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傭兵

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1部分:第一章


第一章

                    傭兵 
 イタリアの自由都市フィレンツェ。そこのわりかし品のいい酒屋の個室で二人の男がテーブルに座り向かい合ってあれこれと話をしていた。人払いをしてそこで完全に二人になっている。
「じゃあこれでいいな」
「そうだな」
 茶色の髪の男が黒い髪の男の言葉に頷いていた。見れば二人共身体つきはかなり引き締まり見るからに頑健であり顔もあちこちに向こう傷があり髭も厳しい。一見するととんでもないゴロツキのようだが視線の鋭さは最早ゴロツキのそれを完全に超えていた。そんな連中だった。
「今回はこれで行くか」
「俺が皇帝側で」
「御前が教皇側だな。これでいいな」
「ああ」
 茶色の髪の男が黒髪の男の言葉に頷いた。
「じゃあこの俺はロレンツォ=マリーノは今回は教皇様の僕だ」
「それでこの俺ジュリアーノ=シエピはだ」
 今度は黒髪の男が笑って述べる。
「神聖ローマ帝国皇帝陛下の忠実な家臣だ」
「あくまで今回は、だな」
「そう、今回はだ」
 ジュリアーノはロレンツォの言葉におかしそうに笑いながら答える。
「次はわからないぜ」
「そういえば俺が教皇様につくのは久し振りか?」
 ロレンツォもまた笑って言いだした。
「最近ずっと皇帝側だったからな」
「俺はフランス王についていたな」
 ジュリアーノはジュリアーノでこう言う。
「最近な。まああの国の王様は欲が深いからな」
「全くだ。フランスは確かイングランドとかスペインとも仲が悪いんだろ?」
「ああ。それもかなりな」
 ジュリアーノはロレンツォの言葉に答える。答えながら木のカップになみなみと注がれている赤ワインをぐびりとやる。ロレンツォもまた同じものを飲んでいる。
「それでイタリアにもちょっかいを出してるってわけさ」
「よくやるよ」
 ロレンツォはそれを聞いて呆れたように笑った。
「ついでに皇帝とも仲悪いのにな。フランドルで揉めてるんだろう?」
「フランスは何処とでも揉めてるぜ」
 ジュリアーノは意地悪い笑みでフランスについて語った。
「それこそ周りの国全部とな」
「金を戦争にばかり使っているのか」
「だから田舎者なんだよ」
 当時のフランスの評価はこんなものだった。欧州の中、とりわけ先進地域であったイタリアから見ればフランスは全くの田舎だった。料理も全く洗練されておらず芸術も文化も花開いているとは到底言えないような状況であった。フランスにもそうした時代があったのだ。
「あの連中はな。戦争と女のことしか考えられないのさ」
「まあ俺達も女についてはな」
 ロレンツォはここで笑って述べた。話しながらチーズを口に放り込む。二又のフォークでだ。
「人のことは言えないか」
「それでもフランス人よりましさ。連中は手当たり次第だ」
 フランス人はこうも思われていたのだ。余談だがナポリである病気にかかりそれを瞬く間に欧州中どころか世界にまで広めさせてしまった実績もある。
「俺達はちゃんと選ぶぜ」
「酒も食い物もな」
「そういうことさ。で、フランス王はどうだったんだ?」
「金払いはよかったな」
 それは保障するのだった。
「もっともそのせいであの国はまた金がなくなったがな」
「いいんじゃないのか?その分俺達の懐に入ったからな」
「それもそうか。じゃあ今度は」
「教皇様と皇帝陛下だな」
「そういうことだな。それにしてもだよ」 
 ジュリアーノは飲みながら皮肉な笑みを見せた。そのうえでロレンツォに語る。
「どっちもよくやるよ。毎回毎回」
「教皇様ってあれなんだろ?」
 ロレンツォもそれに応えてシニカルに笑ってみせて述べる。
「神の代理人だったよな」
「一応はそうなってるな」
「一応は、か」
「じゃああの人は何に見えるんだよ、お宅は」
「そういう貴殿はどうだい?」
 ロレンツォはそっくりそのままの言葉でジュリアーノに返す。
「何に見えるんだ、あの人はよ」
「どう見たって聖職者じゃないだろ」
 これはジュリアーノだけでなくイタリアの殆どの人間が思っていることだった。当時のローマ教皇といえば神の代理人というよりはそれこそ政治家だったのだ。
「あれだけ強欲な聖職者がいるかね。わし等よりも欲の皮が突っ張っててな」
「わし等よりもか」
「酒に女に御馳走に宮殿」
 権力者で腐敗した部類の者が必ず求めるものである。
「権力や財産だけに飽き足らず。よくやるよ」
「しかもそれで満足しないしな」
 ロレンツォも言い加える。
「あまつさえこのイタリアとドイツが欲しくて」
「ああ」
「皇帝陛下と戦争だ。皇帝が月で教皇が太陽だったな」
「そういえば今だに言ってるな」
 ジュリアーノはふとこの言葉を思い出した。
「何百年も昔の言葉をな」
「世俗のことには関わらない筈だがな、バチカンは」
「そんなのは忘れたんだろう」
「忘れたのか」
「都合のいいことだけ覚えていてそれ以外は忘れる」
 ジュリアーノは少し真顔で述べてみせた。
「そういうものだろ?司祭様にしろな」
「貴族よりタチが悪いな」
 この時代では常識のことだ。日本では延暦寺がその腐敗を織田信長に憎まれたがバチカンの腐敗はその延暦寺の僧侶達が聞いたらそれこそ腰を抜かして念仏を唱える程であった。バチカンの腐敗はそこまで酷くそこには多くの犠牲さえあったのだ。バチカンの為の犠牲が。
「まあ、今回も稼がせてもらうか」
 ロレンツォはこれでとりあえずいいのだった。それはジュリアーノも同じだ。
「お互いな」
「ああ。じゃあ仕事はいつも通りだな」
「そう、いつも通りだよ」
 また笑ってジュリアーノに告げる。
「楽しくやろうぜ」
「よし。じゃあ終わったら」
「マッケローニでも食うか」
 今ロレンツォが話に出したのは所謂パスタだ。この時代、実はマルコポーロより前からこのパスタは存在していた。ただしかなり高価で財産にもなった。
 
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