武后の罠
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7部分:第七章
第七章
「それではないのですね」
「そうだ。皇后様の御命令だ」
「皇后様の」
「そうだ、皇后様のだ」
もう昭儀が皇后になっていた。だから皇后と言えば彼女になっているのだ。
「これでわかったな。もう聞くことはないぞ」
「わかりました。それでは」
「若しこれ以上聞けばだ」
ここで宦官は顔を白くさせて拷問吏達に対して告げた。
「その方等が同じ目に遭うからな」
「・・・・・・わかりました」
拷問吏達もまた青ざめた顔で宦官の今の言葉に頷いたのだった。
「では。これ以上は」
「私達は何も」
「そうだ。そしてだ」
宦官はその白くなってしまった顔でさらに言葉を続けた。
「恩賞は弾むそうだ」
「はい、有り難うございます」
「喜んで受け取らせて頂きます」
「それでだ」
だが。宦官の言葉はまだ続いた。これは拷問吏達にとっては意外であったしまた恐ろしいものであった。今彼等は心底震え上がっていたのである。
「もう一つ頼みたいのだ」
「何でしょうか」
既に覚悟を決めている彼等は表情を見せることなくまた宦官に応えた。
「御二人の手足を切るな」
「はい」
「止めを刺せと仰るのですね」
「残念だが違う」
しかしそれは否定された。話は彼等が思っている以上に惨たらしいことだったのだ。
「その御二人をだ。さらに」
「さらに?」
「まだ何かあるのですか」
「後宮の酒蔵にお連れしろ」
「手足がない御二人をですか」
「その方等は後宮に入ることができぬので入り口まででよい」
後宮に入られる男は限られていたのだ。皇帝と去勢され男ではなくなったとされる宦官と後宮にいる女の子供だけである。だから彼等は入ることができないのだ。
「後は我等が行っておく」
「左様ですか」
「それだけですか」
「ただ。御二人は酒瓶にお入れしろとのことだ」
「御二人をですか」
「そうだ。首だけ出してな」
やはり惨たらしい話であった。
「連れて来いということだ」
「そうですか。では」
「御言葉通り」
「惨いことを命じて済まぬ」
宦官は瞑目し沈痛な面持ちになっていた。
「だが。それでもな」
「いえ、それはもう仰らないで頂きたい」
「そういう約束ではないですか」
「そうであるが」
口止めした宦官の方がかえって心を乱しているようであった。そのあまりもの惨たらしさに。
「ですから。もうこのことは」
「我々は褒賞を頂きました。そういうことで」
「頼むぞ。さらに礼はするからな」
宦官はこう告げてその場を後にした。それからは何も言おうとはしなかった。これは拷問吏達も同じで彼等は無言で二人の后の手足を切り酒瓶に入れ後宮に送った。後宮に戻された二人はそのまま後宮の酒蔵に入れられた。そしてそこで晒し者となったのであった。
「あまりにも惨いのではないのか」
「幾ら何でも」
この処刑には誰もが顔を顰めさせた。それは高宗も同じであったが最早皇后には誰も逆らえることはできなくなっていたのだ。無忌も遂良も何も出来ず唇を噛むだけだった。全ては皇后の思うがままになっていたのであった。
その皇后は。後宮の酒蔵にまでわざわざ言った。そして酒瓶から首だけ出している二人を見て酷薄な笑みを浮かべ見下ろすのだった。
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