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武后の罠

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5部分:第五章


第五章

「何っ、皇后様のお部屋から!?」
「淑后様のお部屋からもだ」
 この二人の部屋から異変が見つかったのであった。
「呪いの文が見つかったのだ」
「陛下を呪う文章が」
「何という恐ろしいことだ」
 宮中で見つかったそれは忽ちのうちに朝廷にまで話が伝わりそれがすぐに都長安まで覆ってしまった。百万の長安の民達でこのことを話さない者達はもういなかった。
「御二人が陛下を呪っておられた」
「何故だ!?」
「何故かか」
「そう、何故かだ」
 このことが話されていく。
「何故かだ。何故だと思う?」
「それは」
 答えは自然に導き出されたのだった。
「そうか、それか」
「それだな」
「そうだ、御寵愛だ」
 宮中において最も重要なことだ。これはもう市井の者達も把握していることだったのだ。彼等は酒屋でも井戸の周りでも店の前でも。このことに気付いたのだった。
「今陛下の御寵愛は昭儀様のもの」
「御二人にはない。さぞや腹立たしいことだろうな」
「では御二人は」
 答えはさらに導き出されていく。少なくともそれは人が普通に考えられることだった。
「陛下を逆恨みしてやはり」
「陛下を呪い殺そうとしてか」
「おそらくはな」
 このことが断定になってきた。
「どうせ御寵愛が得られないのと」
「陛下を呪い殺そうと」
「何と恐ろしいことだ」
「人の所業ではない」
 誰もがこう思った。唐そのものである皇帝を害そうなどとは少なくとも彼等には考えられないことだからだ。
「それで御二人はどうなるのだ?」
「どうなるのだと?」
「そうだ。どうなるのだ」
 次に話題になったのはこのことだった。
「陛下を呪い殺そうとした。その罪は重いぞ」
「重いどころではないぞ」
「だからだ」
 あらためてその罪が認識されたうえでまた話された。
「このまま放ってはおかれぬだろう。ならば」
「処罰は重いだろうな」
「重いものになるか」
「まず宮中にはいられなくなる」
 このことはもう自明の理であった。皇帝を殺そうとした者が宮中にいられるのかどうか。それはもう言うまでも考えるまでもないことであった。
「それどころか。誅殺もあるぞ」
「誅殺だと」
「そうだ。それもある」
 このことが真剣に話された。
「事態が事態だからな」
「ううむ。これは尋常ではないな」
「果たしてどうなるか」
 市井でこの話だ。朝廷では最早大混乱になっていたのは言うまでもない。だがその中でも二人の重臣、無忌と遂良の意見は変わらなかったのだった。
「これは何かの間違いである」
「そうだ、そんな筈がない」
 彼等はそう言ってはばからなかった。
「皇后も淑后もその様な方ではあられぬ」
「それは我等がよく知っている」
 太宗以来の重臣である二人の意見はやはり大きくこれで朝廷は二人の后に対する発言は大きく制限されていた。無論宮中でもだ。
「罠だ」
「そう、罠だ」
 二人は言った。
「御二人は陥れられようとしているのだ」
「その何者かが問題なのだ」
 彼等はそう主張して憚らない。
「陛下、御再考を」
「この事件には裏があります」
 そして高宗に対してもそれを進言したのだった。相手が皇帝でも臆するところはやはりなかった。腹を括ってさえいるからそれは当然だった。
 
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