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寄生捕喰者とツインテール

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二度目の急展開

 
前書き
なんか、とんでもない文字数までいっちゃいました。

七千文字以上行かないと納得行かない自分……。

では本編をどうぞ。 

 
 日も暮れ、太陽の光が薄れかけた頃。
 自宅へと戻り、何時ものようにソファーへと腰掛けた瀧馬の顔は、いつにも増して疲れていた。

 テイルイエローの絶不調、テイルブルーと戦う事になるなど予想外の連発。

 更に、新技を試す為に唯でさえグラトニーの時に理性が暴走しがちなので、瀧馬自身が押さえようと踏ん張る所為でそれなりに消耗する精神力を、余計にガリガリとガッツリ削ったのだから当然と言えば当然か。

 何とか押し寄せる食欲になれた、グラトニーである事に馴染んできた……とは言っても、やはり精神的に我慢し、忍耐力や精神力を摩耗させている部分もあるのだ。

 戦闘中で無い為に気を張らなくてよい場、つまり人間体となり後半を食べるときに、次へ次へと食欲のままに抑制が利かなくなるのが良い例だろうか。


「……にしても、“攻撃”の為に纏うって、纏う目的が変わるだけで、あそこまで複雑になるとは……」
『でモマ、発想の勝利ダナ。よくやったゼ? 相棒』
「偶々だ、偶々……」


 今回新たな技として編み出した、接近戦用である拳の一撃。その名も『風撃颯(ふうげきはやて)』。
 右手でも可能なので、今後ショートレンジで役に立ちそうではある……が、生み出すまでにかなりの苦労があったのだ。

 と言うのも傍目からでは一見すると、風を纏って殴っているだけに見える。しかし、実は少々ながら複雑な工程を踏んでいたりする。

 グラトニーの能力は言わずもがな、取り込んだ空気を噴出させているのだが、掌やら上腕やらから放出しても、前者は敵へと向く勢いに押され、後者はバックへと噴出させる為に、ラースの力込みで無ければ纏う事など到底できない。

 纏う技として『風陰東風』があるのだが、それは威力に欠けるようわざと抑え、斜めに傾けて纏わりつかせているので、身体の周囲に滞留させる事が可能なのだ。
流石にそれではアルティメギルの超絶変t―――性癖バk―――エレメリアンにも効きはしないだろう。


 そこでグラトニー、及び瀧間は如何にか出来ないかと、頭を捻って悩んだ後考え付いた方法は、グラトニーの性質を加える力で風に『硬さ』を持たせ、補う方法だった。

 それでも「言うは易く、行うは難し」とはよく言ったもので、ただ硬さを持たせただけでは、纏う為にと軟らかすぎれば勿論攻撃にならず、だからと言って硬度を上げ過ぎると此方の歯が立たない。

 またも悩んだ末に、当てる直前で硬度を変えてはどうか? といったラースの、もう答えそのものである助言を受け、アルティロイド相手に先ず柔らかくしてトランポリンのようにし、そこから弾力で一気に跳ね上げ硬くする……といった練習を行った。

 あのポップコーン騒ぎの正体は、単なる風の巻き上げではなかったのだ。

 グンニャリと手を覆う感触を受けたら瞬時に硬化させ、形を持った風を武器に殴る、それこそが『風撃颯』なのである。

 少々ながらも此処まで複雑となると、やはりそう簡単にポンポンとは出せず、未だ特訓による慣れやら改良の余地がありそうだと、当然と言えば当然か瀧馬もラースも考えてはいる。


『やっぱ本人のレベルアップが一番の早道ダナ。慣れりャア、その工程だって一瞬で出来るようになるダロ』
「……レベルアップといってもなぁ」
『さっきも言ったが能力運用の効率化、そんでまだまだ未熟だから本人の格闘スキルもダナ。とにかくやれる事だってまだまだ有ルゼ? 相棒は駆け出しなンダ、能力が上手く使えなくたって仕方のない事だッテ』
「まあ、結局は特訓(ソレ)なんだよな……」


 瀧馬は考え、これまでの修行内容を思い返していた。

 特訓してもグラトニーの性格故なのか、空手にボクシングにムエタイ、中国拳法に果てはカポエイラなど様々な格闘技に手をつけてみたものの、実の所格闘戦については余り進展が無い。

 ……まあそもそも、動作が分かりやすい種類ならまだしも、中国拳法は型や流派も多いうえに覚える事も多く、思考が半分ほど食欲に占められ単純化しかけているグラトニーには、練習しようとも到底向かないであろうが。


 それでも、空気を取り込み放出する力なら、此度の事からも分かるように、着実に一段一段上って行っており、続けていけば更なるレベルアップも期待できるだろう。
 要は能力の範囲内で出来る事を増やし、出来ない事を無理にやろうとしなければ良いのだ。

 また、一人ならば自身の欠点や歪みに気がつかなくとも、指南役としてラースもいるのだし一人ではないので、そういった別視点からも意見を取り入れる事が出来る。


「決まったなら善は急げだ、明日から早速練習に入るぞ」
『りょーカイ、俺も俺なりにサポートさせてもらウゼ……そんジャ、今日はこの辺で終りにすッカ。飯にシナ、相棒』

 
 特訓内容も上がり、今日の戦闘の反省はそこで終わり……


「いや、ちょっと待ってくれ。まだ言いたい事がある」
『ンオ? そうか?』


 ではどうもないらしく、瀧馬は一旦ラースに会話を続ける事のみ伝えて立ち上がる。

 棚からマグカップを手に取ると、塗装がはげた赤いコーヒーメーカーからコーヒーを注ぎ、反対側の戸棚からクッキーを取り出して乱雑に盛り付け、再びソファーへと深く腰掛けた。

 そして、一口啜ってから、改めて切りだす。


「テイルイエローの事だ」
『アア……今日、初陣且つ役立たずだった奴カ』
「……」


 歯に衣着せぬハッキリし過ぎた物言いではあったが、事実ではあるし実際瀧馬もそう思わない部分が無い訳ではなかったので、一先ずそこは追求せずに流した。

 今庇ったところで何か変わる訳でもなく、ラースと瀧馬、及びグラトニーには、そこまで関係が深い訳でもないのだから。


「お前から見て、属性力(エレメーラ)はどの位だったんだ?」
『そりゃもうバリ高ェゼ。何せ変身は出来てたんだかラヨ。その観点からいエバ、別に相棒でも判断できたとは思ウゼ?』
「やっぱり属性力が問題じゃあないって事か」


 口振りからして恐らく瀧馬も、テイルイエロー……もとい会長のツインテール属性が少ないから絶不調だったのでは? と本気で考えていた訳ではなく、一応確認の為に聞いたのであろう。

 かといって瀧馬にはそれ以外思いつかず、返答が返ってこない為ラースにも心当たりが無いと見える。

 ……だがラースのその沈黙も、一分立たずに打ち消された。


『あの嬢ちゃんハヨ、もしかするとツインテールがあんま好きじゃあ無いのかモナ』
「……有り得るのか? そんなこと」


 嫌いという方面でも属性力が芽生え、徐々に拡大し、属性力を蓄える事となるのはテイルブルー・愛香で確認済みだ。
 だが、器の大きさの方に注がれる為に、何か切っ掛けでもない限りは器へと中身が注がれないはず。

 その疑問に応えるべくか、ラースが付け加えた。


『多分ツインテールどうこうより子供っぽく見られるのが嫌なんダロ。前から生徒達(へんたいども)の視線に対して、分かりづらいが兆候があッタ。ツインテールなんて大人は滅多にしないかラナ』
「……子供扱いされないようにと頑張っても、背も小さいし子供っぽいところもあるから、逆に背伸びとしか思われない……か」
『せめて髪形変えられればいいんだろうガヨ。頑なに変えないってこトハ、なにか事情でもあるんダロ』


 例え己がその髪型を好いていなくとも、絶対にツインテールにせねばならない事情。そんな荒唐無稽な事情が存在するのだろうか。
  

 「他の髪形が似合わないから」は、試してみないと分からない上、他ならぬ本人の望みとは外れてしまう。
 
「○○が好きな髪型だから」は、瀧馬が知る限りではあるが会長には恋人も、そこまでさせる親友もいない為、当てはまらない。

「アニメキャラや、テイルレッドの影響で」は、一番有り得る可能性ではあるが、自らを危険に晒してまで応援しているヒーローと同じ髪型なのだから、寧ろ嫌いから好きへと変わるのではなかろうか。


 ……やはり、瀧馬やラースが考え付く限りの理由では、どれも否定出来てしまう。
 ならばいったい何が理由で、何の事情があってツインテールの貫いているのか……余りに大きな(中身が多少下らない)謎である。


「案外家訓だったりしてな」
『ツインテールにするのガカ?』
「ああ、先祖代々女はツインテールにしなければならない……なんてな」
『ブハッ! そりゃあいイヤ!!』
「ハッ……まあ、やっぱ下らねえよな」


 そりゃ有り得ない、絶対有り得ないと二人は笑いながら否定し、結局自分達は推測するだけしかできないと、この件について考えるのをやめた。

 元よりこの問題は、彼女の仲間であるテイルレッドやテイルブルー、トゥアールに桜川教員へと判断を任せるしかなく、そしてそれが一番妥当なのだから、自分達がどれだけ気を揉もうが何もできないのだ。


 なら、自分達がやるべき事、出来ることを優先するほかないだろう。


「せめてもう少しばかり、グラトニーの欲が抑えられたらなぁ……もちっと冷静に動く事が出来るんだが」
『おーいオイ、無い物ねだりはよそウゼ、相棒』
「愚痴くらいはいいだろ? 別によ」


 クッキーを三つ頬張って立ち上がると、今夜の夕飯は出前を取って済ませると決めたか、電話帳を本棚から引っ張り出したが、数秒の硬直ののちに多少曲げながらも本棚へと戻し、テーブルに戻ってからのマグカップとさらを台所へ持っていく。

 そして、玄関へと足を運んだ。


「外食だ。回転寿司が食いたくなった」
『金があるってのはいいこっタナ! こうして贅沢出来るんだからヨ!』
「まあ金持ちは否定しないが……俺の場合、今まで使ってない小遣い(ぶん)が溜まってるだけ、だけどな」
『そうとも言ウナ!』
「……いやそれ以外どう言うんだよ?」


 その後瀧馬とラースは、「グラトニーに変身するノカ」だの、「する訳が無いだろ目立つし」だのと、話し相手も会話内容も異質なのに、まるで友人とするような他愛のない会話と同じ語調で、人通りが多くなるまで言葉のやり取りを交わしながら歩いて行った。














  
  次の日の朝。


 グラトニー(人間体)の時よりは小食とはいえ、充分に有り得ない量食ってきた瀧馬は、沸かしてあった風呂に入ってから、ベッドにもどるのが面倒くさい―――と言うより未だ、ラースと初めて出会った日、その日のまま壊れていて上がれないので、ソファーに寝転がり就寝。

 何時も通りのこの場所で、何時も通り日の光で目覚め、朝を迎えていた。


 朝は苦手ではないのか直ぐに着替えて、ベーグルサンドの朝食を用意し、見知った情報しか流れなくとも習慣だからか、今朝がたのニュースを見るべくリモコンを持ってテレビの電源を入れる。


「……やっぱり昨日の事が流れるんだろうな」
『だろウヨ。視聴者の手前ダ、そこまでズカズカこきおろしゃしないだろウガ、何らかの批判はあるだロヨ』


 テイルイエローの事情を知らない者や、今まで見物してきただけの者達からしてみれば、彼女はヤル気が無いだのスペックが足りないだのと、評価の大小に関わらず、良い評価を得られない事は分かりきっている。

 しかしテイルブルーと違って、それでもまだ世間が受け入れ難いイメージを植え付けた訳ではないので、今後の活躍によっては挽回の余地はいくらでもあるともいえる。

 気がかりなのは、テイルレッド至上主義なこの世の中で、活躍した位で人気が出るのかという疑問点だが、それでも “テイルブルーよりはマシ” といった……イエローが何を思うかは分からないが、一般的には嬉しくも有りがたくも無い、微妙な称号が付いてしまう事だけは確かかもしれない。


 何よりテイルレッドの一件から、特撮好きアニメ好き、玩具収集から察する事が出来るように、会長は『ヒーロー』に強く憧れている。
 ならば、必然的にソレを真似た言動となるのは自明の理。そこまでぶっ飛んだバカをやらかす事など、まずあり得ないのだ。


【ニュースです。昨日、第三のツインテイルズ『テイルイエロー』と名乗る、名の通り黄色いコスチュームに身を包んだ女性が、レッドた……テイルレッドとアルティメギルの前に現れました】

「お、やっぱやってるか。テイルイエローのニュース」
『サテ、一体どんなニュースとなるらや―――』







【ごしゅじんさまぁぁぁ~~~~~ん❤】
【うわーーーーーん!?】

「『グホォッ!?』」


 テレビ画面に現れたのは、何やらひどく異常なまでに興奮している露出度の高い女性、そして抱きすくめられた涙目で暴れる幼子の姿だった。
 テイルイエロー、そしてテイルレッドである。

 誰がどう見たところで、この女性をまともな人物だとは思えない。

 更には、興奮は興奮でもホビーやゲームなどの新情報を上げた際の興奮や、強敵との遭遇で武者ぶるいしギアが上がっていく類の興奮ではなく、明らかに “触れてはいけない何か” な興奮なので尚質が悪い。


 まるで至ってはいけない境地にたどり着いたかのような、そんな蕩けきった顔であった。


【如何するんですか首相! 良いからとテイルブルーを放っておいたら、あんな凶悪なツインテイルズが現れたのですよ!?】
【そもそも何故にツインテイルズと呼ばねばならないのですか!? 最早別の何かでしょう!!】
【首相! この件に関して早々に応えを!!】


(……待てコラ、なんで高々一ヒーロー、いや一マスコットの事で首相が出てくるんだよ……というより出てくるための内容が可笑しいだろ)



 突っ込みどころのある会話をいく度も繰り広げながら、画面右下に映像は固定されている。


 映る風景はどうやら旧採掘場らしく、辺りにはテイルイエローの物であろう装甲が転がっていた。

 テイルレッドにせよ、装甲をパージした事にせよ、どっちにしたってロリコンか露出狂かに分類されてしまい、変態扱いは避けられない。

 ロリコンならば他のテイルレッドファンも~、と言う事で押しつける事が出来ても、もし露出狂ならば言い逃れが出来なくなる。
 ちなみに、端っこに小さくテイルブルーが移っているが、流石の彼女も普通に引いていた。


 朝から早々に椅子から転げ落ちる羽目となった瀧馬は、宇宙人かUMAにでもあったか、そんな有り得ない物体を見る表情で、テレビ画面を見つめていた。

 涎をまき散らしながら(決して誇張表現ではない)、テイルレッドの泣き叫ぶ姿に気持ち悪く笑う(決して比喩ではなく)者達の姿も、今は全く目に入っていない様子だ。


「またか? また、引き返せない位置まで来た奴が増えたのか?」
『イヤホント……何があってあーなったんカネ』


 これはもう解決したならそれでいいと、アッサリ流せる問題ではない。

 一体何処でどのように間違ったのなら、あんな変態的な性格になるのか、今まで抱いていた会長のイメージもあって、二人の頭はこんがらがっている。


 そしてコレから、突っ込みどころにせよ戦闘にせよ、今までと同じようにイエロー絡みでも『絶対苦労する』のだけは、瀧馬もラースも分かり切っていた。
 唯でさえ自身の身体維持や、精神暴走を抑えることで必死なのに、これ以上迷惑をかけられるのは、瀧馬としては正直勘弁願いたいところ。

 だがしかし、避けられないのは分かりきっているので、変わりに何の解決にも足掻きにもならないが、濃い感情がたっぷり乗った、大きく深い溜息を吐いた。


(登校したくねーなぁ……ガチで学校行きたくねぇし……)


 大方イエローの中の人(会長)は大なり小なりショックを受けているだろうが、だからと言って瀧馬の気だるさが取れるのかと言えば、そうでも無いのは当たり前。

 テイルイエローである会長が行いをやめるかどうかはまだ分かるモノでは無いが、常識人がいないと言っても過言ではない、会長の仲間である総二達のもとでは、その性癖が悪化さえしそうだ。


 寧ろ、時が経つにつれ自らその在り方を受け入れて―――民衆が、ではなく彼女自身が―――本気で取り返しのつかない場所にたどり着きそうな、嫌な予感を瀧馬らは感じてやまないのである。


 ……だからといって、学校へ行かないという結びつきも見られない愚行などでは、何の抵抗にもなりはしない事を瀧馬も分かっている。
 言ってしまえば、気分や気持ちの問題なのだ。細々とした理屈ではない。



 いま世界で起こっている様々な問題に比べれば、悩むべくもない小さくおバカな葛藤の末、瀧馬が選んだのは―――――



「……取りあえず登校はするか……」


 何時も通りな行動をとる事だった。


 朝食に支度を済ませ、鞄に荷物を積めて玄関へ向かい、無言で玄関から出て通学する傍ら、ラースもまた一言も発さず悩んでいた。
   
   
(『喉まで出かかってんだけどナァ……思い出せねー事……』)


 その内容は瀧馬とは違い、それなりに真剣なものである。

 以前瀧間へ向けて語った、どうにも引っ掛かっている事があると言う一文、それに対して何とかその引っ掛かっている事を思い出すべく、(物理的に無い)頭を捻っているようだ。


(『あの柿色腕野郎の事だってノハ、まだ出てくるんダガ……でもあいつふっ飛ばしたしナァ……ヤ、でもソコがどうニモ……』)


 柿色腕野郎……要するにあのコンテスト会場で出会った、腕が異常に発達した単純感情種のエレメリアンの事について、どうにも腑に落ちない事がある模様。
 しかしながら、腕一本残して消し飛ばしたのは、瀧馬及びグラトニーの中に居るラースも勿論目にしており、気配も消えているので疑いようのない事実である事は確か。


 それでも尚引っ掛かるのは、クラーケギルディの言葉がある為だろう。

 彼は自分のライバルをグラトニーに食われたと思っていた。
 そして現にリヴァイアギルディは消え去っており、幹部クラスという実力から考えて、此方の仕業だと勘違いされるほどに鮮やか、且つ素早い手際で始末するなら、それは単純感情種で無ければ起こし得ない。

 だとしても、話を総合するならその“主”がいるのはアルティメギル基地の真っ只中。此方にまで手をよこすのは幾らなんでも欲が張り過ぎる。


 ……が、ならばそれに気をつければいいだけで、悩む事など無い。


(『なーんか……嫌な予感すんだよナァ。“そいつ” 関連でも腕の奴関連デモ』)


 何故にここまで、記憶がハッキリしないのか。
 これに関しては、恐らく出来かけの体の中に居る所為で、一部一部の機能が正常に働かないのだろうと、ラースは当たりを着けていた。

 これまでは “奴” に関する事も、大事なことも覚えているのだし、別にどうでも良いと放っておいたが、ここにきて大きな淀みとなり、ラースは少し後悔している。


(『腕の奴は消え去ッタ、相棒の一撃デナ。腕が残ったノモ、千切れ掛けでぶっ飛んだからダシ、可笑しい処なんか存在しねぇ筈ダガ……』)


 不意に身体の中から、自由に利く感覚のうちの“目線”を動かし、前を向く瀧馬に逆らって自分だけ上を見る。
 いっそ清々しい、憎々しいほどに晴れている、そんな青空が広がっていた。

 雲一つない快晴は、未だ悶々と悩むラースの心情と正反対で、正に趣を異にしている景色だった。


(『こーんな晴れやかな気分ナラ、さぞかし気持ちいいんだろうけドヨ』)

「如何したラース、嫌に静かだな?」
『失礼しちゃうぜ相棒。俺だって生物、考え事ぐらいすんノサ』
「前に言っていた事か?」
『御明答』
「……本当に、当たらないで欲しいんだが。その嫌な予感は……」
『俺に言うナイ』


 御尤もな返答を受けて、瀧馬は肩を竦めて首を回す。
 ラースは(口など無いが)欠伸をし、道のより遠くを見据える。

 何時もと変わらない筈の登校風景は、それでも今日ばかりは、彼らには何処か異なって見えた。















 アルティメギル基地内部の、重役の部屋が連なるエリア。

 普段行き来する場ならば大なり小なり声が聞こえる基地も、このエリアだけは不気味な静けさに包まれている。

 クラーゲギルディは何時に無く緊張した面持ちで、速足に歩を進め目的地へと向かっていた。

 彼がここに居る理由、それはダークグラスパーに呼ばれたからである。


 遡る事数時間前に、此処へと到着したダークグラスパーは、何故か皆に挨拶する事も無くそのまま自室へ向かったようで、クラーケギルディもその姿を目にしていない。

 闇の処刑人、闇の執行者、その名で噂されるダークグラスパーの来訪を驚いていたクラーケギルディだが、実は内心半分ほどは信じていなかったりもする。

 たるみきった者達の背筋を正す為に誰かが流したデマか、重罪ではない者を手に欠けぬ事を偽装したか。
 もし真実だとしても、ここに来る理由が無い。


 挨拶をしないのは執行人として、なれ合いを避けているのではなく、手短に用事を済ませる為。
 自分が呼ばれたのも、属性力(エレメーラ)の回収が捗っていない現状を見て、仕切っているお前の気が抜けているのだ……そう叱責する為であろう。

 クラーケギルディはそう考えていた。


(火のない所に煙は立たぬとも言うが……その火種が必ずしも大火へと表情を変える訳ではない……いや、もしもの為だ、見縊るのはやめておこう)


 やがて一つの扉の前に着く。

 力を溜め、クラーケギルディは戸の向こうへ届く様、高々に声を上げた。


「クラーケギルディです! 御呼びでしょうか、ダークグラスパー様!」
『うむ、入れ。許可する』
「はっ!」


 部屋からは扉越しもある所為か、性別の分かりにくい声が聞こえ、一体そのような容姿なのかと疑問に思いながら、彼は開いた扉をくぐる。

 そして……恰も由緒正しき聖堂に足を踏み入れたかのような、何ともいえぬ圧倒的な“何か”に震えを覚えた。
 真正面にはダークグラスパーと思わしき者が、ノートパソコンを開いたまま鎮座しており、その左右には色とりどりのカラフルな箱状の物体が、それこそ夥しい数ずらりと並んでいる。


 この、オブジェとなるほどに並べられた箱の正体を探ろうと目を凝らし……クラーケギルディの目が見開かれた。


(間違いない……! これは全てギャルゲー、エロゲーの山か!)


 そりゃ目を見張るだろう。何せ、部屋いっぱいのエロゲーの山なのだから。

 一般の人ならば悲鳴を上げるか呑みこむか、無表情へ突入に回れ右は必至。

 というか、オブジェになってしまうぐらいのエロゲーを、どうやって買いあさったのか、そしてこれ全部プレイ出来ているのか、甚だ疑問である。


 しかしながら、クラーケギルディが覚えているのは感嘆と畏怖だった。……否、実際にそれを覚えたのは、その後だった。

 予兆も無く箱の中から一つが動き、ダークグラスパーの下へと飛んでいく。箱の中からディスクを取り出すと、パソコンに投入し読み込ませ始める。


「最近はインターネットから直接インストールするタイプのゲームも増えたが……(わらわ)は未だにこのソフトウェアからのインストールの方が、良いと考えておる」
「如何様の理由で?」
「入れる時の所作、パソコン内から聞こえる音、画面に表示されるウィンドウ、そのすべてが、まるで戦前に兜の緒を締める武士の気持ちにさせてくれるのだ」
「……なるほど」


 クラーケギルディこそ納得したかのように頷いたが、普通に人にしてみれば何をいっとるのやらである。
まあ、勿論そう感じる人もいるであろうが、それにしたって口に出して言う事でも無い。

 そしてこの会話から、クラーケギルディは相手の力量と、そして声音から女であることを見抜いた。

 女性型エレメリアンも居るには居るので、珍しくは無いと装いながらも、はたしてどのような姿をしているのかと覗き込み―――再び目を見開く事となる。


(な、に……!? 人間!? 人間の少女ではないか!?)


 そこに座っていたのは女性型エレメリアンでも、少年の声を持つエレメリアンでも無く、眼鏡をかけた『人間』の少女だったのだから。

 高いエレメーラを持っている事はクラーケギルディにも分かっており、だとしても首領直属の部隊に何故人間が配属され、彼らへ恨みを抱いても仕方ないうえ「アルティメギルが狩るべき」人間が与しているのかと、さしもの彼でも驚愕を隠せない。

 ヒーローに仕立て上げられた人間、もしくはとりわけ属精力の高かった人間が、世界が滅ぼされる直前に媚を売って仲間となったか、それ位しかクラーケギルディに思いつく可能性は無かった。

 勿論、首領直属の戦士なのだから、必ずしも媚を売った訳では無かろうが、それにしたって本来なら、此方と敵対すべき人間が基地内の堂々居座っているのだ。
 戦争時で例えるなら、敵国の人間がVIP待遇で部屋に招かれ、緊張の欠片も無く好物を口にしているようなもので、これに驚かない方が寧ろおかしいと言える。


 これだけでも充分であるにも拘らず、クラーケギルディは再三、背筋と脳裏に戦慄が走る感覚を味わう事となる。


 どうやらインストールは完了した模様で、クリックして起動させOPを飛ばすこと無く眺め、ものも言わずにそのまま不規則なリズムで左クリックを繰り返して、音声付きの台詞を飛ばすこと無く読み進めていく。


 まさか……!? と、何かを予感したクラーケギルディの背筋に冷や汗が流れる事と、そのシチュエーションが訪れるのは同時だった。


『ひゃうぅっ!? エ、エッチィッ!』
「……ふっ」

(で、できる! 此の娘子、やはり只者ではない!?)


 ゲームをプレイしている途中に二ヤけることは、例えその手のゲームで無くとも有り得るだろう。

 しかし、バトル系で中々に展開がうまくいったり、ギャグ系で覚えのあるやり取りが流れたりして、頬が自然と緩むのならばともかく、今プレイしているのはエロゲーであり、しかも目の前に居るのは見ず知らずの他人。

 この状況で堂々とプレイするだけでなく、表情を歪める事すらいとわない……その傍迷惑な―――じゃ無く大物ともいえる胆力は、クラーケギルディが三度目の共学に加え、戦慄を覚えるのも仕方が無いと言えた。

 只者では無いこの少女が、今までアルティメギルの上部に位置していたのも、彼は納得していた。


 やがてプレイする手を一旦止め、ようやく本題に入るのか、ダークグラスパーは口を開く。


「まず聞こう。リヴァイアギルディが行方知れずとは、誠か?」
「はっ。何者かに襲撃された事は確かですが、それ以上は此方も調査中です」
「ふむ……」


 そこで会話は途切れ、ダークグラスパーは顔を下げて沈黙を保つ。次の言葉を待つ者と、言葉を紡ぐため黙る者の間に、人の世でもそうは訪れない静寂が走る。


「単刀直入に言おう。妾がここに来たのは、しばらく滞在する為じゃ……『美の四心』もつれてな」
「なんと……!」
「属性力の奪取が捗っていない事もあるが、不確定要素がこの世界には多い。だからこそと言う訳だ」


 不確定要素……当初こそ、文明はまだまだ発展途上にもかかわらず、属性力は他のどの世界と比べても格段に高い、まさに最高の“餌場”としていた世界だった。

 が、今ではその不確定要素である『グラトニー』やら『此方に属さない謎のエレメリアン』やらが割り込み、戦力のみ減らされる状態となっている。

 テイルレッド率いるツインテイルズも侮れぬ実力者で、この世界に生半可な増援を投入しても、状況が好転しないのは目に見えていた。

 彼女についてきたらしい『美の四心』も、また首領直属の精鋭部隊であり、ソレを踏まえればどれ程この世界が、そして割り込んできた者達が、彼らにとってイレギュラーなのかが分かる。


「無論、お主にもしっかりと働いてもらう故、鍛錬を怠るでないぞ?」
「はっ……スパロウギルディ殿には……」
「既に伝えてある。部隊長と呼べるのは、他にお主だけなのでな。だからこそ重要事項を先に伝達すべく、此処へと呼んだのじゃ」
「なるほど」


 クラーケギルディは感情を抑え、冷静に見極めてこそいたが、他のエレメリアン達が有ろう事か「人間」の下に着くなど、幾ら人間を尊敬していようとこればかりはプライドが許すはずもない。

 その騒ぎを鎮める為に、クラーケギルディへは前もって伝えておこう、と言う訳らしい。


「妾とて護衛へ任せきりにはさせん。歯向かうならば実力を持って、妾の存在を認めさせるまでだ」


 その『実力』が大見えを張ったモノではないと、既にクラーケギルディも分かっている。
属性力の高さ、胆力、そして実力……首領直属になるのなら、ふさわしい人材であろう。


「では下がるがいい。次なる指令をまて、良いな」


 ダークグラスパーはそういうと、パソコンの画面に目を戻す。クラーケギルディの返事も待たずにこれとは、どれだけ精神が図々s―――猛々しいのか。

 心おきなく続きが出来ると、左クリックを開始して、そこで違和感に気がついた。

 ふと目を向けた先、クラーケギルディが未だ膝間付いて、この部屋から出て行ってはいないのだ。


「さがれと言ったであろう? 聞きたい事があるのならば、今は忙しい故後にせい」


 そういうとダークグラスパーは大して忙しくm―――かなり急がねばならない、その作業に再び取り掛かる。

 次から次へと繰り出される、現実ではまずあり得ないシチュエーションに、だらしなく頬を緩ませて凝視し、再び分を進めようとして……苛立った表情でまた目を向ける。


 そう……クラーケギルディはまだ居るのだ。


「妾の超絶テクニックを見ようとしても無駄じゃぞ? 何せお主らでは決して届かぬ妙技なのだから。だからさっさと下がれ」


 再三(世迷い事を)言い放ちパソコンに目を戻そうとするが、やはりかクラーケギルディは頑固にも決してその場を動こうとしない。

 いい加減シビレが切れたかダークグラスパーは立ち上がり、語りかける口調からたたきつける口調へと変えた。


「いい加減にせんか!! お主が何を望んでおるのかは知らんが、しつこく食い下がれば取繕ってもらえる等、自身の立場を弁えんか!! 野心も過ぎると―――アレ?」


 そこまで言い放ってからようやく事態の異変に気がつく。


 確かにクラーケギルディは未だ膝をつき頭を垂れているのだが、それにしたって物音一つ発する事無く、微動だにしないのは幾らなんでもおかしい。

 更に言えば、先程からクラーケギルディは一言も口にしていない。更なる昇格を望んでいるのなら、機嫌取りのおべっかを一つでも口にする筈なのに……だ。


 良く見てみればうっすらと、何か炎のようなものがクラーケギルディに纏わりつき、口やら手足やらを封じているのが分かる。

だが影形も見えず、犯人は気配すら何処にも無い。


「な、何者じゃ!? 姿を現せ!」


 お断りだとばかりに何も聞こえず、しかし状況は悪化していく。


「ふむぐ、ぐむぐおおおぉぉぉっ!! おごっ!?」
「く、クラーケギルディ!?」


 漸く触手を全開放することでのがれたクラーケギルディの体が、轟音と共に真横に飛ばされ、エロゲーの山に当たって派手にまき散らす。

 ツインテールを描く様に並べられていたソレは、今の衝突と爆風で見る影も無くなっていた。


「ダークグラスパー様お気を付けを! 恐らくこの者ごあぁっ! ごはっ!?」


 何かに掴まれ軋むほど握られ、投げ挙げられて拳と思わしき一撃をくらい、またも宙を舞って反対側のオブジェへぶつかり、大音響を鳴らす。

 今の攻撃でやっと敵の姿が見えたらしいダークグラスパーは、その『拳』の現れた地点を鋭く睨みつける。

 そして息を吸い……一気に噴出させた。


「眼鏡っ!!!!!」


 ……言葉の残念さと違い、放たれる衝撃波は突風の如く。だが、侵入者は揺らがず、何も起こらない。


「妾の力を受けて……まるで動じないじゃと……!」


 ダークグラスパーのつぶやきと同時、クラーケギルディが音高らかに剣を抜刀し、触手を蠢かせて見えぬ敵に備える。

 そして待ち構えていた瞬間は―――脚元よりおとずれた。

 脚をつかまれて引き摺られ、中空へと放り出されたクラーケギルディが追撃に備える。
だが何も起きず剣を少し引いた……それがアダとなった。


「crappy」
「ぐほぉっ!?」


 腹部へ掌底、掌底、掌底の連打。

 対抗しようとかざした剣は握りつぶされ、無残にも焼け焦げ溶けている。

 触手を総動員して補うも余りのパワーの違いに、逆にクラーケギルディが引き摺り回される羽目となる。
 幾つか千切って幾本か握ると、今度は部屋中に叩きつけ始める。

 援護に向かおうとしているダークグラスパーだが、仲間が傍に居る所為でうかつな行動を取れない。


 何とか距離を取って、彼女が攻撃できる間合いにとらえた時は……遅かった。


「我が触手をなきがごと……っ!?」
「ぬうっ! なんじゃこれは!?」


 攻撃に移ろうとした瞬間、うっすら巨大な“ガーネット色の手”が見えたかと思うと、音速を超えた際に響く轟音が部屋を一瞬支配し、余りにも鮮やかな閃光で視界を遮られる。


「おのれぇっ! 正々堂々と戦わぬかあっ!」


 言い放った格好のまま、クラーケギルディは硬直し、もう二度と動く事は無かった、


「―――」
「tas notiek uz leju」


 指すべてを前方へと向けた掌底で、腹に風穴をあけられたのだ。終わらせぬと両手を穴へと突っ込み、身体を上下に引き千切る。


「な、妾でも感知できぬと―――」


 悠長にしゃべっている間に、現れた『侵入者』の手によって両の半身を握られ、焼かれながら握り潰されて、断末魔も無くクラーケギルディは消え去る。
 余りにもあっけない、あっさりとした結末だった。


 初めて目にしたその侵入者の姿は、彼女の知るエレメリアンとは全く異なる、容姿の体系を持っていた。

 人間に近い造形、ガーネット色の炎で出来た両の腕、黒い肌、宝石で出来た脚に仮面……神話のどの幻獣でも無い、無理やりこじつけるしかない、そんな見た目を。


「ええい! 貴様何者じゃ、名を名乗れ!!」
「……」


 無言で跳躍、ついで右フックからの左ソバット。そこからガーネット色の“何か”が目の前を通り過ぎ、更には挟み込もうとしてくる。


「ぬおおおう!?」


 ジャンプで避けるダークグラスパーは、しつこく食い下がり台詞をつなげようとする。
 だが相手は話を聞く気など毛頭ないと、ジャブ三発から繋げてストレート。そして躱された方向へ、炎腕を力任せに振るう。
 それにつられる形で、またも“何か”が身体をかすめ、回転させられた。

 最早会話の余地なしと(今更ながらに)判断したダークグラスパーは、回転を利用して跳び上がると距離を取る。
 そして、己の眼鏡を片手でつまみ、声高らかに叫んだ。


「グラス・オン!!」


 そのワードはツインテイルズの変身文句、「テイル・オン」に酷似しており、闇の如く黒い光と言う、矛盾した現象の後に現れた姿も、さしずめ黒いツインテイルズと言っても差し支えない、そんなコスチュームだった。

 違いと言うなら……まあ、ツインテイルズ三人内でも相当違うのだが、骨上のパーツから延びるマント、手にした黒い鎌など、そこから敢えて言うなら―――宛ら悪の女幹部の様だ、といえばいいだろうか。


「このダークグラスパーの “グラスギア” による戦闘モード、そして我が鎌『ダークネスグレイヴ』の威力……とく――」
「skaļš」
「ってぬごわああっ! あ、危なげほっ!?」


 いっそ漫才でもやっているのかと錯覚するぐらい、戦闘の始まり方は酷いものだった。
 さっき、此方の喋りに付き合わないと知ったばかりなのに、何故悠長に台詞をかまして、乗っけから拳を喰らっているのだろうか。

 空中を三回転し何とか大勢を直して、ダークグラスパーは着地し『ダークネスグレイヴ』を構える。


「戦士としての誇りも矜持も無い、そんな貴様に最早容赦はせなああっ!?」
「……」
「う! わっ! ちょ、これ、コレ危な、とっ!? 重……ぶへあ!!」


 右アッパー、右フックに左ジャブから左裏拳、また左ジャブから右拳によるストレートへつなげ、交互に拳での連突を開始。

 速さを重視したラッシュから一転、隙をついて“何か”により一回り大きさを増した右拳へ、当たり前に人間離れした体重を乗せて叩きこみ、防除した鎌ごとダークグラスパーを壁際へと吹き飛ばす。

 防いでも衝撃が重く、拳を受ければKO必至で、おまけに強引に叩きつけられダメージを負う。
直撃だけは防がねばならないと、ダークグラスパーは無限で自身に活を入れた。


 鎌の柄をひっかけ、回転させて柄を上に擡げ、間、髪を入れずに振り下ろして打撃。更に後ろへ回った鎌刃も振り切り、おまけで回転させる。

 そうやって何とか凌ぐダークグラスパーの動きも、流石と言うべきか直属の精鋭部隊に相応しいモノではあるが、相手は基礎力でも技術でも先を行く。

 回転させねじられた体制を利用してタックルし、体重を支えきれなくなったダークグラスパーへ、左足を振り上げ迫らせる。
 負けじと振り下ろされる一撃に力で打ち勝ち、上がったガードの隙を突いて、脚を振り下ろすや否や右ストレート。

 またも後を追って襲い掛かった“何か”にぶつかり、勢いよく弾き飛んだ彼女を負って跳躍すれば、ダークグラスパーは追撃を避けるべく武器を振り上げるが、一瞬タイミングを遅らせて鎌をつかむと、そのまま投げ飛ばし壁へ打ちつける。


心・技・体……全てで実力差があり過ぎた。


「まだじゃっ! 妾にはまだこれがある―――『カオシック・インフィニット』ォォォッ!!」


 彼女の叫び声に呼応して眼鏡が輝き、(むげん)の字を描く黒き円環が、炎碗を持つ黒肌のエレメリアンを包み込み、やがて黒い球体となると、キュボッと音を立てて虚空へ消え去った。

 この技は彼女が相手に精神的苦痛や、脱出不可能な楽園を齎すために生み出した技で有り、闇で相手を包み込む事によって、永久なる幻覚を見せる技なのだ。

 更に彼女が用意した異空間へと連れ去ることで、永遠に苦しめる事も麻薬におぼれさせる事も出来る。
 特に精神そのものであるエレメリアンならば、己にとって耐え難い苦痛を延々浴びせられれば、摩耗して消え去る事もありうる恐ろしい技である。


 ……勿論弱点もあり、彼女が判断した中での苦痛や楽園を与えるだけなので、苦痛なら兎も角楽園には齟齬が出る可能性があると言う事だが、とある “能力” によりソレは滅多にないと言っていい。


「ふっ……妾の神眼鏡(ゴッドめがね)でも見ぬけんとは大した奴だ……じゃが、無限に広がりし闇もまた終わらぬ恐慌を齎す。主の負けは決まっておったのだ」


 ―――それが今しがた口にした、何ともまあかなり微妙なネーミングの力なのだが、しかし今までこの技を完ぺきに決める事は出来ていたようで、実力も合わせて中々侮れないだろう。

 戦闘力という面では劣っていたダークグラスパーだが、特殊能力と言う点では彼女の方に分があったらしい。

 先の戦いと同じく、しかし先の戦いとは逆の展開で、アッサリと決着がついてしまった。


「ふむ……しかしそうなると、この基地で行方知れずとなった数体に、注意せよと言われていたファンリルギルディ、そしてリヴァイアギルディが消え失せたのも、彼奴の仕業で会ったか……蓋を開けてみれば、簡単であれど尚ややこしい事よ」


 彼女はマントを翻すと正体不明の侵入者が消えた場所へ背を向け、未だ起動中でスリープモードへとはいっている、奇跡的にも壊されていなかったノートパソコンへ歩み寄る。

 変身を解く間も惜しいと、そのまま画面を覗き込んだ。


「ふふふ……これでやっと続きが出来る…… “あの人” のような女となる為にも、勉強しなくては」


 やたら破廉恥な勉強があったものだと、呆れの目で見られても仕方のない事を言いながら、この後待ちうけるクラーケギルディ部隊への情報伝達も忘れ、エロゲーに没頭し始めるのだった。








「Ak, muļķīgi」


 否、没頭し始める『筈』だった。

 小さく、本当に小さく、気のせいかと思うほどの音量で、何者かのつぶやきが聞こえ、ほんの一瞬何も無い空間が揺らぐ。


 だが空耳だと思う間もなく、変化は唐突に訪れ始める。


「な、なんじゃ!? 炎が、細長く立ち昇って……!?」


 もう目にすることなどあり得ない筈の『ガーネット色』の炎が細く、そして長く、盾に数センチほど広がると―――そこからは瞬く間だった。

 亀裂が広がり、空間が燃やされ、炎で形作られた指が這い出し、跳びだした片碗が宙を泳ぐと、空間の淵に手を掛ける。
 目を塞ぐほどの風圧と熱気が顔を焼き、ダークグラスパーは思わず顔ごと目線をそらす。

 木材を焼く音と、ガラスが割れる音が同時に聞こえ……刹那、何にも属さない奇奇怪怪な効果音が、大音量で部屋に轟く。

 声を上げる暇もなく驚愕が次々押し寄せ、瞳を元の位置へ戻した時には―――



「Es PAP」



 炎碗のエレメリアンは、既にその場に帰還してしまっていた。


「ば、馬鹿なぁっ!? わ、わ、妾の『カオシック・インフィニット』をこうも容易く!?」


 闇へと捕らわれてから一分もたっていない事を考えると、余りに理不尽な速度で打ち破ったと言わざるを得ない。

 髑髏を模したガーネットで作られし仮面の奥、此方へ向けられる眼光は何時になく冷やかで、即ち彼がダークグラスパーを障害にも思っていないか……或いは彼にとっては実に下らない、小細工にも等しい行為で怒らせたか。


 どちらにせよ、ダークグラスパーにとっては、非常に好ましくない感情だ。

 そしてどのような感情を彼が抱いて居れども、彼女に振り莉刈る暴力がやむ事が無いのは、確実と言える。

 そして彼女は直感していた……自分の攻撃用の必殺技を叩きこんでも、向こうはまだまだ余力もあるし切り札がある事も捨てきれない。
 つまり、意味が無いのだと。


 両側から迫るガーネット色の “何か” の高熱にさらされ、正に絶体絶命だった。


「ぐくぅっ……これを、此処で使う事となるとはぁっ……」


 かくなる上は最終手段だと、前時代的な形をしたスイッチを取り出し、突進してきた黒肌の男へ、その先端を向ける。

 そのまま、スイッチを押すと、彼の後ろへ七色に輝く光の輪が出現した。


「閉じ込められずとも! 別の場所へ放り出すならば主とて逆らえんじゃろうっ! 今すぐ出て行くが良いわあぁっ!!」
「Hmm……」


 目を細めて何かボソボソと口にしたのを最後に、炎碗黒肌のエレメリアンは輪に吸い込まれ消えていき、今度こそ部屋は静寂に包まれた。

 ダークグラスパーが手にしているその装置は作動が一回きりで有り、メンテナンスや属性力補充などに時間がかかる上、相手の属性力によっては聞かない事もある厄介な代物。
 しかも使う場所は、この基地の様な次元の狭間で無くてはならないという、もっぱら侵入者撃退用アイテムなのだ。

 今回はむしろ実力が高すぎたお陰で、油断を突いたおかげで何とか追い出す事が出来た模様。


「情けない切り札を使う事となるとはっ……じゃがそうなると、グラトニーとやらも彼奴並みの戦闘力を持っている事となる……厄介な世界にきてしもうたわ……っ!」


 追い出した先がどことも知れぬまま、ダークグラスパーは一息つく。そしてもう何もない事を機敏な動きで確認した後、ノートパソコンの前まで歩み寄るのだが……


「ぬ、ぬううぅ……やっぱり先程の熱波で壊れているっ……ゆるせぬうっ! 許せぬが手が出せないとは何たるもどかしさあっ!!」


 机をバンバン叩きながら悔しがるダークグラスパーの姿は、先程まで生きるか死ぬかの戦いをしていたモノには見えず、ただただ滑稽だ。


 そしてそれは、コレから起きる事態と、真反対の様相ともいえるのだった。



 風を使う少女の世界に現れてしまう、その強大な力と。
 
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