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有名人の特権

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第一章

                 有名人の特権
 ベテラン俳優の安曇谷孝夫は少し嫌な顔をしてだ、マネージャーの都央に言った。
「都君、最近ね」
「あっ、物真似の」
「ヘンリー時田君のことだけれど」
「最近安曇谷さんの物真似が好評ですね」
「そうだね、それがね」
 どうかとだ、安曇谷は言うのだった、髪の毛は黒く多い。それをオールバックにした端整な顔立ちだ。皺の形までもいい。 
 長身で逞しい身体だ、その為格好いい役が多い。悪役も好評だ。
 その彼がだ、自分が所属している事務所で都に言うのだ。
「あまりね」
「お嫌ですか」
「何か極端じゃないかい?」
 その少し嫌な顔での言葉だ。
「僕の真似にしても」
「仕草とかがですね」
「僕はあんな仕草をしてるかい?」
 都に結構真剣に問う。
「そうしてるかい?」
「ううん、あの人から見ればそうみたいですね」
「時田君から見れば」
「はい、それに時田さんって長身でたくましくて」
「髪の毛は黒くて多くてね」
「しかもオールバックで」
 それに、と言う都だった。都は七三分に眼鏡をかけ中背で痩せていてだ。銀行にいそうな外見をしている。スーツが似合っている。
「顔立ちも」
「格好いい感じだね」
「物真似芸人ですけれど」
 だが顔はいいというのだ。
「そっちでも人気がありますね」
「そうだな」
「似てますよね」
 都はここでこう言った。
「安曇谷さんに」
「そこでそう言うのかい?」
 安曇谷は都にさらに嫌な顔になって言葉を返した。
「僕に似てるって」
「お嫌ですか」
「あまりいい気がしていないからね」
 それで、と返す安曇谷だった。
「実際に」
「そうなんですか」
「だから今こうして言ってるんじゃないか」
「あっ、そうですね」
「そうだよ、何か若い時に僕に似てるからね」
 それで、というのだ。
「そのうえで僕の物真似、極端なモーションでするから」
「それが大人気なんですよ」
「彼の物真似で一番人気らしいね」
「はい、とりわけです」
 そうだというのだ。
「もうそれをはじめただけで爆笑が起こる位です」
「それが彼の看板芸だね」
「まさにそうなっています」
「全く、どういうことなんだ」
 コーヒーを飲みながらもだ、安曇谷は嫌そうな顔だ。そしてその顔で向かい側に座る都に言うのだった。
「本当に」
「本当にそうですね」
「何とかならないのかい?」
 安曇谷は都に今度はこう言った。
「彼のことは」
「クレームをつけますか?」
「それは駄目かな」
「大人気ないって言われますよ」
 世間に、というのだ。 
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