有名人の特権
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第五章
だが、だ。あの役もというのだ。
「かなり昔の」
「三十年近く前だからね」
「あの時安曇谷さんはまだ二十そこそこで」
「本当に駆け出しだったよ」
その頃に演じた役だったのだ、まさにデヴューしたてだった。
その時のこの役で人気を博してだ、彼の役者人生ははじまったのだ。それで今に至る非常に印象的な役だ。
だが、だ。もう三十年近く前の役であるからだ。
「だから若い人達はね」
「知らないことが普通ですね」
「特撮ファンは知っていてくれるけれど」
「それでない子は」
「それがね」
時田、彼の物真似によってというのだ。
「知られるなんてね」
「そこからあらためて人気が出ているみたいですし」
「人気はね」
まさにだ、それこそがとも言う安曇谷だった。
「役者にとって命だよ」
「人気がない即ち命がない」
「そう、食べていけなくなるよ」
人気商売とも言われる、それで彼も言うのだ。
「それでね」
「その人気が出たということは」
「いいことだね」
素直にだ、安曇谷はこのことを言った。
「僕にとって」
「そうですよね」
「いいことだよ」
遂にこの言葉を出した。
「これ以上はないまでにね」
「その通りですね」
「うん、こんないいことはないよ」
「はい、本当に」
「じゃああの物真似は」
「安曇谷さんにとっていいものですね」
「宣伝になっているのなら」
それも無償でだ、それなら余計にだった。
「こんないいことはないね」
「そうなりますね」
「じゃあいいか」
また言った彼だった。
「あの物真似も」
「そうですね、本当に」
「これまでは嫌だったけれど」
だから都にも言っていたのだ、不愉快に感じていたからこそ。
「それがね」
「変わってきましたね」
「いいかな、それなら」
宣伝になって人気が上がっているのならだ、安曇谷は役者としてこう言った。
「構わないよ」
「それなら」
「うん、自分を見ている様で嫌だったけれど」
これまでは確かにそう思っていた、しかしだった。
「それならそれでいいか」
「そういうことですね」
都も安曇谷のその言葉に頷いた、そして。
彼は以後時田の彼への物真似について否定的なことは言わなくなった。むしろそれよりもであった。
あるバラエティ番組に出た時にだ、笑顔でこう言う位であった。
「いや、物真似してもらうと嬉しくて」
「時田さんのあれですね」
「うん、最初は嫌だったんだよ」
このことも言うのだった。
「今はいいなってね」
「思われてるんですね」
「今じゃ自分から見て楽しんでるよ」
もうそれ位になっていた、実際に。
「それで笑わせてもらってるよ」
「ご自身もなんですね」
「どんどんやっていいよ」
時田にも発破をかけるのだった。
「時田君自身にもそう言うよ」
「この場を借りて」
「うん、若い時の僕とかね」
そのダーク博士のことも話すのだった。
「よくやってくれているよ」
「あの物真似ですね」
「いや、だからこれからも彼はね」
「時田さんは」
「僕の物真似どんどんやって欲しいよ、公認するよ」
本人が、というのだ。こう言うまでになるのだった。安曇谷は上機嫌にさえなっていた。ただ都に仕事の後でこう言うのだった。
「けれど博士はね」
「ダーク博士ですか」
「僕は高卒なんだけれどね」
笑ってだ、このことについても言ったのである。
「博士なんてとても」
「博士号ないと博士じゃないですからね」
「大学、大学院の博士課程を出ているか最低でも」
「博士論文を書かないと」
そうしないとなのだ、博士になるには。
「なれないからね」
「だからですね」
「とてもね、僕は勉強嫌いだったからね」
「それでも演じた役は博士だったんですね」
「そうだったんだよ、プロデューサーの人がこの役には僕だって言ってね」
それでだというのだ、こうしたことも話したのだった。
有名人の特権 完
2014・10・26
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