ・・・。

「――フィレス二尉。そろそろ現着です!」

「ん。それじゃあみんな。予定とは違ったけれど私も参戦させてもらう。私とイリスで杖持ちを潰す。シグナムさん達は残りのメンバーの撃破をお願いします!」

「「「「はいっ!」」」」『はいです!』

「ゲイル分隊とリンドヴルムを目視! 今にもやり合いそうです!」

ソリオ一士から報告を受ける。フィレス二尉が「判った。ここで降りるから、ハッチをお願い」って応えた。

「はいっ。ハッチ開きます!」

ヘリ後部が開いてって、ものすごい風が流れ込んできた。飛ばされそうになった帽子を片手で押さえてると「降下開始!」フィレス二尉の指示が飛んだ。わたしらは力強く頷き返して、まずはフィレス二尉が飛び降りたのを見送る。続いて「行きま~す!」シャルちゃん。そんで・・・

「行くよ、リイン!」

『いつでもオーケーですよ、はやてちゃん!』

わたしも飛び降りた。

・―・―・

時空管理局・本局内に存在する数ある部署の内の1つ、医務局。その病棟区画のさらなる奥には集中治療室と呼ばれる施設がある。重篤患者の容体を24時間体制で管理し、より効果的な治療を施すことを目的としている。
その集中治療室区画内のとある病室前の廊下に、局の制服と白衣を着た1人の女性が佇んでいた。ガラス越しに病室内を――正確にはベッドに横たわっている少年を眺めていた。女性の名前は八神シャマル。そして少年の名前はルシリオン・セインテスト。同じ家に住む家族である2人の今の関係は、医者と患者だ。

「・・・ルシル君・・・」

シャマルが大きな窓ガラスに手を添え、ルシリオンの愛称をポツリと漏らした。その表情は悲しみでいっぱいで、今にも泣き出しそうな・・・いや、「ルシル君・・・」涙がスッと流れ落ち、ズルズルと膝を折って跪いてしまった。

「どうすれば・・・よかったの・・・」

涙声でそう呻いた。シャマルも、医務局トップクラスの医療騎士ティファレトも、その他の医者らも懸命に治療に当たった。しかし、医者も魔導師も万能ではない。救える患者が居る。だが、救えない患者、も居るのだ。

「はやてちゃんに、はやてちゃん達にどう伝えればいいの・・・」

シャマルは両手で顔を覆い、とうとう声を出して泣き始めた。
懸命な治療の結果、ルシリオンは一命を取り留めた。これは確実だ。だが、問題はそれ以外にあった。“エグリゴリ”・シュヴァリエルとの戦闘で血を失い過ぎたこと、頭部への重度のダメージ、それによる脳内出血、シュヴァリエルに敗れ、手術を行うまでの数十分の間に失血による脳への酸素供給が滞った。その結果が・・・

「再起不能・・・、植物状態・・・、ルシル君・・・!」

ルシリオンは植物状態となり、再起不能の診断が下されてしまった。あまりにも最悪な結末。

「ルシル君は必ず助けます、絶対です、・・・そう言ったのに・・・、守れなかった・・・。ごめんなさい、はやてちゃん・・・、ごめんなさい、ルシル君・・・、ごめんなさい、オーディンさん・・・!」

シャマルの涙は止まることない。そんな彼女に近寄るのは1人の少女で、局の制服と白衣を身に纏っている。シャマルが足音に気付いて少女の方へと目をやった。

「ティファちゃん・・・」

「シャマルさん・・・、あの、ハンカチを・・・」

少女の名はティファレト・ヴァルトブルク。シャマルらと共にルシリオンの治療に当たっていた医務官の1人だ。ティファレトは制服のポケットからハンカチを取り出し、蹲るシャマルに手渡した。

「ありがとう・・・、ごめんなさい、ティファちゃん。見っともないところを見せちゃって・・・」

「いいえ。仕方ないですよ。ルシリオン君は、シャマルさんの家族なんですから」

ヨロヨロと立ち上ったシャマルはハンカチで涙を拭き、「洗って返すわね」と白衣のポケットにハンカチを仕舞い込んだ。そうして2人はルシリオンの病室前から去って行った。
それから1時間と少し。ルシリオンの病室前に誰かが近づいて来た。着ている服は局員の青制服。階級章は少将を表している。女性――というよりはまだ少女らしい外見だ。10代後半から20代前半ほどで、髪型はシアンブルーのインテークで、背中まで伸びる後ろ髪の毛先は外に向かってカールしている。それとアホ毛が一房、ピョンっと立っている。

「あ、ヴァスィリーサ少将!? どうして集中治療室(ここ)へ・・・?」

姿を見せたのは“エグリゴリ”の三強の一角、リアンシェルト・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリアだった。今は本局の少将として運用部の総部長の役職に就いている。そんな彼女の出現に、たまたまそこを通りかかった医務官が驚きを見せた。リアンシェルトは基本的にオフィス区画から出ないからだ。そこ以外でリアンシェルトと出逢うと良い事がある、などという噂もあるほどだ。

「お見舞いです。すぐに去りますから気にしないでください」

「あ、はい・・・」

抑揚のない声でそう言われた医務官はすぐさまその場を後にした。見た目は可愛らしくも少将の階級を持ち、次元世界最強とまで噂される氷結系魔導師として、古参の局員には畏怖されている。ルシリオンの病室の前にひとり佇むリアンシェルト。彼女の視線はルシリオンに向けられていた。

「愚かですね、無様で、哀れで、どうしようもない。レーゼフェア、フィヨルツェンならまだしも、いきなりシュヴァリエルと衝突するなんて・・・。何を思って仕掛けたのかは解りませんが、それは単なる自殺行為・・・」

リアンシェルトが窓ガラスに手を添えたかと思えば、「ふざけないでください・・・!」軽く叩き、ギュッと握り拳を作った。苛立っているのかリアンシェルトは拳を、いや全身を震わせている。

「一歩間違っていれば、神器王、あなたは死んでいた・・・! 実際、あなたは再起不能の遷延性意識障害だと診断されてしまっている・・・!」

俯いている所為でリアンシェルトの表情は見えない。ただ声は震えている。よほど苛立っているようだ。身の丈に合わずいきなりシュヴァリエルと戦った無謀な行為に対して。リアンシェルトはそのまま病室へと入って行った。それは完全な越権行為。集中治療室の病室内への入室は医務局員だけに許されているからだ。いくら少将と言えど、許可なくの入室は許されない。

「こんなに・・・痛々しい姿になって・・・」

リアンシェルトがルシリオンに装着されている人工呼吸器に手を掛け、外した。ルシリオンの自力呼吸が弱まっている今、それは殺人に近い行為だった。

「いいですか神器王。次はありません。次にシュヴァリエルと戦えば、今のあなたでは確実に負け、今度こそ死ぬでしょう。悪い事は言いません。相手を変えなさい」

ルシリオンの心電図に変化が見られる。死へと近づいて行く彼の状況を示し始めた。リアンシェルトはそれを横目で見た後、「だから・・・このような無謀な真似はもうしないでください」と、俯いていた顔を上げた。その表情に怒りの色は一切なく、あるのは双眸から溢れ出る涙、悲しみの泣き顔だけだった。そして・・・



























「・・・・想うが故に叶いたる願望(プロセフヒ・アグノス)

リアンシェルトはルシリオンの顔へと自身の顔を近づけ、そっと口づけを交わした。


 
 

 
後書き
ソブ・ベヘイル。サラーム・アレイコム。
前半はリンドヴルムサイドの話をし、神器にも色々な奴らが居るということを示しました。第一章で出した神器(当時は人化できませんでしたが)が再登場です。とは言え、第一章と第二章からのファンには見放されてしまっている第三章と完結編ですから、当時の登場人物?を出しても反応は無いのですが・・・。
話は変わり、何気に次のエピソードⅣ・STRIKERS編の軽いネタばれを入れました。プライソン、レーゼフェア、聖王のゆりかご。この程度なら今の内にでも出しておいて問題ないと思ったので。
そして後半は初の対神器戦への流れですね。機動一課の協力の下に戦うチーム海鳴+αの特戦班。というわけで、次回は戦闘パートです。

 
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