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書かれないこと

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3部分:第三章


第三章

「その様なことを仰るのは」
「お止めになられた方が」
「わかってはいる。しかしだ」
 帝は憤懣やるかたない御顔で仰るのだった。
「まことにそうしたいものだ」
 こう仰られていたのは確かだった。そしてこの話はだ。
 あの三人の耳にも入った。そうしてであった。
 また密室で話し合っていた。暗がりの中で顔を見合わせてである。
「左様か」
「それはまことだな」
「はい」
 初老の男が他の二人に述べていた。
「帝は確かにそう仰っていました」
「ふむ、わかった」
「そういうことか」
 そしてであった。二人は彼の言葉に対して頷いた。
 そのうえで、であった。男が女に対して言ってきた。
「ここはです」
「時が来たな」
「そう考えます」
 こう述べるのであった。
「如何でしょうか」
「わかった」
 女は男のその言葉に頷くのだった。
「それではだ」
「そうしましょう。それでだが」
「はい」
 男は今度は初老の男に顔を向けた。初老の男もそれに応える。
「こちらからなのですね」
「そうだ。手筈は整っているな」
「それはそうですが」
 しかしであった。ここで初老の男はだ。暗い部屋の中で苦い声を出すのであった。
 そうしてであった。こう言うのである。
「ですがそれは」
「駄目だというのか」
「帝です」
 言うのはこのことだった。
「ですから。それは」
「先も申したであろう」
「そうじゃ」
 しかし男と女の声は強いものだった。
「だからだ。それはだ」
「帝がそう思われているのならだ」
「こちらから先にやるまで」
「そして私がだ」
「そうですか」
 初老の男はその言葉を聞いてであった。まだ思うところがあるようだがそれでも頷くのだった。
「わかりました。それでは」
「すぐにだ」
「いいな」
「わかっております」
 こうしたやり取りがあった。だがこのことは誰も知らなかったし気付かれなかった。そうしてであった。
 帝は暗殺された。そしてすぐに葬儀が行われ後には異母姉であられる額田部皇女が即位された。推古天皇である。本朝最初の女帝であられる。
 その摂政として厩戸皇子が就かれた。近年では実在が疑問視する説もある聖徳太子である。この二人が蘇我馬子の補佐を得て政治を行うことになった。
 以上のことは歴史にある通りである。帝の暗殺は蘇我馬子の手によるものとされている。しかしそれが事実かどうかというとだ。
 真相はわからないと言っていい。藪の中である。ただ一つ気になることがある。
 蘇我氏は彼の息子蝦夷や孫の入鹿の時にその権勢をさらに高めた。その時に山背大兄皇子の一族を滅ぼしたがこれを恨まれたのと口実にされて蘇我氏の嫡流は滅ぼされてしまった。大化の改新である。これも歴史にある通りだ。
 そして飛鳥時代後期は皇室同士での権力闘争が多くそれにより命を落とされた方々も多い。だが皇室の中の争いには臣下は何もできなかった。
 以上の歴史的事実がある。そうしたことを踏まえると帝の暗殺は果たして蘇我馬子が主犯だったのかどうか疑わしいと見ることもできる。そして後に即位されたのは推古帝であり摂政になられたのは聖徳太子である。これは事実である。歴史書はこのことについて詳しいことは何も言いはしない。だが真実が書かれているとは限らない。真実はどうだったのか今では知ることは非常に難しい。しかし歴史的事実からある程度は読み取れることはできるのではないのか。こうした考えを出したところで筆を置くことにする。


書かれないこと   完


               2010・2・5
 
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