俺と乞食とその他諸々の日常
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四話:剣士と日常
―――休日。
それは神が人間に与えた最後の希望。最後の奇跡。
何の気兼ねもなく、誰の邪魔もなく朝から逃れることが出来る素晴らしい日。
勿論、俺は今日も今日とて暖かな布団の中で惰眠をむさぼる。
この至福の時間を邪魔することは誰にもできな―――
ピンポーン!
……できな―――
ピンポーン!
でき―――
ピンポン♪ ピンポン♪ ピピピピンポン♪ ピピピピンポン♪
ピンポン♪ ピンポン♪ ピピピピンポン♪ ピピピピンポン♪ ピピピピンポン♪
ピ~ン~ポ~ン♪ ピーーーーンポン!!
「どこ誰だか知らないが雑種風情が我の眠りを妨げた以上生きて帰れると思うな!」
やけにリズムよくピンポンしてきた人物に激高してつい可笑しな口調になりながらパジャマ姿のまま玄関へと進んで行く。
そして、怒りのままに勢いよくドアを開け放つとそこには赤い瞳に髪を結いで束ねた黒髪ストレートの女―――ミカヤ・シェベルが立っていた。
「やあ、おはよう。リヒター」
「天に仰ぎ見るべき我の眠りを妨げたその不敬、万死に値する!」
「君はどこぞの英雄王になったんだ?」
確かに俺は金髪だがそんなツッコミは不要だ。
俺は一刻も早くお前を片付けてベッドの中に戻らなければならないんだ。
「というか、俺の眠りを妨げたあのピンポン連打は何だ?」
「押しているうちに少し楽しくなってね。今は反省している」
「お前は礼儀正しい奴だったと記憶しているんだが?」
「君相手に礼節を尽くしても仕方ないと思って」
何それ、酷い。
良い笑顔で言い切った辺り完全に本音だよ、こいつ。
本当にけしからん。その大きなおっぱいもだが色々とけしからん。
「もし、俺がいなかったら完全に近所迷惑だぞ」
「あはは。君が休日の朝からどこかに出かけるなんて天地がひっくり返ってもないからね」
悔しいけど、認めちゃう。
というか、さっきからこいつ俺に対して辛辣すぎるだろ。笑顔がいろんな意味で眩しいし。
何なんだ? あれか、この前おっぱい剣士って呼んだのが悪かったのか?
そう聞いてみると、スッとミカヤの目が細くなり、自慢の刀に手を掛ける。
「今宵の晴嵐は血に飢えている……」
「ミカヤさん、まだ朝です」
「視力を失えば二十四時間夜になると思うんだ」
「何さらりと俺の目を潰す宣言しているんだ」
やっぱり今日のこの人なんかおかしい。そんなにおっぱい剣士が嫌だったのか。
あ、ちょ。目つぶしは本気でやめてください。
どうせ失明するならせめてジークのメイド服姿を目に焼き付けてから失明したい。
「私も初めてだからちょっとドキドキしちゃうなぁ」
「むしろ人の目を潰すのが初めてじゃなかったら怖すぎる。それとこんなことでドキドキされても困る」
「私の初めてじゃダメなのか…?」
「それっぽく言っても事後に残るのは目を失った俺だけだよな」
可愛らしく上目遣いで言ってみてもその手に握った刀で全てが台無しだ。
軽くヤンデレ要素が入っていてよい子は見ちゃダメ状態になっているぞ。
「それよりもいい加減用事を話せ。俺だって暇じゃないんだ」
「パジャマ姿の人間の言う言葉じゃないと思うんだ」
「確かに」
仕方ないんで着替えてきました。
「なるほど、ジークを見かけて話しかけようとしたら逃げられたから俺の所に来たと」
「うん。君の家に行けばジークに会えると思ってね」
「なるほど、確かに家はジークホイホイと化しているからな。その考えは間違っていない」
取りあえずお茶を出してもてなしながら話を再開する。
ジークのやつめ、俺の家に来ない時ですら俺の眠りを妨げる原因を作るとは何事だ。
まあ、今日は来てないからミカヤは完全に無駄足だけどな。
「それにしても、なんで逃げられたんだ? 『今宵の晴嵐は血に飢えている……(キリッ)』でもやったのか」
「今そこはかとなく馬鹿にされた気がするけど……。その程度でジークが逃げ出すことはないよ。逃げた原因は、大方予想は付いている」
「そうか……まあ、これ以上はジークに直接聞く」
少し憂いのある顔で自分の腕を見つめるミカヤに空気を読んだ俺は話題をそこで終了させる。
こういうのは本人以外から聞くのはいけないっていうのは俺でも分かる。
「どうせジークのことだから私の手をぶち砕いたことを気にしているんだろう」
「あれ? 折角、気を使ったのに自分から言うの?」
「別に私は気にしていないからね」
何でも無い様に片手をひらひらと振りながらお茶請けを食べるミカヤ。
俺の珍しい気遣いが水の泡になってしまったが気にしていないのならまあ、それでいいんだろう。ジークの方がウジウジして姿を現さないのはある意味でいつも通りだしな。
「それで、本当に会わなくていいのか? 何ならジークを錬成してもいいぞ」
「大丈夫だよ。試合の借りは試合で返すからさ。それに今日は行くところがあるんだ」
若干闘志を出しながら好戦的な笑みを浮かべるミカヤ。
ジークも戦闘中はこういった人間を引き寄せる力が働くのに、普段がなぁ……。
「因みに錬成には何が必要なんだい?」
「おにぎりとおでん」
「随分と安上がりだね」
実際この二つを作った時の出現率は150%だ。
因みに50%は朝に来て夜にまた来るのが原因だ。
「畜生ォ…持っていかれたァ……ッッ!」
「君は人体錬成にでも失敗したのか」
「いや、お前に斬られた廃車の気持ちを代弁してみただけだ」
俺とミカヤは今、廃車場に来ていた。ミカヤの行くところについて行ってみた結果がこれだ。
哀れな廃車達が無残にも半身を持っていかれている様を永遠と見続けるはめになったのだ。
最初の頃は俺も興奮していたが次第に飽きて来て今では廃車にアフレコをして作業員のおじさん達を笑わしている。
おじさん達との親交が深まっていくのも偶にはいいもんだ。
「私を倒してもいずれ第二第三の廃車が現れるだろう……」
「頼んでいるのは私だけどね」
「帰るんだ……妻と息子が待つあの場所へ……」
「やめてくれ、罪悪感が湧いてくる」
「パパの仇をとるんだぁぁあああっ!」
「物語を形成しないでくれないかな」
律儀にも俺のセリフに一つ一つ反応しながら廃車を切り裂き続けていくミカヤ。
本当はこんなにも斬らないらしいがおじさん達が悪乗りしてどんどんミカヤに廃車を投げつけていく。
まあ、全部切り裂いているから問題はないけどな。
「ふぅ……全く君といると調子が狂わされる。だから、嫌いなんだ」
「ドリンク渡しただけでそこまで言われるのは流石に予想外だな」
「私は、君みたいな図々しくて能天気で馴れ馴れしい奴が大っ嫌いだ!」
「ただのツンデレ発言だよな、それ」
軽く談笑しながらミカヤにスポーツドリンクとタオルを渡す。
初めてあったのはヴィクターの紹介であの頃は礼儀正しかったんだがもう遠慮がない。
きっと仲良くなれた証拠なんだと前向きにとらえるようにする。そうじゃないとやっていけない。
「さて、俺は帰るとするか」
「せっかくだからお茶でもしないか。付き合って貰ったお礼さ」
「うーん、悪いがパス。今から買い出ししないとジークが来たときに俺の食う物が無くなる」
来るたびに冷蔵庫中身が消えるから食費も馬鹿にならない。
まあ、ヴィクターから援助してもらっているから大丈夫なんだがな。
すると、なぜか信じられない物を見るような目で見つめられる。
「……君の事だからお腹を空かせたジークの目の前でこれ見よがしに食べるものだと思っていたよ」
「お前の中の俺ってどうなっているんだ?」
「この世全ての悪」
「おっぱい剣士のこと、どんだけ恨んでいるの、お前」
この日二度目の『今宵の晴嵐は血に飢えている……(キリッ)』が発動したのはそのすぐ後だった。
後書き
ミカやんのおっぱいはけしからん(断言)
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