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恋姫†袁紹♂伝

作者:masa3214
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第20話

 
前書き
~前回までのあらすじ~

男「彼女達はある意味被害者、助けてくれよな~頼むよ~」

袁紹「しょうがねぇな……じゃけんついでに恋のお披露目しましょうね~(無慈悲)」



………
……


孫策「なんでや! 内政忙しいやろ!!」

周瑜「何が目的だ!? 金か! 物か!!」


大体あってる 

 
 広宗こうそうに辿り着いた袁紹陣営はさっそく野営地に天幕を準備させた。本来であれば諸侯に挨拶に向かうべきではあるが、袁家は此処に集う諸侯の中で最も格式が高いため、先に設置させた豪華な天幕の中で風と二人、来たる来客に備えていた。

「『曹』の軍旗があったが……、姿が見えなかったな」

「現在曹操軍は城壁の黄巾賊と交戦中なのです~」

「ほほう、……落とせると思うか?」

「現状では無理ですね~」

 天幕が設置されるまでの間に戦況を見に行っていた風によると、曹操軍は単純な消耗戦を仕掛けているらしい。幾度も城壁に梯子を掛けてはいるが、城壁の上は黄巾で埋め尽くされており一進一退の攻防がなされていた。

「……らしくないな」

 私塾の頃から彼女を良く知る袁紹は首を傾げる。奇抜ながも状況を打開する策は考え付いてるはずだ。又、ここ数年訓練させた兵達ならば多少の無茶にも答えられるだろう。
 そんな彼女が何故凡戦に甘んじているのだろうか―――

「多分、稟ちゃんの指示ですよ」

「郭嘉の……」

 袁紹陣営を離れた郭嘉は曹操の下で仕えていた。出発前の餞別と、短い間であったが客将として雇ってもらった事で、律儀な彼女は手紙で礼と現状を報告していたのだ。

「しかし余りにも――」

「言いたいこと、疑問に思ったことはわかっていますよ~、でも風からこれだけは言えるのです」

 そこで言葉を切った風は、正面から袁紹を見据える。

「彼女の考える策に、無駄なことは何もありません」

「……」

 いつになく真剣な表情、風としては真面目な雰囲気を作ろうとしたのだろうが――

「慣れぬことをするでない。頬が震えておるぞ?」

「あう!?」

 無理して表情を作っていたのが看過され軽く小突かれてしまう。袁紹としてはちょっとした悪ふざけのつもりだったが、風は瞳に涙をためながら此方を睨んでいる。
 ……後が怖いかもしれない。

「失礼致します。孫家の孫策様が配下の者と共に、袁紹様へと挨拶に来ておりますが……」

 涙目になった風を必死になだめていると、(高級菓子で手打ち) 天幕の前で見張りをしている兵が来客を知らせた。

「……思ったより早かったな」

「孫家の勢力は未だ小さいですから、遅れてお兄さんの機嫌を損ねるわけにはいかないです」

「……」

「ではお兄さん、手筈通りに……」

「うむ」

 来客者の名を聞いた二人からは、先ほどのような緩い空気が消えている。 
 袁術の食客としてこき使われている孫家、独立を目指し、どの諸侯よりも張角の首に固執している。そんな彼女達が一番に袁紹の顔色を気にしていると確信していた二人は、ある『頼み』を用意していた。



 来訪を知らせた兵士に中に入れることを許可すると、三人の見た目麗しい女性が姿を現した。

「初めまして袁紹様、孫伯符と申します」

 最初に挨拶をしたのは孫策、ややぎこちなく桃色の髪を揺らしながら頭を下げる。
 露出度の高い服から覗く褐色の肌が眩しく、女性らしい膨らみがある体型も相まって、相当な色気を醸し出している。

しかし、それよりも気になったのは彼女の目だ。端正な顔に隠されること無く意志の強さが見て取れ、気高い獣のように野生的な魅力が感じられた。

「その補佐、周公瑾と申します。袁紹様のご高名はかねがね……」

 続いて挨拶したのは周瑜、ぎこちない孫策とは違い美しい動作で頭を下げた。
 こちらの服装も露出度が高く、特に胸元が大きく開いており二つの果実が自己主張している。

 長く美しい黒髪から覗かせる端正な顔つきには、高い知性が感じられ彼女の有能さが窺える。
 史実においても美周郎と賞賛されるほどに美形であったが、異性だからなのか、袁紹の目にはことさら魅力的な女性に映った。

「そしてわしが孫家家臣、黄公覆こうふくと申す。此度は袁紹殿にお目にかかれて光栄の極み」

 最後に挨拶したのは黄蓋、慣れた手つきと言葉で頭を下げる。
 始めの二人に比べ、服の露出度も低く落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、孫策と周瑜とも比べ物にならない戦力を胸に有しており、孫呉陣営の魅力の高さが窺え―――

「……コホン」

「っ!?」

 袁紹が鼻の下を伸ばしかけていると風がそれを止めた。これから彼女達と駆け引きするのだ。
 初手で取るに足らない男と、舐められるわけにはいかない。
 
「風は程昱と言うのです~。そして風の上に居るのが」

『宝譿ほうけいだぜ、よろしくな姉ちゃん達!』

 「「「……」」」

 突然しゃべりだした(?)宝譿に唖然とする三人。その姿に苦笑しながら袁紹は前に出た。

「そして我こそが袁家現当主、袁本初である! お主達の活躍は度々耳にしている。
 共に此度の乱を収束させ大陸の平和を取り戻そうではないか! フハハハハハ!!」

 「「「……」」」

 挨拶と共に豪快な宣言と笑い声を上げる袁紹。そんな彼に孫家の面々は異なる胸中を抱く――

(へぇ……)

 孫策が抱いたのは好奇心、言うまでもなく袁紹の名は有名である。幼少の頃から研鑽してきた彼は文武両道として名を馳せていたが――孫策はそれを信じていなかった。
 それもそのはず。この時代の名族など自尊心が服を着て歩いてるようなものである。
 彼等の多くは幼少の頃から神童ともてはやされ、文武両道を自称する者で溢れかえっている。 実際袁術陣営はその類の者達であったし。例に漏れず愚鈍の集まりであった。

 では目の前の袁紹はどうか? 愚鈍などではない。自分の『勘』がそう強く告げている。
 名族の気に隠れて武の匂いを感じる。文武両道の言葉に偽りはないようだ。孫家の今後を担う 長女でありながら武人でもある孫策は、見え隠れするような袁紹の武の香りに惹かれ――

(顔も良いし真面目に嫁入りを考えるのも悪くないわね。袁家が後ろ盾なら心強いし)
 
 幸いにも自分達三姉妹は異なる魅力を持っている。後は彼の好み次第か――と、好感を抱き早くも好みの女性を検討し始めていた。

(……)

 周瑜が抱いたのは警戒心、先ほどの言動や表情からは自信の強さが感じられた。
 自尊心の高い者には傲慢、並の者には慢心に映るであろう気位の高さに隠れ、その瞳からは知性の光を感じさせる。後ろに控えている娘も只者では無さそうだ。

(探りを入れるにしても慎重にいかねばなるまい。もっとも、聞き出せるとは思えないが……)

 どうにかして袁紹の目的を知りたかった彼女は、その難易度の高さに癖で頭を抱えそうになり、 かわりに腕を組んだ。それにより胸が強調され袁紹の背後から恐ろしい殺気が漏れていた――

(……むぅ)

 黄蓋が抱いたのは畏怖、先の二人に比べ老獪な彼女は袁紹の器に着目していた。
 三公を輩出した名門袁家の現当主、彼が着任してから南皮は急速な成長を遂げており、只者ではないと常々思っていたが――

(何と大きな器を感じさせるのだ。気を抜けば跪いてしまいそうじゃ……)

 彼女が敬愛する主、孫堅にも勝るとも劣らない覇気、決して慢心などではない実力に裏づけされた自信溢れる立ち振る舞い。なるほど――この強烈な光に魅せられ人が集まるのだろう。

 これでまだ若いと言うのだから堪らない。伸び代を残している彼はどこに行きつくのだろうか――顔に笑顔を貼り付けているが、黄蓋は背中に冷たい汗を感じていた。

 三者三様の胸中だったが、袁紹に一目置いたのは同様だった。

 ――そんな彼女等の様子に袁紹は一先ず安心する。普段であれば名族の自分に緊張しないよう気を配るのだが、今回はあえて場に緊張感を作る。これから『頼み』を聞かせるためにも、 彼女達と必要以上に友好的になってはいけないと口をすっぱくして言われていた。

「さて、挨拶したばかりで悪いが『頼み』があってな」

 ――来た! 袁紹の言葉に孫呉の三人――特に周瑜が構える、袁紹の要求がどのようなものであれ自分達に不利益に動く可能性が高いとして、孫策等とも話し合った結果、断るのが一番という結論になっていた。

(どのような要求であれ避わしてみせる!)

 すでに周瑜の頭の中には、どのような要求も避けられる言葉が用意されていた。
 例え補佐を命じられても、例え――討ち取った張角の首を差し出せと命じれても。
 後は袁紹の要求次第で用意していた言葉を話せば良い。多少違うことでも臨機応変に対処してみせる。

 そして袁紹が口を開いたが――彼の要求は想定外の物だった。

「広宗の門が開く正確な時を教えて欲しい」

「――門を?」

 その言葉に孫策と黄蓋の二人は、大きな疑問符を浮かべるようにして首を傾げた。
 袁紹の要求が想定していた物と違うという理由もあったし。何より未だ城壁で熾烈な戦いが起きている中、門が開く刻限など知る由も無かったが―――

「開けるのであろう?『お主等』が」

「――っ!?」

 続いて発せられた言葉に周瑜は目を見開いた。





 諸侯を出し抜き張角を保護するのは至難の業である。偽の手配書が流布してはいるが、先に彼女等を確保されては露見するのも時間の問題だった。
 ならばどう動けば良いか――意見を求められた風は、何処よりも先に門をくぐるのが一番手っ取り早いと答えた。

「孫呉陣営に門を開かせる?」

「はい」

 袁家に仕官した彼女は、周辺諸侯の動向や内情に目を光らせてきた。その中には当然孫呉の情報もあり、風が今回注目したのは甘寧と周泰という二人の武将だ。彼女達は隠密に特化した武将らしく、間違いなく広宗内部に潜入させていると踏んでいた。

「潜入しているのなら、そのまま張角の首を狙うのではないか?」

「それは難しいですね~」

 仮にも総大将の張角、その周りは護衛の者で固められているはずだ。もし運よく討てたとしても首を持ち帰らなければ手柄にならない。
 大将を討たれ頭に血が上った黄巾賊から、首を抱えながら広宗を脱出するのは至難の業である。

「もっと確実な手段にでるはずです」

「それで城門か」

 何らかの手法で城門を開いてしまえば、たちまち黄巾と官軍の前面衝突になる。
 彼等が争っているうちに張角の首を取り、混戦に紛れて脱出する――単純だが一か八かの手法より有効な手段だった。
 
「そこで私達は城門が開くと同時に中に進撃、恋さんに派手に暴れてもらい。星さんに張角を目指してもらいます――問題は」

「城門がいつ開くか……だな」

 城門が開くと同時に張角を目指せば、孫呉の隠密二人とも距離が開かない。偽の手配書の効果で手を止めさせる事が出来れば十分勝算があった。

「孫呉の頭脳として動いている周瑜さんなら、さらに成功率を上げるべく、自分達が攻め入れられるよう城門が開く時を決めているはずです」

「しかし、手柄を横取りされると思うのでは?」

「十中八九そう考えるでしょうね~。だからお兄さんは潜入させているのを知っている『ふり』だけすればいいです」

「……? それだけか?」

「はい、後は彼女が才女であればあるほど――」




「……」

 周瑜は想定すらしていなかった最悪の可能性、『潜入している二人の存在の露見』が出来た事に冷や汗を流していた。
 想定していなくて当然だ。彼女達の任は孫呉陣営においても秘中の秘、武将としての存在は知られていても広宗に潜入していると知る者など存在して良い訳が無い。

 しかし先ほどの袁紹の言動――城門が開く時を知りたいと言った後に、自分達孫呉陣営が開けると『知っている』かのような言。
 おそらくは鎌掛けであろう。しかし周瑜には――否、自分達には彼が知っていると仮定して動かなければいけない理由があった。

 袁家と孫家では天と地ほどの差が存在する。そんな彼等に虚位を報告したとして心象を悪くするわけにはいかない。第一城門は開かせる手筈なのだ。此処で二人の存在をとぼけても後で露見するだろう。

「――はい、甘寧と周泰の両名は『情報収集』のため、広宗内部に潜入させております」

(め、冥琳!?)

(……)

 吐き出すように呟いた親友の言葉に孫策は目を見開く、手柄を立てるためにも二人の存在を秘匿にするように、と語った本人がその存在を暴露したのだ。黄蓋には何となく肌で感じていたが、単純明快な孫策は混乱していた。

「フム、貴重な秘を大局のために晒すこと、まこと大儀である」

「――ハッ」

 どの口で言っている!――恭しく頭を下げながら胸の中で叫び、歯軋りをした。
 袁家のような強大な勢力など敵にまわせない。最悪彼等と懇意にしている諸侯も敵になるであろう。
 
 彼女にとって先ほどの言葉は『言わされた』ような物だ。そこに自分達の意思など存在しない。
 
 そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、袁紹は上機嫌で目録を差し出した。

「……これは?」

「言い忘れていたが命令では無い『頼み』だ。報酬があるべきであろう?」

「ちょ、ちょっとこれ!?」

 先に目を通し声を上げた孫策につられ、のこった二人も確認する。
 目録には自分達孫呉の陣営を数年は賄えるほどの、物資や資金が記載されていた。

(荷馬車の数が多かったのはこれか……)

 袁紹の天幕に向かう途中、彼女達には無駄に多い荷馬車が目に入っていた。
 まさか予備の兵糧ではなく財の類だとは――

 莫大な報酬に目を白黒させる孫策と黄蓋、しかし周瑜は――

(……良し!)

 表情には出さないものの内心口角が上がる思いだった。この状況は彼女の『想定内』だからだ。
 財力に余裕がある袁家ならそれを使ってでも要求してくる。しかし周瑜にとってこの状況こそが待ち望んでいたものであった。

 城門が開く刻限を教えて欲しい――という要求に対して報酬が過剰すぎる。
 これであれば逆に断りやすい。『この報酬に見合う働きが出来るとは思いません』そう言えば良いだけだ。あらかじめ『情報収集』が目的とも言ってある。後は素知らぬ顔で当初の予定通り城門を開けさせ、言及があれば偶々うまくいったと報告するだけだ。

 報酬は残念だが背に腹は変えられない。この程度の金品では張角の首に見合う名声は得られないのだから――

「成否は問わぬ、受けるだけでも報酬をやろう」

(――っ!?)

「な、なんと」

 しまった! 想定外の言葉に周瑜は、自分の用意していた逃げ道が音を立てながら崩れていく感覚に陥った。
 提示された報酬は孫呉にとって喉から手が出るほど欲しい物品である。今回は張角の首に軍配が上がっていたから断る言葉が用意できたのだ。
 しかし成否を問わないのでは話しが違ってくる。報酬を、そして頼みを断る理由が存在しない。

 では報酬だけ受け取ってとしまえばどうか――さらにまずいことになるだろう。
 刻限を伝えず、当初の予定通り張角の首を上げたとする。情報伝達が難しく正確な刻限がわからなかったと惚けて見せる。――それでも袁紹は報酬を渡すだろう。言葉の通りに

 そして諸侯は疑問に思うのだ。孫呉は袁家から何故大量の物資を貰っているのかと、疑問に思った諸侯は袁紹に質問する。彼はそれに答えるだろう。そして諸侯は思う、城門を開けられる手段を持ち報酬を受け取りながら、袁紹の頼みを反故にして報酬だけ受け取る恥知らず――と、勿論そうならないかもしれない。しかしなる可能性もあった。

 そうなれば孫呉の評判は地に落ちる。独立を成しえても諸侯から孤立してしまうだろう。

「……城門を開いた後我々は?」

「好きに動くと良い」

「……」

 彼が提示したのは城門の開く刻限だけ、落とし所があからさまに用意されているようで嫌悪感を感じるが、首を縦に振る他無かった。
 
 袁紹に会う前は彼を手玉に取ることを夢想し。その感覚に酔いしれていた。
 まさかここまで後手に回されるとは――

「っ!?」

 その時、袁紹の後ろに控えている娘と目が合った。真っ直ぐに周瑜を見据え視線で語りかけてくる。

 ――もう逃げ道は存在しませんよ?

 そして周瑜は悟った。これは彼女が用意した包囲網だ。袁紹という名族を使い、自分達に圧力を掛けることで選択肢を狭め、わずかに残っていた逃げ道を財力で封じた。
 
 ――化け物め、周瑜は目の前の小さな娘に内心悪態をつく、恐らくあの鎌掛けから彼女の策略だったのだろう。
 文官、とりわけ軍師という名の生き物には拭い難い癖が存在する。『最悪の想定』だ。
 軍を動かす上で色んな状況の変化が存在し、それを予め想定していれば有利に動けるため、有能であればあるほど最悪の事態を想定、対処を考えておくものだ。

 周瑜は袁紹の言葉から最悪の事態『潜入の露見』を想定し、まず確証が無いとしても万が一を考え暴露してしまった。
 言わされたのではない。言ってしまったのだ。例えそうなるように誘導されたとしても――

 それを成したのは目の前の小娘、――名を程昱。取るに足らない相手だと甘く見ていた。
 孫策の末妹とそう変わらぬ年齢、頭上の人形が喋っていると見立てる子供らしさ、今考えてみると全てが油断させるために用意されたのではないかと勘ぐりたくなる。

 周瑜が目の前の程昱に畏怖していた頃、風もまた冷や汗を流していた。

(奥の手を使わざるを得ませんでしたか、流石です~)

 袁家の財が潤沢だからといって、無尽蔵にあるわけではない。袁紹が目指す世の為にもなるべく支出を抑えたかったが――、周瑜がそうはさせなかった。少ないやり取りだったが躊躇していたら逃げられていたかもしれない。

 他の者であれば、例えば孫策と直接交渉していたらどうか? もっとうまく事が運んだであろう。
 周瑜とは別の手段で言質をとり、城門を開ける刻限だけが条件として、財に頼らずとも『頼み』を確約出来た筈だ。

 しかし周瑜は手強かった。風が袁紹に用意させた包囲網を掻い潜り、どこまでも拒否に持って行こうとしてみせた。最後に用意してあった目録、財力は奥の手であった。

 もし逆の立場であったらどうだっただろうか?――不毛な考えかもしれないが予想せずにはいられない。此方の術中に掛かりながらも、勢力を背景にした圧力に屈する事無く逃げ道を模索し続けた周瑜。
 彼女が自分の立場だったら、財力に頼らずとも要求を通しただろう。風はそう彼女を評価した。

「……孫策様」

「袁紹様の『頼み』お受けいたします」

「おおっ! そう言ってくれるか! ならばその目録にある金品お主等の物だ。後で届けさせよう」

「――ありがたく」

(冥琳……)

 恭しく頭を下げる親友の姿に孫策は胸を痛める。先ほどのやり取りがどのような物か理解できなかったが、断るはずの要求を受け、袁紹と程昱に大敗を喫したのは勘で感じていた。

 やられっぱなしは面白くない――やられたらやり返すのが信条である彼女は、すでに意趣返しを模索していた。
 とはいえ相手は強大な勢力を誇る袁家の当主、敵に回すわけにはいかない。
 敵に回す事無く、尚且つ相手をうろたえさせる様な何か、悪巧みを思いついた彼女は口を開いた。

「これほどの物資をポンとくれるなんて私、袁紹様に惚れちゃったかも♪」

「なっ!? 雪蓮!!」

「策殿!?」

素早い動きで袁紹に近づき右腕に抱きつくようにして絡みつく、自然と彼の腕は胸に埋もれた。

「袁紹様はまだ正妻がいないでしょ? 私なんてどう? 結構自信あるんだけど~」

 無礼ともとれる行動にオロオロする黄蓋、頭を抱える周瑜、殺気を放ち始める風など、混沌とした光景だったが意外にも袁紹は落ち着いていた。
 そんな反応の薄い彼を怪訝に思っていると――

「フム、悪くない」

「えっ!?」

 いつの間にか腕から抜け出した袁紹は孫策を右手で抱きしめ、左手で彼女の顎を持ち顔を自分に向けさせた。
 え、まさか本当に?――ほぼからかい目的だった行為でこのような事態になるとは思っておらず。
 近づいてくる袁紹の顔を惚けながら見ていると――彼は柔らかい笑みを浮かべ孫策を解放した。

「経験豊富を装っているが――生娘だな? 己を大事にせよ」

「うっ」

 解放した後の彼の言葉に羞恥心から顔を赤らめる。袁紹の言葉通り孫策には男との経験が無い。
 彼女には戦場で戦った後、身体が昂るという悪癖が存在していたが、そんな彼女を静めるのは周瑜の役目だ。
 それも半ば強引にである。そんな自分がここまで攻められるとは思わず。顔に出てしまった。

(く、悔しい~~! 覚えてなさいよ、いつかアッと言わせてやるんだから!!)

 孫呉独立の他に、袁紹を手玉に取る――が目標に追加された瞬間だった。


………
……



 日が沈んだ頃、広宗内部に潜入していた甘寧は、人気の無い場所で壁に寄りかかり相方を待っていた。

「お待たせしました思春さん」

「来たか明命、……文を持っていると言うことは何か知らせが?」

 潜伏している自分達は陣営と矢文による情報交換を行っていた。正規の軍に潜入していたのであればまず不可能だが、元々は農民の集まりである黄巾達の目を欺くのは容易い。

 文に目を通した甘寧は目尻にしわを寄せる。あの『袁家』が参戦してきたこと、彼等の要求により門を開く刻限が漏洩したことが記されていた。

「……厄介な」

 主達の期待を背負っている自分達は、是が非でも張角の首を獲り孫家の名を轟かせたい。
 諸侯の中で好敵手は曹操軍だけと睨んでいた彼女達にとって、この知らせは目を覆いたくなるものだった。

「作戦は……変更ですか?」

「……いや当初の予定通り行く」

 元より、そうしなければ我が陣営が袁家に何をされるかわからない。

「奴等がどう出ようと私達の足には適わぬ、地の利もあるしな」

「そうですね!」

 甘寧の口角が上がる。油断している訳ではないが、自分達は圧倒的に有利な立場にあった。
 数日に及ぶ情報収集により張角の居場所は掴んでいる。開いた門から黄巾を相手にしながら張角を目指す他の諸侯とは違い。自分達二人は裏道から黄巾賊を避け、把握した街の構造を元に最短距離で駆け抜けられる。後は警備が手薄になった張角を狩るだけだ――

………
……


 明朝、広宗後方に位置している黄巾賊達の兵糧庫、その『付近が』炎に包まれていた。
 日も上がりきっていない時間帯の出来事に、黄巾賊達は慌てて消火活動に勤しんでいた。

 そして警備が薄くなった城門、そこに残っていた十数人の警備は音も無く倒され門は開かれた。

「か、官軍だああぁぁ!! 官軍が門から押し寄せてくるぞおおお!!」

 


「うわぁ……あの人すごいですね思春さん!!」

「袁将軍……呂布か」

 遠目で様子を見た二人の口から感慨の言葉が漏れる。自分達とは次元の違う武力に数瞬魅せられていたが――

「行くぞ明命……張角だ」

「は、はい!」

 己達の役目を再認識し行動を開始した。万が一にも他に遅れを取るわけにはいかない……




(……明命)

(……はい)

 広大な広宗の裏道を、張角に向かって疾走していた彼女達は互いに目を見やり確認した。

(つけられていますね……黄巾でしょうか?)

(元農民や賊ごときが私達について来れるとは思えん、他諸侯の手の者だろう)

 走りながらチラリと後方にいる人物に目を向ける。蝶を模した珍妙な仮面をつけているが、ここまで自分達について来れるあたり只者ではない。

(追い払いますか?)

(……必要ない)

 相当の手練れ、それでも自分達二人ならば対処できるはずだ。
 だが今回は失敗が許されない。武力行使以上の確実な策が必要だった。

(この先二手に分かれるぞ、奴がついて来たら――)

(適当な道を行き時間を稼ぎ、残った一人が先に張角を――ですね!)

 即座に意を解する相方に、甘寧は珍しく頬を緩めた。
 二手に分かれることで少し遠回りになるが止むを得ない。自分達と同等か、それ以上の武人を引き連れるわけにはいかないのだから――

(ここだ! 私は右、明命は左を頼む)

(はい!)

 そして阿吽の呼吸で分かれ――彼女達の後に続いていた華蝶仮面は立ち止まった。

「おや、気配は消していたはずでしたが……本業には適いませんなぁ」

 突然事態にも関わらず。華蝶仮面、もとい星には慌てた様子が感じられない。
 
 追って来た者をかく乱するための手段を即座に編み出してみせた甘寧、彼女の意思を理解し対応してみせた周泰。
 非の打ち所の無い完璧な動きのようであったが、ある事が盲点となっていた。

「このまま前に進んだ方が近いと言うのに、ご苦労なことですなぁ……フフッ」

 彼女達のとった手段には、相手が予め張角の場所を知っていることは、想定されていなかった――


 
 

 
後書き
皆大好き金髪覇王との絡みは次回

NEW!狂戦士 孫策

好感度 40%

猫度 「ニャン♪」

状態 好感

備考 袁紹にしてやられた事を根に持っている
   わりと本気で取り入ろうとしている
   末の妹と相性が良い予感を感じている


NEW!苦労人 周瑜

好感度 10%

猫度 「申し訳ないが……」

状態 警戒

備考 袁紹陣営こそが最大の障害と再認識
   わりと本気で孫家三姉妹の誰かを、正妻に出来ないかと画策している
   孫策に「あなたも候補よ?」と言われ、鼻で嗤った経緯がある


NEW!頼れる姉御 黄蓋

好感度 20%

猫度 「わ、わしに何を期待しているのじゃ!!」

状態 畏怖

備考 勢力、覇気、器、結構袁紹を認めている
   暴走しがちな孫策を嫁がせて、落ち着けさせたいと思っている
   孫策に「あなたも候補よ?」と言われ、高笑いしながら否定した 
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