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遠ざかった春

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2部分:第二章


第二章

「俺達は俺達でやっていく」
「本当の意味で独立してな」
「ソ連が何だ、ワルシャワ条約機構が何だ」
「ああ、そんなのは糞くらえだ」
 二人で言い合う。黒ビールをおかわりしてそのうえでぐい、と美味そうに飲んでだ。そうしてそれからまた話をするのだった。
「やるぜ、真のチェコスロバキアの為にな」
「そうだな」
 こう話してだった。彼等は意気をあげていた。そしてだ。
 情勢はだ。話し合いと武力介入の話が交差していた。
 ソ連はそのチェコスロバキアに警戒の念を強く抱いた。そのうえで恫喝もした。
 だがチェコスロバキア側は折れずに己の意志を貫こうとする。両者の関係は次第に緊迫したものになっていった。
 その中でだ。チェコスロバキアの市民達は緊張の度合いを高めていた。
 次第にだ。彼等は覚悟を決めるようになっていた。
「ソ連が来たらな」
「ああ、その時はだな」
「やるか」
「戦うか」
「俺達でな」
 その中にはヤナーチェクとドボルスキーもいた。彼等はプラハ郊外の工場で働きながらだ。その時が来るのを心の中で覚悟していた。
「死ぬなよ」
「ああ」
 そして二人で言い合うのだった。
「俺達だってな」
「戦えるんだ」
「そして勝ち取ろうな」
「俺達の本当の国を」
「そうしような」
「ソ連が来てもだな」
 ドボルスキーの言葉だ。工場の煙と機械油で汚れた顔ではあるがそれでもだ。目は生き生きとしていたし表情も確かであった。
 その顔でだ。ヤナーチェクに返すのだった。
「やるぞ」
「ああ、わかった」
 二人も覚悟を決めてその時を待ち受けていた。しかしだった。
 そのソ連軍の数は圧倒的だった。しかもだ。
 ほぼ全てのワルシャワ条約機構加盟国の軍が来た。これではだ。
 どうしようもなかった。その結果。
 チェコスロバキアは全土を占拠された。当然プラハもだ。プラハの春はこれで終わった。
 西側諸国は一斉に抗議した。しかしそれは空しい叫びに過ぎなかった。
 結局チェコスロバキアは元に戻った。ソ連の衛星国のままだった。
 このことに市民達は落胆した。しかしであった。
 彼等の中にはだ。まだ諦めていない者もいた。
 それはヤナーチェクとドボルスキーも同じだ。二人は言うのだった。
「次だな」
「ああ、次だ」
「次こそはな」
 ドボルスキーのアパートの一室で小声で誓い合っていた。
 窓の外からは戦車が道を進むのが見える。当然ソ連軍の戦車だ。
 しかし彼はそれを見ずにだ。今はお互いに誓い合っていた。
「俺達の本当の国を作るんだ」
「チェコスロバキアをな」
「ひょっとしたらな」
 ここでだ。ヤナーチェクがふと言った。
「スロバキアとお互い別れるかもな」
「ああ、それか」
「それはあるだろ」
 ヤナーチェクはまた言った。
「自由になったらな」
「そうだな。元々違う民族だしな」
「それでもいいか?」
「いいだろ」
 ドボルスキーは言い切った。
「俺達は本当の意味での独立を目指してるんだからな」
「それで別れてもか」
「別れても一緒だしな」
 ドボルスキーはこうも言った、
「それでもな」
「まあお互い古い付き合いだしな」
 ヤナーチェクの言葉は今はかなり客観的なものだった。
 
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