契約書
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2部分:第二章
第二章
「あいつがその悪魔だ。悪魔と契約した男なのだ」
「ふむ。それならばだ」
「その契約書を作るとしよう」
「そしてシスター達とも話をして」
「あいつをここで滅ぼす」
「何があってもな」
密室での謀略が行われたのだ。そうしてであった。
やがてその修道院においてだ。奇怪な出来事への証言が相次いだのである。
「悪魔です」
「悪魔が出て来ました」
「それが私達を誘惑してきました」
「そしてその顔は」
彼女達は次々に言うのである。
「そしてその顔はです」
「間違いありません」
「あの方です」
そしてその名前が出て来た。彼の名がだ。
「ユルバン=グランディエです」
「あの方のお顔でした」
「間違いありません」
そしてこの話はすぐに町中に広まった。挙句にまずジャンヌが発狂した。
「グランディエ様!」
突然彼の名前を叫んでだ。狂った様に踊りはじめたのだ。
その踊る姿がこれまた異様であった。まさに何かに取り憑かれた様だった。
そしてその他の者達もだ。口々に彼の名を叫んで踊り狂い気絶していったのだ。
街は忽ちのうちに不穏な噂に包まれるようになった。そして多くの者が彼を指し示して言うのであった。
「悪魔だったのか?」
「怪しいとは思っていたが」
「やはり」
ここでデマコーグを囁く者も混ざっていた。
「怪しいな」
「そうだな」
「明らかにだ」
酒場等でこう言ってであった。人々を静かに煽動していった。
それを聞いた宰相のリシュリューも動いた。彼は枢機卿でもあったのだがその立場故かグランディエの風刺の槍玉の一つともなっていた。そしてグランディエの後ろに隣国にして当時フランスの宿敵の一つだったハプスブルク家が治めるスペインがいると噂されるのならば。彼としても手を打たない訳にはいかなかった。
「私を風刺する位なら追放で済ませてやった」
彼は側近達に告げた。
「だが。スペインがいるとなれば話は別だ」
「ではやはり」
「消えてもらいますか」
「ただ消えてもらうだけではない」
ここでリシュリューの言葉に剣が宿った。彼は枢機卿という聖職者ではあるが戦場に立ったこともある。鎧を着て自ら戦う男でもあったのだ。
「悪魔として消えてもらう」
「悪魔としてですか」
「その名前で」
「そのうえで他の者達に見せるのだ」
その見せる対象が問題であった。
「神聖ローマとスペインが常に我等を狙っている」
「はい、確かに」
「それは」
これは彼等は実によくわかっていた。フランスは神聖ローマ帝国を東に抱え南にはスペインが控えていた。両方共フランス王家ヴァロア家とは怨敵であるハプスブルク家の国である。彼等が常にフランスを害せんとしていたのである。
そのことを誰よりもわかっているのはリシュリューだった。グランディエが気付いていないうちにスペインが彼の後ろに回って国の混乱を煽ろうとするならばだ。彼としては手を打つのが当然だった。
「この上なく惨たらしい死を与えるのだ」
彼は密かに命じた。
「ハプスブルクに操られようとするだけでもだ」
「そうなると」
「見せ付けるのですね」
「無論既に操られている者達もいる」
このことも既に見抜いているリシュリューだった。
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